現在、広域指名手配されているSRT特殊学園の脱走者はどこに潜伏しているのか?
かつてSRTに所属していた生徒は軍隊の特殊部隊なみの訓練を受けており、『味方からの補給が見こめない状況での長期作戦行動』について座学で講習を受けている者もいる。
とはいえ基本的には連邦生徒会長の強権による潤沢な活動資金と支援体制を前提としており、実際に技能として習得しているのは市井に紛れて日頃から情報収集を行う『情報科』の隊員だけである。
学園の象徴にして現在は内々に最悪の存在として扱われている、戦術科部隊『FOX小隊』とて例外ではない。
七度ユキノら四人は『ある権力者』の傘下に入ることで資金面での後ろ盾を得ていた。
そんな現状でユキノは隊員に対して独自の判断である指示を下していた。
『シャーレの先生』がどのような人間なのかを、実際に確認する──
「おかしいなぁ……」
実際に動く事になった『FOX2』ニコは、肝心の先生が来る気配がないことに首をかしげていた。
『先日に公園で大雨に浸かったRABBIT小隊の様子を見に来るだろう』と当たりを付け、子ウサギタウンの旧商店街で待ち構えていたのだが……。
ニコは弁当屋のアルバイトを装って近づき、ついでに後輩たちへ渡すことを期待して大量のいなり寿司を用意していた。
学園があった頃は目にかけていたRABBIT小隊へとよく振舞っていたのだが、もし先生が来なかったら自分たちで食べる羽目になるだろう。
しばし空き家の陰に潜んで、秘密拠点にいるユキノへ連絡を取ろうかと悩み始めたとき
「(……来た)」
連邦生徒会の制服を模したコートを着た大人が、あたりをキョロキョロ見回しながら歩いて来るのが見えた。
正午には少し早いが昼食をとるために飲食店を探しているのだろう。
しかしこの辺は既にすべての店が立ち退いており、コンビニすらないので間違いなく無駄骨になる。
「美味しい美味しい、『おいなりさん』はいかがですか~?」
だからこそこの策はきわめて有効である。
たまたま通りかかった売り子の振りをして、それとなく先生の進路上へと割りこむ。
「あ、そこのお客様! もしお食事がまだでしたら、こちらはいかがです?」
そして少々押しつけがましいが手製いなり弁当を売りつける。
「今日はなんと言っても、会心の出来でして! それに今なら出来立てです! 今が一番美味しいですよー!」
ウソ。移動時間もあるので作ってから一時間ばかり経っている。
でもたかが一時間で味が落ちるようなものは作らない。ニコはいなり寿司に関しては間違いなくプロフェッショナルであった。
「“じゃあせっかくだし……”」
「毎度ありです!」
先生はあっさりと釣れた。
先生は近くのベンチに腰掛け、早速いなり弁当を食べ始めた。
ニコは隣に座って『人が居なくて全然売れない』と愚痴をこぼすことで会話のとっかかりを作り、先生が話に乗ってくるように仕向ける。
「“そういえば人もいないし、全然お店も開いてないね”」
どうも先生も先ほどから人を一人も見かけないことを疑問に持っていたようだ。
「そうですねー。実はこの辺、もうすぐ再開発が始まるんですよ。多分そのせいだと思います」
「“……えっ?”」
「あれ、もしかしてご存じなかった感じですか?」
想定外の反応にニコは素で面喰ってしまう。どうしてシャーレの先生が、世話をしている後輩たちが住んでる場所の話を知らないのか?*1
「どうやら噂によると、この辺に新しい地下鉄を開通させる予定だそうで。この辺の商店街やら何やらを崩した上で、地下鉄工事をして、そこに新しいショッピングタウンを建てるんだとか」
新・子ウサギタウンは今までの子ウサギタウンとは全くの別物になる。建物だけでなく、住民もそれら繁華街を運営する企業や店舗の従業員ばかりになると見込まれている。
「何でしたっけ、確かタコさんみたいなマークの会社がそれを……」
「“……カイザーグループ?”」
「あ、そうですそうです! そのグループの『カイザーコンストラクション』という会社だったかと!」
今度は先生の方が考えこんだ。
以前アビドス高等学校で対峙したかつてのカイザーコーポレーション理事。
彼は軍事部門のカイザーPMCの代表取締役のほか、金融部門のカイザーローンと問題のカイザーコンストラクションの理事も務めていた。
彼の失脚後は別の人物が理事を務めているはずだが、前任の悪評が祟ってか表に出てくることは少ない。
「それはもう社運を賭けるレベルで、おっきな再開発をする予定なんだとか。それによってお店は閉店を余儀なくされ、住民の方の追い出しなんかも進んでいるようなのですが……」
自嘲気味に笑うニコからいなり弁当を追加で買う先生の心境は穏やかではない。
生徒が大げさに言った所はあるのだろうが、カイザーの末端企業ではなく中核を成す会社が『社運を賭けるレベル』?
これまでのやり口からして、絶対になにか良からぬことを目論んでいるだろう。
一方おいなりさんを追加購入した先生を見て、ニコはアルバイトを装っているのに『自家製で自信作』『いつも先輩や後輩が喜んでいた』とつい口を滑らせてしまった。
まさか相手が“心ここに有らず”とは気付かないまま、自分がしゃべり過ぎた事に気づいたニコは少し気まずそうな顔を浮かべた。
「……ああ、話が逸れてしまいましたね」
話を戻そうとするニコの心中にある懸念が浮かんでいた。
子ウサギタウン周辺は
また防衛室の命令で動いている公安局は、下心丸出しのカイザーインダストリーと手を組んで武器の提供を受けている。
それで勢いづいた公安局は浮浪者だけではなく、この間の大雨でデリケートなSRT装備の多くを失ったであろう後輩たちも『不法占拠者』として排除するに違いない。
あそこにお上の許しなく居座っているのは事実だからだ。
そして先生はRABBIT小隊の後見人でしかなく、いまの居住地を維持するほどの発言権を持っていない……。
ニコは『沢山買ってくれたからサービス』としてある情報を口にする。
「先ほどの『カイザーコンストラクション』による再開発のお話なのですが……どうやら、取り消されるという噂もあるようです」
カイザーが裏で進めている『計画』と先生を利用する形で、後輩たちの生活を守るために。
「“それはまた、どうして?”」
掛かった。ニコはあくまで他人から聞いた噂話を装いながら先生へヒントを与える。
「実はこの辺には、放浪者さんの集団がいまして。結構な銃火器で武装しているのですが、『カイザーコンストラクション』の方々が来るたびに騒ぎを起こしていまして……」
『私たち『所活幸』の武装は、ヴァルキューレを軽く凌駕していますからね!』
『何だこいつら!? 服はボロボロなのに、武器だけやたら最新式で……!』
九日前、コンビニの廃棄弁当を巡る争いで姿を現したヒッピー集団『
リーダー格である『デカルト』が豪語した通り、どこから手に入れたのか真新しく強力な武器を所持していた。
ミヤコたちRABBIT小隊に敗退した結果『所活幸』は離散したようだが、それでもその構成員が子ウサギタウン内に住み着いている事実には変わりない。
「さらに近くの公園でも、武装したどこかの生徒たちが公園を占拠したとかで、ヴァルキューレも色々手を焼いているようですし」
「“……”」
「こんな状況では、『カイザーコンストラクション』も困ってしまっている……という感じでしょうか?」
この計画にかなりの公費が投入されている以上、度を越えた工事の遅延はいくらカイザーといえども許されるものではない。
だからこそカイザーは防衛室から解散をちらつかされた公安局へと取り入り、浮浪者排除とヴァルキューレ内部への侵食を同時に行おうとしている。
粗方ヒントを与えたところで、ニコは本来の任務へと戻った。
『先生をこの目で確かめて評価する』
そのために、後輩たちをダシにして揺さぶりをかける。
元エリートである
「これは推測でしかありませんが、何かを偽装しようとしているのかもしれませんし、取り返しのつかない失敗でそうせざるを得ないのかもしれません」
『自分たちがそうである』ように。
事実あれだけ騒ぎを起こしたせいで、後ろ盾となってくれているシャーレの立場すら危うくしている事に、あの子たちは気付いているのだろうか。
「あるいは……夢を見ているのかもしれませんね」
温室育ちの花が見るような、淡くて優しい、だが叶うことがない夢を。
「そんな夢に浸った生徒たちを導く立場にある方は、それはもう大変でしょうね」
「“そんなこと無いんじゃないかな”」
だが彼女の皮肉めいた言葉に対して、先生はノーと答えた。
「“生徒たちの夢を応援するのは、導く側の義務だからね”」
打算も偽りもない真っ直ぐな瞳でそう言う姿は、今のニコにはひどく輝いて見えた。
「……変な人ですね。まあ、そういう考えもあるのかもしれません」
『これまで自分たちが見てきた大人とはまるで違うタイプの、子供っぽいように見えて予測不能な思考の人間』。
『だが生徒に関しては一定の信頼を置いてもいい』。
呆気にとられながらも自分なりに先生の評価を出したニコは、仕切り直すためにこの場を離れることにした。
「さて、今日はもう店じまいとしましょうか。お買い上げ、ありがとうございました!」
いくつものいなり弁当を入れたコンテナを手に取り、流れるように先生へと差し出した。
「“……これは?”」
「売れ残りです。私だけでは食べきれませんし……おまけということで、差し上げます」
この人なら間違いなく後輩たちへと届けてくれるだろうが、一応念は押しておく。
「もしよろしければ、お腹が空いてる子にでもあげてください。……それでは、今日はお会いできて嬉しかったです」
ニコは一礼して目の前の大人を
「また機会があれば会いましょうね、
そして一目散に駆け出し、あっという間に先生の視界から消えていった。
……
ニコは先生が子ウサギ公園の方へ向かったのを物陰から確認すると、秘密拠点にいるユキノへと回線を開いた。
「FOX2よりFOX1へ、目標“T”と接触。一次評価を完了、追跡を──」
『FOX2、予定変更だ。ただちに『シエラ・オスカー』の偵察行動に移れ』
かすかに焦りを滲ませる声色と指示に、ニコは頭に疑問符を浮かべた。
今日は当番生徒がいない日で先生は不在。空き巣でもしろと言うのだろうか?
『シャーレが爆発したという情報が一部で流布されている』
「!?」
『私たちが今から向かっても間に合わないだろう。すまないが頼めるか?』
ニコの心に迷いが生じた。
自分たちの『目的』を考えれば先生にこれを教える必要はなく、むしろ知らないままオフィスが全焼した方が都合がいい。
しかし本当にそれでいいのか? 各地に影響力がある今の先生が職を失うようなことがあれば、様々な学園が混乱する可能性がある。
『キヴォトスの平和を守るためのSRT』として、それで良いのだろうか?
「……」
『この状況を利用して『ミラージュ』が何かしらの指示を出す可能性がある。向こうは『近くに居ないので出来ません』が通じる相手ではない』
「……FOX2了解、シエラ・オスカーの偵察に向かうね。
小さくなっていく先生の姿に、少し後ろ髪を引かれる思いはある。
しかし今の自分たちはただの道具でしかない。『武器はものを考えない』のだ。