シャーレで起きた爆弾テロから数日後。
連邦生徒会のレセプションルームに“先生”は呼び出されていた。
「調査の結果、犯行に使われたのは『アリウス分校を名乗る過激派テロ組織』が用意したと思われるサーモバリック爆弾と判断しました。それも大型の施設に対して使う強力なものです」
待ち構えていたのはリンとカヤ、そしてハルキだった。
WOLF小隊は警察学校本部への通報を受けて真っ先に現場に駆け付け、消火活動に協力しつつ現場の確保と捜査に当たっていたのだ。
何しろ公安局はカイザー製の武器を振り回して地上げ行為の真っ最中だったので……。
「トリニティ総合学園の施設で例えるなら……正義実現委員会や救護騎士団の本部施設内で起爆された場合、中にいる人間は全滅すると思われます」
事実、あの爆弾は
まずは締結式会場である古聖堂を奇襲で破壊し、桐藤ナギサを始めとしたトリニティの首脳陣を全滅させる。
これだけでティーパーティーに属する大小様々な派閥は統率が取れなくなり、それに振り回される形で正義実現委員会は機能不全に陥る。
アリウススクワッドが
爆弾の設置が済み次第、聖徒会による攻撃を一時中断して、敵に
そしてトリニティスクエアの主要施設に人が集まったところで、ドカン──という計画であった。
誤算だったのは浦和ハナコを代行に据えたシスターフッドの奮起により、混乱が想定を遥かに上回るスピードで沈静化に向かったこと*1。『所詮は素人の集まり』と侮っていたトリニティ自警団の活動が想像以上に活発で、重くかさ張る機材を抱えたまま潜入するのが難しかったこと。
加えて白州アズサによる捨て身の行動で、指揮官たるアリウススクワッド側も混乱状態に陥ったのも背中を押す形となった。
これにより工作部隊は作戦を遂行できないまま敗走し、金に困った少女らは『お荷物』を伝手のあるブラックマーケットで売り払ったのだ。
それが巡り巡って、何者かの手によるこの惨事を引き起こした。
「実行犯三名のうち、二名は爆発に巻きこまれ全身やけどの重症。地上にいたもう一人の供述によりますと、彼女たちは依頼人から『おどかし用の花火』と伝えられていたとの事です」
まんまと悪人に利用され破滅したチンピラを内心で嗤おうとしたカヤは、ふと『自分が同じ環境で生きてきたなら、この間抜けと同じようになるのでは』と感じた。
「(いけませんね)」
自分はそういった愚民を良い方へ導くために動いているのだろうと、ほんの少しだけ自省しコーヒーを口に含む。
「先生。あまり申し上げにくい事ではありますが……焼け跡から見つかった
興味なさげに椅子へ座る先生を、ジロリとハルキの視線が射抜いた。
「えっ!? “う、うん。どうしたの?”」
「かろうじて燃え残っていた遺留品から、シャーレのIDカードの残骸が発見されました。これを誰かに発行した覚えは?」
「“いや、ないかな”」
「そうですか」
先生はふと周りを見渡した。
リンは露骨に不機嫌であるし、カヤの細めた目は胡乱げな感情を宿している。
ハルキはタクティカルベストのポーチを開き、一枚の写真を取り出した。
そしてそれに写ったどこか幼い印象の女性の写真を、“先生”へ向けて指で示す。
「……では、この人物に身に覚えがありますか?」
「“……知らないね”」
「
先生と
次の瞬間にはヒスイとユイに両腕を押さえられ、椅子に座ったまま身動きが取れなくなっていた。
「写真は『真実を写す』と書く……とは誰が言った言葉でしょう?」*2
「どんな方法でわたしたちの認識を誤魔化したのかは知らないけどさ。背丈二〇センチ差はどうしようもなかったようだね」
「さっきから誰なのあなたたち!? こんなキャラ見たことがない!」
最後に現れたエリが、大声をあげて騒ぐ女へと顔を近付け睨みつける。
「元SRT特殊学園所属、ヴァルキューレ警備局緊急対応部隊『WOLF』だ。覚えておけよ先生のバッタもんが」
「SRT!? さてはユキノたちと同じ「逮捕状は出ています。連れていきなさい!」──なぁ!?」
不都合な発言を遮るように言い放たれた
それを受けた三人は女を無理やり立たせると、半ば引きずるように連行していく。
「待って! 待ってちょうだい! 私はやってない! 何も知らない!」
「詳しい話は署で聞きます。あまり暴れますと公務執行妨害を追加しますよ?」
エリが一礼して部屋の扉が閉じられた。しかし大声で叫ぶ男の妄言が通路じゅうに響いており、それは部屋の中にまで伝わってきた。
「私はシャーレの先生よ! アロナだってちゃんと水色なのよ!?」
「だいたい公式でゴミ虫みたいな扱いのヴァルキューレが有能なのはおかしいでしょ! 頭メアリ・スーかよ!」
『偽りの先生』の喚き散らす声が聞こえなくなると、リンはため息をつきながら椅子の背もたれに寄りかかった。
「心中お察しします。代行閣下」
この場にいる全員……それこそ、内心では良からぬ事を企てているカヤですら『残酷で呆気ない結末』には複雑な気持ちを抱いていた。
「これからシャーレをどうするおつもりでしょうか?」
「……先生を選ばれたのは連邦生徒会長です。あの方以外が後任を指名したところで、納得できる方は少ないでしょう」
たった一人の職員にして顧問、連邦生徒会長を除けば唯一の責任者。
強大な力を有する組織がそれを喪ったらどうなるか? それはなんの因果かSRT特殊学園が証明してしまっていた。
シャーレに携わってきた学園の生徒たちは? はっきり言って嫌な予感しかしない。
特にシャーレで身元を保証していたRABBIT小隊は、先生亡きいま再び宙に浮くことになる。
「残念な結果ですが、議会はRABBIT小隊の皆さんを『ヴァルキューレ本館襲撃事件』の実行犯として指名手配する方向で動いています」
カヤは疲れた様子で説明をすると、飲もうとしたカップの中身が消えていた事に気付いて口角を下げた。
横紙破りをしてミヤコたちを先生に預けたのは他ならぬ彼女である。
そんなカヤもまた、生徒会内での立場が揺るがされようとしていた。
きのう午前零時ごろ、ヴァルキューレ警察学校の本館を『SRT特殊学園の生徒らしき武装集団』が襲撃。
賊はハッキングによる防火シャッターの誤作動などを駆使し、警備局や公安局の追撃を躱しつつ十階ヘリポートへと向かった。
これら敵の撹乱に対して、偶然オフィスに居残っていた権堂警備局長は通信指令室へと移動。
そこを臨時の発令所として全体へ指示を下し、混乱中の部隊の立て直しと襲撃犯の捕縛を試みた。
夜勤中に駆り出された
焦った『先生』は口を出した。
『指令所を破壊して指揮系統を混乱させろ』。
加えて潜入班の
要塞と比喩されるヴァルキューレ本館であるが、建物自体はキヴォトスでも一般的な鉄筋コンクリート造でしかない。
そこに重武装のヘリによる全力の火力投射を受ければどうなるか?
ましてや過激な思考を持っており、実戦経験が浅く『加減』がわからない者が
通信指令室は機銃掃射と投げつけられた手榴弾で全壊、奇襲をかけられる形となった要員も全員が倒れて指揮系統はマヒ。
さらに外部から撃ちこまれたミサイルによって建物の一部が倒壊、巻きこまれた多数の生徒が瓦礫の下敷きとなった。
加えてミサイルの弾頭*4に含まれる焼夷剤による大規模な火災も発生。*5
『先生』が知る『物語』との違いから起きた状況と判断ミスによって、ヴァルキューレ本部は壊滅状態に陥った。
夜が明け、倒壊し半焼したヴァルキューレ本館をマスコミが面白おかしく報道するなか、『先生』は連邦生徒会事務局へとやってきた。
『“ヴァルキューレ公安局とカイザーグループが癒着してて、武器の提供を受ける代わりに地上げ屋みたいな真似をしていたよ”』
『“生徒が間違いをおかしているのなら、それを糺すのが先生の役割だからね”』
そう言いながら渡してきた機密書類がどこから出てきたものなのか、考えるまでもなかった。
自信満々の顔でこちらを
アユムとモモカに聞いてみても分からないの一点張り。
そこで警察学校が機能不全に陥り、さすがに頭を抱えていたカヤを通じて『シャーレ爆破事件』捜査の進捗をWOLF小隊へと問い合わせてみた。
『……七神代行、あなたの身長はたしか一六〇センチ前半でしたよね?』
『ええ』
『先生の身長は一五〇センチ台ですから、あなたが先生に見下されるのは変ではないでしょうか?』
『……確かに』
現場から発見された遺体の背丈も一五〇センチ程度、そして燃え残ったシャーレのIDカードの発見。
だがネットに上げられた画像や動画を調べてみても、写っているのは件の『先生』だ。
どこか納得がいかない状況に陥った一行だったが、『先生のファン』*7を名乗る人物から提供されたインスタント写真がきっかけで事態は急転。
そしてたった一つしかないシッテムの箱を持っている『彼女』が爆破事件の犯人と睨み、呼び出してカマをかけてみたのだ。
……
サンクトゥムタワーを出て、ハルキはふと空を見上げる。
透き通るような青空全体へと広がるように、いつもと変わることなく
「……」
先生がいなくなった今、キヴォトスはどうなっていくのだろうか?
なんてことは無い。元々シャーレの先生なんて必要とせずに何百年と歴史を紡いできたのだ、元の形へ戻るだけに過ぎない。
「はたして、本当に?」
先に本部へ戻ったメンバーと合流して、あの先生を騙る犯罪者を取り調べなければならない。
今は未来のことに思いを馳せている場合じゃない。
「結局、あの人がどういった人間なのかを知る事はできなかった」
光すらない真っ暗闇の中で、シャーレの先生
肉体という物理的な殻から解き放たれた*8事で、彼女はこれまでの記憶を思い出した。
連邦生徒会長の失敗。幾度となく行われた綱渡りの末に、生徒や己の命のみならず『学園都市キヴォトス』という
しかしその選択肢を歪められ、全く違うものへと変質していたら?
そもそもあるはずである“選択”の機会すら、どこかに消えてしまっていたら?
キヴォトスより上の
この結論に至った直後、残された意識すら虚空の中へ霧散していくような感覚に襲われる。
得体のしれない誰かに『シャーレの先生』である事を奪われたいま、ヒトの理から外れたまま死した存在は輪廻転生の輪に乗れずに消える運命にある。
"ごめんなさい、■■■。約束を果たせそうにない"
指導者と救済者、その両方を喪った物語がどうなるかは言うまでもないだろう。
「へへへへッ。“成り代わって”すぐにバレるとかバカみてえだ」
学園都市の外……の、さらに外。そこから更に外かもしれない。
このキヴォトスを内包する一つの“世界”、その外側の荒野で男は薄気味悪く嗤う。
「まあ、“おまわりさんごっこ”してるガキどもに頭の冴える奴が混じっていたのは、こっちも想定外だがな」
男は『転生屋』を名乗る指名手配犯だ。
『○○の世界に行きたい』『○○になりたい』といった強い願望を持つ人間を標的とし、突然死に見せかけて概念的な形で『
無限に広がる
そういった連中に『生命』を高く売りつけるのだ。*9
そうやって殺した相手の魂に『神』を装って接触し、お望み通りの世界へと送りこむ形で『処分』する。
逃れることができない状況へ追いやって『契約を行い、その対価という体で生命を貰った』という建て前だ。
こう言い張れば
最近の流行りは『
主人公だという“シャーレの先生”とやらが死ぬと、なし崩し的に世界滅亡へ直行し何もかもが消滅するので、カモを口封じするにはもってこいだ。
“先生”になりたいというリクエストに応えたのはこれで一六回目だが、『死ぬような思いしたくないからエデン条約編終了後がいい』と注文が多かったので、既に何人かを生徒として送りこんだ世界へとブチこんでやった。
それでどうなろうと向こうの自己責任だ。俺は悪くねえ。
「さぁて、次のカモを探すか……」
“転生屋”は知らない。
彼は『すべての世界を管理する』と豪語しながら、本当は何もしないし厄介事を余所の世界へと押し付けるような、堕落腐敗を極めた連中しか見てこなかったからだ。
たった今破滅へと追いこんだキヴォトスのヴァルキューレ警察学校のように、清廉潔白でやる気に満ち溢れる者たちも大勢いるということに。
立ち去ろうと歩きだした足にガチャリと何かが嵌められ、転生屋は顔面から地面へと倒れこんだ。
「ブッ?!」
「指名手配犯アニチェート・ダイネッリ。貴様を逮捕する」
こう告げながら転生屋に歩み寄るのは、イヌ科の耳と尾を持つ白髪の女性。
その頭上には、あの世界の住人と同じ
どうやら今回は、正義の勝ちであるらしい。
~補足~
●結局シャーレを爆破した犯人は誰?
:子ウサギタウン周辺で地上げ行為をしていたヤクザ……を想定していましたが、結末を踏まえると“転生屋”の仕業ということになります。
本物の先生の遺体を処分しなかったのは、どうせキヴォトスの警察はマトモな仕事をしないと高をくくっていたからです。
●なんで連邦生徒会の雰囲気最悪なの?
:カヤの側近に先生アンチの転生者がおり、カヤの裏工作をアシストする形でモブのシャーレへ対する悪感情を煽っています。
中立派であるアオイすら、この頃はカヤにあることない事吹き込まれているのもプラスされ対応が露骨に悪くなっています。
●ヴァルキューレどうなったの?
:壊滅しました(無慈悲)
司令塔である本部は機能停止、シャーレの先生の死による生徒側へのテクスト補正の喪失、1章の黒幕として用意していた防衛室オリキャラの放置によるヴァルキューレの資金流出……。
更に今回の件でカヤの立場も危うくなってリンと共倒れしてしまい、ウトナピシュティムの元船発掘なしでカイザーに連邦生徒会を乗っ取られそう。
●キヴォトスはどうして滅亡したの?
:晄輪大祭を挟んでパヴァーヌ編2章があるので、おそらく『リオによるアリス処分強行→KeyによるAL-1Sの覚醒』の流れを阻止できなかったものと思われます。
●転生屋を逮捕したのはハルキ?
:狼谷ハルキ(26)。
転生屋を追うキヴォトス外部の捜査機関が、崩壊寸前の学園都市へ来訪し生存者を救出。
その中に運よく全員が生き延びていたWOLF小隊がおり、再就職してずっと黒幕を探していました。
キヴォトスが消えてしまい実家もクソもなくなったヒスイが薬で性転換してて、ハルキの伴侶になっているかもしれません。
補足は以上となります。
某掲示板での体験は良くも悪くも刺激が強く、それが驕りに繋がったのだろうと猛省する次第であります。
そしてハーメルンの小説とは物語の作り方が根本的に違うことも。
回収できなかった展開は次回作に転用する事にします。
最後に。
サイコロで展開を決めるのは特殊技能なので、安易に真似しないようにしましょう。