瞬間移動も空を飛ぶこともできない先生は、ゲーム中に出てくる学園だけでもどうやってホイホイ行き来してるんでしょうね?
加筆により付け足した原作パートは、その辺を踏まえて時間帯を分けて描写しています。
サンクトゥムタワー内に設置された連邦生徒会の事務局。
指導者不在のいま会長代行を務める七神リンは、自身が任されている連邦生徒会長直轄の独立事務部門*1『統括室』のオフィスに居た。
まだ業務時間にはなっていないため、会長代行の執務室に上がる必要はない。
だから居慣れたこの場所で室長として片付けなければならない書類を広げたのだが──
「……」
杜撰極まりない書類の山に言葉が出ない。
連邦生徒会長が失踪直前に設立を命じた『連邦捜査部
それを任された顧問に提出させた公文書があまりにも酷い。
様式を無視した記載、捺印の大幅なズレ、etc...
いい歳した大人のやることでは無い。
「ハァ……」
あの人はいつも提出期限を守りつつ、まともな報告書を作ってくるはずだ。
それが今回に限ってこんな稚拙なものが出されてくるなど、はっきり言ってただ事ではない。
ともかく、書いた本人を呼び出して修正させよう。
そう考えて電話の受話器を取ろうとした時、オフィスの扉が開かれ黒い翼を背負った金髪碧眼の生徒が入ってきた。
「あの、リン先ぱ……い、いえ、行政官。少々ご相談が……」
『調停室』室長、岩櫃アユムは自信なさげな様子で相談を持ちかけてきた。
調停室は連邦生徒会の外交部門にあたる*2が、連邦生徒会長が直接外交活動を担うようになって久しく、今では半ば雑用係のように扱われていた。
室長である彼女が他部門の人間であるリンの秘書のように扱われているにも関わらず、誰もそれを疑問に思わないのが現状を分かりやすく示している。
本来ならば優れた政治的手腕を持った三年生が室長になっていたはずだったのだが、『調停室が力を持っては困る』者によって生徒会から追い出されている。
事務は優秀だが気弱で押しに弱いアユムは、そういう者たちにとっては最高の人材といえた。
「えっと、SRT特殊学園の撤去についてなのですが……公園を占拠してデモを行っている生徒のほうが……」
反乱を起こして閉鎖が決定したSRT特殊学園、その生徒の一部が公園に立て籠もっているので拘束せよ──
連邦生徒会の下部組織とはいえ学園は学園、調停室へ久しぶりに与えられたマトモな仕事だった。
しかし『事前に準備していた戦力では対応が難しい』と言われ、リンは不愉快そうにため息をついた。
「でしたら、ヴァルキューレの警備局に連絡を」
「あ……りょ、了解です」
コミュニケーション力に難があるリン先輩がこのような態度を取るのは慣れている。
なのでアユムは気にすることなく、指示を遂行するため統括室を後にした。
WOLF小隊再編から二日後、ヴァルキューレ警察学校本館は上を下への大騒ぎとなっていた。
使われてない小さな物置部屋をオフィスに充てがわれたWOLF小隊も、さすがにこれを無視するほど楽観的ではなかった。
「……内線が繋がらない」
ハルキは警備局長へと電話をかけるが、受話器を取るものが向こうにいない様子。
「よし、俺が行く」
そう宣言し真っ先に部屋を飛び出していくのは、生真面目人間であるエリだった。
「いってら」
全員目の前の書類に目を落としたまま、見送りもしない。
何しろ特別扱いであるがために、各種公文書などの類いを専門の部署に任せる事ができない。
『大いなる力には大いなる責任が伴う』。この地味な作業もそういうことだと言い聞かせていた。
装備品の多くを私物で賄おうとする分、出す書類の量も普通より多くなっているのだ。
「しかし各種の装備品だけでなく移動指揮車まで……。どうしてすぐに用意できたんだ?」
無理のない範囲でとはいえ、SRTで使い慣れた備品を再現したものなど一朝一夕で用意などできる訳がない。
もっと前から発注していなければ今回の再編成には間に合わないのは確実だ。
これを『寄付』という形で提供したヒスイは、質問にほほ笑みながら答えた。
「実はユイが結構前から『SRTを退学して傭兵でもやろう』と持ちかけていたこと、ある知り合いから就職を勧誘されていたのが理由ですよ」
後者はともかく、随分と前から準備を行っていたと初めて知ったハルキは目を見開いた。
「……そこまでしていたのに、自分についてきてくれたのか?」
その質問を聞いたヒスイの脳裏に、あの日の出来事が思い起こされた。
……
『キヴォトス全てに救護の手を』
そう考えてSRTへ進んだのに、責任を取りたくない連邦生徒会の政治ごっこによって活動を禁じられた末に突きつけられた破滅の末路。
あれこれ準備はしてきたが結局のところ心が現実に追いつかず、行く宛もなく街を彷徨った。
そんな自分を自力で探し出し追いついてきたハルキに、思い切って全てを打ち明けた。
『ねえ……そんなに思い詰めてたなら、どうして何も言ってくれなかったんだ?』
だが返ってきたのは頼もしい激励でも、世迷い言に対する叱責でもない。
ぼう然とした表情と光を失った眼、か細い声。
『私じゃ、ダメだったのか……?』
どんなに過酷な訓練で苦しんでも、どれだけ残酷な現実に打ちひしがれても、狼谷ハルキという少女はこれまで決して涙を見せなかった。
それがどうだ? まるで寒さに凍える捨て犬のように地面に蹲り、恥も外聞もなく幼子のように泣いているじゃないか。
『(僕は……あなたのほんの一面しか見てなかったんですね……)』
お前はなんだ! 一人の友の心を踏みにじっておいて、どの口で『キヴォトス全ての救護』などと言ったのだ!?
一つの命は無限の未来の可能性だと、幼い頃心に刻んだんじゃなかったのか!?
ヒスイは膝を付くと白狼の頭を優しく撫でた。
『ハルキ、あなたはどうしたいのですか?』
『……まだみんなといっしょにいたい』
『なら、僕はあなたについていきますよ。こんな泣き虫さんを放っておけませんからね』
……
「……あなたに惚れた弱みですね」
「自分に
「ふふっ。僕もです」
「はいはいお熱いねごちそーさま」
エリと拳で対話したせいで互いに顔を腫らしたユイとしては、安っぽい恋愛マンガのようなやり取りをした二人が羨ましいと心のなかでぼやいた。
しばらくしてエリが戻ってきたが、その表情はひどく狼狽えたものだった。
「どうでした?」
「……連邦生徒会長代行直々の命令で、RABBIT小隊の制圧に警備局が根こそぎ動員された」
──戦術科一年生チーム『RABBIT』。
月雪ミヤコ、空井サキ、風倉モエ、霞沢ミユの四名で編成さた汎用作戦部隊。
才能はあるが全員の人格面に問題があるため、本年度開始からSRTが活動停止に追いやられるわずかな期間での出動実績はない。
子ウサギタウンにある自然公園に強奪した機材を運び入れ、学園閉鎖に対する抗議活動として籠城しているのが現状だ。
実のところ、彼女たちは他の脱走者が安全に逃げるための囮に利用されていた。
他の生徒は最低限度の装備だけを奪い、できるだけ身軽な状態で逃走を図った。
ところが保管倉庫の扉が開きっぱなしだったのをチャンスと見たミヤコたちは、小隊に割り当てられたヘリコプターやドローンを駆使して可能な限りの物資を持ちだそうとした。
こんな大掛かりな事をすれば周囲にバレない訳がない。
たまたまハルキらWOLF小隊が基地を離れていたのもあり、残っていたのは学園閉鎖の報にショックを受け生きる屍と成り果てた生徒だけ。
警報や自動警備システムも事前に切られていたため、対応が完全に後手へ回ってRABBIT小隊の逃走を許してしまったのだ。
本来ならば即座に追跡を始めるところだが、敷地外での一切の活動を禁じられて居たため、誰も後を追う事ができずに立ち尽くすしかなかった。
そして他の二九名がすでに姿を消していることすら、その直後にようやく気付いたぐらいであった。
「……ほんと、おバカさんね」
RABBIT小隊の面々はWOLF小隊から見ても問題児ではあったが、その将来性を期待してはいた。
ミユに関しては本人の自信のなさも相まって特に気にかけていたので、四人の中で唯一懐かれてもいる。
「エリちゃん、根こそぎって本館のだよね?」
「ああ。前代未聞の事態だから警備局長も陣頭指揮に出たようだ」
ヴァルキューレ本館に勤務する数百名の生徒のうち、警備局の実働部隊は二個大隊約一三〇名。
本来はローテーションを組んで大隊が交互に勤務に当たっているが、連邦生徒会からの命令とあっては総員を出すしかなかったようだ。
「本館が空になっている間、他の分校の警備局が穴を埋める事になるな……」
ハルキは険しい表情でそう呟いた。
最近のヴァルキューレは出動指令が多すぎて、正直なところ事件対応能力が飽和しかけている。
これでも会長が失踪し、サンクトゥムタワーが機能停止に追いやられた頃と比べればマシなのだが……。
SRT特殊学園の仮想敵は『あの』カイザーPMC、キヴォトス外でいうところの正規軍に匹敵する規模の超巨大軍事組織だ。
警察機関の延長線上でしかないヴァルキューレ警備局の戦力で、ガチガチに固められたSRTの防御陣地を突破できるとは思えない。
「SRTにはSRTをぶつける……これが最も効率的で簡単な方法だ」
だが自分たちにはなんの連絡もない。
連邦生徒会長代行の七神リン行政官に限らず、連邦生徒会の人間はあまりにも軍事面に対する知識に欠けている。
そうでも無ければ、そもそも生徒会の直轄戦力であるSRTをアッサリと手放すわけが無い。
内線電話が電子音をかき鳴らし、中央に置いてあるお菓子の籠に手を伸ばしていたユイが受話器を取った。
「はい、緊急対応部隊『WOLF』オフィス」
四人の懸念は間もなく現実のものとなった。
「……全滅!?」
シャーレの顧問を呼び出して、間違いだらけ書類の修正を始めてから少し経った頃。
アユムが申し訳無さそうな顔で統括室に再びやってきた。
「あの、行政官……」
「……はい、また何か問題が?」
「デモの制圧に向かった警備局の生徒たちが、逆に制圧されてしまったとかで……」
アユムがらしくもなく冗談を言ったのでは? と一瞬だけ考えたリンだったが、どうやらそうではないらしい
「……デモを起こしたのは『一部の生徒』なのですよね?」
「は、はい。数としては小隊ひとつ分みたいなのですが……」
「やはりSRTですし、火器が相当強力なこともあって……警備局だけでは……」
肩を落とすアユムを見て無言で少し悩んだのち、リンは『大事にはしたくなかった』と愚痴をこぼす。
「……仕方ありません。ヴァルキューレ警察学校の『公安局』に連絡を。『対テロ業務』に特化した彼女たちなら、いくら相手がSRTのエリートでも対処できるでしょう」
『防衛室には私から連絡しておく』と伝えてアユムを行かせると、やり取りを不思議そうに見ていたシャーレ顧問の方へと向き直った。
「“SRT特殊学園っていうのは……?”」
「……SRT。すなわち『Special Response Team』。文字通り特殊な任務に対応するための、エリートたちの学園
そんな事も知らなかったのか。
「少し前……連邦生徒会長がいた頃までは、ですね」
そして『今となっては気にすることでは無い』とリンは説明を打ち切った。
そんな
警備局の損害は目も当てられない状況だった。
負傷者一〇〇名超、うち重症者五九名。戦闘評価における『壊滅』*3そのものだ。
正面突破のために動員された機関銃タレット装備のSWATバン五両も全損、個人装備も多くが使い物にならなくなっていた。
被害を免れたのは後方で指揮を執っていた警備局長とオペレーター数名、民間人が入りこまないよう現地を封鎖していた一個中隊*4だけだった。
「連邦生徒会は本件の対応を公安局へ移譲した。……労いの言葉もなしにな」
局長はひどく疲れ切った様子で安物の椅子へ身を沈める。
招集されたWOLF小隊はそんな彼女の様子に心の底から同情した。
「呆れた話ですね。敵対勢力の脅威度を見誤った上に、現場を全く省みることなく一方的に使い捨てる……」
ヒスイはトリニティ貴族の一員として、連邦生徒会の堕落ぶりを昔から知識として教え込まれてきた。
サンクトゥムタワーが担保する権力に胡座をかいて税金を貪り食う生徒会の姿を見続けた結果、数千の学園は連邦生徒会に対する信用を失っていった。
上がダメなら下も駄目になる。だからヴァルキューレ警察学校は腐りきっていたのだ。
「ヒスイ、今は連邦生徒会に怒ってる場合じゃない」
チーフの言葉に小さく頷く。
「局長、我々に出動命令を」
冷徹に、しかし熱意がこもった嘆願に対して、警備局長は暗い顔を上げた。
「……立場はどうあれ君達は警備局の所属だ。対処が公安局へ移管された以上、介入は断られる可能性が高いぞ?」
「それでもです。尾刃公安局長は良くも悪くも現実主義者ですから、公安局だけでは対処が難しいと判断すれば拒否なさらないかと」
防衛室の手駒として『政治的な』案件に動員される公安局のトップである以上、子供としては悲しい事に夢を見続ける事が難しい。
ならば実益より
そうだな、彼女らはこういう時のためにいる。
局長は椅子から立ち上がり背筋を伸ばし、力強く言い放った。
「WOLF小隊はただちに出動、公安局の作戦支援にあたれ」
「
歴史が誰も知らない道へと動き出そうとしていた。
Ep.02「統制不能な特殊部隊」(終)