子ウサギタウン、子ウサギ公園近くの市場。
先生はそこでキリノ、そして病欠*1のフブキに変わってパトロールに同行してきた見慣れない生徒と遭遇した。
「"キリノ、この子は?"」
「ゲヘナ方面の警察署から応援に来てくれた方です! ほんと助かりましたよ……」
件の生徒は二人からすれば見上げるほどの背丈だ。
赤髪を揺らしながら身を屈めると、先生の耳元で小さく呟いた。
「やあ先生、ワタシだよワタシ」
化粧で印象を変えてはいるが、相手はよく知っている生徒だった。
なんの他愛もない話を続けるうちに、話題は最近噂になっている『謎の重武装集団』へと移り変わった。
「『強力な銃火器を持った放浪者集団』だなんて……なんだかこのままでは、ヴァルキューレ警察学校の武装がまるで貧弱みたいに見えてしまいそうです」
キリノは声のトーンを落として眉をへの字に曲げた。
「この機にヴァルキューレも、より最新式の銃器に変えてもらうというのは……?」
「そんなお金、上層部が出す訳ないじゃないの。仮に出したとしても、生活安全局に回ってくる武器は入替えで不要になったお下がりしかありませんー」
先生が相槌を打つより先にバッサリと切り捨てた。
「そんなハッキリ言わないでくださいよ! ……でも実際ヴァルキューレ全体としても、財政状況が良くないそうですし……」
「日常的に銃撃戦をやっているキヴォトスの警察が『撃つ弾すらない』というのは、もう終わっている状態ですねぇ」
「"今そんなにマズい状況なの?"」
先生が今まで請けた依頼の中でも、依頼者のグループが物資不足に陥っているという状況は何度かあった。
だがそれは『潤沢な補給体制を整えた敵が短いサイクルで襲撃をかけてくる』*2『敵の物量作戦で短時間に連戦を強いられる』*3などして物資の補充をする
ましてやヴァルキューレ警察学校はD.U.だけでも生徒数数千は下らない超巨大な政府組織である。
それが『撃つ弾を買うお金がありません』は明らかにおかしい。
「ですがご安心ください! 市民の安全のために、いざとなったら徒手空拳でも犯人と戦いますので!」
「そうならない事を願うばかりですね。……ああ先生、少し小耳に挟んで欲しい事が」
「"何かあった?"」
赤髪生徒は顔を先生の耳元へ近づけて囁く。
「SRT特殊学園の跡地に窃盗団が入りこんで、中に放置されていた装備品が盗まれたらしいよ」
「"……初耳だね?"」
「連邦生徒会が情報統制が敷いてるみたい。……あのバカどもの事だから、たぶんバレるのも時間の問題だけど」
故意に
ミレニアムサイエンススクール(M.S.S)。
現在の独立した教育機関としての体を成してから日が浅い*4が、キヴォトス中央部では飛びぬけた勢力を持っている。
そのため凋落したアビドス高等学校に代わり、トリニティ・ゲヘナと並ぶ『三大校』として知られている。
一方でミレニアムは大規模な風紀委員会を保有していない。
学園の成り立ち上、ヴァルキューレ警察学校の分校が他校と比べて多いというのもある。
だが
メイド部こと『Cleaning & Clearing』、通称C&Cという特記戦力。これがミレニアムの切り札だ。
『メイド部』と言われる通り、表向きは清掃を始めとした学園内での奉仕活動を目的とした部活である。
その実態は四名*5のエージェントと多数の後方要員を備えた、最精鋭の秘密諜報部隊である。
……ただ、あまりにもセミナーがC&Cへ依存している現状と、誰かさん*6が度々大きな被害を引き起こす事から『秘密』という点は形骸化している。
生徒どころか一般市民に至るまでC&Cの実態を知っている、といえば本末転倒ぶりが分かるだろうか?
そんなC&Cだが、最近エージェントチームが一つ新設された事が話題となった。
エージェント・ゼロチームがあまりにも有名なことから自然と注目されたのもある。だが最大の理由はチームリーダーの経歴にあった。
トリニティ総合学園自治区出身、元SRT特殊学園二年生。
かつて山羊の校章を背負っていた、白き翼を掲げたメイドなどミレニアムでは前代未聞だからだ。
A2チーム用に割り当てられた部室は、いつもの四人が詰めている本部と比べてれば猫の額ほどの広さしかない。
これは要員がたった二人しかいないというのもあるが、『小さくてもいいので別室を用意してくれ』というアンジュの要望が通ったためだ。
「予想はしてたけど、注目集めすぎね……」
「そりゃそうだろうよ」
その部室に来客が二人。元同級生であるユイとエリだ。
アンジュが所属していた『EAGLE小隊』を始め、鳥類の名を冠した部隊は諜報活動を主眼に置いていた。
役割が近く、SRT特殊学園のなかで風紀委員会的な立場にいたWOLF小隊とは親密な関係を築いていた。
「それで? 今は警察の飼い犬になってる身分で、『ビッグシスター』の手駒になんの用があるのかしら?」
「そう言わないでよジュジュちゃん」
ユイは自虐を含めた軽いジャブを躱しながら、腕時計の裏面に隠し持っていたマイクロSDを取り出した。
「この間のSRT装備流出事件、それへの関与疑惑がある行政官の特定を手伝って欲しくてね」
「……聞かせなさい」
あっという間に食いついた。
犯人が逮捕されるまでの一時的だとしても。ミレニアムは連邦生徒会の弱みを握れる。
そう考えるとこの私事への協力は学園にも一定の利があるだろう。
何よりもアンジュにだってSRTへの愛着は残っている。それを踏みにじる者は許せなかった。
EAGLE小隊は連邦生徒会に対する内部調査を主任務としており、会長失踪後の活動停止下においてもある程度は生徒会内の内情を追っていた。
実態を知るからこそアンジュは生徒会の配下であるヴァルキューレへの編入を拒んだのだし、残るEAGLE隊員は脱走してしまったのだ。
「どれどれ……」
支給されたデスクトップPCの再生アプリに、事件当日の警備局長と行政官のやり取りが再生される。
『──SRT特殊学園の跡地に賊が入り込んで略奪を行っている。ただちに出動し犯罪者を制圧しろ』
『……よく聞こえないぞ、繰り返せ』
『廃校になったSRTをゴミ■シ共が勝手に鉄くず拾いしてるんだ! さっさと出動しろ能無し共!』
『……命令を受諾しました』
『土地勘があるだろう。元SRTの生徒を集めて動員しろ、これは最優先事項だ』
ブツリと通話が切れる音が鳴り、音声ファイルの再生が終わった。
「いつ聴いてもひでぇなこりゃ」
「こんな横暴がまかり通るほどなんて、ほんとどうかしちゃってるんだろうねー」
アンジュはヘッドフォンを付けたまま目を閉じ、記憶の本棚の中から声の主を探し始める。
やがて間違いないと踏んだ人物が思い当たると瞼をうっすらと開く。
「……防衛室第四課の
──防衛室第四課。
ヴァルキューレ警察学校の装備品を管理・調達する部署だ。
WOLF小隊とEAGLE小隊としても、SRT時代に企業との癒着疑惑を捜査したことからよく覚えている。
その件では長年D.U.内の警察学校へ銃器を卸している企業の業績が悪化し、カイザーグループへ身売りを図っていた事を突き止めている。
結局は長年の関係からなぁなぁで済ませようとしただけだと判断され、再入札のうえ非カイザー系企業へ契約先を換えただけにとどまっている。
「だが第四課にヴァルキューレへの命令権はないぞ?」
「ええ、明らかな越権行為よ」
ヴァルキューレ警察学校の『上層部』……命令権を持つのは防衛室である。
だが実態としてはその命令権が行使されることは滅多にない。
というのも、連邦生徒会の極端なトップダウン型構造と各学園の高度な独立性から『連邦生徒会長だけが責任を担う』ような状態になっているためだ。
例えばキヴォトスでは頻繁に発生する列車強盗に対する諸々の対処は、防衛室と交通室が連携し該当地域のヴァルキューレとハイランダー鉄道学園に対処させるのが普通に思える。
だが実際には連邦生徒会長かそれに準ずる立場の人間が警報を発し、防衛室を無視して直接ヴァルキューレへと命令するようになっている。
RABBIT小隊のデモ騒動の際、警察学校の動員は会長代行であるリンの一方的な命令であった。
これも連邦生徒会では『ごく当たり前に行われている対応』であり、一応は防衛室の立場をないがしろにしている訳ではないのだ。
ゆえに防衛室という組織は日本でいうところの『防衛省』『警察庁』『裁判所』がまとめられた前時代的な強権を持っているのにも関わらず、さながら窓際族のような扱いを受けている。
それはともかく、防衛室の管理職だからといって全員が警察学校への命令権を持っているわけではない。
だがヴァルキューレ側としては一括りに『防衛室』であるので、それを判断することは不可能に近い。
「ちゃんと確固たる証拠を集めれば、連邦生徒会の行政官だろうとヴァルキューレで逮捕できるわ」
「でも令状の発行は防衛室の仕事だね*7」
「……チッ。奴を切り捨てるだけの根拠は山ほどあるが、SRT時代のようにはいかねぇか」
「「はぁ……」」
ヴァルキューレへ転籍してからため息の頻度が爆発的に増加している。
そうは感じているが生理現象のようなものなので抑えることはできない。
「難儀ね……。とりあえずお茶でも飲みましょうか」
アンジュは手元に置いてあったひも付きの鈴を持つと、上下に振ってシャンシャンと鳴らした。
扉がドカンと開け放たれ、ミニスカートのメイド服*8に身を包んだ少女が入ってきた。
「はいはーい! いやぁ待ちくたびれましたよー!」
「この子は?」
「
「もーっ! アンジュはすぐ人を小動物扱いする!」
ダイヤと呼ばれた少女はティーセットを載せた盆を卓へ置きながら頬を膨らませた。
一行はダイヤが淹れた紅茶と自作だというクッキーを美味しく頂きながら、これといって裏もない世間話に花を咲かせていく。
来客が警察関係者、しかも元SRTの同僚ということで、おそらくこの部屋の中はC&C本隊に監視されているのだろう。
だからと言って話をしないという選択肢はなかった。聞かれて困るような事は互いに言わないからだ。
チリリリリリッ、とダイヤのポケットから電子的に合成されたベルの音が鳴った。
取り出されたのは懐中時計を模したスマートウォッチらしき道具で、蓋の裏にある液晶画面に何かの予定らしき文字列が記されている。
「アンジュ、そろそろ『掃除』の時間だよ」
「あーもう、めんどくさいわね。友達と会う時ぐらい融通利かせなさいよ……」
SRT時代だったら間違っても人前で口にできないような文句である。アンジュ自身も本気で言ってる訳ではないのだが。
「アンジュ、今日は助かったよ。必ず奴の尻尾を掴んで裁きを受けさせるからな」
「ダイヤちゃんも今度はお互い暇なときに会おうね」
時々ハルキへやっているように頭を撫でてしまいハッとなるユイだったが、ダイヤの反応は心底嬉しそうだった。
「はい、お持ちしております! ……メイドとしては上なのに、僕ってネル先輩と比べてどうも侮られがちで」
「比較対象がおかしいわよ」
笑いながらエリとハイタッチをして先に行こうとするアンジュ。ダイヤは少し慌てながらそれを追っていく。
「その部屋オートロックなのでそのまま扉を閉じてください! ではまた!」
……
D.U.へ向かうハイウェイを一台のスポーツカーが駆け抜ける。
おそらくリュウカあたりがこれを見たのであれば『安室の車』と言ったもしれない。*9
これはスポーツカー好きのエリがヒスイに土下座してまで安く売り出されているものを探してもらい、半ば投げ売りされていたものを買ってレストアした汗と涙の結晶である。
WOLF小隊が意見対立する数少ない理由のひとつが『車の好み』である。
例えばユイは荒廃したアビドスでの運用を想定したSUVで、ヒスイは小型軽量のハッチバックだ。
ハルキだけはあまり選り好みをしていないが、背が飛び抜けて低いのでそもそも選択肢が限られている事情がある。
ハンドルを握るのは当然オーナー自身であり、ユイは助手席で6インチのタブレット端末に向かい合っていた。
「で、アンジュはなんて言ってきたんだ?」
「ちょっと待ってね。パスワードに諜報部隊だけで使われてた暗号が使われててね……」
アンジュはエリとハイタッチした際、最初に出したものとは別のマイクロSDカードを託していた。
わざわざ室内や通路にある監視カメラからは死角になるように、だ。
「……よし、出たよ」
映し出されたのはFOX小隊が起こしたとされる襲撃事件で、犯行グループに襲われて負傷した連邦生徒会の幹部のリストとそれに対する注釈がひとつ。
「……体育室長のハイネ以外、リン代行の派閥に属する室長とその部下……?」
「おいおい随分ときな臭いじゃないか。この期に及んで内ゲバしてんのかよ」
エリは視線を一瞬ユイの方へ向けて毒づいた。
「むしろ会長が居ない、そして後任を決める気がないからこそじゃないかな?」
連邦生徒会は
何か良からぬことを目論む者が動いているのは明白だった。
Ep.09「私は瀟洒な諜報員」(終)