特殊性癖の戦国転生   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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1536年 安慈、村人の信頼を得る

「これが腹痛を和らげる薬、これが喉の痛みを取る薬、これが肩のコリを解す軟膏···」

 

「ずいぶんと作りましたな」

 

 数え年で六歳となった私は錬金術で薬作りにハマっていた。

 

「安慈様錬金術とやらは凄いです! 私達も覚えることはできますか?」

 

「残念ながらこの技術は仏神より与えられし奇跡ですので再現性は低いのですよ。ただ病の知識は千差万別、下手な知識はかえって危険となるのです。例えば傷口を尿で洗い、馬糞を塗ると良いとされているが、あれはかえって傷を膿化させるものだ。正しくは清水で洗い、熊笹、柿の葉を患部に当てるか綺麗な布で巻けば良い」

 

「熊笹と柿の葉ですか?」

 

「どちらも邪気を払い、物を腐りにくくする効能がある。膿はいわば体が腐っているのと同じ。さすれば治りが早くなるというものよ」

 

 と私自身も試したことは無いが熊笹と柿の葉は消毒効果があり、本当は砂糖や塩による患部の水分を吸い取り、乾燥させることで細菌の繁殖を抑制するという方法もあるが、砂糖は高く、塩は痛みを助長させると信じられているので受け入れられにくいだろうと今回言うのはやめておいた。

 

「ただ錬金術にも順序があり、本来必要となる過程を省略して物を作っているに過ぎない。宇治は薬に興味があるのか?」

 

「いえ、安慈様のやられていることを真似できれば安慈様の負担が減るのではないか···いえ、私も仏神の奇跡の真似事がしたい欲が出ているだけですね」

 

「宇治は正直だな。では錬金術では量が作れない物を作ってもらおうか」

 

「量が作れない物?」

 

「堆肥だな。穴を掘り、もみ殻や野菜の屑、雑草、落ち葉等を集め、米糠や糞尿をかけて腐らせ地面に埋める。それを数年寝かせれば堆肥として。完成する。ただ数年も待てないので錬金術で腐らせた物を堆肥に早く変える粉を混ぜる。さすれば翌年には堆肥として使えるようになろう」

 

「なるほど錬金術を補助に使い、使わなくても時があればできるようにすると!」

 

「そう言うことだ。ただ作るためにはどうしても糞尿等を穴に運ばないとならん。私の力では運ぶにも一苦労なのだ」

 

「そこで私ですね!」

 

「ああ、これが上手くいけば米が更に取れるようになるからな」

 

「わかりました! 左貫と一緒にがんばります!」

 

 鎌倉時代から肥料を使い出したらしいが、戦国時代は混乱期故に肥料を作る技術が失伝していたり、戦乱で長期的な肥料づくりがなかなかできなかった時代だ。

 

 土地が痩せ、更に小氷河期の時期にも重なり寒さで米が生育不全を起こし、収穫量がなかなか上がらなかった状況がある。

 

 故に堆肥や肥料を使うことで土地の地力を回復させ、寒さに強い私が生み出した米(北海道北部でも栽培可能)を使えば米や野菜が多く穫れることになるだろう。

 

 それを広めながら土地の有力者と懇意になれれば上々である。

 

「さて、まずは座五郎の村から始めなければな!」

 

 農地改革を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 座五郎の村に種籾を配り、村人達を集め苗の作り方を教えていく。

 

 まだ農法が確立されていなかったので苗を植えるではなく、種籾をそのまま田んぼに蒔くというやり方をしていたので、それでは種籾が芽吹かない事や鳥に食べられる事があると言い、冷水に浸けて水を交換しながら数日寝かせ、それを木箱の中に土を入れた物に蒔いていく。

 

 日の当たる場所で数日もすると芽が出て青々とした苗になる。

 

 苗を引き抜き、籠に入れ、水を張った田んぼに苗を二本から四本掴んで植えていく。

 

 乱雑植え(正条植えでやる道具や草取りなどに使える道具が無いこと、あまり変えすぎると村人達がついてこないことを考え植え方は乱雑植えにした)をし、あとは待つ。

 

 村人達はいつもと違うやり方に難色を現したが、仏神様より教えられたやり方で昨年和尚の田んぼは豊作になったと伝えると、皆納得してくれた。

 

 田植えが終われば次は芋を植える準備に入る。

 

 種芋を芽吹かせて、畑に畝を作り、植えていく。

 

 それが終われば夏野菜の準備と暇が無い。

 

 幸い大きな戦が無いので、戦に駆り出される人員も少なく、村人達が協力することで春から夏にかけての忙しい時期を乗り越えることができた。

 

 

 

 

 

 

 ある日、行商人が寺を訪れた。

 

 寺で芋料理を振る舞ったら大層感激し、是非とも売らせて欲しいと言われたのだが、あいにく殆ど種芋にしてしまったので数が無いと言い、秋の終わり頃ならば収穫し、数も増えるので売れる数をそろえた方が商いもやりやすいだろうと説得すると、行商人も納得して帰ってくれた。

 

「零細とはいえ商人と繋がりを持てたことは大きい。身体の調子も良くなってきた故に和尚、秋頃行商人と町に行きたいのですが」

 

「良いでしょう。ただ徳源を連れていきなさい。大人の徳源が居れば多少の問題は跳ね除けることができるでしょうに」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏になると夏野菜の収穫となり、きゅうりやゴーヤ、トマト、二十日大根、ナス、スイカ等が実り、村ではどのような料理に使えるのかわからなかったが、私が料理方法を教えると、美味い美味いと食していった。

 

 この時代だと物珍しい食べ物ばかりで確かに調理方法を知らないと困るであろうが、美味しいとわかれば皆食す。

 

 きゅうりやナス等は糠に漬けたり、トマトをトマトケチャップモドキを作って壷に保存したり、それでミネストローネを作ってみたりした。

 

 色々な夏野菜を摂ったおかげか村人達が今年は活力がみなぎると言い、収穫する芋を保管するための芋穴を掘ったり、鍛冶屋に頼んで穴掘り道具としてスコップを作ってもらったりし、秋となる。

 

 田んぼは見たことないくらい稲穂の黄金色で埋め尽くされ、村の長老でも見たことがないくらいの大豊作となった。

 

 芋の方も豊作であり、今年は食うに困らないほどの収穫ができ、税を取り立てる者にいつもより多めに納めるよう村長が言われて不満を愚痴っていたが、これだけ収穫できれば金に変えることができると喜んでいた。

 

「今年は雑穀ではなく米だけで食うことができそうだ!」

 

「幾分かは来年不作だった時に備えて保管しておくほうが良いでしょう」

 

「安慈様、誠この座五郎感服いたしました。村の皆を代表して礼を言います」

 

「よいよい、ただ次はこれを銭に変えなければならない。今度来る行商と共に何人か山口の町に行き、芋料理を広め、銭に変える手伝いをして欲しいのだが」

 

「なら次男坊三男坊の男共を連れて行ってください。こいつ等は新たに土地を開墾するか、戦働きをするか行商や職人に弟子入りするしか食って行くことが難しいですから」

 

「山口の町に行きたい者は居るか?」

 

 と私が言うと十人ほど若いのが手を挙げた。

 

「では行商が来るまでに芋料理のやり方を広めていこうぞ」

 

 約二週間ほど料理の練習をし、ある程度できるようになった頃、行商人が来て芋を買い取ると言ってくれた。

 

 で、行商にどんな料理ができるか知らないと買われないだろうと説得し、調理具や芋を荷車に詰め込み、行商と一緒に山口の町まで行くことになるのだった。

 

 

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