陰陽禍福ハ糾エル縄ノ如シ 作:荷福
当たるも八卦当たらぬも八卦。運というのは、常に天秤の様に傾くもの。
不幸があれば、幸福があり。幸運があれば、不運もある。
それらはあって当然で、常にどちらかに振り切り続ける事は無い。
しかし、何事にも例外があった。
一つは、不幸の象徴。形状はペンダントであり、その色はこの世の何者よりも暗い色をしており、この世のどんな暗闇よりも黒く深くただ見ただけでも気持ちを陰鬱とさせる。
一つは、幸福の象徴。形状はペンダントであり、その色はこの世の何者よりも明るい色をしており、この世のどんな光よりも白く澄んだ、見ているだけでも気持ちが晴れわたる。
彼らは対であった。だが、彼女らは分かたれた。
二匹の鯉は、番を求めて空を泳ぐ。その果てには、運命という滝を登り、行きつく先は東洋龍。
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『ノボル、もっと撫でてほしいわ』
「ああ、良いよ」
『もっと褒めて』
「君の鱗は本当に綺麗だ。澄んだ夜よりも、もっと深くて純粋な黒。こんな鱗に触れられるだなんて、僕は幸せ者さ」
撫でられる指にじゃれつくようにして、先端に行くほどに
すると、そんな彼の傍へともう一匹巨大魚が寄ってくる。
先の魚とは真逆、先端に行くほどに翠緑へと染まる純白の鱗を纏った優美な翡翠色の一対の目を持つ魚だ。
『ノボル、感謝するぞ。
「まあ、拾ったのは僕だしね。
『………いいや、遠慮しよう』
ゆらゆらと尾びれを揺らして、白の魚はゆったりと戯れる昇と黒の魚の周りを漂った。
黒の魚を撫でながら、昇は空を見上げる。
廃神社。鳥居は支柱が片方折れて斜めに傾いており、境内は雑草が伸び放題。手水舎は木が腐れて石材の水受けの上に覆いかぶさり、そもそも本殿も柱が折れたのか斜めに傾いていた。
その廃社の奥。苔むした石段に昇は腰掛けていた。
双魚は、周囲の人間にも視認する事が出来る。その為に、いつも窮屈な状況に押しやってしまう現状を憂いていた昇が見つけたのがこの山奥の廃社。
不気味な場所だが、同時に人も近付いてこず人里も離れている上に道路なども無い為生活音が一切しない。
そしてここでならば、双魚を自由に泳がせる事が出来た。
『あら?』
昇に撫でられていた黒の魚が、不意にその単眼を空へと向けた。つられて、白の魚も空を見上げる。
『アレは……』
『変な気配ね。良くないものかしら?』
『そもそも、何故こんな山奥に
双魚が互いに言葉を交わしながら、その単眼と双眼がゆっくりと風に流されるように、しかし一方で真っすぐに昇の下へと落ちてくる。
瞬間、優美な純白の尾鰭が封筒強かに叩いていた。
「陽?」
『すまない。だが、
昇が首を傾げれば、白の魚はジッと雑草の中に落ちた手紙を視つつそう答えた。
白の魚に呼応するように、単眼を細めて黒の魚は朱殷の光をその目に集めてくる。
『消す?私は、ノボルが居ればそれで良いもの』
『陰に同意する』
「うーん」
双魚の言葉を受けて、昇は改めて封筒を見やる。
彼としては、この双魚の言葉を出来る限り優先したいと思う。その一方で、気になる事もまた事実。
「…………見て見ようか」
『ノボル!?』
『本気か?』
「確かに不審物だけど……うん、この世の不思議な事情には何かしらの理由が有るって知ったからね」
そう言って、昇は石段から立ち上がると封筒へと足を向けた。
そもそもからして、二匹の巨大魚が空中を泳ぐ様からして異常事態だ。それを、昇は受け入れている。何なら、その扱いは家族同然だ。
今回の封筒も、昇にしてみれば不思議に思えども、恐ろしさを覚えるような相手ではなかった。
果たして、拾い上げられた封筒。彼の顔の隣からはそれぞれ双魚が顔を覗かせてくる。
「…………とりあえず、剃刀レターじゃなさそう」
『そんな物だったなら、我が消し飛ばしてやろう』
『私でも良いよ』
「その時は、頼りにしてるよ」
物騒な魚たちに笑みを送ってから、昇は封筒を開く。
入っていたのは、一枚のカードだ。
“悩み多し異彩を持つ少年少女に告げる
その
己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、
我らの“箱庭”に来られたし”
こう書かれていた。中々奇抜な誘い文句だ。
「着の身着のままで来いって事か……熱烈だね」
『ノボル、やはり消し飛ばそう。ああ、今すぐに。陰』
『勿論』
キュィィィン、と独特な高音を立てて単眼へと朱殷の光をチャージする黒の魚。
そんな魚の頬の辺りを撫でて、昇は笑みを浮かべた。
「まあまあ、落ち着いて。急いては事を仕損じる、とも言うし………それに、何処だろうと僕らは何も変わらないさ」
『『…………』』
双魚にしてみれば、こう言われてしまえば口をつぐむほかない。
言いはしないが、彼らにとって瀧沢昇は念願の持ち主なのだ。そんな彼に窘められては、彼の意に反してカードを消し飛ばす訳にはいかない。
同時に、コレは了承の意を口にした事にもなった。
「おや?」
次の瞬間、彼らの身体は上空4000メートルにあった。
見た事のない空が広がる。巨大な柱とも言うべきものが見えた。
世界の果てが明確に存在している。その先には瀑布の水が落ちていた。
『ノボル』
白の魚が落ちようとしていた昇の下へと滑り込んで、その巨体に座らせた。側には黒の魚が寄り添った。
『手荒な招待ねぇ――――壊してしまおうかしら』
「落ち着いて、陰。陽のお陰で、僕も平気だったし」
『だが、引きずり込まれた事は事実だ。余程、この招待主は余裕がないらしい』
荒ぶる黒の魚を宥めながら、昇は下を覗き込む。
目の眩む様な高さだが、彼に恐怖は無い。それだけの信頼があるからだ。
気になったのは、自分と同じように唐突にこの世界へと投げ出された三人と一匹について。
「………あ、助かったみたいだ」
『何の話だ?』
「僕らと同じタイミングで、投げ出された子たちだよ。湖に落ちたけど……うん、生きてるみたい」
『どうでも良いわ。それよりも、ノボル。これからどうするの?』
『我らが居るとはいえ、お前は衣食住が必要だ。そこらの獣など物の数ではないが、飢えはどうしようもない』
「そうだねぇ…………あっちの街に行ってみれば何かあるかも」
白の魚の上でキョロキョロと周囲を見渡した昇は、天幕の張られた壁に囲まれた大きな街を見つけ口にした。
下の彼らも気になるが、しかし昇にとっては所詮は他人事。関わる必要性を感じなかった。
『ならば、向かうとしよう』
ゆっくりと高度を下げながら、白の魚は街へと泳ぎ出す。
彼の異世界の生活は、こうして始まりを告げた。