この素晴らしい世界にスライムを! 作:履舌裏駄像
――貴族の暮らし、それは優雅で、上品で、贅沢なもの。今日も俺はふかふかのベッドから起きて朝食を取りに行く。気持ちよく寝たからか、頭の冴えが全然違う。食堂に入ると、めぐみんが食事をしているところだった
「いま、起きてきたのですか? もう、昼過ぎなのですが……」
めぐみんが呆れたように話しかけてきた。まったく、わかってないなぁ。
「俺は賊の侵入に備えて、わざと遅くまで起きているんだ。そういうめぐみんだって、ずっと飯を食ってるじゃないか」
俺は積み重なった皿を指さす。朝からずっと食べていたのだろう。
「賊は逃げる際に足止めの手段として、食料庫を破壊して凶暴な高級食材を放ったことがあるそうですよ。ですから、私がこうして、食べることによって衛兵やカズマたちが怪我をしないようにしているのです。モグモグ……」
「ああ、そう……」
俺たちは今、アルダープの屋敷で過ごしている。始まりはダクネスの屋敷で行った王女様との会食だ。そこでは、俺たちの冒険譚を話したり、俺が最弱職だと知った王女のアイリスたちに嘘つき呼ばわりされたり、ダクネスが俺たちの名誉のためにアイリスに平手打ちを行って諭したり……いろいろなことがあった。
そして、なんやかんやでアイリスに気に入られた俺は王女様に王宮へと拉致られてしまった。しかし、王宮暮らしはめちゃくちゃ快適で、アイリスからはお兄様と呼ばれる始末だ。昔から妹が欲しかった俺はアイリスの遊び相手に就任しようとしたが、ダクネスたちに阻止されてしまう。諦めきれなかった俺は王宮暮らしを続けるために、近年王都を騒がしている賊を捕まえると言ったところ、これはと思う貴族のもとで寝泊まりすることになったのである。
俺の計画が狂ってしまった。まあいいだろう、見てろよアイリス。お兄ちゃん頑張るからな。
「それにしてもこの屋敷に来て、もう三日か。賊が全然来ねえな」
「そうですね、ですが、昨日か一昨日に別の屋敷に現れたそうですよ。先ほども言いましたが高級食材を大量に放って衛兵や護衛の冒険者たちに襲わせたとか……」
めちゃくちゃ怖えな。確かに、めぐみんの言う通り食料庫は減らしてもらったほうが良いのかもしれない。その後、俺たちはデートと言う名の爆裂魔法を撃ちに行った。甘酸っぱい気配は爆風と共に吹き飛ばされたのだった。
それからというものの、この一週間でアクアは屋敷にあるとっておきの酒を飲み尽くし、めぐみんは食料庫にある高級食材を食い尽くした。そして、俺は自堕落で贅沢な暮らしを遠慮なく、堪能していた。
「あの、ダスティネス様……その、どうぞ遠慮なくとは申しましたが……」
「みなまで言わなくても大丈夫ですすぐに出ていかせますので!!!!」
明日には出ていかなければならなくなった。どうやら、好き勝手し過ぎたらしい。
そして、夜……
「昼間に寝すぎて、寝付けなくなったじゃないか。夜食、夜食っと。それにしても、明日には出ていかなきゃだもんなぁ。もう少し贅沢したかったぜ」
完全に昼夜逆転してしまった。独り言を言いながらキッチンへと向かう。すると、キッチンから何か物音がする。メイドさんたちも皆寝ているはずだ。俺は物陰に隠れて様子を伺う。
「見張りもいないなんて、考え過ぎだったかな……? ただ、食糧庫は見事に空になってるから、対策はしていないこともないんだろうけど。って言うか、君もいい加減ふてくされてないで探すのに協力してほしいんだけど?」
あれはまさか、噂の義賊か!? 最後の最後に当たりが来るとは! 幸運の女神エリス様、感謝します!!
「ん? いま何か妙な気配がしたような」
おっと、『潜伏』。気配を殺して、義賊へと近づく。そして、奴が背中を向けた瞬間に俺は飛び掛かった!
「確保!!! 観念しろ賊め!! 今までは上手くやってたようだが相手が悪かったな! 魔王軍幹部を相手取ってきた俺を相手に盗みを働けると思うなよ!!!!」
「ちょ、ちょっと何!? って言うか君ってもしかして……カズマ君!?」
何だろう、どこかで聞き覚えのある声だ。俺の名前を知ってるし俺の知ってる人かもしれない。
「ちょっと、いま、胸……すごいところ掴んでるんだけど!!」
「いや、侵入者を捕まえてるだけだし……」
「あたしだよ!!!」
賊が顔の下半分を隠しているスカーフを下げて顔を見せた。噂の義賊の正体はクリスだったらしい。しかし、賊は賊なので、捕まえておかなければならない。そう思ってクリスを捕まえていると、急にクリスがこっちを向いて口を開く。心なしか顔が青くなっている気がする。
「実は言うとさ、ここに侵入してるのは私だけじゃないんだよね」
何だよ急に。
そういえば、さっき、クリスが誰かと話していたような……
――頭がストンと落ちた。
俺は思わず首を押さえる。すると、普通につながっており、血すらも出ていない。な、なんだこれは……!? 俺が訳が分からず動転していると、拘束が解かれたクリスが少し離れてこっちを振り向いた。
「遅かったか……良い? 絶対に振り向いたダメだよ。大声も出したらダメ。今の彼、すっごい機嫌が悪いから何かあれば躊躇いなく君のことを殺しちゃうと思う」
なにそれ怖い!! っていうか全身の鳥肌がめちゃくちゃ立ってるし冷や汗も止まらない。恐怖に任せて悲鳴を上げたいはずなのに、声が全然でない。
「そういえば、君って暗視スキルと潜伏スキルを持ってたよね。よし、君には本当のことを話すよ。実は……」
「やめろ、聞きたくない!!」
俺は精一杯、小声を振り絞った。また、厄介ごとに巻き込まれるいつものやつだ! そして、俺は見逃してやるからさっさと屋敷から出ろと言った。
「で、でも協力してほしいことが……」
「聞きたくない聞きたくない!! 良いから、そのおっかない相棒を連れて行くんだ。さっきから、なんかスパスパと斬られてる感じがするんだよ!! 何かわからんけど、めちゃくちゃ怖えんだよ!!! それに、ここに人が来てみろ、こいつが全員皆殺しにするんじゃないのか!?」
「うっ……確かに、今日のところは引き上げるよ! 事情はまたあとで!」
否定しないのかよ……マジでいったいナニを仲間にしたんだよコイツ……
「あっ、逃げるなら俺を縛ってから行ってくれ。逃げられたって言い訳できるから!」
クリスは俺にバインドをかけたあと、窓から脱出した。すると、俺に向けられていた殺気も嘘のようにフッと消える。そうか、相棒も帰るのか……
――ドンっ!!!!!
何か、すごい轟音がした。身体をくねらせて振り返ると、キッチンの壁に大穴が空いていた。すぐにダクネスたちがやってくる。
「何かとんでもない音がしたぞ!!!」
ダクネスが叫んだ直後に遠くでガラガラと何かが崩れる音がした。おそらく先ほどの奴が塀の壁を壊したのだろう。本当に機嫌が悪そうな感じだ……人選をミスってるとかいうレベルじゃねえだろアレ……
「か、壁が……! カズマ、無事か!? なにがあった!」
「バインドを喰らったのですか!? 怪我などはしていませんか!?」
ダクネスとめぐみんがキッチンの惨状を見て、声をあげる。
「い、いや、大丈夫だよ。縛られて動けないだけだ。賊にはあと一歩のところで逃げられたよ。この俺としたことが、油断した……! 早く縄を解いてくれ!」
「そうか……だが、怪我がなくてよかった。賊はどんな奴だった?」
「怪しげな仮面を被った男で、殺気を飛ばされたときなんか全身をバラバラに切断されてるのかと錯覚するくらいヤバイやつだったよ。それこそ魔王軍幹部と並ぶくらい……いや、場合によっては超えるくらいの狂気が垣間見えた。あそこまで、人間としての倫理を外れたような奴は、生まれて初めて見たよ。っていうか本当に人間なのか怪しいくらいだな。そして……」
俺は咄嗟に嘘をついた。しかし、何故か自分が先ほど感じた恐怖も一緒にべらべらと無意識に喋ってしまっていた。
「そ、そうですか……まあ、強さというかやばさに関しては、この大穴を見れば大体わかります。これ、魔法を使っていませんから。魔力の痕跡みたいなのが一切感じられません」
マジか、もしかして拳でこの大穴開けたのか……俺が新たな事実に驚愕していると、いままで黙っていたアクアが口を開く。
「ねえカズマ、ミノムシみたいになってるけど、もしかして身動き取れないの?」
「見ればわかるだろ! 早く解いてくれ」
俺がそう言うと、アクアがこのタイミングで謝りたいことがあると言いだした。何か嫌な予感がするがとりあえず、聞いてみると、俺が城にいた間に暇つぶしにカズマの部屋を漁ったところ、俺が作りかけていたウィズの店に出す商品を壊したらしい。滅茶苦茶ムカついたが、ここで拗ねられてバインドを解かれないのも嫌なので、無理やり笑顔を作って許す。
「許してくれるの? じゃあ、もう全部言っちゃうわね。その後もどうせこの部屋使わないだろうし、そこでおつまみを食べながらシュワシュワを飲んでたのよ。空瓶を片付けるのも面倒だったし。そのときに色々壊しちゃった! ……ごめーんね!!」
張り倒してやりたい!!!
「いいさ、返らなかった俺が悪いんだからさ……」
俺が怒りを抑えて許したときだった。ダクネスとめぐみんの目の色が変わる。
「確かに、今のこの状況は好都合だな……!」
そして、俺は散々ダクネスに恥をかかせたことを後悔させられるのだった。ドMとドSは紙一重とは言ったものだ。
次の日、俺は王宮でアイリスたちに義賊を捕まえられなかったことを報告した。その場にいた貴族からはザコ冒険者とか口だけ男だのメタメタに言われたが、あれだけ大口を叩いておいて逃げられたのも事実だし、何よりも、そこで反論して刑務所に入るのも嫌だったので黙って耐えていた。
「魔王軍幹部と渡り合っていたサトウカズマ殿が言うのだ。相当、凄腕の義賊だったのだろう……と言いたいところですが、今回に関しては上級職の冒険者が対峙していたとしても、同じ結果になった可能性、あるいはもっと悲惨な結果になっていた可能性があると認めざるを得ないでしょう」
俺のことを毛嫌いしているはずのクレアが庇うようなことを言ってくれた。一体、どうしたというのだろうか?
「領主が持っている屋敷というのは、基本的に頑丈に作られています。生半可な攻撃では傷をつけることはできても完全に破壊するのは難しいはずです。しかし、その壁には何らかの非常に大きな衝撃を与えられたと思われる大穴が開いており、塀の壁に至っては、まるでバターのように綺麗に切断されていました。魔力も使わずにこのような芸当ができるものなどそうはいません」
レインが補足をしてくる。そして、最後にアイリスが笑顔で俺たちのことを労ってくれた。
「ですが、あなたはそんな賊から、死人はおろか怪我人も出しませんでした。壁については残念ではありましたが、金品を守り抜いたのです。何者にも悪く言われる謂れはありません」
しかし、クレアから賊の捕縛に失敗した冒険者を城に置いておく理由はないとして、追い出されてしまった。さらば、俺の王宮暮らし……その後もアクアが俺の知らないところで知り合いをどんどん増やしていることを実感したり、ミツルギにあったりして、王都の宿で眠ることにした。
……眠ろうとしたのだが、部屋にクリスが忍び込んできやがった。そこでも、厄介ごとに巻き込まれてなるものかと耳をふさいで聞こえないふりをしたり、そのまま寝ようと思ったのだが、あちらもあちらで強情で、全然折れることはなかった。結局、話だけでも聞くことにしたのだった。
実は言うと、クリスは神器と呼ばれる強力なレアアイテムを集めているらしく、それは黒髪黒目の俺のような変わった名前の奴が所持しているらしい。この時点で厄介な臭いがプンプンするが、心当たりがある。これはおそらく転生者がはじめに貰うチートアイテムじゃなかろうか? クリスはそれを集めているのか?
「効果は様々なんだけど、神器はとても危険なものだから回収しなきゃいけなくて……それで、ここからが大事なんだけど、お城からもすごいお宝の気配がするんだよ」
「行っておくが、犯罪の片棒とか絶対にしないからな。っていうか、あの超強いお仲間はどうしたんだよ。そいつに頼めばいいだろ」
「そ、それが機嫌を損ねちゃって……ああなると、私の言うことなんて全く聞いてくれなくなるんだよ。昨日も壁とか塀を壊しちゃうし、この前なんて食料庫を壊して、暴れる高級食材と周りを巻き込みながら戦ってたんだよ! ……私、一応『義賊』としてやってるのに、こんなんじゃ強盗と同じじゃん!! っていう感じで制御が難しすぎるんだよ……その点、君は信用できるしさ!!」
こいつも苦労してんだな……だけど、それとこれとは別だ。こんな厄ネタなんかに首を突っ込もうなんて考えるわけがない。こうなったら……
「絶対に嫌だね、返れ帰れさっさと帰れ! 帰らねえならお前から教えてもらったバインドでセクハラすっぞ! ばい~ん」
「ひっ! きょ、今日のところはこれくらいにしておいてやらあ!!」
これで、ようやく寝られる……まったく、疲れる一日だったな……
――魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 魔王軍と思われる巨大な二つの集団が王都近辺の平原にて展開中! 騎士団は出撃準備、王都内の高レベル冒険者も参戦お願いします!!!
「ちくしょぉぉぉ!!!! 平穏に寝られると思ったのに、どうなってんだこの野郎がぁぁぁ!!!」
魔王軍襲撃!? 私はベッドから飛び起きて、急いで着替える。そして、ライムに声をかけて宿から出ようとするがライムがその場から動こうといていないことに気づいた。安定のやる気のなさ。しょうがないので抱っこをして、参戦希望の場所まで行くことにした。
「あっ、ゆんゆん!!」
その道中で、夜の散歩の途中だったのかクリスさんと会った。警報を聞いて冒険者として私も行くこと、クリスさんには安全な場所で待機していてほしいことを伝えて、先を急ぐ。すると、手をつかまれた。私がどうしたのかと振り向くと、クリスさんは私の手を両手で包み込むように握って呟いた。
「…………どうか、女神エリスの幸運を」
「私は君みたいに戦えるわけじゃないからさ、せめて先輩として、友人としてこれくらいはさせてほしいんだ。聖職者じゃないから効果があるかはわからないんだけどね。えへへ」
クリスさんは照れくさそうにしていた。だけど、いつの日にか見た女神のようなやさしい微笑みは私の心を暖かくした。
「いえ、なんだか力が湧いてきた気がします。ありがとうございます」
クリスさんにお礼を言って私は走った。頭にライムを乗せて。