エリドゥは壊滅的被害を受け、ほぼ廃墟と変わらない惨状だ。無事なのは最初に吹き飛ばされた場所の中央の統括管理センターくらいなものだろう。
『先生達も無事のようだ』
これで「なんで手を出した」なんて言われても言い訳できるくらいの大義名分は作ってきている。不用意に先生と敵対はしたくないのでね。私の目標であり理想は、激しい喜びも深い絶望もない人生。先生との敵対はキヴォトスを敵にするのと変わらない。過言とは言えないだろう?
王女の魔力砲を受けて崩壊しつつある体をなんとか形だけでも取り繕い、少女の姿を維持。このまま離脱したい。そう考えていたが、それを事態は許してくれなかった。
頭上、こちらに降ってくる影があった。降ってきた彼女と視線が合う。
「チビをやったのはテメェか!」
休む暇もなく戦地に投入されたのは『コールサイン
それでもこうして介入してくるのは化け物にとって予想外だった。美甘ネルは化け物が考えるキヴォトスの強者の1人だ。お互い消耗しているとはいえ戦いを避けたい相手だった。
『鎮圧と言って欲しいな、あのままなら世界が滅んでいたぞ』
機械音声での返答は、相手の理解を得る事はできなかったようだ。その両手に持つ銃の雄叫びがこちらを肉薄する。だが銃弾は全てこちらを避けていくように逸れて近くの地面に全て着弾する。
『今の私には余裕がなくてな、そちらの流儀に合わせるのは難しい』
「はっ、つまり弱ってるって事だろ?ここでぶっ倒して洗いざらい吐いてもらうぜ」
傷だらけで消耗している筈のネルにその雰囲気はない。あるのは相手を喰らおうとする獰猛な野生の視線。
戦いを避けられないと諦めた化け物は、ネルの前に指を三本立てた。
「あん?何を──」
『3分だ。それ以上は付き合えない』
その言葉にネルの思考に一瞬空白が生まれる。それは──つまり。
私の事を舐めてるって事だよなぁ!?
一瞬の間を開けて、ネルの闘争心は沸騰した。足をカクンと曲げ、バネのように一気に跳ねる。
馬鹿正直に撃っても当たらねぇだろうな。
しかし、その闘争心とは裏腹に、ネルは静かな考察を続ける。先程撃った弾は逸れた。理屈は知らない。だがそういう事ができる、とだけ理解できれば問題ない。
『まるでバッタだな』
そう呟く化け物は、自分の周りを飛び回るネルをじっくりと見ている。
強者特有の硬さと火力の高さを持ちながら、美甘ネルの特筆するべき点はその機動力だろう。本人の精神的タフネスも含め、彼女の射程圏内での強さは折り紙付き。連戦している今の化け物からしても、簡単に下せる相手ではない。
飛び回るネルは、相手の視界から消えたタイミングで一気に懐まで接近、そのまま銃口を突きつけ発砲。確かに直撃した弾丸は、ずるり……とその肌の中へ取り込まれたのを見た。
『速いな』
一言。反撃とばかりに放たれた上段蹴りを、咄嗟に顔を庇った腕で、数メートル先まで地面を踏ん張った足で削りながら受け止める。
「……へっ、澄ました顔してる癖にいい重さしてんじゃねぇか」
受け止めた腕がプルプルと震える。その華奢な足から放たれたとは思えないほどに今の蹴りは重かった。
その事実を前にネルは怯まない。むしろ嬉々としてその距離へ肉薄し続ける。
「上等だ!だったらその上で上回ってやるよ!」
お互いの体が交差する。蹴りが、拳が、銃撃が。接近するお互いの顔は少しすればくっつくほどに攻防を繰り広げる。
『なるほど』
無表情のまま、化け物は理解した。目の前の相手が自分にとってやりずらい相手だと。
私や王女の様に、物事を理論づけて考えて実行するタイプではなく、美甘ネルはその反対。頭でも勿論考えているのだろうが、その根拠となるものに理論がない。何処までも本能、直感に裏付けされた速度で成り立つ高速戦闘だ。むしろ、彼女の戦闘スタイルはそうでなければ成立しないのだろう。
それでいてある程度のダメージでは倒れないタフネス。なるほど、厄介だ。
『なら』
その攻防の中で片手で指鉄砲の形で美甘ネルの額にピタッとくっつける。何のダメージにもならない行為にネルが困惑の気配。
だが、化け物の目的はこれから。速い詠唱で放たれるのは、指先から最速最小でぶつけられた『ヨグソトースの拳』。
衝撃が額を突き抜け、撃ち抜かれたネルの頭がガクン!と後ろへ仰反る。ネルの意識はそこで途切れ、泥の様に崩れ落ちた。
『先程の戦闘で要領は掴んだ』
ほぼ空となった魔力をかき集め、必要最低限、意識を刈り取る一撃は予想通り通った。
戦闘時間は、ジャスト3分。崩れ落ちたネルを見下ろしていると、背後で砂利を踏む音が聞こえ、振り返る。
そこに居たのは先程中央にいたゲーム開発部、エンジニア部にセミナーの会長、先生達。揃い踏みだった。
「君は……」
スーツ姿、人の良さそうな顔の男。なるほど。これが先生か。初めて見るが、化け物の直感は間違っていなかったと思った。
纏う雰囲気や、眼差し、佇まい。間違いなく彼は私が心底恐れる『探索者』だと。
『初めまして、だな。私はクロウ、カイザーコーポレーションの外部顧問をしている』
その言葉に先生はぴくりと反応した。
「カイザー……君が?」
それはそうだろう。大人ではない容姿の少女が、カイザーの?不思議に思うのも無理はない。
『世界を滅ぼすという大層な評価だったのでな、その実態を調べる為こうして訪れた』
「まさか、アリスを」
先生の表情が曇る。セミナー会長のように、私をそう見たのだろう。冗談じゃない。例えここで王女という危険を排除しようと、それ以上に優先しなくてはならないのは先生だ。
『安心するといい、そこで倒れている2人に命の危険はない。寝ているだけだ』
『カイザーには眉唾物だった、と報告しておくさ』
だから先生と敵対はしないよ、と全力でアピールして、私はその場を後にした。追いかける者は、いなかった。
クロウ
敵じゃないよ!まじで敵じゃないよ!と全力アピールで必死。でも今の所やってること敵じゃないかな?
美甘ネル
傷つき消耗した状態だったのでやられた。最後の攻撃も万全ならあれでもまだ立ち上がるし、粘り続ければ勝てる可能性もあった。タフという言葉は彼女の為にある。
SAN値チェックはない。彼女は人智を超えた現象を見たとしても、理解しないままに「どっちもありえる……そんだけだ」と流せるタイプ。そういう意味ではクロウの苦手とするタイプ。
先生
見た目は少女なので、先生として守らなきゃいけない子供の1人だと思ってる。そんな子がカイザーにいるなんて、どんな事情が……?
すいません、そいつむしろカイザーに恐れられてるんすよ。逆です。
探索者
クトゥルフ神話TRPGにおける主人公枠。多種多様、人間の可能性と言って良い。共通してるのは、ワンチャン神様だろうとぶっ飛ばせる可能性を秘めてる事。ダイスの神様は絶対なのです。だからフィリピン爆竹とかそういうのやめてね、と化け物は語った。