ここはトリニティの複合商業施設。普段なら沢山の人で賑わい、生徒達はショッピングを楽しみ会話に花を咲かせていただろうバルコニーに人の気配はない。
突如発生した戦火と、混乱によってすでに退避した後のガランとした雰囲気は、物悲しさや、哀愁を感じさせた。
「あれ?ちょっと私の想定と違うなぁ……君、出てくるのはもう少し後じゃない?」
そんなバルコニーの中央、飲食ができるよう机と椅子が並ぶ空間に、対峙する2人の影があった。1人は笑顔を張り付ける化け物。1人は──
「待っていた」
ガスマスクをつけた白を基調とした服装、背中に一対の真っ白な翼と相まって子供っぽさを感じさせるが、その雰囲気は訓練された兵士のそれだった。
「えーっと、確か……そうそう、白洲アズサちゃんだっけ」
笑顔のまま細められた目がアズサと呼ばれた少女を射抜く。僅かに震えている体は化け物に対し怯えがあるのを隠しきれていない。
だが、そんな事よりも。今化け物の疑問は、何故私の前に『今』姿を現すのか、であった。
「この先に用があったんだけど……退いてくれない?」
端的に化け物は尋ねる。まるで友人と話すような気軽さだが、これはお願いなどではない。言葉の裏に見え隠れする悪意は命令と同義だ。
「それはできない。全ては虚しいのだとしても、到来するのが虚無なら……私は抵抗すると決めている」
その言葉に、困ったようにんー、と言葉を吐く化け物は、まるで買い物に行くかのように言った。
「じゃあ死のっか」
向けられた指から放たれる不可視の衝撃がアズサの額を貫く。それで終わり。
「──フッ!」
しかし、そうはならない。アズサはその寸前で横に身体ごと跳ね、攻撃を避けながら手元から地面に投げた。カランカランと軽い音をたてながら転がるそれは、プシュっと、気の抜けた音でその中身をぶち撒けた。
「煙幕ね」
もくもくと発生した煙は周囲を覆い、視界を塞いだそれの目的を、測りかねていた化け物はすぐさま煙幕越しに二、三発同じようにアズサに放つも、避けられる。
そうして姿の見えないアズサはこちらに正確に射撃。弾丸が化け物の肌に直撃した。
「痛いなぁ」
それを確認し、アズサはその場を離れ姿を隠した。残されたのは、煙の中に佇む化け物1人。
「なるほど」
この煙は姿を隠すのと同時に、こちらの攻撃を視認する為の対策か。いくら不可視とは言え、煙を押しのけて放たれるのだから、煙は動く。それの変化で軌道を読んでいるのか。そして、『逸らす』為に必要な条件、対象の視認が、この煙によって阻害され使えない。
この身体になってから初めての銃撃戦で、初めて分かったこともある。普段の私なら弾丸なんて大した影響はない。だが、この肉体を得た事で弾丸に対して耐性が落ちている。少々痛いくらいだが、まともに喰らい続けるのは良くない影響があるだろう。
「んー、なんでかなぁ」
それでも一つ解せない。私はキヴォトスに根を下ろしてから、まともに表で活動したことなど数えるほどしかない。情報が出回るはずもなく、魔術の事などわかるはずもない。なのに、何故ここまで正確な対策ができるのか──そこまで考え、私は一つ思い当たる存在があった。
「あ、そっか。百合園セイアか」
物陰に隠れ、壁に背中を預けるアズサの呼吸はとても荒い。マガジンを引き抜き、残弾を確認して再び差す。いつもやってきた身体に染みついた動きも、今の状況ではとても安心できるとは言えなかった。
「落ち着け……」
逸る心を押さえつけるように呼吸を整える。ここで如何に私が動くかで、全てが変わる。予め教えられたルートから、ここにトラップを山ほど仕掛けた。実力ではキヴォトスにおける強者に数えるほどではないが、自分のテリトリー内ならば、大物喰いも可能だと自負している。
だが、心のどこかで相手に勝てないと冷静に考えている。対面した時、ある程度の実力を測ることができる。兵士として育てられたアズサにとって必須、なければならないスキル。その経験則が、勝てないと告げていたのだ。貼り付けたような笑みの向こう、得体の知れない何かを感じたのかもしれない。
──君は勝てないだろう。だが、何もできないわけじゃない
銃を突きつけ対面した、百合園セイアの言葉を思い出す。あの時、銃を向けた相手に対してセイアは安心した様子を見せていた。
「済まない、君に頼みたいことがある」
「……この状況が見えないのか?」
セイアを害そうとする刺客である筈の自分に、何故こうも信頼する目ができるのか。
「幾つも未来を見た。何度も何度も繰り返して。最善のルートを模索したんだ、その結果、これが一番だと確信している」
そういうセイアの顔は青く、汗まみれで、息も絶え絶えだ。これでは私が何かする前に死んでしまうのではないか、と思うほどに。
「頼む、君しかいない。あの化け物の足を止めるんだ」
「化け物?一体何の──」
「君が大切にしている者達が死ぬ、何もしなければね」
その言葉に動きが止まる。追い詰められた者特有の、荒唐無稽な発言。そう断じるのは容易い。だが……彼女の言葉には、言い知れない力強さがあった。ストンと、そうなのかと思ってしまう力があった。
向けていた銃を下ろし、話を促す。
「私は最悪の未来を見た。ミカが泣き、トリニティがメチャクチャになる──だが最悪はもっと酷いものだった。キヴォトスは滅び、楔によって隠されていたテクスチャが剥がれ、青ざめた空が広がる世界……あれだけは阻止しなくてはならない」
まるでそれを見てきたかのように語るセイアの表情は至って真剣そのもの、嘘をついているようには見えなかった。
そうして語られた事は、アズサにとって、何よりも優先するべき事になった。
──勝てない。しかし弱い駒が、強い駒の足を止める。この重みを君なら理解できる筈だ。
「それで、守れるのか?」
──最悪の事態は回避できる、断言しよう。君の稼ぐ1秒がキヴォトスの命運を分ける。
そんな過去を思い出していると、爆発音が響き、フロア全体が揺れる。罠が作動し、幾つもの爆薬が炸裂した。その爆発をじっと見つめる。強烈な光の後、煙の向こうから声が響く。
「サーモバリック爆薬ね……中々の威力だけど、単発じゃ大して意味はないね」
煙の中から現れる少女の姿をした化け物に、傷はない。キヴォトス人でもまともに喰らえば傷は残る代物なのだが。
言葉の代わりに銃弾を返事として返すも、それらを受け止めながら放たれる不可視の衝撃。
「ッッ!」
辛うじて避けるも、顔につけていたガスマスクは剥ぎ取られる。互いの視線が交差する。
その時、化け物の服から電子音が流れる。
「ん、連絡が来たかな」
こっちの向けた銃など気にしない様子で携帯を取り出し、ピッとスピーカーをオンにして話し始めた。
──予定通りゲヘナ生の締め出しを開始した。誘導先はトリニティ……変更はないな?
「あ、うん。変更はないよー。そのままトリニティに全部押し付けて」
ピッとそのまま連絡を終わらせ、携帯をポケットに入れ直す化け物を前に、アズサは疑問を口にする。
「ゲヘナ……?そんな事をして何の──」
「全ては虚しい、だっけ?それに合わせるなら……イナゴ、かな?」
その一言で理解した。理解してしまった。よりにもよって、この化け物は。
「聖書にも語られてるよねー、蝗害って言うんだっけ」
今、トリニティで指揮を取れるのは1人だけ。3人いるティーパーティのうち、桐藤ナギサ。3人の中で一番の頭脳派にして、穏健主義……そんな彼女が、敵とは言え苦しむ生徒が来たらどうするか?
保護、するのだろう。おそらく表立つのはシスターフットや救護騎士団。しかしいくらトリニティでも今の余裕ない状況で受け入れれば……中から喰い荒らされる。悪意のない善人によって中からトリニティは崩壊する。
リアル
本来の予定ではここまで過激にするつもりはなかった。だけどここまでしたらどうなるかな?という無邪気な好奇心でやった。百合園セイアの事はすっかり忘れてた。そう言えば事前に知る可能性はあった。
白州アズサ
1人で孤独な戦いに挑んだ。勝てない負け戦と理解しているが、必ずその先につながると信じて。対策含め全てセイアに教えてもらったのでそれを元に作戦を組んでいる。
百合園セイア
何度も何度も色んな未来と世界線を見た。その中でシュミレートを繰り返して最善のルートを見つけた。『最悪』は免れるだろう。
なお、その結果見ちゃいけないものを山ほど見てるのでSAN値はごっそり削れている。その後気絶し、そのまま昏睡状態になっているので本編通りトリニティは進行した。