ブラックマーケット、表の人間達が日々生活する陽の当たる場所。しかしそれは表の顔でしかない。その深層には、欲望渦巻く闇を生きる場所とした者たちの巣窟がある。
今日もまた1人、まるで我が家のように足を踏み入れる者がいた。それをある者はまた犠牲者が現れたと憐み、ある者は喰い物が増えたと暗い笑みを浮かべた。だが、この者はどちらにも当てはまらない。その身の内に狂気の牙を隠し持つ怪物。
周りのことなど気にしないその者は、無表情である建物の前で歩く足を止めた。
「ここカ」
『クロウ』現れて数日だと言うのに、今やこの界隈で知らぬ者はいない名前。突然現れ新たな価値を生み出し続ける彼女を人は『死の商人』と言う。
そんな彼女が何故この場に現れたのか。それは少し前に遡る──
ブッピガン!好きなアニメは電脳コイル、クロウです。そろそろ金も貯まってきたから次の段階に移ろうかと考え始めたこの頃、何やら私と接触したいとアポを取ってきた奴がいた。その名も『カイザーPMC』キヴォトスでも有数の企業カイザーコーポレーションが運営する組織の一つ。
なんでも私の売っていた装備をいたく気に入ったらしく提携したいとか。それを聞いた私の一言目は「耳触りが随分といいな」である。確かにカイザー企業は有名だが、それは別に表の意味だけではない。裏では中々に悪どいやり方をしている事でも有名だ。財力、権力があるから誰も指摘しないだけだ。
んー、どうしたものか。面倒なのが目に見えているが、こちらにメリットがないわけではない。カイザーの部署の一つとは言えそこの顧問となる事は私の地位と権力の確保にはもってこいの案件なのだ。深く浸かるとあれやれこれやれと面倒になるだけで。
ガチャガチャと手元で自らの武器となるギターケースの中身を弄りながら思案する。物のついででありながらその動きに迷いはなくまるで機械のように速い。中身の分解掃除、細かなグリスアップを済ませてパタンと閉じ、それを合図に答えを決めた。
「ウケるか」
カツン、カツンと、床を靴が鳴らす音が嫌に響く。部屋に踏み入れると、そこで待っていたのは恰幅のいい男だった。機械の体に暗闇であってもキラキラと光るその目は一度見れば忘れる事はないだろう。金属の関節同士が擦れる音が耳に残る。
「初めまして、『死の商人』私はカイザーPMC理事を務める者だ」
男はそう名乗った。しかし、目の前の少女に変化はない。改めて理事長は、頭からつま先まで少女をジロリとみた。身体のラインを隠すようなコートに、中にネクタイまでつけたスーツを着込む姿。*1瞬きをしない目はこちらを見据え瞳の奥には狂気が渦巻くように見える。
「……用件ヲキコう」
端的に、少女は言った。世間話が好きではないらしい。その視線は、さっさとしろと告げているようであった。
「君の作った装備を拝見させてもらった。実にいいものだ。あれが我らの元に来ただけで以前より軍隊としての質は随分と向上した」
大仰な手振り素振りで理事は語る。あれだけの装備を格安で提供する目の前の少女には、戦力としても、企業としての商品価値も高い。こうして囲い込もうと判断する程に。
「……まワりクドい。要は提携しヨうといuことダロう?」
その言葉にパチンと指を鳴らし理事は同意すると共に、少しだけ訂正する。
「惜しいな、少し違う。正確には──協力してもらうのだよ」
ザッ、と少女の周りを武装した兵士達が囲む。僅かな外の光を反射し、鈍く光る銃の群れは、全て少女の急所に向けられていた。
「拒否権はない、君には我々カイザーの役にたってもらおう」
断ればどうなるか、例え頑丈なキヴォトス人でも集中砲火を受けて立っていられる者は少ない。そして、その痛みに耐性がある者はもっと少ないだろう。人間が持つ痛みへの恐怖は、原始的ながら脅しとして実に有効だと言える。
「ダカラマワりくどいと言ったんだ」
しかし、それをみても少女の顔色には一切の変化が見られない。それどころか落胆した様子すら感じさせた。
それを抵抗の意思と見た理事は、視線だけで周りの兵士に指示を出す。多少痛い目にあってもらうのが言葉よりも雄弁にこちらの主張を理解してもらえるだろう。
引き金を弾く。始まりの合図はそれだけ。銃口から放たれた弾丸のシャワーは瞬く間に少女の全身を絶え間なく撃ち抜き、周りの床や壁にまで着弾。周りの兵士が弾を撃ち切る頃には砕いた床や壁の埃で周囲の視界が悪くなる程だった。
「これで少しはこちらの誠意が伝わった筈だ、大人しく──」
「ナルホド、これga誠意か。りカイしたとも」
煙の向こうでビチャっと、湿っぽい音が響いた。少女のシルエットが少し歪んでいる。
「弾丸を身体に受けるのは初めてダ、ナルほど、理解できた」
理事はそこでようやく、自らの背筋に冷たいものが流れている事に気がつく。周囲の兵士を含め、ここにいる全員の本能が言っていた。『ここで殺さねばとんでもない事になる』と。理由もなく、生存本能がそう言っていた。
「や、やれ!半殺しでも構わん!」
理由のわからない焦りを含んだ周囲の兵士に鋭い言葉を飛ばす。硬直していた身体を弾くように、弾を再装填、射撃する。
煙が弾を受けて揺らぐ。その奥、シルエットしか見えない少女の姿が消えた。
ズチュリ──
粘着質な音が、耳元で聞こえる。煙で視界が見えない中で、1人の兵士はそれを耳にした。本能を掻き立てる嫌な音。恐怖のままに聞こえた方向に銃弾の雨を撃ち込む。その先でシルエットだけが見える少女の影が倒れ込むのを見た。*2
「やった──!」
確かな手応え。これで終わる。そう安堵しそうになった瞬間。再び粘着質な、あの音が聞こえた。
違う方向から聞こえ、そちらを見れば、少女のシルエットが見えた。何が何だか分からない。もはや錯乱と変わらない様子で再び銃弾を撃ち込む。*3
それは何度も続き*4、カチカチと、何度引き金を弾いても反応しない自らの銃に気がつき止まった。
その兵士が最後に見た光景は、幾つもの目玉がこちらを見据え、大きな顎で丸ごと自らを飲み込もうとする怪物の姿だった。
「ヒ、ヒィィィィィィヤアアア゛ア゛ア゛!!!」
断末魔の叫びは、周囲の恐怖を一気に引き上げ、錯乱した兵士達の銃声と断末魔だけが最後まで聞こえた。
煙が晴れる。最後に残ったのは、武器を持たず何もできずにいた理事だけだった。抵抗せず事態が過ぎ去るのを待つ。目の前の怪異を前に唯一できるそれは、理事に残された英断であり、幸運だったと言えるだろう。
煙が晴れる。先程まで沢山いたはずの兵士の姿はない。床を染める血の中に佇む少女の姿は先ほどと変わらない。こちらを見る眼に、私も同じ末路を辿ると怯えていたが、少女は言った。
「提携、トいう形ならその提案をウケよう。異論はないな?」
その言葉に、理事は頷く事しかできなかった。それを見届けた少女は、来た時と同じように踵を返し、立ち去った。
クロウ
初めて弾丸を受けた。分かっていたことだが、ただの弾丸ではダメージにはならない。喰ったお陰で情報も貰えたのでラッキーとしか思ってない。
本日の犠牲者カイザーPMC
本能がヤバいと言っていたし、中には正体にめでたく気が付きSAN値チェック、そのまま直葬した者もいたが皆まとめてパックンチョ。