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天吹正規庁。綺麗にするために殺す『掃除人』。殺し名七名・序列第六位。その性質上、表立って活動の痕跡を残すことは少なく、その実態は謎に包まれている。
だが少なくとも——
「——そのうちの一人がこいつ、ってわけだ」
廊下に放っておくわけにはいかないので、死体は室内に引きずり込んだ。廊下の血は簡易に拭った。警察が調べればすぐにバレる程度の隠蔽工作であるが、逆に言えばそれまでの時間を稼げれば問題ないと言うことだ。
リビングの床に横たえられた死体を、人識は土足のまま検分する。
「んで」
人識はしゃがみ込んだまま振り返った。
「何かわかりそうかい、
視線の先の
「……死体をじっくり見ると気分が悪くなるらしいと言う発見をしました」
「そりゃ誰でも知ってるわ」
それを押してなお——
「死体を調べてぇっ、つったのはお前だろ」
呆れたように、人識は言う。
この死体をわざわざ調べたいと言い出し、人識に運ばせたのは、何を隠そう——今にも吐きそうな顔で必死に死体から視線を逸らしている、実口六その人なのだ。
「そうなんですけど、そうなんですけど! 理屈と感情は別っていうか……!」
「こないだの夜もっとグロいもん見てたじゃねーか」
「あれはもう怪獣退治レベルだったから逆にセーフなんです!」
謎の基準を持ち出しながら、六は斜め上を見つめて深呼吸する。
「よし、行きます」
「腹括ったか?」
「ええ。やってやりますよ人識さん。ビニール袋持ってきてください」
「どんな腹括ってんだよ。トイレ行ってこいトイレ」
「違いますよ! 死体触るのに指紋残すわけにはいかないじゃないですか!」
ああ、そういう意味か。人識は後ろ頭をかいて、部屋の台所にあったビニール袋を拾ってきた。
「何を探すんだ?」
「手っ取り早いのはスマホがあれば一番なんですけどね。『
ビニール袋を手に嵌めながら言葉を返す六に、人識は片眉を上げた。
「どうだかな。こいつもプロのプレイヤーだぜ。スマホなんてセキュリティ意識の低いもんに重要な情報を入れてるとは思えねぇ。そもそも持ってるかどうかも微妙なとこだ」
「そうですか? でも、『人間シリーズ』なんかを見るに、零崎のお歴々も意外と殺人中にも電話の類は携えておられるイメージでしたけど……」
「ま、それこそ携帯電話だからな——っと。面白ギャグとも言えねートートロジーだが、しかしあの時代はそもそもその手の電子装置をいじるスキルが今よりずっと特殊技能だったんだよ。敵に情報を抜かれるリスクより、仲間内で繋がり合えるメリットの方がでかいって判断だ——」
あるいは、かのシームレスバイアスなどを例に挙げれば、それこそそちらもも『専門家』だ。よしんば奪われたのだとしても、情報を抜かれるリスクそのものを無くしていたのだろう。
だからこそ。
「こいつが現代に適応したプレイヤーなら、それこそスマホなんて持ってるわけがねぇ。今の時代、っつーより、ずっとそうだったのがようやく周知されたって感じなんだろうが、この手のデータ類は守るより奪う方がはるかに簡単で楽なんだ。そりゃ、情報の守り方は『そもそも持たない』が正解になる。俺だって、あの策士サマから言われた情報はスマホじゃなくて頭に入れるようにしてるしな」
俺みたいな半端もんでもそうなんだから——
「そいつみてーなモノホンのプレイヤー。それも一流の隠密スキル持ちともなれば、情報の重要性は理解しているはずだ。スマホなんて危なっかしいもん、『殺し』に持ち込むわけがねぇと、断言させてもら——」
「あっ、ありました」
あるのかよ。
普通に、あるいは無造作にとさえ言えるほど乱雑に、ズボンの尻ポケットと言う極めてわかりやすい場所に突っ込まれていたそのスマートフォン(最新型のアイフォーンだ)を六がグラス越しに見つめると、どんな攻防によるものか、数秒でロックが解除された。
「さて、あとは情報がどこに入っているかですが——」
と、気合を入れた六がメガネを掛け直した瞬間。
ちゃらりーん。
と。
気の抜けた、和音の通知音が鳴る。
「あ」
「え?」
予想外の挙動に、思わず二人は画面を覗き込む。
画面上部にポップアップしたカレンダーアプリの通知には——
『午後四時・晴明神社でリーダーと会談【重要】』
と刻まれていた。
◆ ◆
「——重要情報をカレンダーアプリに入れてんじゃねぇよ!」
「あの人、多分自分が隠密スキル持ちだからこそ、情報を抜かれる側に回る想定はしてなかったんでしょうね……」
十五時五十五分。例の通知の情報を信じるのなら、重要な会談が行われるはずだった晴明神社の境内の一角に、人識と六は隠れ潜んでいた。
「ったく、傑作にも程があるぜ——」
植え込みの中から、神社の境内を観察する。そこにはまだ、人っ子一人いやしない。
「——来ますかね?」
六が小声で囁く。人識は首を捻った。
「……どうだろうな。少なくとも、待ち合わせ相手がくたばっちまっている以上、可能性は低いと言わざるを得ねぇ」
相手が慎重なタイプであれば、必ず待ち合わせ相手が現場にいることを確認した上で来るだろう。
時間になっても天吹夭折が現場に来ることはない以上、相手が待ち合わせ時間よりも早く来るタイプでもない限り、警戒されることは間違いない。
「案外、もう来てる、という可能性もあるんじゃないですか?」
「それこそ傑作だよ。この狭い境内のどこに来てるってんだ」
「ああ、そう言えば晴明神社って意外と小さいですよね。私、もっと大きいものだと思っていました」
「確かにな。かの有名な安倍晴明ゆかりの神社っつーわりには随分と普通の神社だぜ」
「それはそうでしょうね。なにせ、この晴明神社は元々あったそれよりは遥かに縮小していますから」
「そりゃあどういうことだ?」
「元々、晴明神社は安倍晴明の屋敷跡に造られた神社でした。従四位下の大陰陽師の屋敷が元ですからね、その規模は大きく、東は堀川通まで、西は黒門通まで、北は元誓願寺通まで、南は中立売通まで、という広大な敷地に聳え立っていたそうです」
「はぁん、そりゃあご立派な限りだな。それが今のこの有様ってのは裏寂しいものがあるが」
「人識さん、この有様、なんて言っちゃあ神様に怒られますよ」
「そうですよ。むしろ、よくもこれだけ立派なものが残った、と讃えるべきです。度重なる戦火に襲われ、豊臣秀吉などによる都市整備に追いやられながらも、これだけの神社が残ったのは、安倍晴明の名声と、そして何より彼を祭神として祀った歴代の宮司と信者たちの尽力があってこそですよ」
「そう思うとなんだか、この小さな神社にも偉大な歴史があるんだなと感じさせられますねぇ」
「そうだな——って、ん?」
なんか——一人多くないか?
「あ、ようやく気づいてもらえました?」
なんて言葉に——人識と六は勢いよく振り返る。隠れ潜んだ茂みの中——二人の背後には、一人の少年が座り込んでいた。
「やあやあどうも、初めまして」
言いながら、立ち上がった少年は——藍染めの和服姿だ。
ただしそれはあの人類最悪を思わせるような着流しではなく——より古い。
それこそ平安時代に着られていたような、あるいは柄の派手さこそこちらが遥かに上であるが、神社の神主を思わせるような、独特の着物だった。
人識は知らないことであったけれど、それは水干と呼ばれる平安時代の装束であり、材質が違うだけで、神主が祭事の際に纏う狩衣と同一の構造をしている。
ゆえに人識が感じた印象はほぼ全面的に正しかったのだが、けれどただ一点、相違を挙げるとするのならば、それを本来身につける身分にあったのは、平安時代においては神社関係者ではなく、公家の子供が代表的だった。
子供。
子供——なのだ。
目の前の、少年は。
人識の視線に気付いてか、彼はふわりと袖を広げる。
「ああ、心配しなくても、ボクの年齢は二十歳を超えていますよ」
いわゆる、合法ショタというやつです——なんて言いながら、彼はにっこりと笑って見せた。
「だからもしボクたちが殺し合うようなことになったとしても、なんの躊躇いもなく殺して
輝くような、眩い笑顔。その美しさは、けれど薔薇のそれに近い。つまりは——悍ましいほど鋭く、棘がある。
「それは、今から
ゆっくりと、隙を見せないように立ち上がりながら、人識は言う。場所が悪かった。隠れ潜んでいた茂みは壁際。スペースは狭く、植え込みが邪魔で足場も悪い。インファイトはナイフ使いである人識の領域だが、相手のサイズを考えれば、懐に潜り込まれるとなす術がない——
「まさか! そんな野蛮なことを言うわけないじゃあないですか」
なんて、戦闘用に思考を切り替えつつあった人識に対して、少年はからからと笑う。
ぴょい、といち早く、何の警戒もなしに茂みから飛び出して、彼は開けた境内に降り立つ。
「こちらは丸腰です。戦う意図もありません」
ふわり、と舞うように一回転。それはあまりにも大きな隙だ。
人識は六を連れて、ゆっくりと後を追った。いずれにせよ、広い空間に出た方が有利だ。
「落ち着いてくださいよ、零崎人識くん。ボクはあなたと——話し合いに来たんですから」
我々——
「『
にぃ、と。
笑う唇は、月のように。
ぞくり——と。人識の肌が、怖気に塗れて粟立つ。
少年は笑顔のまま——言葉を続ける。
「改めまして——ご挨拶を。初めまして、零崎人識くん。ボクの名前は
以後、どうぞお見知りおきを——
なんて結びの言葉は、もはや耳に入らない。
入皆。
匂宮入皆。
『
人識は全霊の警戒を以って、全神経を眼前の少年に集中する。
——『
その名は、人識が住まう暴力の世界において、おそらくは最も有名だったプレイヤーの通り名だ。
人類最強、哀川潤という例外中の例外や、匂宮出夢という外れ値を除外すれば、おそらく純粋戦闘力において最強を誇った
かつての『小さな戦争』においては零崎一賊が誇る三天王が筆頭、零崎双識と例外的な共闘を成したとも言われる、伝説の中の伝説。
それが、その正体が、目の前にいる、小さな子供だというのか——
「だから、子供じゃないんですってば。これでも、人識くんよりだいぶお兄さんなんですよ、ボク」
頬を膨らして起こっていますとアピールするその姿を見れば、とてもじゃないが信じられないことではあったけれど。
しかし、仮にそれを真実だとするのならば——
「どうしてあんたは——
人識はナイフを取り出しながら言う。
周囲に人影はない。
「『
「よくお勉強をしていらっしゃいますね。素晴らしい。お兄様の教育のおかげでしょうか? けれど、残念。その解説では赤点です。我々は集団ではなく——
だからこそ。
「我々は一つの人格になるべくして集った、六つの断片だったのです」
「ああ?」
一つの人格に、なるべくして?
集った、六つの断片?
だった——?
「ふむ、さてはあなた、お兄様からは何も聞いておられないのですか?」
やや失望、と言った表情で、彼は言った。人識はややカチンとくる。
「さっきからお兄様お兄様うるせぇんだよてめぇは。うちにゃあ様付けで呼ぶような立派な兄貴なんざいなかったっつーの。いたのはただの——」
「変態ロリコンの弟妹マニア?」
「……よく知ってるじゃねぇか」
人識が言えば、入皆は朗らかに笑う。
「そりゃあ——友達ですから」
友達。
友達——だったのか。
目の前の彼と——零崎双識は。
「ええ、それはもう、水魚の交わりと言っていいほどに。だからこそ、彼があなたのことをどれだけ想っていたかも、少しは理解しているつもりですよ」
その言葉に、人識は舌を打つ。
「気色悪りぃこと言ってんじゃねぇよ。兄貴の変態性を少しでも理解した上で友達を名乗ってるって時点で、あんたは十二分に要注意人物だ」
「なればこそ、軽々に戦いを挑むよりは、素直に交渉に応じた方がいいとは思いませんか」
「やなこった。あんたみてーな手合いと言葉を交わすと、なぜか知らんがいつのまにかいいように使われてわけの分からねー戦いに巻き込まれたり、全身をサンドバッグにされてアメコミヴィランのパチモンみてーにされちまうってのはもう十分以上に学び尽くしてんだよ。一人でのこのこ出向いてくださったところ悪いが、あんたのことは、今すぐ殺して
「愛」
「してやんよ——って何言わせんだてめぇ!」
ふざけるなよこの野郎。
そのやりとりはここで軽々にオマージュとして回収していいようなセリフじゃないんだよ。
人識は入皆を睨みつけるが、しかし彼はどこ吹く風だ。
「全く、血気盛んで困りますねぇ」
彼は言いながら、顎に手を当てて笑った。
「いいですか、人識くん、もしもあなたがボクに殺し合いを挑むと言うのなら——」
「なんだ、死ぬ覚悟でもしとけってか?」
「負けた時バニーガールにされる覚悟をしておいてください」
「話し合いをしよう」
人識は交渉のテーブルについた。
「人識さん、私は殺し合いに一票です」
「ふざけんじゃねぇぞてめぇ。誰が二十歳超えてバニーガールの衣装なんざ着させられる拷問を受けたいんだ」
背後から意味不明な主張をし始めた六を怒鳴りつける。何を考えているんだこの男は。
「負けなきゃいいじゃないですか負けなきゃ。私も応援しますから一回やってみません?」
「その応援ってのはどっちをだ?」
変態が二人に増えた。人識は頭が痛くなるのを感じる。
「とにかく、さっさと要件を言ってくれ。これ以上、変態二人に挟まれてるのはごめんだ」
「オセロだったら人識くんが裏返るところですが、ふむ。仕方ありませんねぇ」
やれやれ、と首を振って、彼は言った。
「単刀直入な依頼です。人識くん——