◆ ◆
「ボクたちとしては、この殺人事件を
晴明神社からほど近くに位置するコーヒーショップ。四人がけのボックス席の上座に陣取りながら、匂宮入皆は言った。
両手で持ったホットココアのカップに口をつけて——「あちち」と舌を出す。
「……傑作だよ」
どうみても子供にしか見えないその有様だけれど——しかし彼が自称するところを信じるのならば、彼は匂宮が誇る最高傑作、『
「そもそも、我々『
小首を傾げて聞かれ、人識は首を振った。
「お察しの通り、ほとんど全く、だ」
兄——零崎双識からは、その話はほとんど聞いていない。おそらくは——友達だ、というその関係性が理由なのだろう。
「ふむ、そうですか。ま、彼は律儀な男ですからねぇ」
くすり、と思い出すように笑って、彼は言葉を続ける。
「『
集合。
それすなわち——
「複数からなる一つ、という概念」
その、『複数』の内訳は——
「零崎を除く、
序列七位・石凪調査室。
序列六位・天吹正規庁。
序列五位・墓森司令塔。
序列四位・薄野武隊。
序列二位・闇口衆。
序列一位・匂宮雑技団。
それが、『
「——狂ってんな、あんたの
「ええ、ボクもそう思います」
そんな異形のキメラが、成立するわけがない。
いわば一本の木に、五本の違う植物を——いや、植物どころか動物や昆虫、魚や菌類に及ぶような、全くの異種たちを接木するようなものだ。そんな生命体は成立するわけがないし、成立していいわけがない。
だというのに——
「その試みは、成立した」
成立して、しまった。
その絵空事のような狂気の産物が——眼前の『
「
そして
各殺し名より奪われた遺伝子情報を元に製造された六人は、その肉体を、精神を、概念を
「一つが六つ、六つが一つ」
まるでパズルのように、六つのパーツが組み合わさることで一人の人間として成立する、狂気の芸術作品。
故にこそ、その名は『
「もっとも——過去の栄光ですがね」
彼は笑う。
「今や我々は四人ばかり。究極の芸術作品など、聞いて呆れる半端な有様です」
肩を竦めて、彼はいう。
少なくとも、六人のうち一人を削ったのは零崎人識であるわけだけれど、しかし残り一人に関しては、記憶がない。
「それこそが、つまり我々の動機なのですよ、零崎人識くん」
彼はピンと指を立てた。
「我々は、
完全——それすなわち。
「
それは、つまり。
「死者蘇生でも目指そうってか?」
すでに二人が死んでいる彼らが元の形に戻ろうというのなら、それしか手段はないように思える。それに対して——けれど彼は首を振った。
「流石にそこまで大それたことは考えていませんよ。それこそ傑作、です。絵空事を超えた夢物語だ」
それも、悪夢の類の。
彼は笑って、しかし眼差しは真剣なまま。
「欠けたピースは、
中身の減ったココアのカップに、人識のホットチョコレートと、実口六のホットミルクが奪われて、とぷりとぷりと注がれる。
「我々はもとより、
その源こそが——
「闇口滅裂」
カップを再び持ち上げて、匂宮入皆は言う。
ある意味で
「最悪の想定外は、あの小さな戦争において、我々が真っ先に失ったピースが彼女だったということですね。彼女さえ生きていたのならば、他の誰が死んでもよかった。そういうコンセプトだったのです」
闇口滅裂が。
「彼女の能力は、
そして、ここでいう『自ら』とは、すなわち——
「『
絶句。
それはどんな空前絶後だ?
全くもって、ふざけているとしか言いようがない。
破綻している。気が狂っている。イカれている。正気じゃない——どんな罵倒を、どんな否定を、どんな恐怖を並び立てたって、まるで一つも足りやしない。
永続する六重存在。そんなものがもし完全な状態でこの世界に存在していたのなら——こんな世界は、とっくの昔に滅んでいる。
「もっとも、致命的な欠陥として、分身は六人が限界、という点もありますがね。つまり、平時の状態では
だからこそ——あの策士には、それを真っ先に狙われたのでしょう。
匂宮入皆は——ゾッとするような笑顔で、そう告げた。
「今の我々はまったく全てが不完全です。天吹夭折が欠けるより遥か前から、我々は致命的に、致死的に破綻していた。だからこそ、それを取り戻す。取り戻さなければならない——」
笑顔のままに、彼は言う。
「しかし取り戻すったって、どうやって取り戻すんだよ」
「それに関しては、明確に考えがあるのです」
彼はカップを置いて手を上げた。
「我々の形を、先はパズルのピースと表しましたが、実際にはパズルのピースというより、ピザを思い浮かべて欲しい。ほら、よくあるでしょう、クアトロなんとか、みたいな、複数の味が乗ったピザが」
くるり、と指で宙に円を描いて、入皆はそれを六つに分割した。
「我々は、六つの味に分かれたピザです。しかし、この手のピザによくありがちな欠点として、味と味の継ぎ目が
その比喩で本当にいいのか、と突っ込みたくなるような表現だったけれど、しかしそんな余裕は、それが言い表すところを察して消え失せる。
「まさか——」
「ええ。我々の中には、未だ、
だからこそ。
「それを利用して、新たな分身を作り上げる。それによって闇口滅裂を甦らせることがこそ、我々の計画の肝なのですよ」
それが、もしも叶うなら。叶って、しまうのなら——一体どうなる?
こんな怪物を、完全な状態に巻き戻してしまうなんてのは、猛獣を檻から放すような——いや、九尾の狐を殺生石から解くような、
「悪いが、断——」
「零崎一賊に対する永続的な隷従」
彼は。
特級のカードを切った。
「それを、お約束いたしましょう」
「……それを、どう信じろってんだ」
「お忘れですか? 我々は零崎を除く殺し名六名
そしてその主人は——未だ空席だ。
「その座席をあなたに譲り渡しましょう。煮るも焼くも、生かすも殺すも、犯すも嬲るも、使うも仕舞うも、何もかもがあなた次第。
その契約は——ありえないほどに特級だ。
「あなたのためなら、なんだっていたしますよ。手始めに、あなたを元の世界に戻すことだって、我々になら可能です」
と言うより、あなたがこの提案を飲んでくださるのなら自動的にそうなるでしょうが——
言いながら、入皆は艶やかな笑みを浮かべる。
「——悪いけど、これ以上厄介なペットはいらないんだよ」
抗い難い誘惑を、けれど人識は断ち切る。そんな爆弾、抱えてなんていられない。ただでさえ。
ただでさえ、彼には厄介な兄弟がいるのだから——
「その面倒を、ボクたちが見ることだってできるんですよ」
一言、お命じくだされば。
「零崎舞織、零崎問識、零崎軋識——あるいはこれから増えるかもしれないまだ見ぬ家族。それに対する絶対の安全と絶対の安寧と絶対の安心をお約束いたします。全ての幸福を捧げ、全ての危険を退け、あなたが健やかなる時も、病める時も、生きる時も、死せる時も、いつだってあなたの命にしたがい、全てをお守りいたします」
それは。
この世界に来ている以上、こいつは神の視点からものを見ることができる。
だから、人識の家族について知っていることに驚きはしない。
公的には死んでいるはずの零崎人識を、存在しないはずの零崎舞織を、生まれたばかりの零崎問識を、名を捨てたはずの零崎軋識を、
その恐怖は——筆舌に尽くし難い。
だが——
「断る」
人識は——キッパリと言い切った。
「この零崎人識が最も好きなことの一つは——ってのは、この場にゃそぐわねぇ引用だけどさ、しかしやっぱり、その提案は飲みようがない。お前のご主人様をやるにゃ、俺じゃあ誤用の方で役不足だよ」
何より——
「仮にあんたが俺たちを付け狙うとしても、それを退けるくらいはできるんだ。先に俺を襲わせたのは失策だったな。あの策士にいいようにやられてるってのもわかるところだぜ。あんたら、その手の才能はないらしい」
それは半ばまでハッタリだったが、もう半分は本気だった。
たった一人でさえ、零崎人識が一人だったのなら負けていた。
それが四人同時に襲って来れば、なすすべもなく死んでしまうだろう。
しかし——逆に言えばその程度だ。
一人で戦えば負け、四人で来られれば絶命必至。その程度は、まるで絶望とは呼べない。
向こうが四人で来ると言うのなら——こちらも四人で挑めばいい。
零崎は——一賊だ。
「勇ましい限りの言論ですが」
言って——匂宮入皆は。
神のように、微笑んでみせた。
「その言葉には、過ちがあまりにも多すぎますね」
ヒヤリ、と。手が触れていた。
肩に、腕に、腰に、首に、頬に、頭に——
三対六つの手のひらが、断頭台の刃のように、突きつけられていた。
「あなたのような要注意人物を相手に、策の用意はしなくとも——増援くらいは、用意しないわけがないでしょう」
ボクは一人で来たとは言いましたが——
匂宮入皆は——静かに笑った。
「「「初めまして、零崎人識」」」
三つの声が、揃い踏む。
「——自己紹介をお願いしますよ、
入皆のつぶらな瞳に——三人の像が反射する。
「はいはーい! まずは俺っちからだぜ!」
人識の腕と腰にその手を当てる、ほとんど半裸の女が言った。
「俺っち、薄野
サラシ一枚を巻きつけただけの、衝撃的な上半身。下半身はズダボロのニッカボッカ。裸足。上下の爪には漆黒のマニキュア。戯画的とさえ言える巨大なツインテールの根本は幅広のリボンで結ばれており、幼なげな顔の半分には、『正義』の二文字がタトゥーとして焼きついている。
薄野煤儀——始末番。
「クク、怯えておるわ。愛い愛い」
人識の頬と首にその手を添えた、死人のような淑女が言った。
「墓森
喪服のような黒ドレス。胸元にはモーリオンのネックレス。影のように細らかな体付きが、まるで幽霊のような印象を与える。足には金属で編まれたハイヒールブーツを履きこなし、顔を覆うフェイスベールの向こうには、血のように赤い瞳がギラギラと輝いていた。
墓森捗々——虐殺師。
「諦めた方がいい、零崎人識」
人識の頭と肩をその手で抑える、驚異的な長髪の巨漢が言った。
「石凪影石。特技は死すべきものに死を与えるための死。よろしく頼む」
足首を超えて引きずる長すぎる髪の毛に隠れて、顔も体もろくに見えない。まるで影そのもののようで、ただ一つ、その一直線のシルエットに異彩を与えるのが、その背に背負う悍ましき大鎌——デスサイズの存在だった。
石凪影石——死神。
「さて、零崎人識くん」
カップを傾けて、一口。
取るに足らない日常のように、ココアのような何かを飲んで。
彼は言った。
「これでもまだ、断りますか?」
こてん、と。
幼子のように、首を傾げられて。
零崎人識は——両手を上げた。
「
そりゃあそうだ。そうに決まっているとも。
闇口滅裂の名残りが残っているのなら——
「まったく以って、傑作だよ」
不可知不可識の魔人が四人。これを相手に生き残る術など——万に一つも存在しない。
「あんたら相手には勝てる気がしねぇ。俺はあんたたちに付く」
その代わり——
「六くんだけは見逃してやってくれ」
こいつはなんの関係もないんだ——
人識はまっすぐな目で入皆を見つめる。そこにはなんの迷いもなく——ただ友情のために身を捧ぐ男の覚悟が見えた。
「そ、そんな、人識さん……」
自己犠牲の精神に、感極まったように目を潤ませる六。
そのやりとりに対し、入皆はふ、と笑って——
「無理です」
と拒絶した。
「彼に助けを求めさせよう、と言う算段でしょう、それは。流石に、見え透いすぎています。減点一ですよ」
人識は舌打ちをしたい気分だった。図星だ。
「
「おっとろしいことを言ってくれるじゃねぇか。将来のご主人様に対してさ」
「候補ですよ、今はまだ」
手のひらを上に向ける。
「むしろ、双識さんの弟であるあなたには生かす理由があっても、なんの関係もない実口六を生かす理由は今の所存在しないんですよね。リスクを考えるのならば、逆に今すぐ殺しておきたいくらいです。生かしておくだけ、誠意と思っていただきたい」
冷ややかな目で、入皆は言った。六は涙目でそれを見つめ返す。
「そんな、殺すだなんてやめてください! 子荻さんへ連絡なんて絶対にしないと誓いますから、だから私だけでも見逃してください!」
人識の意図を汲んでくれたのだろう。演技を始めた六をサポートするべく、人識も口を開く。
「ああ、そうだぜ。こいつは約束は守る男でな、見逃したところで口を割りはしな——」
「人識さんの命なんてこれっぽっちも惜しくありません! むしろ、死んでくれるなら万々歳です! このダッセェオシャレガンバリストと今まで行動を共有してたのは記事のネタにするためだけ、ただそれだけなんです! 友情なんて全部嘘です! もし逃がしてくれたら一目散に逃げて二度と京都には戻って来ません! この小男は煮るなり焼くなり揚げるなり蒸すなり好き放題してください! 私は絶対に誰にも何も言いません! だから、どうか、私だけは、私だけは見逃してくださいぃぃぃ!」
「………………」
……それは演技なんだよな? 六くん?
人識は頬がひくつくのを感じた。
あまりにも真に迫った身内斬りに、人識は不安になってくる。
つーかお前。
ダッセェオシャレガンバリストって。
まさかとは思うけどほんとにそんなこと思ってたわけじゃないよな?
「不可能なものは不可能です。下手な演技は結構ですよ。——お静かに」
視線に乗った僅かの殺気に
こうなってしまえばもう、この場から逃れる術は存在しない。
人識としては、ただ流されるままに、状況を乗り切るしかなくなった。
「それじゃ、聞かせてくれよ。一度は殺そうとした相手を仲間に引き入れてまで、実行したいプランってのをさ」
「ええ、是非とも聞いていただきたい。ボクたちの
入皆は見せつけるように手のひらを差し向ける。
「これはそもそも、人識くんを殺そうとした理由に繋がるわけなんですがね——我々は、
匂宮出夢に——会いたい?
「それはどうして、俺を殺すことにつながるんだ?」
「正確には、殺す、まではやるつもりもなかったのですよ。あの改造人間との戦いを見るに、爆炎に包まれた程度なら
過小評価でしたね、と彼は微笑む。
「私たちは、あなたを人質に取りたかったのです」
「人質ぃ? 誰に対するそれだよ」
「それはもちろん——
その言葉に、人識は呆れ返る。
「傑作だぜ。あんたら、俺を出夢への人質にしようって? 全く、馬鹿げてるにも程がある——」
匂宮出夢への人質として、零崎人識はこの世の誰より的確ではない。人識の命を盾にしたところで、出夢にはなんの効果もない——
「いいえ、効果はあります」
入皆は断言した。
「匂宮出夢は、必ずあなたを助けにくる。助けに来ずにはいられない——妹を失った彼にとっては、あなたこそが全宇宙最大最悪のウィークポイントなのです」
「傑作だぜ。あんた、頭がどうかしちまってるんじゃないか?」
「——盲目、ですか。そちらの方面にと言うのは致命ですが、救えませんね」
ま、あなたがどう思おうと、こちらはそう想定している、と言うことです——入皆は言って、話を進める。
「我々は今、京都に
だからこそ——あの殺人事件は、京都市内だけで起こっていたのか。
今更ながら、思い知る。
しかしならばなぜ、あんなにも広範囲で、痕跡を残すかのように人殺しを行っていたのか——
「それは、
「——は?」
理解できない、とばかりにぽかんと口を開ける人識に、入皆は告げる。
「
自暴自棄なんですよ、彼は——
「だから彼は、あなたを呼んだんですよ。匂宮出夢は。
助けを求める子供のように。
どうか僕を殺してくれと、願いながら。
匂宮出夢は——零崎人識に、逢いたがった。
「な、ん、で——」
「さあね。自分で考えてごらんなさい」
ヒントはここまでです、と言って、彼はカップを手に取った。
入り混じった白黒を、飲み下す。
「向こうの事情は、今は置いておきましょう。ともかくね、我々としては、
眉を下げて、困ったように笑いながら、彼は言った。
「彼はわれわれの従兄弟のようなものです。血の繋がりは薄くとも、構造の類似は著しい。当然ですね。彼は我々のアーキタイプだ。失敗が成功の母だと言うのなら、
第十三期イクスパーラメントの成功例と——
あるいは、因果がある。
縁が——合っている。
「だからこそ」
だからこそ——なのだ。
「我々は彼が欲しい」
「は?」
「ああ、妙な意味じゃあないですよ。勘違いしないでください」
彼は両手を広げて言う。
「彼と我々は、実によく似ている。むしろ、我々と似ているのは匂宮出夢だけだ、とさえ言える」
彼はニコニコと、笑顔のままに語る。
「——実のところ、我々の中に残っている滅裂の残滓はね、微々たるものなんです。それこそ、分身を満足に作ることもできないくらい」
その精神侵食能力は弱々しく萎んだ。
普通の人間を使ってでは、
だからこそ——
「だからこそ、匂宮出夢なんですよ」
我々は、
「——
それは。
それは——
「無論、彼を素体にすれば、彼の精神は消え失せます。それでは、あなたは納得できないでしょう」
私が止めを刺すのでは意味がないですものね。
嬉しそうに、楽しそうに、笑い、嗤い、咲いながら——匂宮入皆は言う。
「わかっていますよ。大丈夫。心配は要りません。滅裂の残滓が僅かであることが、そこでもプラスに働いているのです。残留思念ってわかります? こっちの世界に来てボクは驚きましたよ、NARUTOが完結しているんですからね。ともかく、ボクたちによって侵食されても、匂宮出夢の自我は僅かに残る。まあ、不可逆的な破壊がなされてはいますから、ほんと、微々たる残り滓にはなってしまいますが——それでも本人の意思が僅かなりとも残ります。我々は、復活した滅裂によって適当に攫って来た一般人を
思う存分——殺して
ご自由に——
匂宮入皆は——神のように微笑む。
「……一つ、質問良いかな」
「なんですか?」
「その作戦を、どうして俺が受け入れると思ったんだ?」
人識の言葉に——入皆は驚く。
「え、むしろ断る理由、あります?」
ぽかんと口を開けて、彼は——
「どうせ殺すなら、その前にちょっと使わせて欲しいってだけじゃないですか」
致命的な地雷を、踏み抜いた。
◆ ◆
「
匂宮入皆は震えていた。
全身が血まみれだった。
右手の指が二本、かけている。
左の耳がなくなった。
口が半分裂けている。
脇腹にナイフが刺さっている。
肌という肌が切り裂かれている。
命に届く、傷はない。
死を迎えるほどの、瑕はない。
それでも。
それでも——
匂宮入皆は——重症だった。
「
匂宮入皆はつぶやく。
『
生き残ったのは、匂宮入皆だけだ。
始末番、薄野煤儀は。
虐殺師、墓森捗々は。
死神、石凪影石は。
殺されすぎるくらいに殺されて。
並べられすぎるくらいに並べられて。
揃えられすぎるくらいに揃えられて。
晒されすぎるくらいに晒されて。
死にすぎるくらいに、死に果てた。
「なんだ——あれは」
匂宮入皆は、思い出す。
思い出すことすら悍ましいほどの
そうとしか言えない。
そうとしか言いようがない。
発狂して、発狂して、発狂して、発狂した。
あの時。
「どうして——」
どうして、こんなことが起こる?
それは。
零崎人識の発狂は。
誰がどう見たって——
匂宮入皆は知っている。
零崎双識を知っている。
だからこそわかる。零崎一賊が、一体どんな存在なのか。
あれは、愛の化身だ。
家族愛の化身だ。
自分のためならなにもできない、空前絶後の無能であって。
家族のためなら
だからこそ。
だからこそ——入皆には不可解だった。
だって——そうじゃないか。
家族なんかじゃ、ないじゃないか。
零崎人識と、匂宮出夢は。
家族じゃなくて。
友達じゃなくて。
恋人じゃなくて。
その全てに似ているけれど——
最後には敵だったと、そう言われていたじゃないか。
匂宮入皆はわかっていた。
零崎一賊をわかっていた。
彼らの愛が家族にしか発露しないと、わかっていた。
零崎人識と匂宮出夢の間にある関係性は——
きっと運命、だったのだろう。
深く愛し、あっていたのだろう。
けれど、それは過去のことで。
思春期によくある、気の迷いで。
今となっては、もうすでに。
殺すことくらいしか、できないくらい。
そんなふうに油断した。
まさか。
まさか、ありえない。
いくら、零崎人識だからと言って。
あるいは、零崎人識だからこそ。
匂宮出夢に対して、
天地がひっくり返ったって、絶対にありえないはずのことだった。
それは、彼の計算外。
彼が零崎双識をよく知り、零崎の性質をよく理解していたからこその盲点。
家族と言う括りの重みを——強く、認識しすぎていた。
零崎一賊と言う血族の重みを——強く、意識しすぎていた。
そんなくびきは、ないと言うのに。
そんな区切りは、ないと言うのに。
零崎人識にだけは、そんなものは、存在しないのに。
零崎双識を理解するからこそ——零崎人識を、理解できなかった。
物語に刻まれ損ねた、彼の心を。
物語が語り終えた後の、彼の心を。
彼はまるで——理解できなかった。
零崎双識との兄弟関係が。
無桐伊織との家族関係が。
欠陥製品との無関係が。
闇口崩子との問答が。
石凪砥石との戦いが。
匂宮出夢との——人間関係が。
彼の心に何を育んでいたかを、わからなかった。
石凪と死吹のハーフから、零崎が生まれるように。
零崎と零崎の純血から、零崎が生まれることもあるのなら。
それが匂宮を、家族のように愛することだって——あり得るのだと。
彼は終ぞ——わからなかった。
だから、
「——————」
もはや、言葉はなかった。
ただ、人ならぬ鬼が。
ただ一匹、そこに立っていた。
「う、あ、あ——」
気押されるように、呻く。
『
匂宮雑技団が創造した究極の芸術作品。
それは今や見る影もなく、ひ弱に卑賤になり果てて——
だから。
「——私は殺し屋依頼人は秩序! 十四の十字を身に纏い、これより使命を実行する!」
悲鳴のように、叫んで。
最後の断片は、立ち向かった。
己を圧倒する、強大な敵に。
勇者のように、勇敢に。
その蛮勇の、高すぎる代償として——
彼は必然のように当然に。
酷く細かい、断片になった。
◆ ◆
第三戦。
『人間失格』・零崎人識VS『
その決着は——たった一手の読み違えによって成り果てた。
一時は零崎人識を超えて、零崎一賊そのものをすら追い込んでみせた断片集は、けれどそれがゆえに、零崎の
二度と集うことのない、断片と化して死に果てた。
これよりはディングエピローグ。
全ての因果に決着がつく、根こそぎラジカルな総決算。
世界で唯一、たった二人が物語る。
取るに足らない——愛と別れの物語だ。
感想、評価など、ありがとうございます。
励みになります。