◆ ◆
その日、京都府京都市下京区は東潮小路町——厳密にはその周囲一体からなる巨大構造——すなわち京都駅からは、人が消えていた。
零崎人識が初めてこの世界にやってきたその時のように、新型コロナウィルスの影響を受けて人が大きく減っている、あたかも消えたかのように錯覚する、なんていう次元ではなく、利用客は愚か駅員から駅ビルの従業員まで含めて、その全てが完全に姿を消していた。
それは別段、作為的ななんらかの要因によって人が排除されたというわけではない。もちろんのこと、新型コロナウィルスへの対策として、ステイホームを徹底しようという機運が高まった結果、人々が自主的に出歩くことをやめたというわけでもない。新型コロナウィルスがいくら流行しようと、出歩く人間は出歩いていたし、電車に乗る人間は電車に乗っていたし、会社は当たり前に営業していて、社会は当たり前に運営されていた。
だから京都の玄関口となる巨大ターミナルであるところの京都駅からは人が消えたのは、そんな外的な圧力でも内的な自制でもなくて、いわば——
漠然とした、
そして結論から言えば。
人々がその直感に従ったことは、間違いなく正しかったと言える——
◆ ◆
「——無駄にでけーよな、この階段」
京都駅が誇る象徴的な駅ビル。国鉄京都駅烏丸中央口の向かって右側に位置する大階段。
段数にして百七十一。高低差にして十一階建てのビルに匹敵する巨大構造物を、エスカレーターを使わず、一歩ずつ登っていく。それは一つの前置きとして。息を整えるように、深く、ゆっくりと。
やがて眺める景色が高くなり、屋根を越えて空に近づけば。
大階段を登り切って、最上階。
言い訳のようにわずか、草木の置かれた展望テラスに、零崎人識は辿り着く。
その奥。
窓辺に佇む、少女のようなシルエット。
あの時と同じ、やつれ果てたような有様で——けれどあの時よりもずっと、覇気に満ちている。
「よう、
人識が言えば——ゆっくりと、彼は振り向いた。
長い黒髪。子供のように、あどけなく、酷薄な美貌。革のライダースジャケットと、同じく革のタイトパンツだけを纏う、痩せた小さな体。その小さな体躯に見合わない、長すぎる両腕。
「ぎゃは——待ってたぜ、人識」
隈だらけの、不健康な顔色。けれどその目だけは、一週間前と違って、爛々と輝いている。
愛のように。
恋のように
敵意のように——煌めいている。
それが見つめる先は、一人。
安全靴にタイガーストライプのハーフパンツ。黒いハーフフィンガードグローブ。赤いジャケット。黒いタクティカルベスト。斑らに染めた銀髪は後頭部で緩く結ばれ、片耳には三連ピアスと、もう片方の耳には二つの携帯ストラップ。そしてまだ少年の面影を残すその端正な顔には、その半分を覆う、トレードマークの顔面刺青。
零崎人識が——そこにいる。
出夢はゆっくりと、その両腕を広げた。
綺楽院蘆景のそれとは違う、天然の戦闘体躯。
長い長い両腕を、まるで抱擁を期待するように広げて、彼は笑った。
「さあ——やろうか」
殺意が満ちる。
殺意が満ちる。
殺意が満ちる。
どうしようもなく
あたかも絶世の如くに硬い、あたかも斬り裂くが如くに鋭い、あたかも幾千の如くに多い、あたかも薄明の如くに眩い、あたかも一賊の如くに危うい、あたかも双形の如くに似通い、あたかも悪逆の如くに狂い、あたかも微量のように装い、あたかも王道のように憚ることない、あたかも誠実の如くに詳らかなる、あたかも猛毒のように痛み、あたかも炎のように熱い、虚に似てしかしその実の、突き立つ刀のように咲き誇る咎の殺意が。
まるで蟹のように病める重みを持ち、まるで蝸牛のように意固地に変わらず、まるで猿のように切に願って、まるで蛇のようにどこまでも執念深く、まるで猫のように裏表が白黒入り乱れて、まるで鬼のように熱血にして鉄血にして鮮血な、全ての物語を終わらせるに相応しい、化け物が語る人外の殺意が。
優しい魔法のように残酷で、出征する少年少女のように勇ましく、夢でも会えぬほどに恋焦がれ、その果てに解けた魔法のように、優しさに満ちた穏やかな殺意が。
二人きりの世界が壊れるように、不気味で素朴で囲われて、壊した全てがページに連なり、その果てに重なる坩堝の果ての、世界を満たすエゴの殺意が。
哀れむように艶やかで、波濤なす川のように膨大で、潤いに満ちて純粋な、面影をなぞる真心にも似て、死線のような青色の、人の識る限り最も無垢な、匂う宮のように夢出づる、零に等しく一様の、愛のように恋しい殺意が。
今、この場には満ちていた。
「ああ、いいぜ」
人識は——ナイフを構える。
たった一本にして、寄り添うような二つの刃を持つ、異形の刃——『
「今度こそ、してやるよ」
お前にできること、全部してやる。
「殺して解して並べて揃えて晒して刻んで炒めて千切って潰して引き伸ばして刺して抉って剥がして断じて刳り抜いて壊して歪めて縊って曲げて転がして沈めて縛って犯して喰らって辱めてやんよ」
人識は。
手に持つ刃を、匂宮出夢へと向ける。
向けられた彼は。
「ぎゃ、は——」
と。
嬉しそうに。
どこまでも嬉しそうに——笑った。
いつか見たそれと、同じ光景。
再演するように、地平線の彼方から、夕焼けが照らす。
零崎人識と匂宮出夢は、どちらともなく駆け出した。
それはもはや十七年越しの、けれど振り返れば昨日のことのような、熱くほろ苦い青春の、その確かな続きだった。
◆ ◆
最初の一撃を放ったのは匂宮出夢だった。
「『
ぎゅお、と。風を切り裂いて、出夢の長い、長い長い腕が振り上げられる。それはあたかも、大上段に掲げられた日本刀のように鋭く、全霊の力で振りかぶられた大槌のように破滅の予感に満ちて。
構えられたそれが——振り下ろされる。
踏み込みと共に、鞭のようにしなりながら放たれたそれが、人識の体を狙う。急所に限定するまでもなく、体のどこか一箇所にでも触れれば、その瞬間致命傷になる。それほどの威力。ゆえに狙いは大雑把で、だからこそ避けることは至難の業——それは相手が誰よりも匂宮出夢を知り尽くした、零崎人識でなければの話。
「上等だ——!」
気炎を上げながら、打ち下ろされる『
そしてそのまま、受け流された手のひらが展望テラスの床にぶち当たり——
「う、おおおお——!」
粉砕され、崩れゆくコンクリートの大地。その崩壊に巻き込まれまいと、人識は瓦礫と化した床を跳ね、階段の側へと後退する。
が。
「逃げてんじゃ、ねぇ——!」
どん、と。まるでロケットの発射音のような轟音を立てながら、出夢もまた瓦礫を踏切台として人識へ追い縋る。それは単純な身体能力の差。元あった距離を容易に詰め、アキレスと亀の反証のように逃げ去る人識に瞬く間に追いつき。出夢はまたも腕を振りかぶる。
「ぶっ飛べ——」
真横から、薙ぎ払うように腕がフルスイングされる。空中で放たれたとは思えない。超越的な威力。同じく体勢転換のできない空中にいる人識は、かろうじてヒットポイントにナイフを置き、盾にすることくらいしかできなかった。
爆発音。叩きつけられた手のひらが、ナイフによって削れることも厭わず振り切られる。
真正面から衝撃を受けた人識はそのまま吹き飛び、階段を超えてガラス屋根の上に着弾した。
ガシャァア——————破砕するガラス。全身に突き立つそれを、けれど気にする余裕などない。
自らもまた吹き飛んだ人識を追って、さらなる跳躍により屋根上にまで飛び跳ねた出夢が、真上から人識に追撃を仕掛ける。
咄嗟に屋根の鉄骨を掴み、屋根の隙間に転がり込む。
けれど——
「しゃらくせぇ!」
振りかぶられた腕は、止まらず。
傘とした鉄骨ごと、人識を
(ありえねぇ——こいつ、めちゃくちゃだ——)
そんなことはわかっていたことのはずだった。
けれどそれでもなお、想定を遥かに超えて空前絶後。
同じ人間とは、とてもではないが思えない——
やつれ果て、痩せこけ、けれどそれでもまるで衰えからは程遠い。
それどころか。
一度死し、蘇って——
「サイヤ人かよてめーはっ……!」
バラバラになった鉄骨と強化ガラスの混合物に紛れて、落下する人識。もう掴まれるような場所はなく、あとは落下し、血の染みになる以外の結末はない——それが零崎人識でなければ。
「なんだ——」
出夢は訝しげに眉を歪める。
「テメェッ!」
「気付くのが遅ぇんだよアホ」
かはは、と人識は笑う——出夢とは対照的に
キリキリと、人間の耳では決して捉えられないほど小さく、音がしている。それは上空、破断した屋根の鉄骨の一角——そこにかかる
人識はそこを支点として、出夢と自分を一本の糸で結んでいた。
曲弦糸——目に見えぬほど細いワイヤーを操る殺戮技巧。その応用。
つまりは、エレベーターの原理だ。落ちゆく出夢を錘として、自分を上昇させたのである。
「チィッ!」
気付いた瞬間、出夢は自らの体に結ばれた人識と繋がる糸を断つ。
かつてはジグザグ、市井遊馬の操る曲弦糸を完全に無効化して見せた出夢だったけれど、その本人から直々に教えを受け、さらに全盛期を迎えた零崎人識にとっては、殺意を込めずしてならば、匂宮出夢に気付かせずにその技をお見舞いすることも、不可能なことではなくなっていた。
「だけど、なんで——」
落ちゆく出夢は訝しむ。あの時、位置関係としては自分が上、人識が下にいた。さらに自分の体重は、おそらくだが零崎人識よりも軽いはずだ。ならば物理現象として、エレベーターの原理で持ち上がるのは自分の側のはず——
「——ッ!!」
と。
そこまで考えて——気付く。自分に結ばれている糸が——一つきりではなかったことに。
「あの野郎っ!」
上空に向けて吠える。自らの体に結ばれた、
大階段の中腹。踊り場というには少し広いそこに置かれたイベントステージ——室町小路広場の屋根となる鉄骨に着地しながら、出夢は上を見る。
すでに、先ほどの場所に人識はいない。単純な身体能力では出夢に大きく劣る人識では、飛び降りるということは不可能だろう。
どこかを伝ってやってくる。
そう思って視線を切り、周囲を見渡したが——それが命取りだった。
「どこ見てんだよ、出夢」
嫉妬しちまうぜ——なんて冗談めかして、零崎人識は
「な——あああ!?」
出夢が間抜けな叫び声を上げたのは、地上数十メートルを自由落下するという人識の自殺行為に驚いたがゆえだけではない。それだけならば、ただ避ければ話は終わりだ。出夢はなんの損害もなく、ただ見ているだけで人識を肉の塊に変えられる。
だから出夢が叫びを上げなければいけなかったのは、
落ちてきた零崎人識。その周囲を囲うように、身の丈よりもなお巨大な、屋根の一部だったガラス片が、雨霰と落ちてきたからだった。
「曲弦糸——!」
出夢は戦慄する。せざるを得ない。
あまりにも、あまりにも厄介すぎるスキル——!
おそらくは屋根の上にいた時点で、すでに切り出していたのだ。あたかもワイヤーソーのように、糸で断裁した屋根ガラスを、自分が落ちると同時に落とした。出夢の逃げ場を無くす、攻撃的な檻とするために——
このままでは、どこに逃げてもチェックメイト。全方位に降り注ぐ巨大なガラス片は、
「そんなにお望みなら——真正面から相手してやるよ!」
下から上へ、掬い上げるように。飛びかかる人識を
「それを読まないわけがねぇ」
右手に『
「——ッ、まさか——」
動揺する出夢。だがもう、全てが遅い。
破断するイベントステージの屋根。寸断された鉄骨が崩れ、出夢は足場を失い、
「
雄叫びを上げながら、『
それは受け止めるには重すぎる、愛の発露のようで——けれどだからこそ。
「だっ、ら、ぁああああああ————!!!!」
振り抜いた腕の勢いそのままに、空中で独楽のように回転した出夢が
二発目の『
空中で炸裂した大衝撃が、双方の体を弾き飛ばす。
階段中の広場。その左右両端にそれぞれ吹き飛んだ二人。空中の攻防によりタイミングがずれ、紙一重降り注ぐガラスの上を通り過ぎて、二人は着地する。
ガラスの砕け散る輪唱にわずか遅れて、だんと着地音。
踏ん張りの効かない空中であったが故に、逆に衝撃のほとんどが強制的に受け流され、両者ともダメージは微細。
刹那の硬直の後——再び互いに飛びかかる。
ガラスを踏み砕く音色。
駆け出した二人が、崩れ去ったステージの真正面で激突する。ナイフと素手、その二つであるはずなのに、拮抗——それどころか、素手がナイフを凌駕している。
「どうしたよ人識! 僕を殺すんだろ! 殺してくれるんだろ!? これじゃあ全っっっ然! まるで! 何もかも! 足りないぜぇぇえええええええ!!!!」
ど、ど、ど——
まるで重機か何かがもたらす音色のように、低く、重く響く音色。それはこそ、匂宮出夢の腕が、零崎人識の肉を打つ音。
すでに骨の何本かはヒビが入り、裂けた肌から血飛沫が上がっている。
だが、それは——
「それは、こっちのセリフだっ、ボケが——!」
刹那の反撃。畳み掛ける出夢の攻撃に、差し込まれる蜂の一差し。『
「くっ——」
まるで『
二本の刃によって刺し留められた腕が、硬直する。流れ落ちる鮮血。橈骨と尺骨の隙間を貫いた二本の刃が、匂宮出夢の腕を一本、封殺した。
「
——鉄拳。
人識の拳が、出夢の顔面を撃ち抜く。
「がっ————!?」
衝撃が出夢の頭蓋を揺らす——が、そんなものが、致命傷はおろか意識を奪う一撃にさえなるものか。
仰け反った頭を即座に反転させ、その勢いを反動として強烈なヘッドバッド。
額と額が、冗談のような大音を立ててぶつかり合う。
「ぐぅ——っ!?」
舞い散る火花。一瞬、視界が大きく眩む。崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、必死に倒れることを防いだ。割れた額から血が吹き出し、こぼれ落ちた鮮血が視界を赤く染め上げる。
「ぎゃは——」
同じく、割れた額から血を流す出夢は——頬を裂いて笑い、人識の胸ぐらを掴んだ。
「チキンレースだぜ、人識」
どっちが先に倒れるかだ。
ぞ——と背筋に走る怖気も、置き去りにして。
何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も——!!!!!!
繰り返される頭突きの応酬。もはや頭蓋骨を超えて、脳みそそのものが粉砕されてしまうのではないかと錯覚するほどの衝撃の連鎖。飛び散る血潮。白む視界。火花が舞い、星が舞い、痛みと混乱が脳を突き抜ける。
「てっ、めぇ——」
繰り返される頭突きの、振りかぶる一瞬の隙を突き、ずぶり、と腕から抜き放った『
「……どうした? 刺せよ」
「出夢——」
「やらねぇんなら——!!!」
何かを振り払うように、ぐるりと体勢を転換して、ナイフを首から離しつつの痛烈な回し蹴り。
「ごっ——」
内臓を吹き飛ばされたかと錯覚するほどの衝撃が腹に突き抜け、人識はそのまま水平に吹き飛んだ。イベントステージの背をぶち破り、その奥にある、巨大なティンパニーのような灰色のオブジェの上に着地する。
「僕がお前を殺しちまうぜ——!!」
——『暴飲暴食』。
飛びかかる勢いのまま放たれた、匂宮出夢究極の必殺技——両腕で
瞬間——
ドォォ——ン、と。
落雷のような音色がして。
見れば、見上げるほどの巨大なオブジェが——ただの一撃で粉砕されていた。
その衝撃に巻き込まれ、吹き飛んだ人識は駅の二階から迫り出したテラス部に落下する。ミスタードーナツのイートインスペース。並べられた机の上に背を叩きつけられ——けれど苦しんでいる間もない。
「ぎゃははははははははは————!」
哄笑する匂宮出夢。まるで猛獣のように、体全体をしならせて、硬直する人識へとさらなる追撃を試みる——
瞬間。
人識は——笑った。
「やっと——
ぎゅ、と——手のひらを握る。
同時に——落下する出夢が、空中に停止した。
「初撃で舞台を破壊されたのは、実は結構痛手だったんだぜ——」
人識は語る。何故、彼は大階段を一段ずつ登っていったのか? 匂宮出夢に出会うための心の準備? 青春を思い出すノスタルジー? 殺意を固めるためのルーティン?
否、否、否。
その全ては——この京都駅を、糸の結界に仕立て上げるため。
全盛期を迎えた人識にとって、半径三メートルなどという脆弱な縛りはすでに取り払われて久しい。
この京都駅全域を一つの巣として、彼はそこに君臨していた。
そして、匂宮出夢にとって。
曲弦師は、この上なく相性が悪い——
京都駅中央のアトリウム。その天井には剥き出しの鉄骨構造があり、また階下にも多種多様のオブジェが配置され、糸をかける障害物は枚挙にいとまがない。いくら匂宮出夢が、強さの極点に立つ究極のプレイヤーであり、一撃でフロア一つを粉砕できる人外技を持っているとしても——駅そのものを粉砕することは、できないのだ。
この空間はすでに人識の支配下にあり——一瞬の空白さえあれば、匂宮出夢を囚える準備はできていた。
「俺を吹き飛ばしたのは失策だったな——」
人識は言って、捕らえた出夢の首筋にナイフを当てる。
「——負けたぜ」
観念したように、出夢は言った。
「強くなったな——人識」
んじゃ——
「殺せよ」
顎をしゃくって、促す。
ナイフが首筋に擦れ——血が、滲む。
「——
人識は。
刃を、動かさなかった。
「出夢——少し話をしないか」
「ああ?」
理解できない、とばかりに顔を歪める。
今更——話すことなどあるものか。
出夢の表情はそう言いたげで、けれど人識には——ある。
話したいことも、その理由も。
「俺は」
俺は——
「俺はお前が好きだ」
「は——?」
その告白に——匂宮出夢は、面食らったように目を丸くする。
「あの時言えなくて——ごめん」
あの時。
あの時——
その言葉が、記憶を巻き戻す。
それは。
それは匂宮出夢が、最も弱かった時期のこと——
零崎人識と致命的な決別を果たす、その瞬間のこと。
「俺はずっと、お前のことが好きだった」
ずっと。
ずっと。
ずっと。
昔から。
今も。
ずっと。
零崎人識は——匂宮出夢が好きだった。
「お前のことを——家族のように、想ってる」
だから。
人識は出夢を見つめる。
その見開いた目を、深く、深く見つめる。
「だからお前には、生きていてほしい」
真正面から。
その言葉を突きつけられて。
匂宮出夢は——
「——遅ぇんだよ」
くしゃりと、顔を歪めた。
どこかから、音が立つ。
「何が今更、お前が好きだ、だよ」
ぎぃ、ぎぃ、
何かが歪む音。
何かが狂う音。
「何が、お前には生きていて欲しい、だよ」
何かが——壊れる音。
「僕がどんな思いで生きているかも、知らないくせに——」
匂宮出夢は——激昂していた。
バン、バン、バン——
破壊音が、相次いで響く。
「僕の家族は、一人だけだ」
見れば。
天井の、鉄骨が。
「僕の家族は——
天井だけではない。壁から、柱から、床から、
破滅の音色が、聞こえてくる。
「どうして僕が生きているのに——ここには理澄がいないんだ」
ぎぃいいいいいいい——
駅全体が、
「どうして、お前なんだよ、人識——」
僕に会いに来てくれたのは、どうして。
そして、
全てが、
砕け散る。
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