零崎人識の人間関係 匂宮出夢との追憶   作:忘旗かんばせ

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第十二話『アウトラストヒューマニズム』2

 

◆   ◆

 

 匂宮出夢。

 

 殺し名序列一位・匂宮雑技団、団員No.18の『殺し屋』。

 第十三期イクスパーラメントの功罪の子(バイプロダクト)

 

 女性の器に、男性の人格。

 人間の現身に、怪物の性質。

 

『強さ』に振り切れ、破綻した有様。

『弱さ』を振り切り、惨憺たる無様。

 

 畏懼と畏怖と畏敬と共に、人呼んで曰く——人喰い。

 

人喰い(マンイーター)』の、匂宮出夢。

 

 彼には一人の——妹がいた。

 

 その名は、理澄。

 匂宮——理澄。

 

 一人で二人。

 二人で一人。

 

 彼らは常に、共にあった。

 彼らは常に、寄り添っていた。

 

 この世の誰よりも近く。

 この世の誰よりも遠く。

 

 裏に表に。

 表に裏に。

 

 彼と彼女は二人で一人。

 彼女と彼は一人で二人。

 

 二つの体を共有する二重人格。

 それこそが、匂宮兄妹の正体だった。

 

 匂宮出夢は匂宮理澄で。

 匂宮理澄は匂宮出夢だった。

 

 その表裏を切り分ける境界は、ただ一つ。

 

 強さか————

 ————弱さか。

 

 匂宮出夢。

 第十三期イクスパーラメントの功罪の子(バイプロダクト)

 

 その生まれは決して、祝福されてはいなかった。

 その出自は決して、計算されてはいなかった。

 

 彼が生まれたのは偶然で。

 彼女が生まれたのも偶然だった。

 

 匂宮出夢。

 強さの極点として創造された彼は、けれど初め、明確に失敗作であった。

 

 強いだけの人間。

 そんな怪物が——この世に成立するわけがない。

 それは影を作らない光を求めるようなもので——その矛盾した設計は、被造物の破綻というあまりにも順当な結末をもたらした。

 

 ただ一点。誰もの予想の外であったのは。

 

 その失敗作が、()()()ことだ。

 匂宮出夢は、独りだった。

 生まれたその瞬間からずっと。

 この世の誰より強く。

 この世の誰より破綻して。

 この世の誰より——独りだった。

 それが変わったのは。

 

 彼に——妹が出来たからだ。

 

 匂宮理澄。

 この世の誰より愛おしい、彼の妹。

 

 彼と言う強さの極点が、存在のバランスを取るために生み出された、()()()()()

 匂宮出夢が本来持ち得るすべての弱さを——匂宮理澄は背負った。

 背負わされた。

 それによって、匂宮出夢は安定した。

 独りでは——なくなった。

 

 一人で二人。

 二人で一人。

 

 匂宮兄妹は、この世の誰よりも近しき兄妹で。

 

 けれどその形は、酷く歪なシルエットをしていた。

 

 匂宮出夢が持つ歪みの全てを、匂宮理澄がカバーする。

 それは二人三脚とすらも言えない二人羽織。

 

 それは出夢が全てを、理澄に背負わせてしまったせいで。

 だからこそ、匂宮理澄は、きっと誰よりも幸せにならなければいけない。

 

 たとえそのために、匂宮出夢の幸せが犠牲になったとしても——

 

 出夢にはその、義務があった。

 

 弱さの全てを背負った理澄のために、出夢は強さが全てでなくてはならない。

 そうでなくては、報われない。

 匂宮理澄が、報われない。

 

 だからこそ、かつて匂宮出夢は、己の中の零崎人識と繋がる絆という弱さを許せなかったし、だからこそ全てを投げ打ってでも、彼の敵として立ち塞がることを選んだ。

 

 自分の弱さを背負わせた、匂宮理澄に報いること。

 それこそが、匂宮出夢が自らに架した究極の責務であり——

 

 今となってはもう二度と、叶うことのない——夢物語だ。

 

◆   ◆

 

「——っ!」

 

 人識の意識が戻ったのは、瓦礫の中でだった。

 仰向けに倒れた人識は起きあがろうとして——激痛。一体それがどこであるのかはわからないけれど、体の至る所を、痛めているらしい。

 

 人識は必死になって、首だけを動かして周りを見回す。

 そして——戦慄する。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「————————っ!!!」

 

 戦慄する、戦慄する、戦慄する——

 

 まさか、そんな、あり得ない——

 

 人が、人間が、たった一人で()()()()()()()()()()()()()——

 

「目、覚めたかよ」

「なっ——」

 

 その声に、人識は思わず跳ね起きる。

 全身が酷く痛んだ。けれど、そんなことを気にしてはいられない。

 見れば。

 目の前に——匂宮出夢がいた。

 

「出夢——」

「いいよ、もう、お開きだ」

 

 構える人識に対して——出夢は戦うそぶりを見せない。

 

「お前を掘り返してやったの、僕なんだぜ——」

 

 なんて、困ったように笑われて。

 人識もまた、何も言えなくなった。

 

「少し、話をしよう」

 

 出夢は言って、瓦礫の一つに腰をかける。

 

「言ったよな。僕は死に損ねただけだって」

 

 ふ、と。

 何かを諦めるように、出夢は笑う。

 

「この世界で目覚めた時、最初は僕も、不覚にも喜んじまったんだぜ」

 

 一度死んでも、()()()()()

 そんな幸運があるなんて。

 そんな幸福が、許されるだなんて。

 そんな風に舞い上がって、けれど。

 けれど。

 

「この世界には、理澄がいない」

 

 それは。

 それは——零崎人識の知らない、匂宮出夢の人間関係。

 彼の妹——匂宮理澄。

 彼女は出夢と同じように死に果て。

 けれど。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この世界で()()()して、まず初めに、僕は妹を探したよ」

 

 きっといるはずだ。

 自分が続いているのなら、そこには妹もいるはずだ。

 だって僕たちは——

 一人で二人。

 二人で一人。

 決して分たれることのない——

 世界に一つの、兄妹なのだから。

 

 だけど。

 だけど——

 

「ここに理澄は、いなかった」

 

 匂宮出夢は。

 笑っていた。

 今にも泣きそうな笑顔で——歯を食いしばっていた。

 

「僕だけが、続いたんだ。きっと、()()()()()()()——」

 

 行けるはずだった。

 理澄と同じ場所に、行けるはずだった。

 彼の代わりに死に果てた、全てを背負わせてしまった妹に、今度こそもう一度、出逢えるはずだった。

 なのにどうしてか——こんな世界で。

 こんな——()()()()()()()()、続いてしまった。

 

「探したんだよ。日本全国、世界全土。一年以上かけて、探して、探して、探して——あるいは向こうから、見つけてもらうことだって、できるように」

 

 痕跡を残して。

 振り撒いて。

 撒き散らして。

 節操もなく、ただ一人を求めて彷徨い続けて——

 それでも。

 

「それでも、あいつはどこにもいなかった」

 

 笑えるよな。

 なんて。

 匂宮出夢は。

 まるで音のない悲鳴のように、涙をこぼす。

 

「最後の、一週間。実は理澄を、探してたんだ」

 

 もしかしたら。

 もしかしたら、何かの手違いで、見つけられていないだけで。

 彼女もこちらにいるんじゃないか。

 そんな夢物語が捨てられなくて。

 出夢は再び、旅に出た。

 

「でもやっぱり——見つからなかった」

 

 匂宮理澄は。

 彼の妹は。

 もうこの世には、いないのだ——

 

「だから、もういいんだ」

 

 もういい。

 もう、いらない。

 こんな生は——いらない。

 こんな()()は——いらない。

 

「僕はダメになっちまったんだ」

 

 笑ってくれよ、人識。

 その名を呼ばれるのは。

 きっと、殺意と共にだけだと思っていて。

 だから。

 そんなすがるような。

 か細い声で言われたその時——

 人識はどうしていいのか、わからなくなった。

 

「僕を殺してくれ、人識」

 

 僕のことが好きだっていうなら。

 僕のことを——殺してくれ。

 匂宮出夢は。

 なんの屈託もなく、そう言った。

 

「殺されるなら、お前がいいんだ」

 

 今度こそ。

 今度こそ人識は、全てを諦めた。

 ()()()()()()()()

 

「わかった」

 

 彼は刃を、構える。

人間関係(ヒューマニズム)』——彼のために誂えられた、究極の武器を。

 そして——

 

「でも」

 

 人識は——

 

「その願いは、ここじゃ聞けない」

 

 ()()()()()()()()()

 

「——っ、はぁ!?」

 

 嘘だろ、お前——

 この流れで、逃げるのかよ——!

 激情に駆られ、出夢は逃げ出した人識を追う。

 

「ふざけんな、待てよ人識——」

 

 痛む体を押して駆け出した人識が向かったのは——今はなき京都駅烏丸中央口の真正面に立つ、京都の新たなランドマーク。

 

 奇しくもこの世界において、匂宮出夢と最初に出会った場所——すなわち、京都タワーだった。

 

「くっ、この、お前はスパイダーマンかよっ!」

 

 まるで出会ったばかりの頃を思い出すような追いかけっこ。曲弦糸の技術を利用して、人識は空中を踏むように歩き、タワー下部のビルをぴょんぴょんと飛び越していく。糸を見極めて出夢も追うが、どうしても、それを捕らえきれない。

 

「待て——」

 

 声を上げるが、人識は止まらない。

 

 そのままタワー部にまで辿り着き、そこをもまた、どんどんと、外壁を足場に登っていく。

 出夢が後を追い、そしてようやくその背に追いついたのは——一週間前、二人が出会ったタワー先端部の、少し下。タワー最上部の展望台の真上に辿り着いて、ようやくだった。

 

「なんなんだよ、お前! 急に逃げ出しやがって! 僕の話聞いてたか!? 今真面目なシーンなんだぞ——」

「わかってるよ」

 

 わかってる。

 全部——わかってる。

 零崎人識は——振り向いた。

 吹き荒ぶ風が、人識の髪を揺らす。

 その瞳はあまりにも——優しく見えた。

 

「だから今から、お前のことを」

 

 殺して解して並べて揃えて——晒してやる。

 その言葉が示す通り、人識の指が動くと、出夢の体に、糸が巻き付く。そして抵抗する間もなく、その糸は引かれ、出夢は空を舞った。

 

「ただし」

 

 人識は。

 展望台の端から——()()()()()()()

 

「——死ぬのは、俺も一緒だ」

 

 ぱ、と。

 自らのために打たれた『人間関係(ヒューマニズム)』をさえ、取り落とし。

 人識はタワー頂上から——落下した。

 

「——っ、馬鹿野郎!!」

 

 エレベーターの原理ですらない、単純な物理法則。人識一人分の体重が、猛烈な勢いで匂宮出夢を引きずるけれど——駅一つをも粉砕した匂宮出夢に、そんなものは通用しない。()()()()()()()()()()()()。全身がくまなく、あらゆる方位に均等に張力を持って拘束されていたあの時と違い、出夢を拘束しているのは人識と繋がる一本の糸だけだ。

 

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あるいは糸を切れば——人識だけを、殺すことができる。

 

 すべての選択は、委ねられている。

 

「クソッ——」

 

 だから出夢は、展望台の淵から落下する寸前、人識の落とした『人間関係(ヒューマニズム)』を拾い上げた。

 そして——

 

「うわぁあああああっ——!!!!」

 

 それを()()()()()()()()()()()()()()()()

 二本の捻れ刃が、巨大な鉄骨を深々と貫通して突き刺さり、匂宮出夢と——それに糸一本で繋がる零崎人識の命を、繋ぎ止めた。

 

人間関係(ヒューマニズム)』——その刃は、鉄にさえ喰らいつくほどに、強い。

 

「馬鹿野郎、何やってんだ、人識っ!」

 

 そんなことをしたら——

 

()()()()()()()()()()()()()——!」

 

 片腕で『人間関係(ヒューマニズム)』の柄に捕まり、もう片方の手で人識に繋がる糸を支える。

 決して離すまいと、必死になって。

 

「なあ、出夢」

 

 人識は。

 宙吊りになりながら、匂宮出夢に語りかける。

 

「俺は多分、すげー残酷なことを言っていたんだろうと思う」

 

 匂宮出夢と、匂宮理澄の関係を——人識は、知らない。

 

 だからそこにどれだけ強固な絆があるのかも、どれだけ分かち難い(えにし)があるのかも、何一つ、わからない。

 人識の言葉は、何を言っても無責任だ。

 

「だからこそ」

 

 だからこそ。

 人識が言えるのは、一つだけだ。

 

「お前が殺されたいってんなら、殺してやるよ」

 

 そんで——

 

「俺も一緒に、死んでやる」

 

 それが。

 零崎人識の出した、最後の答えだった。

 

「はぁ!?」

「やっと気づいたんだけどさ——俺はどうやら、お前がいないと、生きていけないみたいらしい」

 

 匂宮出夢が、もうこれ以上の生はいらないというのなら。

 零崎人識もまた、これ以上の生は、いらない。

 だから。

 だからせめて——一緒に死にたい。

 

「一緒に生きてくれなんて、口が裂けても言えないけどさ、そんならせめて——一緒に死のうぜ、出夢」

 

 その笑顔が、どこまでも憎らしくて、だから——

 

()()()()()()——」

 

 出夢は歯を食いしばって、人識を繋ぎ止めていた。

 ビシリ、ビシリと、音が聞こえる。

 それは物理的なものでなく——出夢の内側から、響く音。

 

()()()()()()()()————!」

 

 必死になって——ズダボロの腕で。

 人識の命を——繋ぎ止める。

 思い浮かぶのは——妹のこと。

 この世の誰より愛おしくて、この世の誰より報いるべきで、この世の誰より報われるべきだった、死んでしまった少女のこと。

 

()()()()()()()()()()——!!!」

 

 声を上げる。声を上げる。声を上げる。

 彼女はもう、この世にいない。この世のどこにも、存在しない。

 報いることも、報われることも、愛することも、愛されることも——もう二度と、できない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!!」

 

 叫んで、

 叫んで、

 叫んで——

 匂宮出夢は——

 

 ——零崎人識を、引っ張り上げた。

 

 出夢の掌から滲んだ血で、真っ赤に染まった糸一本。

 それは二人を、繋ぎ止めていた。

 

「——なんなんだよ、お前」

 

 鉄骨の上で、二人は並んで腰を下ろす。

 足元は空。滑らせれば死に果てる場所で——二人はまだ、赤い糸に繋がれたまま。

 運命を、共有していた。

 

「なんで死のうとするんだよ」

「言っただろ——お前がいない世界じゃ、生きていけない」

「馬鹿じゃねぇの」

 

 お前には、ちゃんといるだろ。

 

「まだ生きてる、妹が」

「ま、伊織ちゃんなら大丈夫だろ」

 

 頼りになる大将もいるしな——なんて、人識は笑う。

 

「だから俺が我儘を言っても、大丈夫だ」

 

 我儘——

 匂宮出夢と一緒に死にたい、と言う——我儘。

 

「……なんで、僕なんだよ」

 

 拗ねたように、出夢は言った。

 人識は後ろ頭をかく。

 

「わかんねえよ。好きになったから——好きになっちまったんだ」

 

 その答えに——出夢は今度こそ、ため息をついた。

 

「——馬鹿」

 

 出夢は人識の胸ぐらを掴み上げた。

 

「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿野郎!」

「出夢——」

 

 匂宮出夢は——

 泣いていた。

 

「この、人識の、大馬鹿野郎!」

 

 そんなんだから。

 ()()()()()()()()()()——

 

「僕は、死ねなくなっちまっただろ!」

 

 恥も外聞もなく。

 泣き叫ぶように、出夢は言った。

 顔を真っ赤に、泣き腫らして——

 この世の全てを、恨むように。

 

「死にたかったのに」

 

 理澄と同じところに、行きたかったのに。

 

「お前のせいで——台無しだ」

 

 だから。

 だから——

 

「責任」

「え?」

「責任——取れよ」

 

 僕から理澄を奪った、責任を。

 理澄から僕を奪った、責任を。

 

「死ぬ時は、一緒なんだろ?」

 

 だったら——

 

「一生掛けて——責任を取れ」

 

 この罪を。

 この許されざる罪を——背負え。

 

 

 

 そうして。

 

 零崎人識は、生きていく。

 匂宮出夢と、生きていく。

 

 それは幾千幾万幾億の後悔と、幾千幾万幾億の罪に塗れた、決して許されない人生で、ともすれば破滅にも似た文字通りの破綻ではあったけれど。

 

 それでも。

 それでもそれは、最悪ではなかった。

 

 だから二人の物語は、きっと一つの、愛と別れの物語だ。

 

 一人の生者が、死者との別れを告げ。

 一人の生者が、死者を再び蘇らせた。

 

 それは取るに足らないありふれた、どうしようもなくありきたりな、誰にでも訪れる当たり前の、苦い寂寞と後悔に満ちた、甘く切ない——愛と別れの物語。

 

 断たれた絆は、かくして結び直された。

 

 それは運命と呼ぶにはひどく不格好で、傷跡だらけのそれだったけれど。

 それでも結ばれた二人はきっと、誰よりも不幸でありながら、誰よりも幸せだった。

 

 それは一つの人間関係の成就。

 

 それに名前をつけるなら、だから答えは一つだけ。

 

 それではみなさま、拍手と花束のご準備を。

 

 閉じた幕は再び開かれ。

 ディングエピローグの、鐘が鳴る。

 

            (匂宮出夢——家族関係)

            (関係継続)

 






人識くんの物語はこれにてエンディングとなります。
感想、評価などなど全てが励みになっておりました。
ありがとうございました。

カーテンコールがございますので、もう一話だけ、お付き合いください。
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