いつのまにか総合評価が1000を超えていました。感想、評価、お気に入り登録などなど、していただいてありがとうございます。
記念に番外編を執筆しました。
今日から更新していきます。
世界の終わりに良い夢を 1
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たとえば一口に強さと言ってもそこには多種多様なそれがあって、単純な腕力や戦闘力なんてものだけが強さの定規として働くなんてことは、少なくともこの現代にはあり得ない。強いも弱いも単なる見方の一つであって、一つの強みが別角度から見れば弱みに繋がるなんてのはありふれた話だ。たとえば単純に力が強い、なんて形の強さだって、繊細な力加減が必要な作業においてはただの弱みに早変わる。だからこそ強さに絶対なんてものはないし強さに究極なんてものもない。どんな時でもある強さは別の弱さだし、ある弱さは別の強さだ。まるでコインの裏表のように不可分なそれらを、一様に語ろうなんて考えは烏滸がましい。それでもあるいは、強さに究極はなくとも、強さに絶対はなくとも——強さに最もだけは、きっとあるのだろう。
つまりそれを体現するのが、すなわち哀川潤という人類最強の請負人なのだった。
「盆地っつっても、春ならまだ風が心地いいよな」
京都市内。愛車で道路を駆け抜けながら、哀川潤は呟いた。トレードマークとさえ言うべきな、全身赤のコーディネートが風にはためく。
その隣で異物のように縮こまるのは、両腕に奇妙な義手を付けた、一人の少女だった。
「気分はどうだ、モテカワメイク」
チラリと真横に目を向けて、哀川潤は言う。
そう問われても、答える余裕などなかった。
トレードマークのニット帽を深く被りながら、無桐伊織は冷や汗を流す。
大厄島での一連の事件を終えて、後日。依頼の件で話があると、哀川潤から直々に呼び出しを受けた無桐伊織は、なぜだかいつのまにやら彼女の車に乗せられていた。
磨き上げられた真っ赤なコブラ。吹き付ける風が心地良いオープンカーの助手席に、まるで小動物のように縮こまりながら、彼女は座っている。
「気分はどうだって聞いてんだよ」
二度目の問いに、伊織はびくんと体を跳ねさせる。
「たたたたた、大変光栄でございますです、はい」
緊張のあまり、舌がもつれた。あれ、なんで私、この全身真っ赤っかなおねーさんとドライブしてるんだろう。前世でどんな悪いことをした罰なのかな——なんて、今世が殺人鬼である彼女がそんなことを考えるのは、いっそ清々しいまでの倫理観の欠如であるのだろうけれど、ともかく。
無桐伊織は、ピンチだった。
「あの、哀川のおねーさん」
「なんだ、モテカワメイク」
「私はモテカワメイクではないのですが、ともかくとしてですね」
んんっ、と小さく咳払いをしてから、彼女は言った。
「この車は一体、どこへ向かっているのでしょうか?」
「ああ、地獄だ」
やっぱり、と無桐伊織は天を仰いだ。
初めから、考えておくべきだったのだ。この人類最強に仮にも殺人鬼である無桐伊織が仕事を依頼するということの意味を。彼女がそれを、素直に受けるはずもないという現実を。
失踪した彼女の兄——零崎人識。彼を見つけ出すがために、無桐伊織は哀川潤へと依頼を出した。それは確かに請け負われ——そしてなぜか今、無桐伊織は地獄へと連れていかれようとしている。
ごめんなさい人識くん、私の人生、ここで終わりみたいです。さめざめと涙を流しながら、どこにいるとも知れない兄に心の中で別れの言葉を放つ伊織に、目もくれずして哀川潤は言う。
「地獄っつーか、正確には
地獄の——入り口?
「はいはいはい、見えてきましたよ、つまり私はそこに突き落とされるってわけですね」
向かう先は山だろうか、海だろうか。いずれにしても、死体が綺麗に残るような死に方は出来なさそうである。
「別に突き落としゃしねぇよ、ま、
「む、無理心中ですか!?」
まさかこの人類最強に希死念慮があっただなんて——と思考を暴走させ始めた伊織の頭に、哀川潤は手刀を振り下ろす。
「そう言う意味じゃねぇよ馬鹿タレ」
「いっ——た! どんな力で叩いてくれてんですか、伊織ちゃんの頭蓋骨が割れちゃいますよ!」
頭を抑えて涙を流す伊織を完全に無視して、哀川潤は言葉を続ける。
「どうもお前のにーちゃんな、今この世界にはいないっぽいんだわ」
彼女は言って、ハンドルを切る。慣性が働いて、伊織の体がドア側に押し付けられた。
「え、こ、この世界にいないって、それって——」
死んでる、と言うことか。
だから。
「そうじゃねぇっつの」
哀川潤はため息を吐く。赤い髪をかきあげて、彼女は言った。
さらにハンドルを切って、スポーツカーで絶対に入り込んではいけないような狭い路地へと堂々と侵入する。
「零崎人識は生きてるよ。ただし、それは
「あ、あの世で?」
「あの世で生きてるなんて言いやしねぇだろうが。そうじゃなくて——」
お前のにーちゃんは。
「
「い、異世界——?」
そりゃあ一体どう言う意味だ? いきなりあまりにも非現実的なワードが飛び出て、伊織は困惑を隠せない。それならばまだしも、地獄の方が親しみがある。
異世界。異世界って。
「哀川のおねーさん、そりゃ流石にネット小説の読み過ぎですって」
きゃはは、と。無桐伊織は普通に笑った。冗談だと思ったのである。
だからその報いとして再びその頭蓋に手刀が振り下ろされたのは、あまりにも当然の代償だったと言えた。
「冗談言ってるわけじゃねぇよ。こちとら大真面目だっつーの」
振り下ろした手をハンドルに戻しつつ、彼女は言った。狭い道だ。安全運転を心がけなければ。伊織は両手で頭頂を押さえながらおいおいと涙を流す。
「つーか、それが冗談ですまねえからこそ、あたしも
緩やかな坂を登りながら言う。
零崎人識は異世界にいる。
それは今、どうしようもない事実であり——
だからこそ。
だからこそ哀川潤は——
「
キ、と。甲高い音色と共に、急ブレーキがかかる。
「ついたぜ、モテカワメイク」
たどり着いたのは——京都、東山。
と言っても、清水寺や八坂神社の近辺のような、煌びやかな観光地というわけではなく——至って普通の住宅地。
その真っ只中の一角に、ポツリと、佇む——
「お——お寺?」
それは真っ赤に塗られた門が特徴的な、寺だった。
「そ、六道珍皇寺っつーらしいぜ」
「お前、小野篁って知ってるか?」
「え? そりゃあ、知ってますけれど……?」
今でこそ住所不定の殺人鬼である無桐伊織だが、こんななりでも元は花をも恥じらう女子高生だ。落ちこぼれというわけでもなかった彼女だから、小野篁くらいは知っている。
「小野妹子の子孫で、嵯峨天皇に仕えてたんでしたっけ? 平安時代の人ですよね。猫の子子猫、で有名な」
と、言っても、知識はその程度だった。
なにせ彼はと言えば、世間一般では歴史上の人物というよりも——どちらかと言えば、
「無悪善な。その逸話からも分かる通り、よく頭がキレて、反骨精神旺盛なイカした男だったらしいが——今重要なのはそっちじゃない」
哀川潤は車を降りた。伊織もそれを追う。
「小野篁の有名な
「地獄——?」
いくら平安時代の人物とは言えど、実在の人物だ。それにそのような、ある種の神話的な
哀川潤は、話を続ける。
「曰くして」
小野篁は、亡くなった母に出会うため、毎夜地獄に通い詰めていたと言う。そのうちに閻魔大王とも親しくなり、その補佐をするようになったのだ、と。
「重要なのは——」
小野篁が、一体
門を超えて境内に入りながら、哀川潤は言う。伊織はその背を追いながらも話を聞き続ける。
「京都の東山といえば今でこそ観光地だけどな、昔は
言いながら——彼女は格子窓のついた戸を開けて、寺の中庭に入り込んだ。明らかに勝手に入っていいものでは無さそうな雰囲気だったけれど、伊織には後を追う以外の選択肢がない。
中庭を進みながらも、話は続く。
「で、その三途の川の岸辺には、そりゃあご立派な寺が聳え立っていたらしくってな。今じゃその敷地もずいぶん削られちまったらしいが、当時は洛中で人死が出れば、
そんな事情もあって——
「その寺は
「あの、哀川のおねーさん、もしかしなくてもそのお寺って——」
「そう」
彼女は庭の一角で、ぴたりと——足を止める。
それは。
「この
振り返って言う彼女の顔が——伊織にはまるで、地獄の鬼のように見えた。
ばきん、と。
力任せに、閉鎖されているその井戸の覆いを外して、哀川潤は腕を回した。
「ってわけで、行くぞ」
逃げ出そうとした瞬間その首根っこを掴まれた伊織は、必死になって抵抗をする。
「無理ですって哀川のおねーさん! 井戸ってすっごい深いんですよ! 普通に落ちたら死んじゃいますって!」
「それが目的だからいいんだよ」
何一つとしてよくない。伊織は必死になって首を振る。
「曰くして、世界ってのは数多くあるが、
零崎人識が今いる世界に訪れようと思うのなら。
「じょ、冗談ですよね哀川のおねーさん!? そんな与太話を本気で信じて自殺しようだなんて——」
「心配すんなよモテカワメイク。こう見えてあたしは今まで何度も死んだことがあるんだが、その度生き返ってきた実績がある」
「私にはないんですよ!?」
人類最強と一般殺人鬼を一緒にしないでほしい。伊織は必死になって逃れようとするが——残念。哀川潤からは逃げられない。
「よし、行くぞー。さーん、にー、いーち」
「嫌だーっ!! 死にたくなーいっ!!」
「ぜろっ」
ひゅー。
そうして、無桐伊織は暗闇の底へ落ちていく。数秒ののち、自らの体が砕け散る音を聞きながら、伊織は意識を失った。
あるいは、永久に。
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