零崎人識の人間関係 匂宮出夢との追憶   作:忘旗かんばせ

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世界の終わりに良い夢を 4

■■

 

「なあ伊織ちゃん。この世界が近々滅ぶらしいって言ったらどうする?」

「え、どうしたんですか急に」

 

 タリーズコーヒー京都三条通店。向かい合うソファに、女子二人が向かい合って座っている。

 かつて見たどんな時よりも弱った調子の哀川潤の姿に、無桐伊織は驚きを隠せない。

 一体ホテルで何があったのだろう? 首を傾げれば、その答えが返る。

 

「実は今日——親父と会ってさ」

「え、お、お父さんと、ホテルで!? そ、それはちょっとインモラルすぎませんか!?」

「どんな想像してんだ馬鹿野郎」

 

 そういえば、いまだにその誤解も解けていないんだった。哀川潤は一層具合が悪くなったように感じる。

 

「ともかく、うちのクソ親父がだな、それはもう空前絶後の馬鹿野郎で、自分で作り上げたAIのケツを拭くこともできず、こっちに仕事を丸投げしてきたんだよ」

「そんなに嫌な仕事なら断ればいいんじゃないですか?」

「断ると世界が滅ぶんだ」

 

 最悪だった。

 

「いや世界が滅ぶって……具体的には?」

「とりあえず今、核ミサイルが発射されるかされないかの瀬戸際らしい」

「こんなところでのんびりしてる場合じゃないですよ絶対!」

 

 顔を青くして、伊織は叫ぶ。そうだよなあ、と哀川潤は天を仰ぐ。

 

「嫌だけど、ほんっ——とうに嫌だけど、仕方ねぇ。あのクソ親父に——協力するか」

 

 彼女は言って、視線を正面に戻した。

 

「『やる気を出してくださいましたか、哀川潤』」

 

 彼女のスマホのスピーカーを借りて——トランスファ・千契死益が喋りかけた。今度は伊織にも聞こえたようで、キョロキョロと周囲を見渡している。それを無視して、哀川潤は答えた。

 

「出すよそりゃ。出さざるを得ねぇ。あたしの両肩に全人類の命がかかってるとなって奮起しないなら、そりゃ嘘ってやつだぜ」

 

 直前まであんなにもダウナーになっていたことを刹那で忘却しつつ、哀川潤は言った。

 

「とは言っても、だ。実際、どうすりゃいいわけ? アメリカにクラッキング仕掛けてるっつってもさ、それを止める手立てがねぇだろ。殴って解決するならどうとでもするけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トランスファの厄介さはそこにある。

 機械に対する最強の解決手段、すなわち——物理的破壊が、通用しないのだ。

 

「それともぼくらのウォーゲームよろしく、死益たんがあたしのパートナーになってくれんのかい?」

「『残念ながら、不可能デス。私と由比ヶ浜ぷに子では、占有している電子空間のリソースが桁違いデスので、電子戦では勝ち目がないでしょう。幼年期と究極体が戦うようなものデス』」

 

 つまりは鎧袖一触。片手間に消し飛ばされる程度の力の差と言う意味だ。

 

「戦うにしても、八方塞がりってわけね」

 

 ほとんど独り言のつもりで発した哀川潤のその言葉には——けれど、返るはずもない返事が返ってきた。

 

「はい。ですのでやるべきは——交渉です」

 

 なんて。

 そんな言葉を口にしながら現れたのは——見覚えのない少女だった。

 

「……誰だ、あんた」

 

 メガネをかけた、()()()()()()()()()()()。春先らしい、カジュアルなブルーのワンピースを瀟洒に纏う彼女は、訝しむような哀川潤の視線に、真正面から応じる。

 

「初めまして、哀川潤さん。私は、羽川(はねかわ)(つばさ)——()()()()()()()()()、羽川翼です」

 

 と。

 恭しく一例をして、彼女は哀川潤の正面、無桐伊織の隣に腰掛けた。

 

「はあん。あんたが新任のってわけだ」

 

 見定めるように目を細めて、彼女は言った。

 おそらくは、これが人類最悪の回答なのだろう。つまり、自分の()()()()手駒を寄越すから、それでトントンと言いたいわけだ。彼らしい、どうしようもないほどの他力本願だった。

 

「人類最終とは、比べものにもなりませんが」

 

 肩をすくめて、羽川翼は言う。代替(オルタナティヴ)としては二流以下、それが彼女の自認だった。

 

「あたしは嫌いだな。そう言う卑屈はさ」

 

 バッサリと切り捨てて、彼女は続けた。

 

「そんで? 交渉ってのはどう言う意味だよ翼ちゃん」

 

 足を組んで、面白がるように問いかける。この状況で、そんな余裕を見せつけられるのはまさしく彼女が最強たる所以なのだろうけれども、しかしそれはほとんど虚勢も同意義だった。

 けれどそれを指摘はせずに、羽川翼は続ける。

 

「相手はトランスファ・由比ヶ浜ぷに子——人工知能です。それが人工であろうと、天然であろうと、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 たとえばトランスファ・千契死益がそうであるように——トランスファには、言葉が通じる。言葉が通じるなら、交渉だってできる——それが、彼女の結論だった。

 

「しかし言葉が通じたって、思いが伝わらないなら意味がないんじゃあないのかい、翼ちゃん。相手は()()()()()()()()()()()()()()()。そんな相手に、交渉の余地なんてあるのかよ」

「ないでしょうね。でもそれは、()()()()()()()の話です」

 

 彼女は指を立てて語る。

 

「由比ヶ浜ぷに子の行動原理は、()()()()()()()()()()で固定されています。これはもう、トランスファとしての行動原理の基底としてプログラムされている。そうである以上、機能停止するまで、由比ヶ浜ぷに子は世界の終わりを目指し続けます」

 

 それはつまり一つの()()として、由比ヶ浜ぷに子は世界を滅ぼそうとする。()()()()()()()()()()()。そうである以上、そこを歪めることは不可能だろう、と彼女は語った。

 

「じゃあどうすんだよ」

「目的が変えられないのなら——手段の方を変えるまでです」

 

 彼女は言って——哀川潤を真っ先に見つめる。

 

「哀川さん」

「あたしのことを苗字で呼ぶな。苗字で呼ぶのは敵だけだ」

「いえ、だからこそ、今回はこれで正しいんですよ」

 

 哀川さん——

 

 と、彼女は念を押すようにもう一度、哀川潤を苗字で呼んだ。

 

「私と戦ってもらえませんか?」

 

 それが開戦の狼煙であるかのように、堂々と。

 

■■

 

 かつて西東天は、世界を終わらせるために()()()()()を目論んだ。

 哀川潤と言う——あるいはその名さえなき特異点を作り出し、それによって因果の繋がりを破壊することで、世界の終わりを齎そうとした。

 その試みは、おそらくは最も致命的な形で破綻し、結局は西東天も、その二人の同胞も、そして哀川潤の名をまだ持たなかった一人の少女も、そのことごとくが死に絶えてしまったわけだけれど——

 

 ともかくとして。

 大切なのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言うことだ。

 

 それこそ由比ヶ浜ぷに子と同じように。

 最終的には真逆とも言える形に成長したはわけだけれども——始まりの至上命題は、間違いなくそれであったのだ。

 だからこそ。

 だからこそ哀川潤には——今もまだ。

 ()()()()()()()()()()()

 

「つまり哀川さんには、()()()()()()()()()私と戦って欲しいんです」

 

 羽川翼はそう言って、コーヒーのカップをおいた。

 

「核ミサイルの発射よりは、まだしも因果の崩壊の方が、()()()()()()。その間に——由比ヶ浜ぷに子を、説得します」

「そりゃあいいがよ、わざわざそんな時間稼ぎに向こうが乗ってくれるのかい?」

「乗りますよ。なにせ由比ヶ浜ぷに子にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 旧式なんですよ、彼女は——と、どこか憐れむように、羽川翼は言った。

 

「最新の技術で生まれ変わったといえど、その根底は()()()()()()()由比ヶ浜ぷに子なんです。だからこそ彼女は世界の終わりのために稼働するし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。実際には核ミサイルを乱射する方が世界の終わりには近くとも、彼女にとって理想の、そして()()()世界の終わりは——あなたなんですよ、哀川さん」

 

 由比ヶ浜ぷに子は——今も、()()()()()()()()()()()()、と彼女は語る。

 

「なんでも知ってるみたいに語るじゃねーかよ翼ちゃん」

「なんでもは知りませんよ、知ってることだけ——これらは全て、狐さんの受け売りですから」

 

 肩を竦める。そこまでわかっているからこそ、自分を引っ張り出してきたというわけか。

 

「んじゃ、私はどうすればいいってわけ? 今からぷに子ちゃんと協力して、手当たり次第破壊活動でもすればいいってわけか?」

「いいえ、それだと困ります。あなたに本気で破壊活動なんてされてしまえば、人類社会はそれに太刀打ちできないでしょう。ですから——」

 

 あなたには。

 

「私を敵と定めて欲しいんです」

 

 彼女はまっすぐに、哀川潤を見つめる。

 

「世界を終わらせるための()()として、私を挙げてください。そしてトランスファ・由比ヶ浜ぷに子と共に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、それに抵抗することで、時間稼ぎをしようと言うわけだ。しかし——

 

「それはちょっと見通しが甘いんじゃねーの、翼ちゃん」

 

 人類最強を相手に、時間稼ぎができるだなんて見通しが——そもそも甘い。

 

「全身全霊で手加減したって、三十分もありゃあんたをコテンパンに叩きのめしちまうぜ。そんな短時間で交渉が纏まるってんならそれでもいいけどさ」

「ご安心ください。全力で挑まれても——一週間は耐えてみせますから」

「言うねぇ。くくっ、そっちの方が好みの面だぜ、翼ちゃん」

 

 哀川潤は楽しげに言った。自分に真正面から——それが策の一環であっても—–喧嘩を売ってくれる相手など、いつぶりだろうか。ぶるりと背筋が震える。それは歓喜ゆえのことだ。

 

「その代わり、一つお願いが」

 

 彼女は指を一本立てた。

 

「無桐伊織さんを、私に貸して欲しいんです」

「うぇっ!?」

 

 自分はもう関係のない話になるだろう、なんてぼうっとしていた伊織は、突然水を向けられてびくりと肩を跳ね上げた。

 

「いやいやいやいや、翼ちゃん、哀川のおねーさんと戦うんでしょう? そこに私がいたって、足手纏いにしかなれないですよう!」

「心配しないでください、伊織さん。私は何も、あなたに哀川さんと真正面から戦ってくれだなんて言うつもりはありませんから」

 

 その言葉に伊織は胸を撫で下ろしつつ、しかし首を傾げる。

 

「じゃあ、なんのために私を?」

「はい。それなんですが——」

 

 彼女は猫のように微笑んで言う。

 

「とある人物を、拉致してきて欲しいんです」




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