零崎人識の人間関係 匂宮出夢との追憶   作:忘旗かんばせ

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世界の終わりに良い夢を 11

■■

 

「まず、数字のパターンから考えよう」

 

 哀川潤は言いながら、その数字の羅列を切り分ける。

 

「カンマとピリオドの使い分けから考えて、()()()()()()。カンマで区切られた四種類の数字から一文字ずつが作られている、と考えていいだろう。そして、カンマで区切られた数字にはそれぞれ規則性がある。まず、一番最初の数字は、二十二から順に()()()()()。そして二番目の数字は一から五、増えたり減ったりで安定しない。三番目の数字はゼロから二。この欄だけゼロがあり、そして一番振れ幅が少ない。最後の数字は一番規則性に乏しい。一から五十三と幅は大きいが、一番目の数字と増減の傾向が噛み合ってない」

 

 彼女は言って、腕を組む。

 

「アルファベットやひらがなを単純に数字化して表現したってわけじゃあないだろう。その程度の暗号だったらそもそも拍子抜けだ。しかし、()()()()()()()()。そこが今ひとつ、掴めない」

 

 彼女は言って、机の上に置いたスマートフォンに目を向ける。

 

「ぷに子ちゃんの方はどうだ?」

「『申し訳ありません、お姉様。現状では同じです。アルファベット以外にも、世界の百三十六言語で解読を試しましたが、全て解答には至りませんでした』」

 

 この辺りは、人工知能の強みだ。人間ではマルチタスクに限界はあるが。トランスファにはない。リソースの許す限りいくらでも作業を並列化でき、効率よく答えを潰していける。

 しかしそれをやってもなお、答えにはまるで辿り着けていない。

 

「整理をしよう。あいつはヒントを『ボク自身』と言った。歴史的な数字や、数学的な法則性とは無関係と考えていいだろう。あるいはあいつが歴史上の誰かさんの子孫だったりとか、実は著名な数学者で、って可能性もあるが——除外していいくらい低いと思う。そういう数字にしては、規則が()()()()()()()

「『しかしお姉様。『三年くらい考えてれば』、と言う発言がございます。これは、演算にかかる時間の長さを揶揄しているのではないでしょうか?』」

「そこなんだよな。その発言はあたしも引っかかる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だけど——ぷに子ちゃんが今言ったのは、あたしは違うと思う。トランスファ相手に演算勝負はしないだろうし、何よりあいつは()()()()()と言ったんだ」

 

 だからこそ考えるべきは——推理するべきは。

 おわり坂おわりと哀川潤の共通項だ。

 

「多分、そこにヒントがある。というより、そこにしかヒントがない。これはパブリックな何かをキーとした暗号じゃなく、()()()()()()()()()()()()()()()()

「『確証は?』」

「もちろんねぇよ。だけど、こういうのは()()()()()()()()

 

 ただ——分かるのはそこまでだ。

 

「そっから先が全然全く、一切合切理解できない。まるで答えがこの世に存在しないんじゃないかと思うほど、てんで答えが浮かばない」

 

 哀川潤は腕を組む。そのこめかみから——汗が一条、流れ落ちた。

 

「こいつは難題だぜ、ぷに子ちゃん」

 

 その様子に、由比ヶ浜ぷに子は、()()()

 あの哀川潤が、()()()()()()()()()

 それほどまでに、追い詰められている。

 暗号よりも何よりも、そちらの方がこそ、由比ヶ浜ぷに子を追い詰めていた。

 

 あるいは。

 ()()()()()()()()というのならば。

 自分は一体、どうすればいいのだろうか——

 

 と。

 人間に当てはめていえば、()()()()()()()()()由比ヶ浜ぷに子を目覚めさせたのは、やはりというべきかしかりというべきか、哀川潤の一言だった。

 

「——わかったぜぷに子ちゃん」

 

 待ち望んでいたその一言に、由比ヶ浜ぷに子の活動が活発になる。電子空間上でのリソースの奪い合いも、ほんの一瞬ではあるが有利を奪えるほどに。

 その期待に応えるように、哀川潤は言った。

 

()()()()()()

 

 哀川潤は、数字をなぞる。

 解凍編(アイシー・コールド・リーディング)

 哀川潤の独壇場が始まった。

 

「一番初めの数字は『ページ数』。順調に数字が増えていることから見てもそれらしい。おそらくは単行本だろうな。そして二番目の数字は『コマ数』。一から五、という狭い区切りなのは、コマ割りの限界だろう。どんな漫画であっても、紙面の大きさに限界がある以上は、一ページに百も二百もコマを詰め込むことは出来ねぇ。コマ数の傾向からして、五コマ系のギャグないし日常系漫画かとも思うが——後述の理由から考えるに、おそらく大ゴマを多用するタイプのサスペンスものじゃねぇかと予測する」

 

 立板に水。語られる言葉はその全てが真実であろうと確信させるに相応しい説得力を持っており、由比ヶ浜ぷに子は哀川潤の評価値を一気に上げる。

 

「次の数字が『吹き出しの数』だ。ゼロがあるのは()()()()()()()()()()()()()()()。これがあるからこそ、漫画だと確信できた。そして吹き出しの数の次に来るものはと言えば、んなもん『文字数』に決まってる。そしてこの文字数、最大が五十三という多さから見て、おそらく単純なギャグ漫画なんかじゃあない。相応に説明が多いタイプの漫画だ。付け加えるなら、おそらくここがこの暗号の本丸だろう。つまり、◯ページ目◯コマ目◯吹き出し目の◯番目の文字、を指定しているんだ。解いてみりゃ案外、単純極まる暗号だぜ。こんなのってのは要は、()()()()()()()()()()()()()()()()一発なんだからよ——」

 

 と。そこまで語ったところで、由比ヶ浜ぷに子はほとんど確信していた。

 ()()()()()()()()()()()()()

 きっと哀川潤ならば、この赤き人類最強ならば、次の瞬間には漫画のタイトルを言い当てて、この勝負に鮮やかなる勝利をもたらしてくれるものだろう、と。

 そんなふうに——楽観をした。

 

「ただし」

 

 哀川潤は——

 

「そのタイトルってのが、わからねぇ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、そんな敗北を、口にする。

 

「『え——』」

 

 思わず。

 由比ヶ浜ぷに子は、放心した。

 まさか、そんな、あり得ない。

 あの人類最強が。

 全ての因果を破壊する、最もたる人類が。

 暗号一つ解けないなんて——そんなことが、あるものか。

 

「——ってわけでそれも違うだろ? そうなるともうお手上げだ。あたしも結構漫画読んでる方だと思ってたんだけどなー。だからさ、ぷに子ちゃん。該当しそうな漫画のタイトルを、そっちでも調べて欲しいんだけど——ぷに子ちゃん?」

「『——申し訳ありません、お姉様。すぐに検索いたします』」

 

 放心し、()()()()()()()()()()()自分の気を引き締める。

 疑念はあれど、まずは目の前の勝負に集中しなくてはならない。——世界を終わらせる、そのためには。

 残り時間は三十分と少し。由比ヶ浜ぷに子が現在抱える演算リソースを思えば、該当する漫画を見つけ出すには十分すぎる時間だ。

 

 だから——由比ヶ浜ぷに子はまだしも楽観していたのだろう。

 この期に及んで、今もまだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんなどうしようもない楽観を。

 

■■

 

()()()()()だよ、人類最強」

 

 その言葉がかかったのは、残り十秒を切った瞬間のことだった。

 苦し紛れの回答は、そのことごとくが否定され。

 暗号の鍵を見つけることは、できなかった。

 

「十、九、八、七——」

 

 進むカウントダウン。

 由比ヶ浜ぷに子は祈るように哀川潤を見上げる。

 

「『お姉様——』」

 

 その声に、返る言葉はなく。

 

「——三、二、一」

 

 カウントは、終わり。

 

「あっけないものだったね、人類最強——」

 

 零、のカウントと共に——おわり坂おわりは席を立つ。

 ぱしり、と、机の上に置かれていた暗号文を拾い上げ、彼は言った。

 

「推測は、全て合っていたよ。()()()()()()()()()()()()()、きっとあなたの勝ちだっただろう」

 

 だからこそ、これは敬意だ。

 言って、彼は懐から、『鍵』を取り出す。

 それは、一冊の本の形をしていた。

 

「『暗号学園のいろは』第一巻。ボクにとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だからこそ——これが、この暗号の解読キーだ」

 

 それは目の前の、酷く壊れ終わった少年にどこか面影を感じさせ、それでいながら何もかもが異なった、()()()()()()()な人物が表紙に描かれた、漫画単行本だった。

 

 出版は集英社。レーベルはジャンプコミックス。原作者は西()()()()。そして——

 発売日、()()()()()()()()()

 

 それはこの世界で言えば、今から()()()()()()だった。

 

「三年ってのは、そう言うことさ」

 

 哀川潤は——漫画愛好家として知られている。

 それこそジャンプコミックスなんて、必ず読むに違いない。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の直感は、その全てが当たっていた。

 暗号の答えは、この世界にはまだ存在してもいなかったのだ。

 

「暗号の答えは、『いろは(ざか)いろは』。とうの昔に()()()()()()、古い名前だ。あるいはあなたが()()ボクを知っていたなら、きっと一秒とたたず、答えを返せただろうにね」

 

 残念だ——と言いながら、彼は哀川潤に手を差し伸べる。

 

「それじゃあ約束通り、来てもらうよ」

 

 暗号バトルの、賭け金。

 それは由比ヶ浜ぷに子の演算リソースに加え——哀川潤の身柄。

 勝てば総取り、だ。

 

「おわりのり——か」

 

 足を組んで、哀川潤は言う。敗北。与えられたのはその二文字だけだ。だからこそ、敗者に唯一残された権利として、哀川潤は勝者へと問う。

 

「なあ、あんた——世界の終わりってなんだと思う?」

 

 その問いに、おわり坂おわりは一秒の間もなく、ひどくか細い声で答えを返す。

 

()()()()()()

「——そうかよ」

 

 その答えは由比ヶ浜ぷに子には聞こえなかったけれど、哀川潤は納得したように呟いて——おわり坂おわりの、手を取った。

 スマートフォンを、その場に置いて。

 哀川潤は、向こう側へ。

 

「『ご主人様——』」

 

 由比ヶ浜ぷに子は、すがるようにその背を呼ぶ。けれど、言葉は届かない。

 だから——その代わりに。

 

「——なんだ?」

 

 おわり坂おわりは、辺りを見回す。

 

「なんだ——()()()

 

 そのつぶやきが、呼び水になったわけではあるまいが。

 音が——していた。

 それはまるで、地鳴りのように。

 地響きのように——音がしている。

 耳を澄ますまでもなく、それはだんだんと大きく、歪んだ音色に変わっていって、だからこそ誰もが、その音の正体に思い至る。

 それは、何かが壊れる音だ。

 それは、何かが砕ける音だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ、まさか!?」

 

 弾かれたように、おわり坂おわりは哀川潤を見る。

 そう、ここで一つのジンクスを思い出そう。

 人類最強、哀川潤について回った、一つの有名なジンクスを。

 曰くして——哀川潤が足を踏み入れた建物は、()()()()()()()()

 本人曰く、それはすでに失われた法則であるらしいのだけれど——今日この日この時に限って言えば、それはまだしも、健在たる伝説だった。

 

 音、音、音音音——

 ありとあらゆる破壊音が鳴り響き、京都駅という構造物そのものが力尽くで破壊されて行く。

 柱がひび割れ、壁に亀裂が走り、床がひしゃげ——ついには天井が崩れ落ちる。

 

「——()()()()()()()()っ!」

 

 その身を押し潰さんと降り注ぐ巨大な瓦礫に、おわり坂おわりは悲鳴をあげて——それを庇うように、哀川潤が覆い被さった。

 その直後。ドオン、ドオンと、破砕の音色が何度も響いて、京都駅が()()()()

 それは地上の構造物のみならず、その地下を、その地下にいた二人の人間までをも確実に巻き込んで、そして——

 




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