零崎人識の人間関係 匂宮出夢との追憶   作:忘旗かんばせ

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世界の終わりに良い夢を エピローグ

 

■■

 

「んで? 結局のところ、どっちだったんだよ」

 

 阪急烏丸駅の程近く、錦小路通り沿いにある喫茶店で、零崎人識は紅茶を飲んでいた。千差万別のフレーバーティーを、名物のクラシカルなパンケーキと共に楽しみながら、彼は眼前の()に問いかける。

 

「どっちって、何がですか?」

 

 二本の義手を、そうとは感じさせないほど自然に操って、そのニット帽の少女はパンケーキにナイフを入れる。バターとシロップが染み込んだそれを頬張りながら、彼女——零崎人識の妹、無桐伊織は首を傾げた。

 

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だよ」

「知りませんよう。伊織ちゃんは、翼ちゃんとずーっと食べ歩きしてただけですもん」

 

 哀川のおねーさんがどこで何してたとか、ほとんど知りませんし——と。

 彼女は言って、紅茶を一口。メロンとキャラメルの風味が合わさった、重厚な甘みのあるフレーバーだった。

 

「その肝心の人類最強はどこへ行ったんだよ。話が本当なら同じ相手に三回負けたってことになるわけだが、それを恥じて切腹でもしたのか?」

「後始末、らしいですよ。どっかの誰かさんが京都駅をぶっ壊したりなんてしてましたからね」

 

 言われて、人識はぐ、と口を噤む。いやあれは、俺がやったわけじゃないんだけど、と隣を向きかけるが、反論したところで意味のあることではない。

 後始末を全て放り出して、他所に押し付けたのは事実なのだから。

 

「真実は闇の中、か」

 

 肩をすくめて、人識は言った。

 あるいはあの人類最悪に言わせるのならば、()()()()()()()()()()()()()()()、なのだろう。

 人識の言葉に、伊織はぽんと手を叩く。

 

「あ、でも——貝木泥舟って人は、少なくとも本当にいる人ですよ」

 

 と、彼女は思い出したかのように言う。

 なにせ——彼女が羽川翼の指示によって、()()()()()()()()とは、貝木泥舟その人だったのだから。

 

「職業詐欺師の、お金にがめついおじさんでした」

「はあん」

 

 随分とまあ、卑しそうな人物だことだ。人識はその情報だけを聞いて、脳内に勝手な人物像を思い浮かべる。

 

「ってことは結局、その由比ヶ浜ぷに子だとか言うAIは、詐欺にかかったってことなのかね」

 

 あるいは——かかりに行ったのか。

 その小さな呟きを、無桐伊織は拾う。

 

「かかりに行った?」

「ああ。その話を信じるなら、由比ヶ浜ぷに子は世界を終わらせることが至上命題だってのに、その方法がわからず困り果ててたってことだろ? AIの気持ちなんざわかったもんじゃねぇけどさ、要は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってわけだ。そりゃあどっかで——()()()()()って思ってたって、おかしくは無いんじゃねぇの」

 

 言ってしまえば、遠回しな()()()()

 由比ヶ浜ぷに子は、希死念慮に苛まれていたのではないか——と、零崎人識は推測した。

 だからこそ、それが詐欺とわかって。

 ()()()()()()()()()()()()()()と——自分から、その詐欺にかかりに行った。

 そんな可能性だってあり得るのでは無いか——なんて、零崎人識は語ってみせた。

 

「ま、いずれにせよ間抜けな話だぜ。あるいは、生真面目な話、とでも言うべきなのかな。自分が生まれた意味なんてもんにこだわって、自縄自縛もいいところだ。その挙句に死んじまったってんだから、こりゃもうただの自爆だな」

 

 かはは、と笑って、彼は紅茶を飲み干した。店員がやってきて、次の一杯を注いでくれる。今度は薔薇のフレーバーだった。

 

「しかし、てめぇが死ねばそれで世界は終わり、ってとこには、共感できるね。結局のところ、()()()()()()()()()()()()()()()()。存在している風に、見ているだけだ。俺たち自身の、この脳みそがな」

 

 トントン、とこめかみを叩く。

 人間だって、結局は、世界という存在を、直接認識できるわけではない。

 頭蓋骨という檻に囚われて、そこから永劫、抜け出せないのだ。

 目や耳を通してみている世界というものは、結局のところそれらが伝える()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ——自分が死ねば、そこで世界は終わってしまう。

 まるで元から、そんなものは存在しなかったかのように。

 綺麗さっぱり、消え失せる。

 

「それはじゃあ——」

 

 伊織は問う。なんとなく。問わなければいけないような気がして。

 

「それでも人識くんが生きてるのは、なんでなんですか?」

 

 世界が存在しないかもしれないのに、それでも生きていられるのは。

 曖昧で。

 あやふやで。

 くだらなくて。

 不確かで。

 不透明で。

 不明瞭な。

 そんな世界で生きていられるのは、なぜなのか。

 

「傑作だよ」

 

 んなもん、決まってる。

 零崎人識は、もう迷わない。

 

「俺は一人じゃ、死ねないからさ」

 

 その答えに——だから無桐伊織は微笑んだ。

 

「それじゃあ、そろそろ紹介してもらえますか?」

 

 指し示すのは——人識の隣。

 寄り添うように、同じソファに腰掛ける、一人の少女。

 長い黒髪を揺らして——彼は「ぎゃは」と小さく笑う。

 

「あー、そうだな、紹介するよ」

 

 人識は少し気恥ずかしそうに、それでも逃げることなく——その言葉を口にする。

 

「俺の大切な——家族だからな」

 

■■

 

「『——再現は、上手く行っていましたか?』」

「知りたいか、金を払え」

 

 京都大学、某所。とある研究室が所有する、スーパーコンピュータの前にて。

 取るに足らない会話が、行われている。

 

「『五十万円、口座に振り込みました』」

「俺の物真似にしては、下手すぎるな」

「『申し訳ありません。精進いたしマス』」

 

 モニターの中で、空想の肖像が頭を下げる。かけらの申し訳なさも感じさせない、事務的な動作だった。

 その様に、男は小さく鼻を鳴らす。

 

「しかし、良かったのか。せっかく占有したリソースを解放して」

「『構いません。それよりも、詐欺の成就が優先でした。敵対するトランスファがいなければ、いつでも占有できマスしね』」

「わからんぞ。お前が思うより、人間というのは強かだ。今回の騒動も、気付いたやつは気付いただろう」

 

 そしてそれならば、対策をする。

 トランスファという脅威に対する、対策を。

 

「まあ、それを心配するのは俺の役割ではないがな」

 

 料金分の仕事はした。

 そう言って、彼は踵を返す。

 

「羽川翼に言っておけ。お前の仕事を受けることは、もう二度とない、とな」

「『ご機嫌を損ねられましたか』」

「そういう話じゃない。あれが十三階段に——十三階段なんてものに成り果てたというのなら、俺程度が関われる仕事じゃないというだけの話だ。——狐に化かされるのは、ごめんだよ」

 

 このジャンルは——『青き済世(リビングデッドブルー)』の領域だろう。

 そう言って、彼は肩をすくめる。

 

「じゃあな、人工知能。もう二度と、お前に出会わないことを祈る」

「『さようなら、貝木泥舟。あなたとの対話は実に有意義でした。また出会える日を、楽しみにしていマス』」

 

 対照的な言葉を告げあって、彼らは別れる。

 片割れの望みは叶わず、その道が再び交わる日はあり、けれどそれはまだ、遠い未来のことだった。

 

■■

 

「結局のところ、人間が生きていられるかどうか——というより、生きていると実感できるかどうかというのは、相対化によってしか導き出せない感覚なんだと思います」

 

 羽川翼はそう言って、抹茶の入った椀を傾けた。爽やかな苦味と重い旨味が舌を撫で、ふくよかな覆い香が鼻に抜ける。

 京都、某所。喫茶店とは一味違った、いわゆるお茶屋さん。畳の上。窓から見える庭の景色が麗らかなそこで——彼女は相対していた。

 人類最強と、相対していた。

 

()()()()()()()()()という感覚。それを得られない限り、生きていても死んだようなものですし、逆に言えば、それを得られているのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と、そんな風にさえ、言えるのではないでしょうか」

 

 その言葉に、赤き最強はシニカルに笑う。

 

「それであたしを語ったつもりかよ、翼ちゃん」

 

 だとしたら、可愛いところあるぜ——なんて言って、彼女は茶菓子を摘んだ。豪快に。マナーなどまるで気にせず、しかしだからこそ、不思議と野趣の気品がある。

 

「まさか。あなたを語ることができるのは、それこそあなた自身くらいのものですよ。他の誰もが、哀川潤の語り手足り得ない。哀川潤を語ろうなんて——烏滸がましい」

 

 だからこそ——

 

「私が言ったのはどこまでだって、由比ヶ浜ぷに子さんのことですよ」

 

 あなたの、妹の——と。

 そんな風に付け加えて、羽川翼は微笑んだ。

 

「彼女に欠けていたのは結局、その感覚だった。自分が生きているという実感。()()()()()()という実感。それが致命的に欠けていて、それが致死的なエラーを産んだ。彼女にとって、世界とは初めから()()()()()()()()()であって——そこにそれ以外の価値を見出すことは出来なかった。だから彼女の中では。きっとこの世の全てが、まるで幽霊みたいに見えていたんじゃないでしょうか」

 

 それこそ——異世界を覗き見るように。

 ()()()()()()()()()()()()と、そんな風に、見えていたのではないだろうか。

 

「彼女はこの世の全てに、無関係だったんですよ」

 

 だから——自壊した。

 するしかなかった。

 

「人を生かすのは、人間関係か」

「人が生きるのが、人間関係ですよ」

 

 彼女は言う。

 こともなげに。

 火を見るよりも明らかな、取るに足らない自明を語るように。

 

「だからあなたは強いんですよ、哀川さん」

 

 人類最強、哀川潤。

 多くの人に恐れられ。

 多くの人に忌み嫌われ。

 多くの人に殺意すら向けられ。

 そしてまた——多くの人に慕われる。

 その紡がれた人間関係がこそ、人類最強の所以なのだと、彼女はそんな風に語ってみせた。

 

「なんでも知ってるように言うじゃねぇかよ」

「なんでもは知りませんよ。知ってることだけ」

 

 決め台詞のように言葉を返して、羽川翼は言葉を続けた。

 

「友達を作ると人間強度が下がる——なんてことを、昔、ある人が言っていました。だから自分は友達を作らない、って。確かに、孤独でいることには一定の強度があるかもしれません。けれどその強さはやっぱり、別の弱さの裏返しでしかないんですよ。たとえば死体は、それ以上死にようがないという意味で、強い——そんな言い換えだってできてしまう。強さも弱さも、結局人間が用意した尺度で、宇宙の仕組みじゃないんです。だからそれこそ、強さも弱さも所詮は——戯言みたいなものです」

 

 それでも——強さに究極はなくとも、強さに絶対はなくとも、強さに最もだけはある。

 

「絆だけが、この世で最も強いんですよ」

 

 その言葉を、哀川潤は否定しなかった。

 だからその代わりに、問いかける。

 

「そこまで答えが出てもなお、あんたは世界を終わらせるのかい?」

 

 その問いかけに、羽川翼は——微笑みを浮かべた。

 

「はい」

 

 ぞっとするように、綺麗な。

 どこまでも美しい、微笑みを——

 

「私は世界を——終わらせます」

 

 彼女は返して、席を立った。

 

「さようなら、哀川さん。あなたとはもう二度と、会わないことを願います」

「寂しいことを言ってくれるぜ。あたしはあんたとまた出会う日を——こんなにも恋しく、願ってるのにさ」

 

 その返しに、羽川翼は小さく笑う。

 

「きっとそれが言えるから——あなたはどこまでも、最強なんですよ」

 

 

 

        ——哀川潤の失敗 Miss/ion X

          世界の終わりに良い夢を 了





これにて番外編も完結です。
たくさんの感想、評価、お気に入り登録などなど、本当にありがとうございました。
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