傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする   作:村上トオル

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誰かの為になれたなら

 三曲目は私と千里の歌声が共鳴するかのように響いていた。

 あの日、千里の声を失われた日もう二度とこんな日は来ないかも知れないと絶望していたけど、こうしてまた千里と一緒に歌を歌えるという喜びを私は本当に嬉しくてしょうがなかった。

 

「私はもうこのバンドをやめるから……もう付いていけない」

 

 自分勝手に辞めたバンド……。

 私はあの日バンドを辞めたことを後悔していない。申し訳ないという気持ちはあるけど、それでも私はこの選択肢を取って正解だったと思っている。千里の手を取ったあの日の選択肢が正しかった、と……。

 

 

 

 

「なんで私……音楽を捨てることが出来ないんだろう」

 

 何度も何度もカラオケ屋に来ては満足するまでフリータイムを最大限までに活用していた。きっと店員さんからすればまた来たよあの子と若干煙ったがられていたかもしれないが、私は気にすることはなく、続けるようにして歌っていた。

 

 あの日のようなバンド生活をするなんてもう懲り懲りだ。

 売れ線を目指すのは全然構わないけれど、それは今のファンを殺すことにも繋がる。実際問題、今のファンを殺すことに繋がってしまったのは本当に私としてはどうしようもないほど不甲斐なさを感じてしまってしまうほどだ。

 

「もういいや……後一曲歌ったら帰ろ」

 

 次の日、次の日歌いに来れば私は忘れることが出来るなんて少々考えが甘かったのかもしれないもっと根本的なものからして断ち切ってしまえば私は楽になれるかもしれなかった。でも断ち切ろうとしないで良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 何故なら私は……。

 あの日、竜弥と出会うことが出来たから……。

 

「辞めてしまいたい理由なら10も100も1000もあった」

 

 なんで私今、この曲を歌っているんだろう。

 折角聞きに来てくれていた目の前にいる同じ学校の男子生徒の前だから浮かれてしまっていたのだろうか。いや、違う。私は今まで何度だってこの楽曲を入れていた。自分では気づいてなかったけど、私は音楽に未練があるからこの曲を入れていたに違いない。

 

「良い曲だな」

 

 竜弥の声が私の背中を押すようにして聞こえていた。

 ああ、そうか……。なんで私はこの曲をよく歌うことがあるのかよく分かった気がする。私は……この曲を聞く度に自分の中でまだ音楽を諦めたくないという気持ちがあるからだ。背中を押されたような気分になるからだ。なのに私はそれから目を逸らしてこれから生きようとしていた。

 

 馬鹿だな……私。

 

「ねぇ名前教えて」

 

「樫川竜弥」

 

「竜弥……私は八十科恵梨。またいつか会えたら会いたい」

 

「ああ、俺も恵梨の歌声また聞きたい」

 

 なんて約束を取り付けながらも一曲聞き終えて満足そうにしている自分でも気づかぬうちに竜弥に対して笑みを見せていることには気づいておらず、彼と別れることにした。

 

「竜弥か……」

 

 一度も会ったことがなく、偶々私の歌声を聞いてくれていた竜弥に褒めてくれていたが自分の中で自信に満ちていた。誰かの声援というものはそれほどまでに自分にとって良いものを与えてくれていたのかもしれない。

 

「もうちょっとだけ歌って行くかな……」

 

 機械を手に取って、私は曲を選びながらも自分が音楽を辞めようとしなくて良かったと本気で思えていた。

 

 

 

 

 

 

「バンドやらない?」

 

 千里に誘われたとき、私は迷っていた。

 バンドに対して未練が本当にない訳じゃなかった。ない訳じゃなかったからこそ、誰かにバンドにまた誘って欲しいという優柔不断な気持ちがあったんだろう。実際私は千里にバンドに誘われたとき、「やりたい」と言う感情をグッと堪えて私は「やらない」と言い切ろうとしていたのだが……。

 

 千里の歌声を聞いて私は「やらない」という言葉を完全に振り切った。

 千里の歌声は特別そのものだった。まだ未完成とはいえ、千里の歌声には人を惹きつけるものがあった。歌声で人を惹きつけて虜にさせる力があったから。私は千里の歌声に全てを賭けてもいいと断言できるほど、彼女の歌声に聞き惚れていた。

 

「その方針を変えたら私はバンドを抜ける」

 

 あの日、私は千里のバンドの誘いを断らなくても本当に良かった。

 断って居れば後悔していたことは間違いなかったから。

 

 

 

 

 その日の放課後、私はカラオケに誘われてその場で自己紹介をすることになった。

 周りの空気を読んでボカロを封印していた。

 

「恵梨、歌わないのか?」

 

「え?私は歌ってるよ?」

 

 琉藍と千里が飲み物を取りに行っている間、竜弥は私に聞いて来ていた。

 

「あーいや前みたいにボーカロイド歌っているところ見てみたいって言うかさ……あの曲の本家凄い良かったからさ」

 

「……もしかして聞いてくれたの?」

 

「ああ、俺がドア越しから聞いていた曲の本家聞いてみたんだけどさ、こうなんていうかやっぱりいいなっていう感覚があってさ……。それに恵梨がボカロ歌っているときの姿本当に楽しそうにしているような気がするんだ。共感性のある曲もそうだけどさ……無理にとは言わないけど」

 

「……分かった、じゃあ竜弥のリクエストに応えて歌うね」

 

 そこまで言われちゃしょうがないと言わんばかりに恵梨は曲を入れる。

 

 

「さよならはあなたから言った それなのに頬を濡らしてしまうの」

 

 曲を入れた私はマイクを持って歌い始めると、竜弥は真剣な表情で私の方を見てくれていた。あのときから感じていたことだけど私は竜弥に真面目に私の歌を聞いてくれていることが少しばかりもっと上手に歌ってみようかなと意識が湧いていたような気がしていた。

 

 本当はこういうのってあんまり意識し過ぎると逆に下手になってしまうことの方が圧倒的に多いはずなんだけど竜弥の前だと私はちゃんと歌えることが出来ていたのだ。それこそ歌うのが楽しいと……。あれだけ音楽を辞めようとしていたはずなのに本当に私は辞めることなんて出来なかったんだ。

 

 本当に馬鹿みたい。

 でも悪い気分はしない。だって……今こうして聞いてくれているのは竜弥だけじゃなくて千里や琉藍もそうなんだから。

 

 

 

 

「恵梨、これってボカロだよね?よく聞くの?」

 

 私が歌っている途中に戻って来た千里が私に質問する。

 

「うん、私ボカロ好きなんだ。自由な表現で多種多様なジャンルがあるボカロが凄く好きなの。それに何処か共感性と物語性を感じさせる歌詞も多くてね、それが本当に好きなの」

 

 それだけじゃない。私がボカロが好きな理由としてあるのはボカロファン同士のコミュニティが活発で、曲のカバーやファンアートなどの二次創作も豊富だから私もそれに倣ってファンアートをネットの海に投稿したことがあった。だからそういうコミュニティを通じて楽しむっていうのも私が好きなところ。

 

「そっか、ねえ恵梨……アタシにピッタリな曲とかあったりするかな?」

 

「え?うーん……あーでも私が知っている奴で千里にピッタリのならこういうのがあったりするかな?」

 

 曲の名前を調べて尚且つ、バンドに合うような曲を選び始める。

 この曲なら結構ボカロの中でもロック系の曲として人気は強いし中毒性も高いメロディだから歌いやすいかもしれない。

 

「あっ、後ね……個人的にオススメの楽曲があるんだけどね……」

 

 千里に私の好きなボカロを布教しながらも千里もまた私にロックの曲を布教してくれてお互いにお互いに布教し合うという構図が完成しているのを見て、琉藍は欠伸をしながらも私達の姿を見ており、竜弥は爽やかな表情でこちらを見ていた。

 

 

 

 

「琉藍……?」

 

 ある日、路上ライブをするということが決まりその為の練習をすることが決まったのだがその路上ライブの練習を終えた後、私は帰り道に偶々ライブハウスを見つけて此処に頼むのも悪くなさそうだと見ていると、琉藍が中に入って行くのが見えていた。

 

 私は琉藍の後を追いかけようかどうかで迷ったが今日の練習で琉藍のドラムは何処か渇いたような演奏をしており、何処か物足りないような感じがしていたのを思い出して琉藍の後を追いかけるようにして中へと入って行ったが、既に琉藍が居る様子はなくダメもとで琉藍が何処にいるのか聞いて見た。

 

「琉藍ちゃん?ああ、琉藍ちゃんなら今空いてる時間ありますか?って言って此処のスタジオに行ったと思うよ」

 

 私は受付の人にお礼を言ってからスタジオの方へと向かう。

 琉藍のあの演奏、先ほど私は物足りないものと言っていたがそれには訳がある。間違いなく彼女は焦っている。私達との実力差を感じていてそれで焦ってしまっているようだった。スタジオに行ったのも恐らく一人でより多く練習量を増やす為だろうけど、一人で出来ることなんて限られている。

 

「此処か……」

 

 私は見つけたスタジオの扉を開けて中に入ると、そこには今にも暗闇に包まれそうになっている琉藍の姿があった。一人で悩めば悩むほど彼女を包み込むようにしてその闇が現れていたんだろうけど、私が此処に一歩ずつつ足を踏み入れて行くと光のようなものが現れ始める。

 

 

 

 それからのことはよく覚えている。

 私は一言も発することなくただ琉藍に合わせて演奏を続けながらも歌い続けていた。慣れないヘビーメタルを歌うのは喉を酷使しているような感覚もあったけど、琉藍がやりやすい曲の方が慣れやすいだろうという私の考えだった。

 

 

 

 

「ありがとうねエリー」

 

 その日の練習の終わり、琉藍は私に感謝の言葉を言っているのを見て私は頷きながらも帰り始めていた。課題はまだまだいっぱいあるけどそれでも初日としては悪いものではなかった。これから始まる練習の日々、決して無駄な日々なんかじゃないというのはこれからが証明していくものになるはず。

 

 

 

 それからというものの琉藍との練習は香織も加わることになることになった。ある程度出来ればいいと思っていた香織のべーシストとしての腕はかなりのものだった。弾いた瞬間から始まる彼女の楽しそうな笑顔、鼻歌、演奏。どれをとっても素晴らしいとしかいいようがなかった。まだ千里達のバンドにはベーシストは居ないから是非入って欲しいなーという気持ちがあったけど、既に三人でのバンド演奏ということが決まっている為、後から変えることは出来なかったようだ。でも、この路上ライブを終わったら誘えばいいか、と思っていた。

 

 

 

 

 そして練習は大詰めとなり、最終日……。

 私は千里にカラオケ屋に呼び出されていたが、入った瞬間明るい話題ではないというのが私には分かっていた。千里が暗い表情をしながらも申し訳なさそうな表情をしていたからだ。

 

 

 

 

「恵梨、先に謝っておこうと思って呼んだんだ」

 

「謝る……?」

 

「うん、アタシさ……。初めてやる本番って言うのかな、そういうのに凄い弱いの。初めて一人で路上ライブやったときとか本当に酷くて人に見られるっていうのが此処まで恥ずかしいものなんだと思って私声を震わせて歌うことが出来なかった……。ネットにカバーを投稿するときだってね、最初の内は誰も見ないなんて分かっているはずだったのに誰かに見られるのが怖くてずっと変な音程で歌ってたの……。そんなのばっかでね、本当にダメだったんだ……。だからさ、先に謝っておくね。ごめ「先に謝るなんて言い訳しないで」」

 

「え?」

 

「先に謝るなんて言い訳しないで」

 

 千里は今目の前にいる私の言葉に耳を疑っている様子だった。

 カッとなっていた訳ではないが、私は私の中で自然と怒りの炎が燃え上がっていたような気がしていた。許せなかったんだ。

 

「私言った、もし方針を曲げたら抜けるって……。今千里が言おうとしているのはライブが失敗する前提での言い訳。そんなの聞いて誰がはい、そうですかって納得できると思うの?」

 

 千里は無言でいる。

 私の言葉はただ正論の暴言でしかないのかもしれなかったがそれでも先ほどの千里の言葉を許容できるほど優しくはなかった。

 

「ちゃんと言ってくれたのはありがとう。でも……最初から失敗する前提で話すなら成功するライブなんてないし私はバンドを抜けるし、そんなじゃ……」

 

 

 

 

「竜弥にだって響かないよ」

 

「!!?」

 

 何も言い返すことが出来ないどころか千里は竜弥の名前を出されて反応を示していた。

 

「私は知ってる、竜弥が千里の音楽が好きだっていうこと……。千里の音を聞いてるとき、本当の意味で笑ってたり感動したりしてくれていることを知ってる。それなのに今もう無理ですなんて言ったら、竜弥に心配かけるだけだよ。まさかだとは思うけど竜弥にこれから謝りに行こうなんて考えてなかったよね?」

 

「……それは」

 

 図星でしかなかったようだった。

 千里は私に謝りに行った後、竜弥や恐らく琉藍にも謝りに行って今回のライブが失敗する前提で話を進めようとしていたんだ。

 

「何度も言うけど、私は最初からライブが失敗する前提で話すならこの先このバンドには居られないし、なんなら今回のライブを本気でやろうなんて気も起きないし、それじゃあ誰にも響かないよ千里。千里の歌ってのは……音楽ってのは所詮その程度なの?」

 

「少なくとも私が最初に感じた千里の歌は未完成とはいえ完璧に近いものだった。あの音楽ならきっと色んな人を歌で感動したり楽しませたりすることが出来るはずなのに……それすら放棄するなら私はもう知らない。勝手にすればいい」

 

 あのとき千里の歌に感じたものは本当に私は私の全てを賭けてもいいと断言できるほどのものだった。千里の歌をロックだけではなくバラードでも完全に通用する歌声であり、言い過ぎなのかもしれないがきっと万能な歌声なのかもしれないだからこそ私は惹きつけられて魅了させられていたのだ。そんな高い才能を持つ千里が諦めようとしているのを見て私は腹が立ちそうになっているのを抑えていた。

 

「でも……もし千里が私たちと一緒に今回のライブを乗り越えようとする意志があるなら私も琉藍も全力でサポートするし全力で演奏するよ。どうする?いや……どうすればいいかなんてもう決まってるよね千里?」

 

 

 

 

「……そうだね恵梨、アタシは言い訳したままの自分で居たくない。失敗するって分かったままライブなんてしたくない!!」

 

「うん、その意気だよ千里」

 

 多少言い過ぎてしまった感はあったのかもしれない。それでも私は臆することなく千里に思いをぶつけた。ぶつけまくった結果千里の闘志に火をつけたことになったのを見て私は聞き惚れた歌声の持ち主がこんなところで諦めないでくれて良かったと安心していたような気もしていた。

 

 

 

 

 

 

「千里、大丈夫?ゆっくり深呼吸してね」

 

「うん、ありがとう恵梨……」

 

 路上ライブの本番当日、千里は何度もお手洗いに駆け込んでおり私はその度に千里に「大丈夫だから」と言っていた。

 

「ねぇ千里、聞いて欲しいことがあるの……。私ね、今回のライブ……千里も私もみんなも楽しかったねって言えるライブで終われたらいいなって思ってるの。だから絶対に気負いしないでね千里」

 

 千里は私の言葉を聞いて何も言わなかったが、扉の向こう側で頷いてくれているような気がしていたのだ。

 

「こんなこと……バンドを辞めたぐらいの私だったら絶対言わなかっただろうな……」

 

 あの頃の私はバンドを辞めて苛立っていた。少しばかり憂さ晴らしに五月蠅い不良たち相手にたった一人で黙らせたりしていたこともあったりピリついていた時期でもあったけど、今ではこうして私の音を褒めてくれている人達がいる。それだけで私は自分が認めて貰えたようで「此処に良かった」という気持ちになれていた。

 

 

 

 

「ねぇエリー、私さぁ……結構練習したんだと思うけどどうかな?」

 

 得意げに笑っていながらも琉藍が聞いて来ていたが少しばかり自信が無いようにも見えていた。

 

「今の琉藍ならきっと最高の演奏ができる」

 

 思っていることをただ言うと、琉藍は「じゃあ頑張りますかー」と言って立ち上がり始める。

 

「行くよ千里」

 

「うん……」

 

 私は千里の背中を押しながらも路上ライブの会場へと向かう。これから先のことは一発勝負でしかない。やり直しなんて効かないこの行動だからこそ私たちは第一歩を踏み出すことになるはずだったのだが……問題は起きてしまった。

 

 

 

 

「千里……」

 

 最初のうちは良かった。

 千里も安定した声で歌えていたのだが、人通りの多さに千里は呑まれてしまっている。千里が頑張っているのは私も分かっている。分かっているけどこのままじゃ千里にとっても私達にとっても悔いが残るライブになってしまう。

 

 それに……目の前で見てくれている竜弥が凄い苦い顔で私達のライブを見てくれているからこそ私はなんとかしなければならないという思い、決断を迫られながらも一曲目が終わっていたが千里が噛みまくっているのを見て私は行動に移すべきだということを理解していた。

 

 

 そして、私は……ニ曲目で動き出した。

 

「溜め息にもなれなかった、名前さえ持たない思いが……「「心の一番奥の方爪を立てて堪えていたんだ」」

 

「「触れて確かめられたら形と音が分かるよ、伝えたい言葉はいつだってそうやって見つけてきた」」

 

 

 千里を先導するようにして私はサビから歌い出すと、千里がこちらを一瞬チラッと見ながらも私と一緒に歌い始めていた。私達の音と夜の静かさに相応しいこの楽曲は共鳴するかのようにして音楽になっていた。

 

 共鳴する音を感じながらも私達の音楽は一つとなったような気がしていた。

 琉藍の鼓動に近いようなドラム、私のギターがリズムを刻む度に、そして私達の歌声が誰かに届くように思いながらも響かせているのがこの人混みの誰かに響けばいいと思っていた。

 

 

 

 

 路上ライブというものは残酷だ。

 大抵の人が雑音だと感じて耳栓をするようにして音を塞ごうとしてくる。だから今回もきっとそうだ、という腹を括っているつもりだったけどそれは違った。私達の音を聞いて足取りを止める人達が現れ始めていたのだ。これが千里の力なのかもしれないと私はちょっと誇らしげになりながらも私達はその後も歌い続けていた。

 

 

 

 

 

 

「琉藍、お疲れ……今日の演奏とっても良かった」

 

「ーん?あー私は全然だよ」

 

 謙遜しているようだったけど、本当に凄い演奏としか言いようがなかった。

 私も琉藍と一緒に片づけを済ませていると、千里が私達に謝っていた。千里が謝ったのには理由があった。自分が足を引っ張ってしまったと後悔していたから。そんな千里に顔を上げるように言って私はこう言った。

 

「私は千里がお手洗いから戻ってくる前にこう言ったはずだよ。最後に楽しかったねって言えるライブで終われたらそれでいいって……だから私は今回のライブ悔いはないよ」

 

 悔いはなかった。

 このバンドを組んで本当に良かったと私は思うほどだったのだから。このライブの終わり、私たちは今度は香織を含めてライブをしようという話になり、私達は結束を高めることになっていた。

 

 

 

 

 それから香織が私達のバンドに入って少し経った頃だろうか。

 私達の練習をよく見てくれている竜弥が最近バンドの練習を見に来るのが億劫になっているのを知って歯痒い様子でいたのを見て私は二人でカラオケに来ていた。

 

「竜弥、思っていること口にしてみて」

 

「いや……俺は特に何もないぞ……」

 

「……じゃあ、どうして私達の練習を見ているときいつも歯痒そうにしてるの?」

 

 竜弥が何故言い辛そうにしているのかは分かっていた。

 最初の路上ライブの練習のときもそうだった。竜弥は自分が見ているだけという感覚に囚われていてそれが悔しくて仕方ないんだ。自分は何も出来ていないと思い込んでしまっているのだ。私は後ろに隠しているスマホを一瞬見た後に送信を押すと、誰かがカラオケの個室に入って来る。

 

「千里……?」

 

 個室の扉を開けて入って来たのは千里だった。

 

「どうして此処に……?」

 

「私が呼んだの。このままじゃ絶対竜弥は言わないだろうから直接ちゃんと話を出来る相手を此処に呼んだの」

 

 逆に言ってしまえば、もしかしたら余計言い辛くなる可能性だってあり得たけど私は賭けることにしたのだ。千里を呼んで竜弥が思っていることをちゃんと口で説明させようと……。

 

「竜弥、言いたいことがあるなら言って欲しい。アタシ達に何か足りないなら「違うんだ、千里……」」

 

「俺は……千里達を見ていて思ったんだ。俺は何も出来てないって……。千里達はあんなにも頑張っているのに俺は見ているだけのことしか出来ないのが自分が嫌になりそうだった。何も出来ないのは嫌なんだよ」

 

 竜弥は自分自身がぐちゃぐちゃになっているのを自覚しながらもどうにか自分を納得させようとしていたが納得させることが出来なかったからこそ練習に参加するのも億劫になっていた。

 

「何も出来てない……?そんな訳ないじゃん、竜弥……。竜弥はアタシに言ってくれたよね?アタシの音楽が好きだって……。アタシは竜弥がアタシの音楽が好きで居てくれたから此処まで来れたっていうところもあるんだよ。それにアタシ達が一度でも竜弥が役立たずなんて言ったことあった!?言ったことないよね!?それなのに竜弥は自分が何も出来てないって言うならアタシは二度と口利かないから!!」

 

「千里……」

 

 千里と竜弥が互いに本音でぶつかり合っている。

 お互いにこういう場ではお互いの感情をぶつけ合うというのは初めての行為だったのかもしれない。それに私だって今まで二人がこうやってちゃんと話し合っているのを見たことがなかった。だからある意味二人にとっていい機会になったのかもしれない。

 

「千里……俺が悪かった。ごめん……俺は自分のことばかり考えて千里達のこと何も考えてなくて……。それでも俺は自分が何も出来ないなんて思ってしまうんだ。みんなのことが好きだから……!!」

 

「好きか……じゃあさ。どうしても償いたいならこうしてよ。この先アタシ達のバンドだけ絶対に見てて。他のバンドばっかり見て浮気したりしたら……」

 

 

 

 

「絶交だから……」

 

 私は思わず鼻で笑ってしまっていた。

 結局のところ千里は竜弥のことを大好きだということがこのとき本心で確信したからだ。今までもしかして?というだけだったが、私は綾川千里が樫川竜弥のことが大好きで仕方ないということをこのときちゃんと理解して良いな、この二人となっていた。

 

「わ、分かった……」

 

「分かったって言ったんだからちゃんと約束守ってよ?」

 

「ああ、分かった……けど俺に出来ることがあるなら言ってくれよ」

 

「……じゃあ、今度香織と一緒にライブの衣装のこと相談しに行くからついて来て?男の人の意見も聞いてみたいからさ」

 

「あ、ああ……」

 

 二人の会話を聞いているだけでニヤニヤしそうになっている自分が居て少し気持ち悪いと思いながらも二人のバカップルぶりに私はニヤつくのを抑えることが出来ないでいると、竜弥が少し何か言いたそうにしていたけど私は無視しながらもカラオケの機械を弄って曲を入れて千里にマイクを渡すと、千里は入れられて曲を見て困惑していた。

 

「え、えっと恵梨……アタシあんまりこういう曲歌わないよ?」

 

「いいから歌ってみて、今の千里に凄い似合うから」

 

「え?え、っと……いや……でも……」

 

 千里はマイクを受け取ろうとはせず、本当に困り果てている。

 ぶっちゃけ千里の反応を見る為にこの曲を入れたようなものだけど竜弥の反応も見たいから曲を入れていた。それに私も見てみたい、こういうぶりっ子みたいな可愛い系の曲を歌う千里を……。

 

「竜弥は聞いてみたい?まあちょっとぶりっ子入ってる曲なんだけどね……でも千里が歌ったらきっと凄い破壊力ある曲になると思うよ?普段こういう曲を歌わないから絶対にさ」

 

「聞いてみたい」

 

「竜弥!?……ふ、二人共……あ、あとで覚えておいてよ!!」

 

 即答する竜弥に対して思わず私は笑ってしまいそうになっていると、千里がほぼやけくそな状態でマイクを手に取ってすぐに曲が始まり出すのを見て慌てながらも千里が歌い始める。

 

 

 

 

「き、君の三分を……わ、私にください……」

 

 歌い始めていた千里だったがどうにも歌うのが恥ずかしすぎて辛そうにしているのが伝わっており、私の方を何度も見て何か言いたげそうにしているのを見て私は多分自分でも分かるぐらいご満悦の笑みで千里のことを見ていたような気がする。

 

 心の中でもう一つの方を選んだ方がもっと面白い反応を見れたかもしれないと思っていたのは秘密にしておくことにしていると、千里はサビに入る辺りを歌うのを躊躇い始めていて私にマイクを返そうとしていたが私は拒んでいると千里は顔を真っ赤にしているのを見て私は竜弥に対してこう言う。

 

「キ、キミの大好きな人は……だーれ?」

 

 千里はこの部分を歌うのをかなり嫌がっていた。

 いや、嫌がっていたと言うより恥ずかしくて歌えないで居たのだ。隣にいる竜弥のことが気になって仕方ないという状況であり、千里のその表情を見る度に私は本当に楽しくて仕方なかった。

 

 

 

 

「わ、私も……大好きだから……こ、恋人……どう……はい、九十七点!!帰る!!アタシやっぱりこういう曲歌えないってば!!」

 

「ごめん千里、やり過ぎたの認めるから帰って来てよ!!」

 

 ほぼ最後まで歌い切ろうとしていたとき、千里は最後の最後で耐えきれなくなり千里は財布からお金を取り出して個室から出ようとしているのを見て私が止めようとしていると竜弥が魂が抜けたように座り込んでいた。

 

「だ、大丈夫?竜弥?」

 

「あ、あーいや……わ、悪くないなって……」

 

「よ、良かったんだ……。そ、そうなんだ……じゃ、じゃあまあこういう曲も悪くないかも……」

 

 私が扉を開けた状態で千里に話しかけていた為、竜弥の声が聞こえていたのか足を止めてUターンをしながらも私達の方へと戻って来ようとするのを見て、私はこのとき確信していた。やっぱり、この二人っていいな……って。

 

 どれだけ時間が経とうともこの二人には仲良くしていて欲しい、と願うほどまでに私は二人のことが大好きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 そう、私は……。

 

 

 

 

 

 二人のことが……音楽のことが大好きだったはずなんだ……。

 

 

 そうあの日までは……。

 

 

 

 

 

「もういい……もう……!」

 

 

 

 

「共感性ってなに……?寄り添うってなに……?そんな音楽なんか……」

 

 

 

 

 

 

 

「大嫌い!!!」

 

 

 

 


使用楽曲コード:72622709,76490726,N00441382,N00645702

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