傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
嫌々な気持ちになりながらもアタシは学園祭でのライブに向けて練習を繰り返していた。アタシ達の士気は今まで以上に上がっていた。何故なら今まで体験してきたライブの中で一番お客さんが多いライブになる可能性が高かったから。アタシ達もそうだけど竜弥も気合い入っていた。文化祭当日、ビラ配りをしていたのは竜弥だったから。そのビラ配りにアタシも手伝っていたときだった。
「学園祭ライブやります!!」
とビラを配っているときだった。
ビラを渡そうとしていたのはお母さんだったのだ。
「あら千里じゃない!?本当にバンドやってたのね!?」
「お母さん!?帰って来てたの!?」
「お母さん……?」
どうしてお母さんが此処に居るのかはなんとなく分かっていた。きっとお母さんがアタシのことを海外に連れて行くために来たのだろう。久々にお母さんに会えたのは嬉しかったけどなんとも複雑な気分だった。
「海外での仕事が長期休暇でね。偶々帰ることが出来たの!!それにしてもバンド!!いいじゃないお父さん、見に行きましょう!!」
「私は別に……」
「貴方、千里のバンドばかりしているじゃない。ほら行くわよ!!」
「なっ!?」
お父さんはお母さんに連れられるようにしてお母さんの後を追いかけていた。
「お父さんがアタシ達のバンドを見ていてくれた……?」
あのとき、アタシが見ていたものは間違いじゃなかったのかもしれない。そう思えてくると、なんだが嬉しくなってしまっている自分が居ながらもアタシは去っていくお母さん達の後ろ姿を見ながらも竜弥に言った。
「お母さん、アタシが小学生のときに海外で仕事することになってね。それ以来会えてなかったの」
竜弥はいい話じゃないかと言いたそうにしながらも聞いてくれている。
「今日来たのはきっとアタシを海外に行こうって話があってね。きっとそれで来たと思うの」
「え……?」
竜弥はなんて返せばいいのかなんて分からないでいるようだった。このことを言っていたのは恵梨だけだった。だからきっと竜弥は本当になんて返せばいいのか分からないでいたに違いない。もうアタシに会えないかもしれないから寂しいと思ってくれていたらいいな、なんて妄想しているアタシがいるほどで竜弥を困らせてしまうことを言ってしまっていたのだ。
「ねぇ竜弥……アタシに海外に行って欲しくない?」
「それは……」
竜弥は何も語ることができないようだった。
中学時代の竜弥から高校生のときに上がった竜弥に覚えたことは明確に自分の意思というものがかなり減って来た気がしていた。特に酷くなって来ていたのは二年生に上がってからのことだった気がする。
「ごめん、困らせること言っちゃってアタシが決めなきゃダメだよね」
これはアタシ自身が決めなくちゃいけないことだ。
誰かに判断を委ねていちゃ駄目だ。自分で決めなくちゃ……。
「待ってくれ千里……。一つだけ言うことがあるとしたら……あの親父さんに学園祭のライブで魂をぶつけてみたらいいんじゃないのか?」
「魂か……やってみるよ竜弥」
あれは竜弥が言える最大限の言葉だったのかもしれない。
肯定も否定もしなくなってしまっていた竜弥の最大限の自分への抵抗なのかもしれなかった。
「見せてやれよ千里の本気を……!!」
「うん!!アタシの音は此処にある。もう怯えるだけで縮こまってるだけの綾川千里じゃない。過去のアタシに見せてあげるんだ!!これがアタシの今の力だってことを……!!この学園祭で……!!」
「誰かに怯むだけの人生は終わりだって言うことも……!!」
学園祭でのライブが開始される前に竜弥はアタシの背中を押してくれるような言葉を言ってくれていたのを聞いて背中を押されている気分になりながらもアタシ達は壇上へと向かう。
アタシ達の音楽は既に完成されつつあった。
まだまだ未熟とはいえアタシ達はこの半年間で凄まじいほどバンドとして成長していった。一人で演奏している頃とはまるで違った感覚に戸惑っていた時期もあった。それでも演奏できていたのは聞いてくれる人たちがいるから、バンドメンバーのみんなが居るから。竜弥が居てくれたから。一人はみんなのために……あの言葉の意味が分かりつつあったアタシ達は本当の意味でバンドとしての形になっていったのだ。
それにアタシはこんなところで止まるわけには行けなかった。
お父さんに自分の音色を示すために……。お母さんにも見せてあげるんだ。アタシは臆病だった頃の今とは違うと、証明できるいい機会のだと……。
「ありがとうございました!!引き続き学園祭を楽しんで行ってください!!」
お母さん、アタシあの頃より成長できたかな。
臆病でいつも学校で一人ぼっちで誰とも話すことができなかったあの頃から変われたかな。今アタシ凄く輝いているよ。みんなを熱狂させていたよ。
お父さん、見えてる……?
これがアタシだよ。アタシはお父さんに中学時代からずっと反抗的だったかもしれない。それでもアタシはこの道を選んで正解だった。琉藍、香織、恵梨と一緒に過ごして来たこのバンドが青春そのものだったんだ。
「千里、迎えに来たぞ」
伝わるわけがなかった、なんて思いたくもなかったけどアタシは学園祭ライブを終えてすぐにスマホからお父さんに連絡が来ていた。伝わるかもしれないなんてことは絵空事でしかなかったのだ。
「千里俺は……俺は……」
竜弥はアタシのことを止めたいのは分かっていたけど、お互いになんて言えばいいのか分からないでいると、時間は刻一刻と迫りアタシが車に乗り出そうとしているときに惠梨がやって来て少し話をしてからアタシは車に乗ってシートベルトを閉めてお父さんが走り出そうとしたときだった。
「私が竜弥のことを幸せにするから!!!千里なんかよりずーーっと幸せにしてみせるから!!」
聞こえていたのは恵梨の声だった。
竜弥のことを幸せにするという言葉を聞いたときカチンと来てしまったのだ。脳細胞の血管が少し切れたような感覚もあってアタシには黙り込むことができなかった。
「お父さん、車止めて」
「だが……」
お父さんは車を止めるのを躊躇っていた。
今から向かっているのは空港。飛行機に乗れることが出来なければアタシ達は海外に行くことが出来ない。でも此処で降りてしまえばアタシはみんなの下に帰ることができる。なら答えは一つしかないし、恵梨にも言いたいことがあった。
「いいじゃない、貴方。さっきの子、千里の友達でしょ?」
「親友だよお母さん!そしてもう一人は……アタシにとって……」
「幸せにするのはアタシ!アタシだから!!恵梨!!!」
アタシは車から降りて恵梨がいる方向へと走り出して少し怒りながらも恵梨に抗議しながらも言いながらも恵梨の体をポカポカと叩きながらも、アタシは恵梨と一緒に笑い合っていた。
「ほら、竜弥言うことあるでしょ?」
「お、お帰り千里……」
「うん、ただいま竜弥……」
アタシは此処に帰れて良かった。
「お、おかえりなさいませ……ご、ご主人様……」
お父さんとの一件を終えた後、アタシは羞恥心を感じさせられるハメになっていた。いや、アタシはもちろんこうなることは知っていたけどまさか琉藍もノリノリなんて思うわけないじゃん、だって向こう見てよ……!!
「おかえりなさいまーせ……ご主人様ぁ……また来てくれて嬉しいでーす」
凄いノリノリでやってる!?
琉藍のことだからこういう面倒なことは引き受けない……って信じてたのに……!!
「ね、ねぇ琉藍……!琉藍ってこういうのは面倒に感じるんじゃ……」
「ーん?最初の内は面倒だったよー?逃げたんだけどみんなに捕まってさ、それで着せられたんだけど案外やってみると悪くないんだよねー。これがさー?こういうフリフリした服って中々着ないからさー」
ノリノリの理由はそういうことか……!
確かにアタシもこういうスカートとかあんまり履かないけどそれでもこの格好は恥ずかしすぎる。メイド服なんて……!!竜弥に見られたりしたら凄く嫌……「え?」
アタシは自分が「お帰りなさいませ、ご主人様と言った相手を見てみるとそこには竜弥の姿があった。え?嘘、竜弥に見られていたの?さっきの恥を晒したようなものをアタシは竜弥に見られてしまったということになる。
「お、お客様……大変申し訳ないのですが今は満席でして……だからその……「え?普通に席空いてるよチサ」」
「よ、余計なこと言わないでよ琉藍!!」
「お帰りなさいませー、ご主人様……。今日はどのような一日をお過ごしですかー?」
て、手慣れている……!?
席に案内する琉藍を見ながらもあたふたとしている。
「千里、注文取ってねー」
え……!?
アタシが注文を取るの……!?竜弥が居るところに注文を取りに行かなくちゃいけないの……!?待って、無理そんなことできない。竜弥相手にご主人様なんて言わなくちゃいけないの!?他の人に対して言うのも恥ずかしくて仕方なかったのにそれを竜弥に……!?
「る、琉藍……ア、アタシ……!!」
琉藍に投げようと思ったが肝心の琉藍は居なくなっていた。
周りを見ると「彼氏のところ行ってあげなよー」と言いたい放題言われてる始末。
「……やってやる」
アタシはこれまで何度だって危機を乗り越えて来た。
初めての歌う、初めてのギター、初めてネットの海に動画を投稿したとき、初めての路上ライブ、初めて大勢の人の前で歌って見せたとき。どれも怖かったけど逃げ出したことはなかった。そんなアタシが今ただ竜弥に注文をするだけで恥ずかしがっている。こんなところで挫けるようなアタシじゃないって見せてやる。変な勇気が湧きながらもアタシは竜弥の方へ向かっていた。
「ご……ご主人様、こ……こちらメニューになります。オススメはこちらのふわとろオムライスになります」
「あ、あの竜……ご主人様ご注文は?」
「あ、ああ……じゃあ愛のふわとろオムライスで」
竜弥は暫く何も言わないでいたがアタシの方を見ているばかりだった。目の前にいるアタシに困惑しているのかそれともアタシに何か言いたいのか今竜弥がなにを考えているのかなんて分からなかったが注文を受けてアタシが他の子達に言いに行くと竜弥のことでキャーキャー言われているのを竜弥は見ていたような気がする。
「お待たせ致しましたご主人様、こちら愛のふわとろオムライスになります」
竜弥が座っていた席にオムライスが乗っている皿を置いた後、アタシは深呼吸をする。これからすることは正直初ライブのときよりもかなりキツイもの。だけど、此処で臆していたら竜弥に気持ちが伝わないかもしれない。
「ご主人様、こちら愛を注入させていただきていのですが……よ、よろしいですか?」
「!!!?」
竜弥が「愛!?」と言いたそうにしているのが伝わっていたが無言で頷いているのを見てアタシは恥ずかしくなりながらも手でハートを作っていた。こんなこと正直竜弥相手にもやりたくない。だって恥ずかしいにも程がある。
でも竜弥案外こういうのが好きだったりするのかな。
メイド服の女の子に愛を注入とか言われるのが好きだったりするのかな。……なんかアタシ以外にやってもらってるところ想像したら腹立って来たかも……。
「千里、なんか怒ってないか……?」
「……怒ってないよ」
愛情というより怒りを込めたように近いものをオムライスに注入しながらもアタシは竜弥の傍を離れようとしていた。
「千里、似合ってるぞそのメイド服……!!」
「……うん、ありがとう」
恥ずかしいだけでしかなかったこの格好もこの口調も……。この行動も竜弥に褒められてからというもののアタシは悪い気分はしていなかった。寧ろ、これ以上に気合い入れてやっていこうと思えた。
学園祭も終えてアタシは羞恥心を感じることもなくメイドとしてやり遂げることができ、アタシは今竜弥と共に一緒にアタシの家に来ていた。初めてアタシの家に来た竜弥はウロウロしていたようだったが、お父さんが来てからというものの落ち着いた様子になっていた。
「改めて自己紹介をさせてもらおう竜弥君、私は綾川祐一だ」
「樫川竜弥です……」
お父さんはリビングにお酒を持って現れて席に座り、既に置いてあった酒器にお酒を入れてぐいっと飲んでいるようだった。
「キミから見て娘はどう見えているのか知りたいな」
「……俺にとって千里は救世主です」
「それはまた……随分な言い方だね。理由を聞いても構わないか?」
「千里は俺に音楽がとても素敵なものだということを教えてくれました。千里はいつも笑顔で優しくて明るくて……時には力強い歌声を見せてくれたり時には優しい歌声を聴かせてくれたりして俺は本当に千里の歌声が好きなんです。千里の歌声は人を惹きつけるものがあるんです。勿論それだけじゃなくて一人一人の自分の歌を聞いてくれる人たちに真摯的なんです。ライブが終わった後の挨拶は欠かさないしファンの反応に反応したりしているんです。なによりファンからの応援を力に変えることが出来る人間なんです」
ファンからの応援を力に変えられる……。
そうか、竜弥は知っていたもんね。アタシがよくファンからの応援とか反応に反応を返したりしていたことを……。
『良かったAya』
路上ライブをバンドとして初めてやったあの日、あの子は見に来ていた。その後もライブを見に来てくれていた友達を連れて見に来てくれたりもしていた。その友達もアタシにハマってくれたようで反応やら応援の投稿をしてくれるようになっていたんだ。あの二人の応援はアタシにとって今まで以上に頑張ろうという気持ちになれていた。
「……お父さん、アタシは音楽をやめるつもりないよ。アタシはアタシの為だけじゃない。アタシの音楽が好きだって言ってくれる人達の為にも頑張りたいし、まだ見ぬ人たちの為にも頑張りたいの……だからアタシは絶対にやめないよ」
「……千里、お前の気持ちは分かっているつもりだった。そしてお前とお前の友人達が悪い人たちではないというのもわかっていたがそれでもお前にとって母さんと暮らす方が幸せになれるかもしれないと私は独断で決めようとしていた。認めよう千里……お前の歌は素晴らしいものだ。彼が言っていたようにお前の歌声には人を惹きつけるものがある。それを活かしてみせるがいい」
「お父さん……」
「だがあの学園祭での出し物の服装はあまり良いものとは言えないな……。親としてはもう少しちゃんとした服装を……千里聞いてるのか?」
「聞いてるよ、お父さん」
途中までいいことを言ってくれていたお父さんが最後に言い出したことが学園祭の出し物の話だと言うことにアタシは思わず笑ってしまっていた。でも、これでお父さんはアタシが音楽をやってもいいと認めてくれた。アタシのライブをいつも見に来てくれたおかげというべきなのか継続は力なりを体現してきたアタシ達の力で証明してきたおかげというものなのかもしれない。
「ともかく……竜弥君これからも娘を頼む」
「は、はい……!!」
「ふふっ、よろしくね竜弥君」
竜弥にお茶が入ったグラスを渡しながらもお母さんが意味ありげに笑っていたけど、お母さんアタシまだ竜弥に何もしてないし言ってないよ……。
「あ、あのさ……竜弥に聞いてみたかったんけどさ……」
「どうしたんだ千里」
「竜弥ってそのメイド喫茶とか行くの?」
アタシはお母さんに言われて竜弥を見送ることになり少し気になっていたことを聞いていた。
今日の学園祭での出来事もそうだけど、アタシは前から竜弥に聞こうとしていたのだ。
「……え?」
別に竜弥のことを揶揄いたくてこんなことを聞いたわけじゃない。ただ竜弥も男の子ならああいうの興味あるのかなって思っていたのだ。そしてもう一つは前に竜弥の部屋に遊びに来たとき竜弥の部屋には怪しげなゲームがあって、アタシはあのとき本当に驚いたけど竜弥もそういう年頃だしやるのかなーってちょっと思っていた。それでその後、そのゲームがどうしても気になって調べたたらヒロインの子がメイド喫茶に働いている子だったのだ。だからもしかしてメイド喫茶みたいなの好きなのかなってなっていた。あのときは本当にビックリして顔真っ赤にして竜弥が来る前に部屋から出たけど……。
「あーまあ……そういうのに興味ある人も居るんじゃ「竜弥の話を聞いているの」」
竜弥は話を誤魔化そうとしていたがアタシは逃がそうとはしなかった。
「……千里がいるメイド喫茶なら入りたいかも。でも……その……あーいやなんでも「アタシが居たら入りたいんだ?」」
「……悪かったな、正直に言って」
「アタシは嬉しいよ」
竜弥があの後何を言おうとしていたかなんて分かっている。
きっとアタシが他の人にご主人様と言っているのが嫌だとか言おうとしていたんだ。竜弥もアタシもあんまり見せないようにしているけどお互いに独占したいという気持ちは多少あるみたいだったから。
「それじゃあ竜弥、またね」
「ああまたな、千里」
竜弥の家の前に辿り着いたアタシ達。
アタシは竜弥に手を振ると、竜弥も手を振りながらもマンションの中へと入って行ったのだ。今日と言う一日はとても大変な日々だったけど、お父さんもアタシの音楽を理解してくれたようだったから本当に良かった。さて、アタシも帰ろう。
「……綾川さん?」
「あれ?竜弥のお母さん?」
竜弥と入れ違うような形で後ろから声を掛けて来たのは竜弥のお母さんだった。
「今日は学園祭だったそうだね……私も少しの時間結衣と一緒に見に来ていたがライブ中々良かったと思う」
「ありがとうございます、来てくれていたんですね」
アタシは竜弥のお母さんにお辞儀をしていた。
「ああ……その息子が……いや、今日はとても良かった。それじゃあ気を付けて」
「はい!」
竜弥のお母さんはマンションの階段を歩いていたが、その足取りは少し重いようにも見えていたような気がしていた。アタシは竜弥のお母さんのことを全部知っている訳じゃないけどアタシのお父さんとそっくりで少しばかり不器用な人だという印象があった。でも偶に竜弥と一緒にいるときに会うときもあるんだけど、竜弥が少しばかり怯えているようにも見えていたのは気のせいなのか、気のせいじゃないのかアタシには分からなかった。
学園祭を終えてからというものの、日常というものはあっという間だった。
三年生になり進路への活動が活発的になっていたがアタシの進路は既に決まっていた。音楽の大学に入って更に音楽への成長を伸ばして行きたいと考えており、ライブも日々の成長として見ていたアタシは三年生になっても数は減ったがライブを行っていた。
『お疲れ様です!今日のライブも本当に良かったでした!!特にアンコール後のあのオリジナル曲は私のほうまで頑張れ!って言われてるような気がして明日からも頑張ろう!!ってなりました!!』
渚から来ていた反応やファンの反応を確認しながらもライブハウスを出ると、外はかなり暗くなっていた。放課後すぐ此処に来てリハをしてライブを行っていたからもうこんな時間になるのも無理はない。
「ごめん、待った?」
「大丈夫だ、そんなに待ってない」
ライブハウスをすぐ出て隣に竜弥が立っていた。
竜弥はスマホを弄っていたようだった。見た限りではゲーム実況者としての作業をこなしていたようにも見えていたようだったけど。でも今はそれより少し楽しみにしていたことがあった。それは竜弥がライブが終わった後にある場所へ連れて行ってくれると言ってくれたから。
「竜弥、それで何処へ連れて行ってくれるの?」
「……着いてからのお楽しみでいいか?」
「うん、それじゃあ期待しているね」
アタシは竜弥の後を追いかけるようにして歩き出していた。
竜弥の背中は温かく優しいものを感じさせていた。
「ねぇ、竜弥って進路はどうするの?」
「進路?ああ、俺の家あんまり裕福じゃないからそのまま就職するつもりなんだ。就職して母さ……親に楽させたり結衣にも楽をさせてあげたいんだ」
「そっか……!!喫茶店で働くの?」
竜弥は偉いな。
ちゃんと家族のことを養うために働くという選択肢を選んでいる。アタシはそんな竜弥を少し誇らしかった。
「ああ、二号店が出来るらしいから近々俺もそこで働かせてもらうことになったんだ。ただバイトじゃなくなるからこれまで以上に忙しくなることは間違いないだろうけど」
「偶にコーヒー飲みに来てもいい?」
「ああ、全然構わないぞ」
「じゃあ竜弥が淹れてくれたの飲ませてね」
竜弥は「そういうことが出来るようになるまで時間掛かるかもしれないけどな」と笑いながらも言っていたがアタシは本当に竜弥が淹れてくれたコーヒーを飲むのを楽しみにしていた。竜弥が淹れてくれたコーヒーならきっと美味しいから。
「進路で思い出したけどみんなもう決まってるんだろ?」
「うん、アタシは音大で恵梨は美大で琉藍はライブハウス継ぐって、それで香織は大学通いながらも声優のスクールに行くんだって……。アタシちょっと驚いたなー、恵梨はてっきり音大に行くって思ってたからさ」
「恵梨の中でもちゃんと進路が決まったってことなんじゃないのか?」
「うん、恵梨言ってたよ。アタシの絵のストーリーを色んな人に見せたいって……。だから美大似行ってもっと経験値を溜めたいって」
あの話を聞いたとき、恵梨は本当にしっかりしているなって感じていた。
本当はアタシと一緒に音大に来て欲しかったっていう気持ちはあるけど、恵梨が決めた道に口出しはしたくなかったから。それにああ言われちゃアタシと一緒に来てなんて言える訳ないよ。
『アタシにとって確かに音楽も武器。アタシは絵を描くのが好きだから……ストーリー性のあるイラストを描くのが好きだから。それを他の人に見て感動してもらいたいっていう気持ちがあるの。ただ何気ない日常の中の絵からそれを汲み取ってくれるほどにさ……なんて馬鹿らしいよね』
アタシは恵梨のなりたい自分を否定することはしなかった。
なんかロックでカッコいいと思えたからだ。だからこれからの恵梨の道を本気で応援したいという気持ちがあった。
「みんなちゃんとしてるんだな……」
「竜弥だってちゃんとしてるじゃん」
「……そうだな」
目的地の場所に着いたのか竜弥は足を止めており周りを見ると、ただの公園のような場所に着いていた。アタシはどうしたんだろ?と待っていると、竜弥は大きく息を吸ってからこう言う。
「公園?」
「ああ、此処覚えてるだろ?俺達が最初に会った公園」
覚えてない訳がない。
アタシと竜弥は此処の公園にあった。少し古くなっているベンチに座ってアタシがギターを弾いてると、目の前に男の子が立っていて黙ってアタシの歌を聞いてくれていた。アタシの歌を最後までちゃんと聞いてくれたのが目の前にいる竜弥が最初だった。
「千里、俺はずっと言いたかったことがあった」
「アタシに……?」
「ああ、俺はずっと千里の音楽が好きだった。それは今まで千里の歌声に惹かれるものがある
、芯が通った力強い歌声だとか最近じゃ優しい歌声だとかそういうのが得意になって来ている。緩急がついた歌声って言うのかな?そういうのがしっかりしているところが好きなんだ……。だから俺はこれからも千里の音楽を聴きたい!!色を聴きたい!!千里ともっといたい!!千里の色にこれからも染まりたい……。染まって居たいんだ。だから言うぞ……」
「俺はお前のことが好……千里あぶねえ!!!」
「え……?」
竜弥に跳ね除けられたアタシは地面に体を付けながらも一瞬目を瞑る。そして、次に目を開けた瞬間アタシの目の前で惨劇が起きていた。信じたくなかった、信じるなんてしたくなかった。
だって目の前にいたはずの竜弥が……。
竜弥がナイフで刺されていたのだから。
竜弥、竜弥……!!竜弥大丈夫!!!?
あれ……??
あれ?アタシの声が出ない。アタシの声、何処に行ったんだろ……。
竜弥って今叫びたいのに……。大丈夫って言いたいのに……。
アタシの声がどんどん遠くなっていく気がする……。
どうしてなんだろう……。もしかしてアタシ……。
声が失われている……?