傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「一生」という言葉は、責任感が伴う言葉。
俺の胸の奥に一瞬不安が小さく膨らんでいた。了承するのは簡単だが了承すれば、俺の未来だけでなく、千里の相手までも左右することになる。今の自分に、その覚悟が本当にあるのか──。
俺は……俺は半端ものだしすぐ逃げたがる。
もう逃げないと決めてはいるつもりだけど果たして最後まで走りきることが出来るだろうか。一生、千里のことを笑顔にさせられることは出来るだろうか、俺は千里の前でいつまでも笑顔で居られるだろうか……。
その答えはきっとそのときになって見ないと分からないというのが正しいんだ。
千里も言っていた、なにかあれば支えると……。そして俺も千里になにかあれば支えてやればいい。千里居ればこの見飽きた都会の街並みだって綺麗なものに見えてくるはずだ。不安も心配もある。でもそれで縮こまっている瞬間はもう終わったんだ。俺には今、これから先の未来を千里と共に作り上げて行きたい。俺が見たい未来はそこにあるんだ。
なら答えは既に決まっているはずだ。
「……分かった、一生傍にいる」
小さく微笑みを浮かべながらも俺は静かに答えていたが、俺のその声はまるでステージに立ってマイクで音を拾ったかのように音が響いていた。
「これから先きっと千里と一緒に居て笑い合えるだけの人生だけじゃないのかもしれない。でもこれだけは言える、俺は……千里のことをもう悪い意味で絶対に悲しませたりしないから。自分の命を粗末にしたり、バンドを解散したのが俺のせいだとか、千里のことを勝手に傷つけたとか思い込むのはもうやめるから、だから……俺の傍に一生いてくれ……!俺が支えるから……!!」
完全に言い切った。
俺はもう後戻りすることは出来ない。もう逃げることは出来ない。責任が伴う発言を今千里の目の前で俺は千里にした。でも俺はもう此処から先逃げるつもりは毛頭ない。これから先どんなことが待ち受けていようとも千里と一緒に乗り越えようと決めたのだから。
「うん……!!」
千里の返事を聞いて俺はようやく自分の心が晴れた気分になっていた。今まではずっと土砂降りの雨が降り注いでる状態が続いていたが、その雨粒を受けいれていた器が完全に崩壊したものの俺の器は新しく作り上げられ、そこには新品そのものの器に更にそこは青空が広がる晴れた場所へと変わって行ったようにも見えていたのだ。俺は千里のことを抱きしめ返しながらも小さく「ありがとうな」と返すのだった。
◆
「これ何処に置いておけばいいですか?」
「あっ、香織ちゃん……!それはあそこに置いておいて」
「はい、分かりました……!!」
ライブを終えた後、私はすぐに楽屋に戻ることはなかった。
今楽屋に行けば竜弥が居るかもしれない。竜弥の顔を見るのが怖いとかそういう訳じゃないけど、竜弥の別人格とは喧嘩をしてしまった後だから話しかけづらい。でも、本当に思う。復讐なんてしちゃ駄目だって……。
「香織、アタシも手伝おうか?」
「ん?ああ、いいよ千里は楽屋で休んでて」
それでも千里は手伝わない訳にはいかないと思ったのか、私が重たそうにしていると荷物を一緒に運んでくれていた。
「千里はさ、竜弥が復讐しないって本気で言えると思う?」
「今の竜弥なら絶対にしないよ香織。さっきの竜弥を見たでしょ香織?竜弥は私たちのバンドの演奏を見てちゃんと泣いてくれていた」
「それにちゃんと竜弥は私に本音を言ってくれた。それは香織も見ていたよね?」
「そうだね、千里……」
そうだ、あのときの竜弥は泣いてくれていたし、千里にも本音で話してくれていた。だったら、私は竜弥のことをちゃんと信じてあげればいい。これからの竜弥を……。それに私達の演奏は中にいる竜弥にも響いていたはずなんだ。竜弥には復讐だけじゃないっていうことをきっと分かってくれていたはずなんだ。
◆
「リュー、ごめんね。待っててもらって」
「ああ、俺は大丈夫だぞ」
ライブを終えた後、ライブハウスから少し離れた場所でリューのことを呼び私はそこでおしるこの入った飲み物を飲みながらもリューのところへとやって来ていた。
「私さ、リューに謝らなくちゃいけないことがあるんだよね」
「俺に?」
「ん、私これまで何度かリューの後ろを付けまわってたじゃん。そのときさ、私も何かリューに対して言えたはずなのに何も言い出すことができなかったんだ。怖かったんだと思うし、今更リューに何かを言える立場じゃないって言い聞かせて逃げて来たんだと思うの……」
此処最近ずっと私はリューのことを監視していた。
あのとき、リューの様子が明らかにおかしいことが分かっていたからこそ今のリューを知る為に必要な行為ではあったけど、私はこれまで見ているだけでリューに何もしてあげることが出来なかった。それは全部、私が今の彼と話すことに対して恐怖心を感じていて今は話すときじゃないと勝手に決めつけていたんだ。
「リューはさ、私が悪くないって言ってくれるかもしれないけどこれは私の罪でしかない。逃げていただけにしか過ぎないんだ。だからね、これからは……私……!!絶対に逃げないから!!逃げないでリューとも新しいバンドとも向き合ってみせるからね!!」
これから先、あのバンドを続けて行くかは分からないけど、それでも私は新しいバンドが出来て良かったと思っている。パッチワークが出来たから私達はまた一つになれたんだから……。
『形あるものは何れ崩れる。でもね琉藍……新しく作り直すことだって出来るんだよ』
そうだね、お祖母ちゃん……。
お祖母ちゃんの言う通りだったよ。ワン・フォー・オールは無くなっちゃったけど、私新しいバンド、パッチワークとしてまた千里達と一緒に活動できるようになったよ……。
◆
『だから……俺の傍に一生いてくれ……!俺が支えるから……!!』
一生、きっとその言葉は二人にとってこれからも重くのしかかる言葉になることだろう。
それでも竜弥も千里もそれを選ぶことにした。二人が再び結ばれた関係を思い出しながらも私は心の中で良かったねとなっていた。
「お疲れ恵梨」
「お疲れ千里」
楽屋に戻って来た千里がゆっくりと扉を閉めながらも中へと入って来るのを見て私は覚悟を決めていた。
「千里、どうしても言っておきたい事があるの」
「アタシに……?」
「私のせいで……バンドを一度解散させることになって本当にごめん千里!!」
震えながらも千里に頭を下げて謝罪する。
千里がボーカルが出来なくなった後、私が引き継ぐ形でギターとボーカルを両立させながらもバンドを続けていたけど、何度も香織とは衝突していてバンド内で亀裂が生じそうになっていた。私は千里が築いてくれたバンドを守るのに必死だったんだ。必死だったあまり香織や琉藍すら傷つけてしまっていた。そして、千里にすらその苛々は隠せないでいた。
「千里からボーカルを引き継ぐことになったとき、ずっと後悔してた。でも、これだけは本当なの!千里の居場所を本当に守りたかったの……!!千里が作ってくれたあのバンドを私は解散なんてしたくなかったから……!!だからごめん、本当に……!!私が弱かったから千里のバンドを守れなかった……!!!」
「……恵梨、アタシ本当分かっていたんだ。香織がバンドを解散するって言ったとき、恵梨は少し嫌そうな表情をしていたの……。アタシにVやってるんだ?と言ったとき、複雑そうな顔をしていたのも知っていたの。だからアタシは恵梨に負担を掛けさせちゃったんだ。アタシがもっとしっかりしていれば、あのバンドは解散しなかったのに……」
全部本当のことだ。
私は香織が気を遣ってバンドを解散すると言う話をしていたときも本当はバンドが解散をするのが嫌だった。解散なんて死んでも嫌だった。千里がVやっているとさりげなく言ったとき、本当は複雑だった。どれもこれも本当のことだった。
「でも、アタシも恵梨には本当に感謝してるんだ」
「え……?」
「親友の恵梨が居てくれたからあのバンドがね、凄い楽しかったんだアタシにとって……ねぇ、覚えてる恵梨?アタシがいつも音楽のことで悩んでいるとき、真剣に聞いてくれたのが恵梨だったんだよ?いつもアタシがつまづいているときに答えを導かせてくれたのも恵梨だったんだよ?ライブを終わった後、お互いに汗拭きながらも「楽しかったね」って言いながら顔を見合わせながら笑い合うの最高に楽しかったよね」
「千里……そうだね。そうだったね、アタシは楽しかったよ。本当に心の底からあの瞬間が楽しくて楽しくてたまらなかった……!だからあのバンドが解散するのが本当に辛かった……。解散して欲しくなんてなかった!でもこうして、またバンド出来て本当に良かったよ……千里!!」
「うん……恵梨……!!」