傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「行ったか……」
ただ何も無くなったこの空間から消えていき、俺の中へと浄化されていった。
『竜弥、ごめんな……』
頭の中で母さんが俺に謝っている映像が流れていた。きっとこれは俺が寝ている間に母さんが言っていたんだろう。記憶というものを頭に埋め込まれながらも暖かい光に包まれていた。
最初の人格の樫川竜弥、俺達にとって親とも言えるような存在だったのは間違いなかった。幼き頃から復讐心に囚われていつも殺されるんじゃないかという恐怖心に怯えていた事実は生涯変わることはないだろう。でもこれからを作り出すことは出来る。
「僕……」
中学時代の俺が近づいてきている。
いや、中学時代の俺だけじゃない。周りには高校時代の俺……。そしてもう一人、ゲーム実況者だった頃の俺もいた。みんながそれぞれどれだけの想いを抱えて生きて来て人格というものが消されていったのかは俺には分からない。俺は消した側の人間なんだから……。
一瞬、高校時代の自分を見てから再度もう一度中学時代の方の俺を見る。
「竜弥、これからはキミが人生で線路を作り出すことになる。これからも精神的なストレスを抱えることもあるかもしれない。僕が千里と対等になりたかったように新しい人格に頼りたくなるときもあるかもしれない。それでも忘れないでほしい」
「キミには背中を押してくれる人達がいるっていうことを……もう僕達は一人じゃないって言うことを……」
一人じゃない……。
その言葉はさっき俺が幼少期時代の俺に優しく投げかけた言葉そのものだったがそれはとても重要なことだからこそ中学時代の俺はもう一度俺に言っていたんだろう。結衣のことを一人で守らないといけないと抱えていたが、俺は結衣のこともいつしか自分にとってストレスそのものになっていた。そんな結衣や母さんから逃げ出させてくれたのが千里だった。
千里は俺のことを受け入れてくれて俺の前で楽しそうに歌ってくれていた。俺はそれを心地よくて彼女に対等になりたくなっていた。それから俺は……自分という人格を消した。中学時代の俺は自分の意志で人格を変えたからこそ今此処で俺にずっと笑顔を向けてくれている。
「未練はないのか?」
「あるにはあるよ。結衣のこととか千里のこととかね?でも、それはこれからのキミに全てを託すから……。これからのことは頼むよ、僕……」
未練というものはあの頃の俺にはあまりなかったのかもしれない。
この時代の俺は自らの意志で自分の人格を変えることを選んだ。結衣や母さんのことでストレスを感じていたとしても誰かに自分を見て貰いたいという意志の下で……。だから自分が消えそうだというのにこんなにも笑顔で居られ続けているんだろう。
俺もこんなに真っ直ぐな笑顔を貫き通すことが出来るだろうか。
いつまでもというのは無理かもしれない。それでも千里や誰かの前では太陽の存在であり続けたいと願ってしまうのは俺のエゴだろうか……。
「ああ、任せてくれ……」
中学時代の俺の言葉に了承をすると、満足そうに笑みを浮かべて彼は俺の中へと消えて行った。中学時代の俺が俺の中へと包まれていった。
『今日も来たんだ?いいよ、竜弥聞かせてあげる』
千里と一緒に楽しく過ごしていた頃の喜びを感じさせられるようなものの映像が頭の中に浮かび上がりながらも、俺は暖かいものに包まれた後に俺は……高校時代の俺の方を見てから土下座をする。
「高校時代の俺、今まで本当に悪かった……」
俺は……自分自身に対して残酷な選択を選ばせてしまった。
悔やんでも悔やみきれないものでしかない。ただ俺はあいつに対して謝ることで許してもらうしか出来なかった。
「俺は俺自身を否定させて……千里からも逃げさせた。その罪はきっと重いだろうし、消える事も……変わることも……ないはずだ」
俺が土下座の態勢をしていると、高校時代の俺が「立てよ」と言いながらも一発俺の顔面へと拳を打ち込んでいた。鈍い音が反応したのと同時に俺はその痛みを受け入れながらも再び立ち上がっていた。
「ああ……そうだ……!お前は俺から千里を奪った……!!決めたのは俺自身かもしれねえけど、選ばせたのはお前だ……!俺は一生許すつもりはねえ……!!」
「そうだよな……」
高校時代の俺はゆっくりと拳を開きながらも「殴っても気分ってスッキリしねえもんだな……」と自虐するようにして笑っていた。
「ただ、俺はお前の中にいてお前自身になって分かった。許すってのは凄く難しいことだ。相手のことを許すってなっても許せるかどうかは分からない。俺は千里から離したお前のことを許すつもりはないし、あの犯人のことをこれからも許すつもりはない」
ああ、そうだ……。
許すという行為はとても難しいことだ。相手の気持ちに寄り添おうとしても大抵は感情任せになってしまい、許すことは出来ない。
『アンタがしようとしていることは……犯罪だ……。アンタに親や兄弟や知人がいるのかは……知らないが……。これ以上罪を増やす前に……こんなことはやめろ……周りを悲しませるようなことは……やめろ……!!』
俺が刺された後、意識を朦朧としながらも犯人の情に訴えかけようとしたあの行動は余計な行動だったのかもしれない。あの行動のせいで犯人は自殺を選んだのかもしれない。
「ああ、それは俺もそうだ」
俺は自分が刺されたことよりも千里の声を奪ったことを今でも許せない。それはこの先も変わらないと思う。
「それでも俺は前を向いて歩き出したい。大きな一歩を踏み出して行きたい、これからを歩みたいんだ」
「ああ、お前は俺達にそう言ってみせた。お前は母さんを許すと言ったな?それが何処まで押し通せるかは分からねえが……お前が決めたことだ。最後まで絶対にやってみせろよ」
「ああ、言われるまでもない……!」
「何処までも俺は俺なんだな……」と言いながらも高校時代の俺の体には光が包まれ始めている。俺は高校時代の自分にはかなり世話になっていたから少しばかり悲しくなっていた。
「それと紀帆だったか?あいつとの再戦を絶対に忘れるんじゃねえぞ。俺はあいつとまだ決着が付いてねえし、あいつから大切なもんを思い出させてもらった。ゲームの楽しみ方ってのを……。だから絶対に決着付けろよ……!!ゲーム実況者を名乗ってた頃の自分を思い出して絶対に勝てよ!!」
高校時代の俺が一瞬だけゲーム実況者だった頃の方を見て、ニヤッと笑うともう一人の俺の方をお互いに顔を合わせて笑い合っていた。
「ああ……クソ……!!お前にはまだ言いたい事があるって言うのに……!!」
消えかかっている自分の体を見ながらも高校時代の俺はゆっくりと深呼吸をしながらも俺に目を合わせてしっかりと言葉を出す。
「いいな、絶対千里のことを幸せにしろよ!!また次千里から逃げるようなことしたりしたら俺はお前のこと絶対に許さねえから!!ちゃんと千里に好きだって言えよ!!お前はまだ千里に好きだって伝えてねえんだから!!はっきりと言えよ!!言わなかったら化けて出て呪い殺してやるからな!!俺が言いたかったのは……それだけだ!!」
「じゃあな……俺……!!」
最後には後腐れもなく最大の俺という人間がその場から消えて行って……俺の中へと入って行った。
『俺はお前のことが好きだ……!!』
あの日、最後まで言えなかった言葉……。
高校時代の俺からは怒りのようなものをずっと感じていたと言うのに、俺の中へと溶け込まれてようやく気づいた。俺は千里が声を失ってからも失って居なくても楽しい日々だったということも変わらなかったんだ。千里の声を失われたことはとても辛い出来事だったけど、それでもあの悲惨な出来事を上書きできるようなことはあったはずだったんだ。
お疲れ、竜弥……。
もうゆっくり休んでくれていい。後は俺が道を作るから……。
そして……。
「ゲーム実況者の頃の俺とこうしてちゃんと話すのは初めてだったな……」
「そうだな、俺は厳密に言えば俺達じゃないし、それに俺は別に憎んでいる訳じゃなかったんだ」
「でも自分のストレスから逃げる為に恭平や秀治から切り離したのは俺なんだぞ?」
作り出したのは高校時代の俺……。
高校時代の俺は自分が千里達に何も出来ないと絶望している頃に丁度このゲーム実況者だった頃の俺という人格が出来上がっていた。そして、消したのは俺自身。高校時代の俺とゲーム実況者の俺を消すことで完全に過去からの未練を断ち切りたかったんだ。
「俺がそっちの立場なら俺も逃げていたかもしれない。逆に言えば、俺が皆の立場だったら俺は復讐という道を選らんでいたのかもしれない。難しいもんだな、こういう問題って……」
「……そうだな」
ああ、そうだったな……。
ゲーム実況者の頃の俺ってのはこんな感じだったな……。相手のことを理解した上でそれはこうなんじゃないかとか言い出すタイプだったというのを……。
「でも俺は二年半という期間を悪いもんじゃなかったよ。秀治のような同業者に囲まれて恭平みたいなファンに囲まれて本当に楽しい二年半だった……。ああ、そうそう。秀治の方はまだきっと俺に対して何も出来ていないというところを抱えているだろうから、支えてあげてくれないか?」
「ああ、分かってるよ」
秀治はきっと今でも俺に対して何も出来なかったという後悔しているはずだ。
俺が炎上していたときも俺が気絶していたときもきっと何も出来なかったと悔いているんだろう。今度こそ、本当にあいつとの約束を守って替え玉競争でもしてやるとするか……。
「それと恭平のことに関しては俺の方はもう満足している。彼は立派な人間になった……。あのサインをきっかけに彼はあそこまで羽ばたくことが出来たんだろうな。俺達はあの子に恨まれているなんて思う必要性はなかったんだ……」
恭平は言っていた。
俺のおかげでプロゲーマーになる夢を掴むことが出来そうだと……。あいつからすればきっと俺はとてつもなく凄い奴で元気を貰えた存在だったんだ。あいつにああ言われたとき、凄く嬉しかった。俺は「恭平に恨まれている」という認識がまだあったからやっとそのときその感情を浄化できたような気がしていたんだ。
「俺から言いたいのはそれだけだな……。俺には恭平のように子供達が見てくれているそれだけを忘れないでくれ。後は……俺が言っていたようにあの人には勝って欲しい。この空間からあの勝負を見ていたけど、本当に心が踊る戦いで俺も戦ってみたかった。だから次は絶対に負けないでくれよ……!!俺……!!」
「ああ……任せてくれ!!俺は絶対に負けないから……!!それと……俺がVになる頃に誓ったものはゲーム実況者、坦々だった頃のを受け継いだものだ……!!だから絶対に大事にするから……!!」
かつてのゲーム実況者だった頃の俺の意識もまた俺の中へと入って行く……。
『僕にとって
あの頃の記憶……。
ゲーム実況者の頃の俺からは……楽しむというものを感じていた。俺にとってゲームというものは仕事ではなく楽しむものだったからこそそういう感情と共に恭平から言われたあの言葉を思い出していたんだろう。あの日、サインをあげた記憶を……。
誰も居なくなった真っ白な空間……。
これで俺達は一つになった……。いや、もう一人だけまだいる……。俺はゆっくりと目を瞑りながらも、目をゆっくりと開けていくとそこには黒と灰色のツートンカラーの髪型に、灰色の狼耳に黒くフサフサの尻尾が特徴的が獣人がいた。
俺は徐々に彼に近づいて行く……。
「こういうときなんて言えばいいのか、俺には分からない……。でも最初の挨拶ってのはこういうべきだよな……こうして会うのは……初めましてだな……」
「神無月ロウガ」