傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
俺はなんとなく気付いていた。
もし人格がそれぞれの出来事を起点として生まれたならば、俺という人格はもう一人存在していてもおかしくはないということを……。そして、その起点となった場所を考えるとしたら恐らくそれは俺が千里と再会したことによって出来たんだろう。
「初めましてだな、樫川竜弥」
それにしても……こんなふうにVとしての自分をこうも目の前にいるというのはなんとも変な光景だ。本来なら目を見開いて驚きの声を上げるのが普通なのかもしれないが、俺はもう色んな自分を見て来てそれを受け入れてきた側の人間だから最早そういう段階ではなかった。
「どうしたんだ?」
俺のなんとも言えない様子に気づいたのか、ロウガが不思議そうに首を傾げながらも問いかける。その仕草は俺が配信でよくやるときの首の傾げで少し苦笑をしてしまった。
「……いや、思ってたんだがこうしてVとしての自分を見るというのはなんとも妙な気分になるなって」
「それもそうだな」
俺は今一度、ロウガの方を見る。
特徴的な灰色の狼の耳に灰色の尻尾がゆさゆさと揺れている。自分が3Dになったらこんな感じになるのだろうかという少し興味も湧きながら俺はロウガに本題に入ろうとしていた。
「神無月ロウガが出来たのは……俺が千里と再会してからっていうことでいいんだよな?」
「厳密に言えば違うけど、俺が出来たのはその頃と見ていいと思う」
「厳密に言えば違うってのは……?」
予想通り、やはり千里と再会したときの出来事がきっかけだと考えていたのだが、どうやら違うようだ。
「面接で言ってたときの言葉を覚えているか?」
「……こんな俺でも人を楽しませることが出来るなら……最高だからっていうあの言葉か?」
「ああ、竜弥の中であのときあの言葉が全ての本音だということは覚えているはず。俺はあの言葉を皮切りに水無月ロウガという人格が生まれた……。そして、俺みたいな奴でも生きていけるんだなって思ってくれたりしても構わないっていう言葉も覚えてるか?」
「ちゃんと覚えてるよ、俺にとってあの言葉は誓いの言葉でもあったから」
Vとして初配信をしたときに言った言葉。
あの言葉は正直、視聴者からは「何を言っているんだ」と笑われるかもしれないという不安はあった。「軽い」と言われるんじゃないと言われる心配もあったけど俺の言葉はちゃんと響いていた。
「誓いか……そうだな。俺達はお互いにあの言葉がどれだけ響くのか心配だったけど、俺が誰かを楽しませたいという気持ちがあった。それは俺がゲーム実況者の頃からずっとそうだった」
神無月ロウガは……元々高校時代の俺とゲーム実況者の頃の俺を似せて作られたような人格。
だから多少はゲーム実況者の頃の俺が途中から掲げだした誰かを楽しませたいというものは彼にも継承されていったんだ。俺にとっては過去を殺してきた人間だから複雑な心境だが、過去の自分に頼ったのは紛れもない俺自身なのは間違いない。
「正直、ロウガにはずっと言いたかったことがあった。もう一度千里や恭平と繋ぎ止めてくれたのはロウガのおかげだ。お前と出会っていなければきっと俺はあの二人との関係は続いていなかったのかもしれない。いや、それだけじゃないな。きっと俺がVになってなかったらこれまでの出会いも……再会もなかったんだろうな」
俺がVを始めたことによって様々な出会いがあった。
静音や亜都沙や紀帆といった奴らと出会うこともなかった。そして、再会ということなら恵梨達や秀治とも再会することはなかったのかもしれない。
「それは買い被り過ぎだ、Vにならなくてもきっと出会いや再会はあったはずだ」
「どうだろうな、静音なんかは俺と出会わなければ今でも両親と向き合うことは出来なかったかもしれないで彷徨っていたかもしれないかもな……」
俺のおかげなんて傲りを言うつもりはないけど、静音に関しては誰かが気づかせてやらなければ一生あのままだったかもしれないと考えるとあいつは本当に救われて良かった。俺みたいにならなくて……。
「俺はロウガに凄く感謝している。ロウガのおかげで色んな出会いや再会が起きたと言っても過言じゃないからな。だから、ロウガと此処まで来て逃げなくて正解だったと思う」
「逃げる……。やっぱり、そうだったんだな」
ロウガは俺がロウガという人格を捨てて逃亡するということに気づいていたようだ。
「ああ、そうだ……。俺は結局のところ、俺はロウガのことすら捨てて逃げ出そうとしていた可能性は充分にあったんだろうな。千里達のライブに向かわなければきっとロウガ……いやロウガだけじゃない。今の俺という俺すらも捨ててきっと他の人格に逃げ続けていたはずだ」
今更このことを隠す必要もない。
ロウガ自身も分かっていたことだし、俺自身も分かっていたことだ。俺がもしライブに行かずに、もし俺が復讐を完遂していたらきっと俺という人間は自壊していただろう。崩壊しきった俺は自分という人間を抱え切れる訳がなく次の自分に正当化させることになっていたはずだ。ただ、俺が復讐を完遂できた場合の話になるが、今頃きっと檻の中だっただろうな。
「分かっていた、竜弥が機会があれば俺も捨てて自分を投げ出そうとしていたことは……。最初の内は俺という人間もすぐに消されてしまうんだろうと思っていたけど俺は違うと確信できた。一番最初にそれを確信できたのは……奏多から逃げなかったときのことだ。最初の内は彼のことを全く知らなかったが、人狼や大人数でのRPプレイのゲームのとき俺は全く逃げないで彼と向き合おうとしていた」
「俺が向き合えていたかは微妙なところだったけどな……」
自嘲をしながらも俺は言葉を言うと、ロウガもまた「そうだな」と言いながらも笑みを浮かべていた。あいつは俺のことを失望していないと言ってくれていた。本当だったら、俺から聞くべきことだったのかもしれないけど、俺は聞くのが怖くて聞き出すことが出来なかった。ちゃんとした形で聞くことになったのはかなり後になってしまっていたが、俺はあいつの口から本音を聞けたことは本当に良かった。
「だから俺は信じてみたくなった、樫川竜弥という人間が何処まで自分の人生に抗えるのか、そして……乗り越えられるかを……。ただ、本当のところを言えば……」
「俺はいつ切り捨てられるのか不安だった」
ロウガはふと視線を落とし、少し躊躇うよう間を置いた後に小さく息を吐いていた。
声には苦しさと諦めが入り混じっていた。まるで、自分の胸の奥底に押し込められていた感情がそのまま目の前に現れたようで、俺は一瞬言葉を失った。この言葉はきっと俺自身も抱えていてたからこそ言葉を失ってしまっていたんだ。結局のところ、俺は人格達を良いように使ってきて淘汰して不要になったら使い捨てて来たのは事実なのだから。その真実に不安を感じるのは仕方のないことでしかない。
「ごめんな……」
俺は躊躇うことなどせず、ロウガのことをそっと抱きしめた。俺とは違い、何処か体温が暖かいのを感じ取れて俺は何故だか嬉しくなっていた。
「ありがとう、本当のところを話してくれて……。きっと、その言葉を聞いてなかったら、俺は一生後悔していただろうな」
抱きしめたまま、俺は目を閉じる。自分の中で押し殺してきた声、その存在を受け入れることで、重く覆いかぶさっていた霧が少しだけ晴れたような気がしていた。
「俺と言う今があるのは今の俺とロウガが一緒に気づいてくれたおかげだ」
小さな声で、けれども確かな思いを込めて言葉を紡ぐ。
「俺は過去の俺達を受け入れた。今度はこれからの自分と今の自分を受け入れていきたい。険しい道になるかもしれないけど、やれるだけやってみたいんだ。だから……」
「これからもよろしく頼むよ、ロウガ……!!」
ロウガは、一瞬驚いたように目を見開いたが、やがてその表情が谷和原くなり、そっと目を閉じた。その間にロウガがどんなものを抱えていたのかは分からない。色々と苦悩することがあったはずだ。それでも目を閉じて開いたその瞳には俺が映し出されていた。
「そうだな、そうだよな……俺はもう逃げないと決めてくれたんだ。俺も信じると決めたら、最後まで竜弥のことを信じてみたい。だから……」
「ああ、此処から始めよう俺達の……」
例え、いつかは引退することになったとしても俺はこれからをロウガと共に過ごして行きたい。これから先の未来を見て行きたい……。それがこれからの──。