傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
恥じらいの手
母さんとの和解、そして千里達のバンド配信から三日が経っていた。
安藤みのりこと月見里琉藍のデビュー配信は明日ということもあって、俺も配信を見ようとしていたけど琉藍から「見なくていいからねー」と連絡が来ていた。本人的には初配信というものを見られるのがかなり恥ずかしいんだろう。ちゃんと見に行ってやるかと俺はスマホをズボンのポケットの中に入れようとしたときにスマホから通知音が鳴り振動していた。
『お兄ちゃん今日だからね!』
結衣からの連絡。俺はその連絡にすぐに返信を返した。俺は今日、結衣と母さんと一緒に出掛けることになっている。まさかこんなにもすぐ出かけるようなことになるとは少し驚いたけど、こういうのは先延ばしにすればするほど後になってしまうことの方が多いから早めに約束を取り付けて会うのが正解なんだろう。それに結衣はもうそろそろで春休みも終わることだろうしな……。準備を終えた俺は家を出て家の鍵を閉めてそのまま歩き始める。
マンションのエレベーターを少し待ってから俺はエレベーターの中に乗り込みながらも少しの間だけ考え事をしていた。
俺は俺であり続けることを選んだ。
この先どれだけの地獄や試練が待ち受けていることになったとしても俺はそれを受け入れる覚悟と勇気が試されることになるだろう。でもそれはきっとこれまで自分が抱えて来た苦しみや怒りに比べればマシなものだろうし、今の俺ならきっと乗り越えることが出来るはずだ。俺達は消えたけど俺は一人になった訳じゃない。俺にはまだ神無月ロウガがいてくれる。あいつとの日々やこれからの日々をしっかりと噛み締めて行きたい。
それに俺はこれから先やらなくちゃいけないことがかなり山積みだ。
これから俺は母さんたちと仲良くしたいのは当然だし、澤原さんとも仲良くしていきたい。秀治とは替え玉早食い勝負以外にも二人で一緒に遊んだりして馬鹿やったりしてみたい。恭平や亜都沙とは色々とコラボしたいし、紀帆ともあのゲーセンでの決着を付けたり、あいつとは話も合いそうだからコラボもしてみたい。勿論、千里とも何処かにデートをしたりしてみたい。
正直やってみたいことが山ほどあるというのが現状で、俺は困り果てているのが現状だ。
でも未来がないっていう絶望を味わされるよりは全然いいのかもな……。未来に希望があるっていうのは……。本当にいいことだもんな、俺は信号待ちをしているときに自分の手のひらを広げて自分がこうして生きているんだと自覚しながらも青になった信号を見てから手を下ろして歩き始めていた。
「お兄ちゃん、こっちこっち!!」
俺は駅前にあるユニークな銅像が建てられている場所までやって来ていた。
その銅像はこの駅に来た人が初めて来た人なら誰もが二度見するほどのものだ。カエルだから人によっては見た目に「うわっ……」ってなるかもしれないけど……。
「悪い、待ったか!?」
電車を降りて駅のホームから改札を出て駅前までやって来るのに少し時間が掛かっていた。
こっちまで中々来ることが無かった為、俺はどの入口で降りればいいのか迷いながらもようやくここまで来れていたのだ。結衣に怒られる気もしていたが、早めに行動しなかった俺も悪い。
「待ってないよ!ねっ、お母さん!!」
「ああ……私達なら別にそこまで待ってないぞ」
何処からどう見ても此処で待っていてくれていたのは見れば分かるものだった。
申し訳ない気持ちになりながらも俺は駅前の自販機で買って来ていた飲み物を渡していた。
「結衣は……桃の天然水で良かったよな?」
「うん!!ありがとう!!」
結衣は笑顔で俺から桃の天然水が入っているペットボトルを受け取っていた。
俺が高校生のとき何回かだけいろ〇すの桃の天然水を買って来たことがあったが毎回キレられた。本人曰く、これは桃の天然水ではないらしい。
「母さんはコーヒーで良かったよな?」
「ああ、ありがとうな竜弥」
母さんは微糖の缶コーヒーを受け取ると、缶コーヒーを母さんは少し確認していた。
「竜弥、もしかして……ブラックが嫌いなことを覚えていたのか?」
「覚えてたよ、母さん。ブラックあんまり好きじゃなかったの」
「……そうか」
缶コーヒーを開けながらも母さんの声には少しばかりの喜びというものがあった。
母さんはブラックがあまり得意じゃなかったのはちゃんと覚えていた。俺が高校生時代、ブラックのコーヒーを買ってくることが偶にあったのだが、母さんは「ありがとう」とは言って飲んでくれていたもののあまり好きでは無さそうにはなんとなく気付いていた。そのため、あるときから微糖を渡すと「ありがとう」の声色が変わったような気がしていた。それを覚えていたんだ。
「ほらほら、お兄ちゃん!行こ!!」
電話口や母さんとの話を終えた少し話したけど、相変わらずだな結衣は……。
『お兄ちゃんとお母さんが本当に仲直り出来て良かったぁ!!』
俺達が和解した後、今にも泣きだしそうになっていた結衣……。
結衣はずっと俺と母さんの関係が心配で心配で仕方なかったんだろう。母さんが俺の首を絞めそうになっていたことは知らなくても俺が母さんとは血の繋がりがないということは知っているようだったからな……。この三年間会っていなかったから何か変わっているかもしれないと思っていたけど、いつも通り俺達を引っ張ってくれるのは変わらない姿を見て俺が笑っていると、母さんが「どうした?」と言っているのが聞こえていた。
「いや、結衣は変わっていないんだなって……」
「……そうだな」
あいつを見ていると何処となく香織を思い出す。
結衣は琉藍と関わることが多かったけど、一番気が合っていそうだったのはそういえば香織だったな……。香織がよく言っているアニメの台詞とかを真似て言っていることが多かったっけな……。そんな香織も今では大学に通いながらも声優の学校を目指しているんだから本当に凄い。
「そういえば結衣は……もう進路とか決めてるのか?」
進学するなら二年生の時点で資料を取り押さえて勉学に励んだりしていることが多いはず。
「あーまだ全然決まってないんだよねぇ、お兄ちゃんなにかある?」
「あるって言われてもなぁ……そういうのは自分で決めるものだろ?」
俺はあんまり人のことを言える立場じゃないけど……。
高校を卒業して進学してお世話になっていた喫茶店で働かさせてもらっていたが、店じまい。今は一応Vという活動をしているが、他の人から見たら無職と思われても仕方ないのかもしれない。今でこそアーティストとして活動している人もいるが、まだ完全に浸透している訳じゃないしな……。
無職か……。
そう考えると俺って立場的に絶望的なんだな……。他のVの人とかはバイトだったり、正社員だったりそういうのをやりながら兼業している人が多いだろうからな。今度求人でも見てみるか……。
「まあ、まだ時間はあるんだしゆっくり決めて行けばいいんじゃないのか?」
「う、うん……」
とは言えあんまり時間もないのは事実だけど焦らせるのも良くはない。
此処で「しっかりしないと駄目なんじゃないか?」と言ったりしたら余計ない一言でしかないからな……。この後も俺は結衣と母さんと話をしていた。俺は自分のことを聞かれなくて内心良かったと思いつつヒヤヒヤしていた。まさか再会して和解した次の日に自分が今どうしているのか?聞かれて不安になることになるなんてな……。でもまあ、ある意味自分という人間から解放されて今や未来を生きて行くことを考えているっていう意味では悪くないな……。
「お兄ちゃん、お母さんと手繋がなくてもいいの!?」
「なっ!?」
「……繋ぐか竜弥?」
「えっ、えっと……」
あの頃の俺ならきっと迷いなく手を握っていたが、俺は今二十一歳……。
親と手を繋ぐ年齢かと言われればそれは全く違うとしか言いようがない。いや、俺はあのときの出来事を大事だったんだし、もう一度母さんの手を繋ぎたいと気持ちはあったんだから正直になってもいいんだろという狭間に立たされていた。
「い、いいや……もうそういう歳じゃないからさ……!!」
俺が拒むと、母さんは少し落ち込んでいた。
此処で手を握るのは凄く簡単なことだけど、勇気がいることだ。周りの目もあるし、中々出来ることじゃない。母さんには悪いけど仕方ないだろう……。俺は自分の中にいる恥ずかしさを隠しながらも二人の前を歩き始めていた。
「此処か、懐かしいな……」
あるラーメン屋までやって来て俺達は立ち止まっていた。
俺が「懐かしいな」と言ったのには理由があった。そこはあの日、俺が行きたいと言って連れて来てもらったラーメン屋。母さんが俺の言葉を聞いて表情が柔らかくほころばせながらも結衣と一緒にラーメン屋の中へと入って行くのを見てから俺も中へと入って行った。
「いらっしゃい……!!」
中に入ると黒いエプロンが着た四十代ぐらいの店主の人と何人かの店員さんが立っていた。
内装をチラッと見ると一度だけしか来たことがなかったというのにこの店の内装をしっかりと記憶の中に残っていた。厨房には大きな中華鍋が置かれていたり、湯切りのザルなどが置かれていた。それだけ俺にとってこの店というのが特別なものだったんだろう。此処に来るのなら母さんや結衣と一緒が良かったから、自分だけ入ることはあんまりしていなかった。
正直、このお店に入ることはもう二度とないと思っていたからそれだけでもう嬉しくなってしまっていた。ラーメンの匂いに釣られるようにしてテーブル席に俺も座ると、メニュー表を見ると当時と同じ値段のラーメンの価格を見てこのお店の人達も色々と大変だったんだろうなと謎の頷きをしてしまう。
「お兄ちゃん、なに食べるの?」
「俺か……」
メニューを軽く見た後に俺はあのときと同じように醤油ラーメンを頼むことにしていた。
それを聞いて結衣も母さんも同じことを頼むことにしていた。此処のお店は近くのラーメン屋とは違って、醤油ベースを基本としたラーメンが美味なもの。しっかりとした細麺に透き通っていて思わず完食したくなるようなスープ。あのときの俺にはそんな知識は全くなかったが、今ではラーメン屋の知識をかなり備えている為、此処まで詳しくなっていた。
「お兄ちゃんってさぁ……千里さんとはどうなったの?」
「付き合ってる……」
「え?!そうだったの!!?」
結衣がテーブルを叩きそうになっていたが、周りのお客さんがいることを思い出して声だけを大きくしていた。そういえば、結衣は俺が千里と三年も会っていなかったということは知らないのか。琉藍もこの感じだと話しているような感じではないし、本当に必要最低限しか喋らなかったんだな……。聞かせても結衣を傷つけるだけって判断の下だと思うが……。
「それで何処まで進んだ?」
「えっ?か、母さん……?」
母さんがこの話題に喰いついて来るとは全く予想外でもない。
母さんは俺と千里のことを陰ながら応援してくれていたみたいだからこうなるのも無理はないか……。本当に意外だけど……。
「あーえっと……その……」
凄く言いにくい。
悪い意味で言いにくいんじゃなくていい意味で言いにくい。何故なら俺と千里の関係は今付き合ってるという関係だし、キスもしたからこういう話を此処でするべきじゃないだろうけど濁したりしたら結衣が怪しむだろうしなぁ……。
仕方ない、言うか……。
「キスまで行った……」
「本当に!!?」
結衣が今度こそテーブルを叩く……。
周りのお客さんが「なんだなんだ?」と見ていて俺はやっぱり言わなきゃよかったとなっていた。
「そ、そうか……。そこまでいったんだな……」
母さんは母さんでなんかいい話を聞けたってなっているし、この家族惚気話好き過ぎないか……と俺が困惑していると、丼がやって来る。丼の中にはラーメンが見えていて食欲がそそられていた。
「もういいだろ、この話……。それより結衣はそういうの居ないのか?」
「全然居ない」
即答をされて逆に困惑する。
別に妹贔屓をするつもりじゃないけど、普通に可愛いからモテると思っていたんだけど……。
「結衣は自分よりゲームが強い奴じゃないと認めないらしい」
「そう……だったのか」
結衣よりゲームが強い奴なんてそんなに居ない気がするんだけどな……。
俺は箸を母さんから受け取りながらも箸でラーメンを掴む。湯気の立ちあがる丼を前にして、箸を取る。スープの色合いは先ほども言った通り、透き通っている。レンゲで一口すくい、まずはスープを口に含む。醤油の香ばしさとともに、出汁の深い旨味が広がる。鰹節だろうか?ほんのりと感じる風味が心地よく感じていると、目の前でスマホでラーメンを撮っている結衣が目に入りながらも箸で麺を持ち上げる。一気に啜り込むと、もちっとした食感とスープが絶妙に絡み合う。喉を通り抜ける瞬間の滑らかさがたまらない。
「お兄ちゃんってラーメン食べているとき、本当に嬉しそうだよねぇ」
「ラーメンは最高だからな……。それに……」
「それに……?」
「母さんたちと一緒に食べるラーメンはもっと最高だから」
こうしてまた母さんたちと一緒にラーメンを食べに行ける日が来るなんて、と俺は感情深くなっていると瞼から涙が溢れているのに気づいて俺は服で涙を拭いていると、母さんの表情が緩んでいた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん!お母さん三人でまた食べに行こうよ!!」
「また……?」
結衣の言葉に対して反応を示す母さん。
「母さん駄目かな?」
母さんは手に持っていた箸を丼ぶりの上に置いて天井を見上げている。
やっぱり駄目か、と結衣が少し落ち込んでいると母さんが結衣の頭を撫でながらもこう答える。
「構わない、また三人で食べに行こう」
口約束ではあるけど、今度は嘘じゃないとはっきりと分かる。
いつも母さんの目にあった何処かただなんとなくそれらしいことを言えば解決できるという目ではなく、しっかりとした目で言ってくれていて俺は安心している自分がいた。
「ご馳走様でした……!」
ラーメンを食べ終えた俺達は支払いを済ませてから店を出る前にそう言っていた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんたち何処か出かけて行こうよ!!」
「そうだな……じゃあショッピングモールでもちょっと寄ってみるか?竜弥、欲しいものあるか?」
「ん?ああ、まああるにはあるけど……」
服とか少し足りなくなってきたし、買い足すには丁度いい機会かもしれない……。
「じゃあ買いに行こうよ!!」
結衣は先に歩き出して、俺と母さんはその後を追いかけようとしたとき、俺は母さんに気づけばそっと手を差し出していた。母さんはしっかりと握ってくれていると、あの日の感覚を思い出していた。不思議と恥ずかしいと気持ちはなく、不思議と心が暖かくなっている自分を見て……。
母さんと仲直り出来て良かった……。