傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「その答えならもう決めている。俺は俺として……。あいつとして俺は前に進んで行くと決めた。これからどんな地獄が待っていようと、これからどんなに出口がない迷宮を彷徨うことになろうとも俺は諦めらたりしない。それが……」
「俺自身と向き合うってことだからだ」
この言葉を何度言ってきただろうか……。
いい加減自分に言い聞かせているみたいになってきたところがあるような気がしてならないけど言葉にするということはとても重要なことだ。しかも、今の場合は俺は楓に試されている。俺が変わったのかどうかを……。
「なるほど、貴方はもう既に己の道を決めたということでしたか。ならば私からはこの言葉を送らせていただきます」
「貴方ならきっと出来ますよ、樫川竜弥……」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「それは勿論貴方の瞳がそれを証明しているからですよ。かつての貴方は何処か自分という人間から目を背け、現実逃避していた。自分にはその資格はないとか、自分は復讐をしたいだけだとかそういう目をしていました。しかし、今は違う。今の貴方は真っ直ぐに純粋な目を宝石のように輝かせている。私はそういう貴方の瞳をいいと思いますよ?」
「……ありがとうな。まさか年下にそこまで言われるとは思わなかったけど、どうしてそんなことまで分かるんだ?」
「私は将来占い師を目指しているとでも言っておきましょうか」
なるほど、どおりで人を見透かすことが出来るのは納得……なのかもしれない。
「なるほどな、でもまあ占い師が人が苦しんでる姿を見て愉悦に浸るのはどうなのかと思うぞ楓」
「ふふっ、肝に銘じておきますが私はあくまで愉悦に感じるのは相手を驚かすということにおいてのこと。苦しんでいる姿を見たいなどと悪趣味でしかありません」
「苦いお茶を手に取ってそれを他人に飲ませようとしているのを聞いてたから尚更その言葉が嘘ではないことを思いたいな」
「ええ、嘘ではありませんよ。嘘では」
含みを混ぜた言い方をしながらも彼女は意味ありげに笑っていた。彼女の実験材料みたいに扱われる子がどのような状態になるのか不安はあるが楓も何もやり過ぎるようなことはしないはずだ。
「そういえば樫川竜弥、澤原瑛太ともう話をなされたのですか?」
「いや、まだだ……。でも明日辺りにはあの人と俺はちゃんと話をしてみたいと思う」
「それはとても良いことですね。あのお方は貴方のことをあの後も気にかけておりました、いい結果を期待しております」
「ああ、期待していてくれ」
あの人は俺が手を払いのけて尚、俺のことを気にしてくれていた。
殺されかけ復讐したいという気持ち。虐待を受けたことがあるあの人なら分かってくれるはずだと多少は思っていたからこそ俺はあのとき手を払いのけてしまったが今度はその手を掴む。俺とあの人は同じ痛みを共有できる人間なのだから。
「では樫川竜弥、これにて失礼致しますね。ご武運を……」
「ああ……」
楓が激苦お茶をレジの方へと持ち込みながらも去っていくのを見送った後に俺は母さんが何処に行ったのかを確認してから母さんがいる方向へと向かった。
「この家に帰ってくるのも三年振りだな……」
久々に帰ってきた家……。
俺たちの家は俺が高校生のときに少し広めな家へと引っ越している。当時の母さん曰く俺達に自分の部屋を持たせたかったらしい。結衣はそれが嬉しかったのか自分の部屋を貰えたことが喜んでいたのを今でも覚えている。
「お兄ちゃん、しらたき食べてくれるよね?」
「駄目だろ結衣、好き嫌いしたら」
「お兄ちゃんだって怖いの無理なのに自分はいいんだ?」
それを言われたら何も言い返すことができなくなってしまう。実際、他人にはとやかく言うのに自分のときだけ「あーあれだ」みたいな反応を取るのは確かにダメだ。俺が今後ホラーを克服できるかは分からんが……。
「それを言われたら否定はできないけど、子供の内に苦手なものを克服しておけば将来きっと役に立つことだってあるんだぞ」
「怖いの無理なお兄ちゃんに言われてもなー、説得力ないんだよな」
「結衣、竜弥の言うとおりだ。好き嫌いは……「チョコミント苦手なお母さんにも言われたくないなー」」
自分の嫌いなものの話題を出された母さんは黙り込んでしまう。
「はい、二人共負けねー。私はこれまで通りしらたきは嫌いなままっと!!」
何処となく香織に似ているようなその物言い。俺は思わず笑みを溢していると、結衣が少し不服そうな表情をしていたがすぐに切り替えている様子だった。
こうして家族全員が揃ってご飯を食べるという機会が訪れることになった。俺はそれが本当に嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。きっと少し前の俺だったらこんな光景一ミリも信じていなかっただろうけど、俺はその光景を掴み取ることができたんだ。
「結衣、ほらよそってやるから貸してみろよ」
「じゃあお兄ちゃん、お願いねって……あー!!しらたき入れないでってば!!」
「いいだろう結衣、ほら母さんも……!!」
「あ、ああ、頼む竜弥……」
家族団欒の日々はこれからもきっと続いていくんだろう。
◆
「樫川竜弥、久しぶりだな……」
「そうですね澤原さん……」
俺は母さん達との一日を終え、次の日……。
事務所に来ていた。事務所でコーヒーを飲んでいた澤原さんは俺が此処にやってきた時点で身を引き締めているのが伝わっていた。
「まず一つだけ澤原さん俺は貴方に謝らなければならないことがあります」
俺はあのとき澤原さんを手を払いのけた。同じ痛みを持つ者同士、理解し合えると思っていたからこそ理解できなかったんだ。精神的に追い詰められて嫌になってしまう日々の方が多かったのに何故と……。でも、そのことは澤原さんも言っていた。
「俺は母さんと仲直りすることができました。これからは家族らしいことをしていこうときっと母さんも思っているはずです。澤原さん、言ってましたよね。愛していたからだって……。それはきっと俺にもあったんだと思います」
「母さんと会うって決めて実際に会うまでの間に俺は自分の中で母さんから貰っていたものに触れることが出来たんです。自分を見つめ直すって奴……ですかね。だから、俺は一方的じゃなくて母さんのことをちゃんと知りたいんだと……。昨日だって家に帰って妹と母さんと一緒に鍋を食べたりして話をしたりしていました」
「多分、これが家族らしいってことなんじゃないかって俺は思うんです。だから、俺はこれからもその気持ちを大切にしていきたいんです」
母さんだけじゃない。これからはちゃんと結衣とも向き合う。
本当は結衣のことをただ守られることしかできない奴だと俺はずっと認識していた。兄なんだから守ってあげなくちゃいけないという気持ちの反面、結衣といるということ自体もストレスそのものになっていたんだ。だから、ゆいにしても母さんにしても二人に対する償いでもある。何も知ろうとしないで否定ばかりしてしまった、守ってればそれでいいと言い聞かせていた自分とはもうおさらばする。
「そうか、強くなったんだな竜弥……」
「貴方のおかげですよ澤原さん……。俺に母親に対する愛がなかったわけではないと気づかされてくれたのは貴方なんですよ」
「そうか、なら俺はほんの少しでも竜弥を救うことが出来たんだな。俺はあのときお前に言葉なんて届いてないと決めつけていたがちゃんと届いてたんだな」
澤原さんは感傷深くなりながらも笑顔でいる。
その表情はまるで太陽に明るく優しい笑顔そのものだった。
「ええ、貴方は俺にとってヒーローみたいなもんですよ」
「ヒーローか、そうか俺がヒーローか……。なら竜弥、もう一度俺は聞きたい」
「俺と友達になってくれ、竜弥」
「ああ……!!瑛太……!!!」