傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
僕は……あの日のことを今でも覚えている。
ただの紙切れなんていう人もいるのかもしれない。それでも僕にとってその紙切れは何よりも代え難いものであり、どんなものよりも価値があるものだった。優勝トロフィーだとか、優勝商品だとかそんなものよりも価値がある。僕にはそう見えていた。
何故なら、その紙切れは僕にとって一番大切な人のサインが込められているから……。
その人と僕の出会いは偶然でしかなかった。
偶々あの人を見習って僕もラーメン屋に通い続けて昼に三軒。はっきり言って胃もたれを起こしそうになりながらも僕はスープまで飲み干してお店で支払いを済ませて店を出たとき、あまりの食べ過ぎで僕はラーメン屋の外で壁に手を添えながらも食べたものを戻しそうになっていた。周りの人はきっとなんだあいつみたいな感じで見ていたに違いない。そういう恥ずかしさも感じながらも僕は口元を押さえながらも戻しそうになっている自分をどうにかして抑えようとしていると、僕の横から誰かが話しかけて来ていた。もしかして、ラーメン屋の前で吐きそうになっているのがバレて変な因縁でも付けられるのかもしれないと判断した僕は急いで逃げようとしたが、手を掴まれてしまう。
「おい、大丈夫か?」
僕の手を掴んで話しかけて来ていたのは茶髪の少し短めな髪型をしている男性が一人……。そしてその後ろには茶髪でポニーテールの女性がもう一人立っていた。二人共、僕のことを心配してくれているようでどうやら僕のことをボコしに来た訳ではないというのはすぐに分かり、一安心してから僕は「は、はい、大丈夫です」と答えていたが、僕は正直全然大丈夫じゃなかった。今すぐ此処でラーメンを吐いていいというのなら僕は今すぐ此処で吐きたくて仕方ないほどだったからだ。
吐き気を我慢しながらも僕は二人に連れられるようにしてすぐ近くの公園へとやって来ていた。公園では今の時代では珍しく子供が遊具で遊んでいたり、追いかけっこをしたり遊んでいる姿を見て今度はこんな場所で吐けないという感情になっていると、男性の方が僕に水が入ったペットボトルを持って来てくれていた。僕はそれを「ありがとうございます」と言いながらも一気に飲み干す。目線の先にあるペットボトルは僕が力いっぱい飲んだことにより形が歪になっている。大体、半分ぐらい飲んだところで僕は「ぷっはぁ……!!」と言いながらもペットボトルを口から外して、キャップを閉める。息を整えてから、僕はお礼を言う。
「すいません、見ず知らずの僕を助けてくれてありがとうございました!!」
「あーいや、俺は何もしてないし……。お礼なら水買ってきてくれた千里の方に言ってくれ」
「アタシも別になにもしてないよ」
「そ、それで二人のおかげでこうして自分は今息を吹き返すことが出来たので何かをお礼をさせてください!!お願いします!!」
少し大げさな言い方をしながらも僕は二人に頭を下げて頼み込むことにしていた。
「どうする竜弥?」
「どうするって言われてもなぁ……。別に礼をしたくて様子を見てやった訳でもないしな。……名前聞いてもいいか?」
「は、はい……!!僕は本条恭平と申します!!この度は助けていただきありがとうございます!!」
一旦顔を上げて自己紹介をしていると、女性……千里と呼ばれていた方の女性がゆっくりと微笑んでいるのが見えて、もう一人の男性の方は「どうすっかなぁ」と言った後に僕の自己紹介を聞いていた。
「恭平か、俺は樫川竜弥……。こっちにいるのは綾川千里だ」
樫川竜弥……。そう、僕とあの人が初めて会って話したのはこの公園だった。
食べ過ぎで戻しそうになったところを話しかけられたというのはなんとも恥ずかしい経験だったけど、この人に此処で会えたのは本当に偶然でしかなかった。そして、僕はこのとき全くと言っていいほど目の前にいる人がゲーム実況者『坦々』であるということには気づかなかった。それも当然だ、坦々は今まで顔出しをしたことは一回もなかったから。視聴者が勝手に心もイケメンだから絶対に外見もイケメンだよねと言っているのを耳がたんこぶになるぐらい聞いたことはあったけど、本人は顔出しするつもりはないと断言していたし知る訳がなかった。
そして綾川千里さん。
僕はこの人とはあまり関わりはないけど、千里さんや香織さん、恵梨さんの話があったから僕はファンレターのことをちゃんと聞くことが出来た。千里さんには凄く感謝しているし、二人のVの配信を見ている限り本当に仲がいいというのはよく分かっているつもりだ。
「それでさっきのお礼なんだが、やっぱり別に俺達はいいよ。困っていそうだからただ助けただけしな……」
「そ、そんな……!!あーじゃあえっと、ゲームってよくやりますか!?」
「ゲーム?まあ、やるにはやるが……」
「実はちょっと今詰まっているところがありまして……」
僕は竜弥さんがこのときゲームに詳しいなんてことは全く知らなかったけど、それでもゲームをやるか聞いてみることにした。このまま竜弥さんが僕に遠慮ばかりして借りを返さなくていいと言われないようにする為にも逆に僕がゲームのことを聞いてみることにしたんだ。
「このゲームって知っていますか?」
「ああ、そのゲームのことなら知っているぞ。最近流行ってる一人用のロボットゲームだろ」
「はい、そうなんです!!初見殺しと言われる要素が多くてチュートリアルでまず詰む人が多いとも言われているあのゲームです!!」
そう、このゲームは完全一人用のロボットゲーム。
つい数年前ようやく新作が出たことにより、此処最近また最新作が出たことにより一躍有名になった。前作で言われていたチュートリアルのボスキャラが強いというのは全く変わらず、まずそこを突破できるかが鍵になるゲームとなる。まあ、突破出来たところで次も勝てるとか言われたら凄く微妙なところだけど……。とはいえ、今作前作に比べれば比較的簡単な方だ。
僕は竜弥さんに今自分が使っているロボットの装備を見せる。
「あーこれならそうだな……」
竜弥さんが腕を組みながらも少し考えていると、千里さんが再び微笑みながらも竜弥さんにこう言っていた。
「アタシ、ちょっと近くの雑貨屋行ってくるね竜弥」
竜弥さんは軽く返事をすると、千里さんは近くにある雑貨屋の方へと公園を出て歩き出していた。どうやら僕と竜弥さんの邪魔をあんまりしちゃいけないと気を遣ってくれていたようだ。心の中でお礼を言いながらも僕は竜弥さんの方の反応を待っていた。
「それで恭平、このゲームが前作に比べたら比較的簡単って言うのは聞いたことあるよな?」
「はい、それは勿論聞いたことがあります!」
「ということはだ。今までの経験を活かして……。じゃあ
竜弥さんは僕に直接アドバイスするのではなく、これにはこれが有効だからどうすればいい?という間接的なアドバイスをしていた。まるで、そのアドバイスの方法はゲームのことで助言を貰って質問に答えている坦々さんにも見えていた僕はパーツを変えてボスを挑むと、結果が出る前にボスの体力ゲージと呼べるものがかなり削られているのが目に見えて分かっていたが、此処でボスが大胆な行動に出てくる。それは全方位からのミサイル攻撃、こんなものが避けられる訳がないと判断して僕はダメージを受けることを選ぼうとしたときだった。ある場所が空いていることに気づく、それは右下の位置が攻撃範囲内に定められていなかったのだ。所謂、安置とも言えるべき場所だろうか。僕は急いでその場所へと移動すると、敵の攻撃が当たることはなかった。それから続けるようにして敵の体力を削っているうちに……。
「本当だ!!このパーツを付け足したらボスを倒せた!?」
僕が大喜びをしながらもガッツポーズを決めていると、敵のボスを倒すことに成功してクリア画面が表示されている。
「あ、あの……本当にありがとうございました!!貴方のことを見ていると、なんか凄い不思議と尊敬している人のことを思い出しました!!」
「尊敬している人?」
「はい、ゲーム実況者の坦々さんって言う方なんですけど。坦々さんは本当に凄いんです。ゲームが上手くて優しくて僕と同じ学生なのに本当にしっかりしていて……!!ホラゲーが苦手で美少女ゲーに対する免疫全くない人ですけどそれも見ていて面白いんです!!」
「……そうか」
竜弥さんの言葉は短いものだったが、あの人の表情は緩んでいて僕に対して笑顔を向けてくれているような気がしていた。このときの僕にはどうして竜弥さんが笑っているのかは理解できなかったけど、それはすぐに理解することになる。
「好きなのか?そのゲーム実況者」
「はい、凄く尊敬しています!!」
「そうか……。そいつもそう言われて嬉しいだろうな……恭平。なんかノートの切れ端か何か持ってないか?」
「え?は、はい……!!」
僕は偶々持って来ていたノートの一ページを切り取って、それを竜弥さんに渡す。
いったい、何に使うだろうかと感じながらも僕は待っていると竜弥さんは「悪い」と言いながらも受け取ったのを見てから僕はスマホの方を確認すると、そこにはもう既に18時と表示されており、僕は帰ることにしようと竜弥さんに声を掛けようとしたときだった。
「帰るのか?忘れ物してるぞ?」
「え?は、はい!!ありがとうございます!!」
僕が忘れそうになっていた荷物を見てそれを手に取って竜弥さんが渡してくれたのと同時に竜弥さんは僕のバッグの中に何かを忍ばせようとしていたような気がして帰る前に僕はそれを確認する。
「……!!?ありがとうございます!!絶対大事にします!!」
バッグの中から忍ばせたものを確認すると、そこにはゲーム実況者『坦々』としてサインが書かれていて僕は竜弥さんが、あの人だということを瞬時に理解していた。俺はそれが嬉しくてたまらず、両手を大きく広げながらも竜弥さんに手を振り続けていると、竜弥さんは「頑張れよ」と言いながらも竜弥さんは軽くだけど手を振ってくれていた。
「やばいやばい、どうしようあの人からサイン貰っちゃったよ……!!」
その日の僕は眠ることが出来なかった。
抑えきれない興奮と共に額物に入れたサインと一緒に添い遂げてやろうかと意味の分からない行動に出そうになっていた。きっと此処に両親がいたら僕のことを変な奴で見ていたに違いないだろう。
「これからもっともっと……頑張らなくちゃな……」
このサインが僕にとって大きな夢を掲げる為の応援の一つになっていたのは間違いなかった。
「竜弥さん……?」
重い瞼を微妙に開けつつも全然知らない天井と共に起きた先には微かに見えている竜弥さんの姿があった。
「起きたか恭平……」