傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「竜弥、さっきはごめん。恭平に言い過ぎて……」
「少し言い方が厳しいとは思っていたけど、それでも恵梨が言っていたことは正しかっただろ」
「うん……恭平には私みたいな思いを背負って欲しくなかったから……」
私はみんなのことを今まで傷つけてしまっていた。
その典型的な悪い例が千里が声を失った後のメインボーカルとなった私存在そのものだ。私は千里の居場所を守りたかったなんて豪語していた。千里の居場所を潰されたくなかったのは間違いなかったけど、それ以上に私は自分が此処に居ていいだと思えるようになっていたこの居場所だけは守りたかったからこそ私は周りの手を振り払って泥沼の道を進もうとしていた。そんな道を救い出してくれたのが竜弥や千里だった……。
「例え、泥だらけの道に進んでも誰かが手を差し伸べてくれれば助かる道もある。ただそれをフラ払ってしまうときもきっとある。それでも手を差し伸べてくれた仲間が助けてくれることもあるけど、そこから這い上がってまた始めて行くのは難しいことだから」
間違ったら誰かが支えればいい。
そんな物語のようなことが起きればきっと素敵だ。初めて立つことが出来た赤ん坊が親の手を小さな手で握り締めながらもよちよち歩きをして初めて独りの人間として生きていけるようになるのと一緒で……。
「それは俺もよく分かっているつもりだよ恵梨……」
竜弥も同じことを体験してきた人間だからこそ私の言っていることは理解を示してくれていた。私は竜弥には言っていなかったけど、こうも思っている。一人で泥沼の道を進むことなんて困難なこと。仲間という存在がいれば、話は変わって来ると……。さっき言った赤ん坊の話が良い例だ。誰かの手を借りて最初の内は歩けるようになり、次第に一人で歩いていけるようにもなる。そんなふうに私をしてくれたのは紛れもなく竜弥や千里達だということを胸の中に忍ばせていた。
「竜弥、スマホ鳴ってるよ?」
「ん?ああ、誰……」
スマホを持ったまま竜弥の手が止まっている。
顔を見ると冷や汗を掻いている。どうしたんだろうと思って竜弥の反応を待っていると……。
「俺今日夜からシフト入ってたの忘れてた……」
「電話、琉藍でしょ?だったら、事情説明すればいいんじゃない?」
「ああ、まあ……それもそうか……もしもし俺なんだが琉藍その……」
「まさかリューが仕事をサボるなんてねー」
◆
俺はあの後、急いで楽器屋に戻った。
事情を説明すると琉藍はそれを把握してくれたようで俺を揶揄うのをやめて「あーごめんごめん」と言っていたのが聞こえていたがその後「じゃあ今日は休みでいいよー」と言われたが、何の連絡もしていなかった為、それはちょっとと思い俺は少しの間だけでもと思い、俺は今こうして仕事をしている。
「リューは真面目だねぇ、そのまま休んじゃえばよかったのにさぁ……」
「連絡も入れてないのに休む訳にもいかないだろ」
「そういうところが真面目だよねぇ」
琉藍はレジの前で足を後ろにバタバタとさせながらも動かしている。
忙しい時間帯はとっくに過ぎている為、暇でしょうがないんだろうな……。千里は俺と一緒に店に来ていた恵梨の接客をしている。アンプを見ているようで千里と少し話している声が聞こえてきている。二人の会話をBGMにしながらも俺は二人の会話の内容が徐々に耳で捉え始める。クリーントーンがどうだとか、ディストーションがどうだとか、そんな話声が聞こえてくる。専門的な言葉が飛び交う中、俺は時折二人がお互いに小さく笑い合う声が聞こえていた。話している内容を正確に理解している訳じゃない。俺は専門的な用語なんてものは全く分からないが、それでもクリーンだとかディストーションなんて言葉が何を意味をするのは頭の中で思い浮かんでいた。
「リュー、楽しそうだねぇ」
「ん?まあ、あの二人が楽しそうにああやって会話をしているところを見れるってのは俺も嬉しいからな……」
「それは私も分かるかなー」
二人の会話を盗み聞きしているという状況はあんまりよくないが、それでも二人の会話が楽しそうだと言うことは充分に伝わっていた。ただ、特定のモデルのアンプの名前を挙げたりし始めた為、俺には何の話なのか全く分からなくなってきていたが千里や恵梨の熱意が込められた声や、時折「そうそう、それ!!」と嬉しそうに頷き合う様子から、ただの機材談義というよりも何かもっと深い情熱に根ざした会話であることを感じ取っていた。
「リュー、これあげる」
「これは……?」
「まあ簡単に言えば音楽入門みたいな本かなー?本当に初心者向けって感じだけどさぁ、多分音楽のこと全く知らないよりも千里とか恵梨達の言っていることは分かるようになるだろうし、読んでみるのも悪くないんじゃないかなー?ってさ」
千里達の話が手の届かない世界の話になってきているという俺の感情に気づいたのかレジの下から琉藍は少し厚めの本を取り出して俺に差し出していた。
「ありがとうな、琉藍」
「うん、じゃあという訳でお金」
「ああ、ちょっと待っ「ああ、冗談だって冗談。お金要らないからあげる。どうせその内廃棄する予定の本だったしさぁ」」
いつも通り琉藍は「にへへっ」と悪戯に笑いながらも俺に本を手渡ししようとしていた。お金と言われたとき、あーそりゃあ当たり前だよなと思いながらも俺は財布を取りに更衣室に行こうとしていたが、彼女の性格的にそれは揶揄っているといたんだろうな……。相変わらずの琉藍を見ながらも俺は本を受け取りつつ「ありがとうな」と言うと、「いいっていいって」と言葉を返してくれていた。
琉藍から受け取った本の表紙を見るとそこには確かに「音楽入門者向け」と書かれている本があた。手に持った感じは自分が思っていたよりは分厚く重く感じていた。これは中々に重要なことが書いてそうだと楽しみにしていると恵梨が買うものを決めたのか、琉藍がいるレジの方へと向かって来ていた。
俺は恵梨がレジにやって来たのを確認して少しレジの方から離れていると、今度はレジの方で恵梨と琉藍の会話が聞こえていた。恵梨がアンプとエフェクターを買うようで話をしていた。琉藍は恵梨のことを揶揄いながらも話をしていたようだったが、それに対して恵梨は淡々と返しているのを見ていつも通りの二人を見れて俺はなんかこういうのも悪くないと感じていた。
「手伝うか恵梨?」
アンプを運ぼうとしている恵梨に俺は声を掛ける。
「大丈夫、これぐらないなんてことないから」
「エリー、アンプマジで手に持って車に積み込むつもりなのー?腰ぶっ壊すよ?幾ら怪力自慢のエリーでも流石にやめた方がいいんじゃない?」
「怪力自慢なんて自称したつもりない……。これぐらいなら全然持って行けるし」
琉藍はそれでも「えー?やめといた方がいいよー」と恵梨のことを止めようとしていたが、恵梨は止まろうとしない。千里も彼女のことを止めようとしているが、止まらない。恵梨は正直かなり力はある方だから大丈夫だろうと思ってしまっている自分がいると、お店の外に誰かが立っていることに気づいて俺は少し注目して見ていると、そのお客さんが中へと入って来る。
「いらっしゃいま……亜都沙!?」
楽器屋『月見里』の中へと来店してきたのは薄茶色の長い髪の女性が来店してきたのを見て、俺はもう一度その女性の方を見ると俺が知っている神崎 亜都沙だとすぐに気づいてもう一度見る。
「此処が竜弥が働いてる店であってるんかいなー?」