傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
試合が始まってからもう既に一分半が経過していた。
コメント欄が熱気に包まれている。観戦モニターに映るプレイヤーたちの動きに目を走らせながらも、私はマイクに声を乗せて実況を続ける。
「現在、一位は青空奏多ですが、まだロウガやサユが勝ってもおかしくない状況です!!」
でも、その瞬間だった。
ロウガの動きが、明らかに変わっていた。
「……もしかして?」
モニター越しに見ているはずなのに、彼の空気がガラリと変わっているのが私にはひしひしと伝わっていた。普段の彼ならば、慎重で安全な選択を重ねるプレイスタイルなはず。ロウガはそう言う奴だと言うことを私は知っている。「守りに徹するタイプ」。そういう奴だというと思っていたし、実際そうだったはずだったけど今のロウガは違う。
「ロウガ選手、此処で遮蔽物を捨てて前に出……え?」
無意識に声が上ずっていた。いつものロウガなら、此処で攻めるなんて選択を選ばない。だが、画面に映る彼の動きには迷いが一切ない。敵の位置を完璧に予測して、意表を突くように横移動しながら射撃を仕掛けている。結果、奏多君は対応しきれず、わずか数秒で撃破されていた。
「これは……すごい! 今の動き、完全に狙ってましたね!」
「そ、そうだね」
マナの声が聞こえている。
ロウガはいつからこんな動きを……?いや、それ以上にどうして私はこれまで気づけなかったんだろうか。彼が次の敵、サユへと狙いを定めていたが、上の高台からは復活して高所を確保できた奏多君が今か今かと待ち兼ねている状況になっている。一対一対一というこの状況。スナイパーからも狙われているこの状況は普通、距離を取って有利な位置を撮るの常套手段だが、彼は全くそれをしない。あえてサユに接近し、早期決着へと踏み込もうとしていた。その結果、ロウガはサユに撃ち勝つことが出来ていたが、上には奏多君がいる危機的なことには変わらなかったが……。
「嘘でしょ……」
恐らく奏多君はすぐ近くにサユがリスポーンしてくると予想して高台から逃げようとしたが、一を把握していたロウガによって爆撃を開始されてしまい倒されてしまう。素早い判断力による爆撃、素早い位置把握。連戦で此処まで出来るのは流石としか言いようがない。自分だったらきっと慌てていたよ。もしかして、いや……もうこれってそういうことだよね。
「覚醒……したんだね
これまでの彼とは明らかに違うということを本能的に察知していた。ロウガはもうあのとき以上の実力を発揮してみせているんだ……。そして、その覚醒にいち早く気づいていたのはきっと……ガチファン君だ。
◆
此処までの戦い、俺は自分にいい試合だったと言い聞かせていたがそれで本当にいいんだろうか?と疑問ばかり残り続けていた。確かに俺は今までの戦い、悔いが残らないように戦ってみせていた。いや、こんなものは言い訳でしかない。
特に俺は一戦目のチャンバラ……。
あれは本当に悔しくて仕方なかった。あの第一戦目、俺は一勝することも出来なかった。自分の中で攻撃しろ、防御しろ。頭の中で計算して考えて行動しようとしているのにそれを行動に移すことが全くできなかったんだ。それが何故かと言われたら、きっと俺は自分が防戦一方に追い込まれているという立場に焦りを覚え過ぎてしまっていたんだ。昔の俺ならきっとこうはしなかっただろう。
そして、第二戦目はパズルゲーム。
この手のパズルゲームは簡単だと思われがちだが、実際はかなり複雑だ。ブロックを何処に置くのかとで色々と頭を使ったりするのだが、俺自体はそういうのは嫌いじゃなくて結構無難に進んでいたがまさか奏多が覚醒するとは想像もしていなかった。俺はあいつが謎解きだったり頭を使うゲームが得意じゃないのを知っていたからこのゲームで勝利するのは不可能だと踏んでいたが、実際はそんんことはなかったんだ。
今行われているのが第三戦目……。
ゲーム内容はFPSでデスマッチ……。第二戦目から絶好調な奏多が一位となっていて今大暴れしている状況が続いている。そんな状況の中、俺はまたこう愚痴を溢してしまう。せめてあのときぐらいの実力があれば他の二人に喰らいつくことが出来たかもしれない……。と弱気になっていた自分だが、俺はそんな自分に対して嫌気が差し始めて来ていた。
「いい加減にしろよ……」
マイクを切って自分の頭を机に強く打ち付ける。
いつまで昔の自分だったらこうしないとかふざけたこと言っているつもりなんだ俺は……。今こうやって言い訳している自分を奏多に……恭平に見せることなんて出来るのか?いや、これも自分言い聞かせる為の言い訳に過ぎねえ。
「本当は俺も気づいてんだろ、俺が今何を欲しているのか……」
神無月ロウガという人間を何を欲しているのか、樫川竜弥という人間が今何を欲しているのか……。そんなことは聞かずとも分かることだったが、俺は口にすることでそれを実行させるだけの力を手に入れようとしていた。
「俺が今欲しているのは……勝つことだ……」
俺は勝ちたい、俺達は勝ちたい。
本条恭平を……青空奏多を……。浜羽サユを……神木坂紀帆に打ち勝ちたい。俺はあいつらに勝ちたい。今のままじゃどうやっても俺は勝つことは出来ない。そして、俺が今すべきことは言い訳とか後悔とかそんなもんじゃない。
今俺にとって一番大事なのは……。
「勝利だ……!!」
紀帆……。
お前が俺にゲームの楽しさを改めて再確認させてくれて本当に良かった。あのとき、ほんの一部だが俺の中に眠っていたものが目覚めようとしてたいたんだろうから。そして、香織……。今回の企画を立ち上げてくれてありがとう、俺はようやく目を覚ますことが出来た……!!
試合時間はもう半分を切っていた。
スコアボードを見れば一位は変わらず奏多となっていた。此処から逆転をするには俺が四キルしなくちゃいけない。意外と楽勝そうに聞こえるが、追いつこうにも上二人が実力を拮抗し過ぎていて一位になったとしてもすぐに追いつかれる可能性が高いだろう。だったら、此処からは作戦を変更するまでだ。今までは守りに徹していたけど、此処からは攻めへと変更する。
研ぎ澄まされた神経の下で俺は思考が駆け巡る。
遮蔽物に隠れながらも、耳をつんざく銃声と足音を感じ取る。敵は一人。この状況なら、普通なら距離を取って攻撃をするの基本中の基本だ。遮蔽物もある。だけど──、今の俺にはそんな選択肢はなかった。いや、違う。選ばなかったんだ。
不自然なほど呼吸が落ち着いている。
さっきまで一位を取りたいという欲望を抑えつけていることが出来ているようだ。視界の端まで鮮明で、頭の中は驚くほど計算でも廻っている。
「……行ける」
胸の奥で何かが囁くような感覚。言葉にはできない、でも確かな確信だ。
遮蔽物から体を出し、わずかに顔を覗かせた。敵がこちらを注視しているのが見える。迷いなく飛び出して、横移動しながらも射撃を開始する。普通なら此処で遮蔽物を使っての攻撃方法をした方が圧倒的に被弾率も減るからいいに決まっているが、俺はそうしなかった。此処で日和って特攻という選択を取らなければキル数を一つでも多く取ることは出来ない。
たらればの話ではあるが、サユが漁夫の利をしてくる可能性だって充分にあったからこそ、俺はとっとと奏多との勝負を急いだ。
「まずは一キル……」
奏多のエイムは俺に追いついてなかった。動きが遅い?
いや、違う。俺のエイムと反応速度が速かったんだ。体力を見ると、あまり削れていないことに一安心しているとすぐにサユがやって来る。どうやら漁夫の利をしてくるほど近くには居なかったようで俺と奏多の戦闘が終わった後にこの遮蔽物が一番多い場所に来たようだったが、俺は此処で精神を研ぎ澄ませる。
奏多は此処まで順調だった。
圧倒的とまでは言えないが、それでも差をつけて一位を取るほど。そんな奏多が一キルされたとはいえ今までの俺の動きと明らかに違うということは気づいているはずだ。俺のことを熟知していることもあるし、俺のファンでもあるからだ。
だったら、あいつは遠い場所から俺の動きを観察し始めるはずだ。
となると、場所は高台のはず。俺はサユとの撃ち合いに打ち勝つことが出来たのと同時に、高台の方からと思われる場所から狙撃されていることに気づいてすぐに回避をして、俺は奏多が居る場所から近くの場所に爆撃を要請すると、再び一キルが加算されることになった。
今現在、キル数トップは奏多……。
そして、奏多を抜かす為に必要なキル数は残り三……。
「来たかサユ……!!」
再びサユと交戦状態に入る……。
サユの射撃ははっきり言って無駄がない。リロードきっかりで遮蔽物に隠れたりする。攻撃の合図と共に手榴弾を投げて来るのはサユだと分かりやすいが、それでも牽制として手榴弾を使ってくるのは俺としても攻撃し辛い。その為、攻撃に出遅れることもあるが今回は違った。瞬時に爆弾が投げられる音を感じ取って、俺は遮蔽物を使ってその爆弾から逃げてそのまま先ほどと同じようにという訳ではなく、今度は回り込んでサユの射線から離れて後ろから撃ち抜いてみせていた。
無論、多少の手傷を負わされたがそれでもまだなんとかなるレベルではあった。
そしてそれに続くようにして奏多が俺の方へとやって来ていた。
「アサルトに戻したか……」
万が一にも凸砂を考慮していたが、どうやら慣れ親しんだ武器で来たらしい。
因みに凸砂というのは狙撃銃をショットガンに使うという戦法だ。命が軽いFPSだからこそ出来るとも言えるが、今回の場合キル数で一位を決めるということもあって恐らく奏多は使わなかったんだろう。まあ、最もゲームによってはほぼ自殺行為になる可能性もあるが……。
「悪いな、奏多……!」
奏多との差まで後一キル。
此処でサユと奏多を鉢合わせにしたらダメだと考えていた俺だったが、すぐにその予感は当たることになる。銃声が耳に響いている。どうやら、奏多とサユが交戦を始めたようだ。此処で奏多が勝てば更にニキルが必要になってくる。サユが勝った場合は……。
いや、もうもしもの話はいらない……。
俺がどっちも倒す……!!!
「俺が総合優勝を勝ち取ってやるからな……!!」
勝利への貪欲な姿勢とかそういうものはどうでもいい。
俺が目指すのはこの一勝だけじゃない。俺が欲するのは総合優勝だけだ。こんなところで敗北するつもりはねえ……!!
「よし……!」
最後の最後の意地だろうか、サユが奏多を極限まで体力を減らしてくれていたおかげで俺は奏多を手早く処理することが出来た。続いて、サユとの一騎打ちとなったのだが、これがかなりの死闘になった。
工場の中央は遮蔽物が少なく、実力だけが物を言う場所となっているが、ない訳ではない。
サユは遮蔽物に隠れるようにして、息を潜めている。俺の方は先ほどサユに削られた体力もあって若干不利かもしれないが、サユもまた奏多と激闘を繰り広げていたこともあって若干ではあるが体力を削られているはずだった。
「……!?」
頭の中で整理していると、サユがまるで俺の真似をするかの如く突っ込んで来ていたのだ。
自分の体力を削られていることもあって、少しばかり慎重になっていた俺だったがその行動に俺は驚愕していた。先ほどの奏多との戦いでは手榴弾を使っているような素振りもなかった。俺の戦いでも牽制として使うこともなかった。いつもの癖をすることもなかった。サユは脳筋のように思われがちだが、対戦ゲームになると臨機応変に動いて敵を圧倒させることが多い。マナがメンタルの強さと言うのなら、彼女は圧倒的なフィジカルが強い。反射神経、制度、反応速度、持久力と言ったものが……。だからこそ、彼女は強く色んな大会でマナ同様爪痕を残しているし、ライカンや大阪の神などと呼ばれる異名があるんだろう。
そして、その彼女が此処に来て勝負に仕掛けてきたのは間違いなく俺との撃ち合いを楽しみたいからだ。彼女はこの第三戦目を勝つことよりも勝負を楽しむことに選んだ。だが、それは彼女らしいと同時に思えた。俺はサユに言われたことを今でも覚えているからな……!!
『ええに決まってるやろ?そこに楽しいという感情があるなら思う存分に楽しめばええんや!熱中することは悪いことやないからな!!』
あの言葉のおかげで、俺は自分の中にずっと眠っていたものの一部を覚醒させることが出来た。そして、サユ達と戦っている間に俺は自分という人間を本質的に
「行くぞサユ……!!」
まるで最後の勝負と言わんばかりの気迫で俺は一騎打ちに挑む。
この勝負の行方がこの第三戦目の勝負を決定するということを含んでいたからだろう。
「はぁ……はぁ……!」
試合終了となり、俺は呼吸が荒くなっていた。
手に汗握るような試合という言葉があるが本当に手汗がやばい、この状況は笑うしかなかった。終了と合図と共にスコアボードが表示される、緊張のあまり俺は上を向いていたが深呼吸をしてから表示されているスコアボードを確認すると、俺のキル数の数字に目に入る。自分のキル数を確認した後に、恐る恐る他の二人のキル数を見る。ゲームとしての順位は一位だったが、このゲームは倒した以外でもポイントが入るため、俺は二人のキル数を確認したのと同時に、俺はヘッドセットを机の上に置いて、思わずガッツポーズを決めてしまう。
「勝った、勝ったんだ俺が……」
第三戦目にして俺はようやく勝利を得ることが出来た。
この一戦の勝利は本当に確かなもので自分という人間がこの第三戦目に勝ったという喜びを今は抑えられそうになかった。
「……ありがとう俺」
俺はそう呟きながらも勝利者インタビューへと呼ばれて行った……。