傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「やっば……!!今日竜弥と約束してたんや!!」
「竜弥って樫川竜弥君?」
「せやせや、いやーちょっと話がしたいって言われてなー」
アラームを止めてすぐ起きてスマホで時間を確認するとそこにはもう既に9時半という表示がされていた。後もう30分起きるのが遅れていたらきっと遅刻していたに違いないとウチは自信を持って言うことが出来ていた。
「ほら焼きうどんパン食べて行きな」
「あー時間無いからええって……!!それにしても風夏ってウチにも優しいよなー。雑に扱ってるけどほんまはウチに優しいの知ってるんやで」
「……早く行ってね。竜弥君待ってるんじゃないの?」
「あーせやな!!それじゃあ、行ってくるで!!」
ウチはそう言って風夏の家を出た。
本当は竜弥に負けたことを悔しかったのか確認したかっただろうけど、風夏は聞いて来なかった。ただもし聞かれてたらウチはこう答えてた。
「そんなもん悔しいに決まっとるやろ!!」
◆
「それなら前に似たようなことを言ったやろ?ウチはゲームが楽しいんやって」
「ああ、聞いたさ。俺はあのとき紀帆が言うゲームの楽しさというものをこの手で味わっていいものなのかと戸惑っていた。そして、その戸惑いは俺の力を呼び覚ます鍵の一つへと繋がって行ったんだろうな」
高校生の俺はあのとき紀帆と恭平とゲームをしていたとき、自分のことを単純だと自嘲していた。自分はどうしてもゲームというものを忘却することは出来ないと諦めていたのかそれとも乗らなくてもいい勝負に乗っかってしまったことに笑ってしまっていたのかもしれないがきっとその両方なのは間違いないかもしれない。
『笑っている……』
そして、俺は天才ゲーマーであるライカンの実力をこの目で拝むことになってしまった。
ゲームを純粋に愛して、大切にしているからこそ出る笑みだとあのときの俺はすぐ察知していたいし、そんなの反則じゃねえかと笑っていた。そう、この笑みは自虐の笑みなんかじゃなかった。ゲームを楽しんでいる奴が隣にいて自分が感化されたことによる笑みだったんだ。その後のことは知っての通り、俺は紀帆に負けたがその負けは清々しいものだった。決して悔いが残るものなんかじゃなかったんだ。
『ええに決まってるやろ?そこに楽しいという感情があるなら思う存分に楽しめばええんや!熱中することは悪いことやないからな!!』
自分がゲームというものを楽しむということに対して従っていいのかと本音をぶちまけたときに紀帆はそう答えてくれていたがその言葉は俺が何度も似たようなことを言って来ていたんだ。自分の言葉が自分に返って来るなんてことが本当にあり得るんだなと実感していた俺はあのとき初めて自分の中の光に手を差し伸べようとしていたんだ。
「なんかあんま納得してへん顔しとんなぁ……。ほんまにウチには楽しむこととしか言いようがないで?ゲームを上手くなるコツとか聞かれてもウチが言えるのは同じことでゲームを楽しむことやからな。ウチ……データとかそういうの苦手やからな」
意外という言葉は出なかった。
と言うのも俺は神木坂紀帆が本当にゲームを楽しそうにやっているのを知っているからだ。だから、彼女がそれ以外の理由はないというのも特に驚くことはしなかった。これは紀帆にも誰にも言っていなかったことだが、俺は紀帆にゲームの楽しさというものを教えてもらってからサユの配信を少しだけ見たりするようになる時間が増えていた。
主に見ていたのは高校生時代の俺だったけど。
あいつはサユに何らかの可能性を感じていたのかもしれない。あいつと接近していれば、自分の中にある魂が燃えるようなそんな気がしていたんだ。自分の中にある胸の奥で燻る激情を呼び覚ますことが出来るかもしれないと……。
そしてその激情は目覚めることになった。
「これは昨日、恭平にも言ったことなんだが……。俺は恭平や紀帆おのおかげで自分の中にある闘魂を解き放つことが出来た。一戦目を終わったときには正直恭平も紀帆にも勝てないかも知れないと弱腰になってた。それじゃあ勝てる試合も勝てる訳がないのにな」
言い訳をしていた自分がどれほど居ただろうか。
きっと星の数だけ無数に俺は言い訳を作り上げようとしていたかもしれない。それこそ相手が悪すぎるなんて安直な考えを俺はしていたかもしれないと考えると自分が本当に情けなくなってしまう。
二戦目だってそうだ。
俺はあのゲーム心の中ではもしかしたら恭平には勝てるかもしれないというどんぐりの背比べのようなことを考えていたけど実際のところは恭平が覚醒をし始めて再び最下位という順位になってしまっていた。この第二戦目は俺は恥を晒したもいいところだった。
「でもそうやって言い訳ばかり作って逃げているだけじゃ勝てないって自覚できたし、それを乗り越える事も出来た。三戦目のFPSで俺は自分の中に眠っている本能を解き放って二人に打ち勝つことが出来た。その後の四戦目は本当にビックリしたけどな……」
「見事に竜弥の度肝を抜かせたっていう訳やな」
あの四戦目は本当に握っていたコントローラーを一瞬放してしまうほどだった。
あいつがまさか『ヒット&ウェイ』で戦いを挑んでくるなんて全く想像もしていなかったからな……。でもそのおかげか、本当の最終戦ではヒット&ウェイの戦法は使われることはなかった。チャンバラにそういう戦術があるのかは知らないけど……。
「そして俺は最終的に紀帆との対決で勝つことが出来た。これは間違いなく二人との戦いの間に成長が出来たから俺自身が強くなれたという証拠なのは間違いない……。だから……」
「ありがとうな紀帆」
心から出た感謝の言葉だった。
こういう言葉を述べるとき俺はいつも心が温かくなるようなことが圧倒的に多かったけど、今は違った。今はただひたすらに目の前にいる紀帆というライバルに俺は対抗心を燃やしつつも静かに自分の中で燃え上がっている覇気のようなものがあったんだ。
「どういたしましてやで竜弥……!!」
お礼を述べた彼女の顔がふわりと綻び、まるで春の陽だまりに咲き誇る花のように輝いていた。頬は柔らかく持ち上がり、瞳はきらきらとした光を宿していた。
「これからもウチとゲームしてくれるやろ?」
「それは当たり前だろ?」
「ふっ……ならええで!!今後の楽しみも増えて来たなー!!」
盛り上がっている彼女を横目に俺はスマホを確認すると、此処に呼んだもう一人の人間が着いたという連絡を受けていた。
「紀帆、もう一人来たんだけど構わないか?」
「ん?もう一人……!!?」
俺の言葉を聞いて、やって来ているもう一人の方を見ると紀帆は手に持っていた飲料水が入っていたペットボトルを落としていた。それほどまでに彼女が衝撃を受ける人物というのは……。
「お兄ちゃん、急に呼んでどうしたの?」
「ああ、急に呼び出して悪いな結衣」
俺が此処に呼びだしたのは結衣だった。
結衣はきょとんとしながらも自分が何故呼ばれたのか理解していない様子だったが、隣にいる紀帆を見て何処か覚えがあるのか首を傾げていた。
「あ、あの……もしかしてライカンですか?」
「……ふっ、そうやで?よく分かったやな」
「前に一度だけゲーム一緒にしたとき、ライカンさんだって気づいてたんです。でも、あんまりその名前で呼ぶのは良くないかなって思って呼ぶことはしなかったんです」
「なんや?気を遣わせてしもうたっていう訳か?そいつはすまんかったなぁ」
奇跡的という言葉がいいのかもしれない。
結衣は紀帆のことをしっかりと覚えていた。彼女レベルぐらいのゲーマーだったら確かに結衣も覚えているなんてことはあり得るのかもしれない。
「じゃあ、俺はこれで失礼するぞ」
「え!?お兄ちゃんもう行っちゃうの!?自分で呼んでおいたのに!!?」
「ゲーマーが二人揃ったんだ。やることは一つ。そうだろ紀帆?」
「そうやな竜弥……!!じゃあまたいつか会おうで竜弥!!」
紀帆と結衣に対して手を上に挙げながらも俺はその場を去って行くことにしていた。
本当は結人二百一戦目の勝負をして俺が勝利を掻っ攫いたかったところだけど今回は結衣と紀帆の勝負を先行させることにしていた。その勝負をこの目で俺は目撃したかったけど、俺にはどうしても寄りたい場所があった。それは……。
「悪い、待たせたか秀治?」
「いや……俺は待ってないよ。それじゃあ始めるのかい?」
「ああ、始めようぜ。俺達のゲームを……!」