傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
すいません!
ウチは今心躍るという言葉が相応しい気分だった。
あの日負けた相手にこうしてまた挑めるというのはこんなにも嬉しいことはないんや。だからこそ、この勝負は全力で挑むつもりだった。
「結衣ちゃん、早速で悪いけどゲームで勝負や!!」
「は、はい!!」
こうして始まったウチらの勝負……。
魂を賭けた戦いになることは間違いなかった。ゲームセンターに到着したウチら。ウチにとってこの戦いは待ちに待った戦いというものやった。結衣ちゃんがウチのことを眼中にあってくれるかは分からんやけどもウチの異名のことを知ってくれているということは少しでもあるということや。
そういえば、この子は自分の兄である竜弥がVということを知っとるやろうか……?
知っとったらあの戦いがどうのとか感想を言うやろうけどそれが出てこないということはウチらのことを知らないということなのかもしれない。
「紀帆さん、これやりませんか!!」
「ええで!!」
頭の中で色んなことを回転させながらもウチらはゲームを選ぶ。
結衣ちゃんが選んだゲームはレースゲームだった。このレースゲームはアイテムとか運要素が全く絡まないゲーム。己の実力だけが試されるゲームやった。百円を入れてウチはハンドルを掴んだのと同時に妙な違和感があった。
それはハンドルを握った感覚にということではなく、隣に座っている結衣ちゃんから妙な気配というものがあったということや。そして、その気配というものにウチはすぐに気づくことになる。
「な、なんやこの子は……!!?」
仰天という言葉が相応しいのかもしれなかった。
隣でハンドルを握って車を運転している彼女の目は真剣そのものだったのではあるが、表情は笑っていたんや。間違いない、この子はウチと同類や……!!この子はゲームを心の底から楽しんでいるし、あのときよりも滅茶苦茶強くなっとる。こんな滅茶苦茶や……!!でも、此処で食い下がったりは絶対にせぇへん!!ウチだってゲームは楽しいんやからなぁ……!!
「はぁ……はぁ……結衣ちゃんほんまに強いんやなぁ!?」
「そんなことないです紀帆さんこそ強かったです!!」
勝負の結果はウチの負けやった。
コーナリングとかそういうのは完璧やったのに負けてしまった。ただ、前みたいに完膚なきまでの敗北という訳じゃなくて勝利の未来はあり得たかもしれないという敗北だった。実際、ウチが追い抜かしたことは一度あったけど、ウチは結局敗北してしもうた。
勝負の世界でもしもなんてもんの話をするのは良くないことかもしれへんけどそれでも完全に負けている訳じゃないということを知れたというのは良いことだったのかもしれない。自分がまだまだ成長できるかもしれないという光があるからや。
「ほんまか?せやったらよかったんやけどな」
休憩がてらにウチは自販機で飲み物を買う。
選んだのはコーラ。結衣ちゃんも飲み物を買うか聞いたところ、要らないと遠慮してきたので「遠慮しなくてええんやで」と言うと結衣ちゃんは「じゃあ、桃の天然水で!!」と言う言葉を発しているのを聴きながらも結衣ちゃんにペットボトルを渡していた。
「あ、あの……もしかして紀帆さんってお兄ちゃんのこと好きなんですか?」
「どうしてそんなこと聞くんや?」
「お兄ちゃんと話しているとき楽しそうだったので」
「ん?ああ、あいつは良い奴やし嫌いじゃないで」
「じゃあ、好きなんですか?」
「好きって言われると首傾げるけどなー。そうやな、友人としては好きやと思うで」
ウチらが戦ってきた今までは決して無駄なんかやなかった。
竜弥はゲームの楽しさを思い出してようやし、恭平はこの先のプロの道のりへの覚悟が決まったはずや。そして、ウチは新しいゲーマー仲間が出来た。目の前にもやけどな……。
ウチはそういう仲間という定義に一種の宝物のように感じ取る。
ゲームをすることで一緒にワイワイしたり語り合ったりすることで自然と仲間になることができるんや。くっさい台詞やけどウチはこういうのが本当に好きなんや。だって、今結衣ちゃんとゲームするのが楽しくてしゃあないからな。
「ほな、もう一戦やろうや結衣ちゃん!!」
「はい!!紀帆さん!!」
◆
「やっぱり竜弥は強いね」
今はラーメン屋。
麺を啜るのが止められずにいた。こういうの行儀が悪いという人もいるけど、俺から言えることがあるとすればこの至福の時間を啜らずに食べるというのは最高の瞬間を誤魔化すことにも繋がってしまう。ラーメンを味わうという意味ではね。
「秀治だって強かっただろ?」
「俺はまだまだだよ……でも言えることは確かにあるよ。俺は竜弥とゲームをしている間に自分が強くなっていることを自覚できた。人というのは面白いものだね竜弥、人と切磋琢磨することで強くなって成長というものを実感できる」
こんなことは竜弥と再会していなければ俺は気づけることも出来ずにいただろう。
人の力を借りなければ気づくことも気づけないというのは情けない話なのかもしれないが、きっとそれは竜弥だって同じはずだ。彼の瞳は前よりもはっきりとしたものがあった。言うなれば、生というものを実感しようとしているのがはっきりと伝わっているんだ。
今までの彼はなんというか何処か生にしがみついていない感があったからこそ俺は今の彼が嬉しかった。楽しそうにしている彼を……。
「そんじゃあ、ラーメンついでにやるか秀治?」
「いいのかい?今回も俺が勝つよ?」
「いや、今回は自信があるからな……」
「そうかい、じゃあ始めようか……替え玉競争をね」
とちょっとお互いに高校生っぽいことを言いながらも俺達の替え玉大食い競争が始まった。
この勝負どう考えても俺の有利には変わらない。自覚はないけど俺はよく大食いだと言われることが多い。偶々見つけた海鮮丼のお店でタワーのように乗せられている刺身を平らげて周りのお客さん達にドン引きされたという少し悲しい過去があるけどその経験が何度だって生きて来た。多くの食事を食べて楽しむということは俺にとっての最高の瞬間だった。
そして、今回もそうだったが……頭の中で全く忘れていたことがあった。
それは竜弥が……醤油系が好きだということだ。オーソドックスとはいえ、侮れないのが醤油系ベースのラーメン。そのラーメンがどうしたかと言うと、今食べているラーメンは醤油系のラーメンだということ……つまるところこの勝負は圧倒的に竜弥が有利。
「……!!?」
隣を反射的に見ると、竜弥の箸の進み具合が尋常ではなかった。
人というものは好きな食べ物に対してはどれほどまでにも尋常じゃないほど幸せというものを感じることができる。今の竜弥がそれだとしたらやばい、確実にやばい。この勝負の勝者は……。
「俺の勝ちだったな秀治」
「全くキミには驚かされてばかりだよ竜弥……」
勝者は竜弥だった……。
本当に彼は想定外のことばかりしてくるところは本当に変わらない。
「でも……そこが竜弥の良い所だよ」
どれだけ彼の内にあるものがあろうともそれは変わることはないとはっきりと言うことができる。彼は本当に俺のことを成長させてくれる人間だし、本人には言わないけど俺は竜弥と居られたからこそお互いを切磋琢磨できていたんだと本気で言うことができる。
「本当にね……」
◆
「はぁ……色々と忙しかったな此処最近は……」
鍵を開けようとする前に、俺は一息をつくようにして息を吐いていたが悪いものじゃなかった。自分という人間が此処まで清々しく日々を終えられるというのが楽しくて喜びを感じられていたんだ。自分の手で幸せを噛み締めることが出来ている。それが実感できていた。恭平や紀帆との戦い、秀治との戦い……。それら全てが……。結衣と紀帆の奴、どっちが勝ったのか凄い気になるけど今はとりあえず家に入ろう。風呂に入ってベッドで寝てたい。
「鍵はポケットだったな……」
ポケットに手を突っ込んで鍵を掴み家を開けようとしたときだった、隣の部屋に住んでいる静音の部屋の扉が勢いよく開く音が聞こえていた。
「りゅ、竜弥いた……!!ちょ、ちょっと助けてくれ!!」
「助けてくれ……?ど、どうしたんだ静音……?」
「そ、その……滅茶苦茶説明するの難しいんだけど簡潔に言うんだけど……!!」
「大手の温泉のPR動画挙げないと取らなくちゃいけなくなっちまった!!」