傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「70点か……あんまり高いとも言えないな」
瑛太が口元に手を置きながらもそう答える。
「そうか?私からすれば70点は高い方だぞ」
「……で70点の理由は?」
「そうだな、個人個人で言えば点数が高い奴もいるが、バンドとして見るなら割とありふれたバンドということだ」
「随分手厳しいことを言うんだな」
「ああ……。個人個人なことを言えば、綾川千里の歌声は確かに目を見張るものがある。力強い歌声から今にも散りそうな花のような歌声を披露することもできる。そういう芸当が出来るのは素晴らしいことだ」
そう、本当に個人個人として見れば本当にあいつらは金の卵もいいところだ。
千里以外に目を見張る存在がいるとすれば安藤みのり……。彼女の魂を揺さぶるようなドラム捌きは聞いていてこっちも心踊るような鼓動を感じさせてくれる。そういう「実感させてくれるもの」が私は大好きだ。
「ありふれたと言っていたな?それはどうしてだ?」
「簡単なことだ、あいつらのバンドならもっとやれると言う意味だ。それぞれが持っているものはかなりのもの。それを活かしているのは賞賛に値するがもっとできるはず。常識という枠組みに収まっていて大した事ないとも言えるな。まあ、今だけなら人気も出るんじゃないのか?」
ジャンルはほぼ他のガールズバンドと変わらないようなものばかり。
綾川千里の才能を活かすならもっと幅広いジャンルをこなすことだって出来るはず。これから先ただの仲良しバンドではないということを証明するなら更なる一手が必要になってくるはずだ。
◆
温泉地に辿り着いた俺達……。
ホテルのフロントで受付を済ませ部屋に荷物を置いて俺達は今温泉街のへとやって来ていた。こういう場所にやって来てまず確認したくなるのは此処だけでしか見れないというもの。案件の資料で俄かには信じ難いものが見れると書いてあったのは知っていたが、俺達は書いてある通りその場所へ行くと……。
目の前には栄えている温泉街が広がっていた。
すぐ目線を差し出せば温泉まんじゅうと書かれている看板や焼き鳥を売っているお店など点在していた。こういう温泉街で食べる外のご飯というものは中々に美味だと言うことを俺は知っている。
「すげえぞ竜弥……!!階段が光ってる!!」
「俺もこんな光り方をする階段は初めて見たな……」
此処に辿り着いたのは17時過ぎだった為、既に辺りは暗くなっており、階段がなんと光っていたのだ。案件の資料によるとこの階段がどうしてこのようにして光るのかは不明らしい。今という時間を得てどうしてこうやって光っているのかは解明されていないということは中々興味深い話だ。
「こう言うのって興味深いよね」
一説によると此処はその昔、山の神が通っていた場所としても知られているらしい。神話の話と未だ解明されていない不可思議現象が重なり合っているというのはとても面白い話だ。静音が光る階段の写真を撮っているところを後ろから眺めた後に俺はもう一度階段の方を見つめていた。
「竜弥……!!こっちこっち……!!」
「ああ、分かってるよ……!」
一人先に走って階段を上っていた静音を笑いながらも返事をしながらもあることを考えていた。それは静音は本当によく笑うようになったと言うことだ。あいつがまだ両親のことで悩んでいる頃、俺や千里の前では笑うことはあれどその笑顔は何処か無理をしている感があった。それはきっと自分が今正しいことをしているのか?という不安感があったのだろう。そして、それがなくなった今あいつは心の底から笑えている。俺はそれが嬉しかった。似た痛みを持っていたもの同士として……。
それから階段を登ったところにジンジャーエールを売っている店があった。ジンジャーエールを売ってるなんて良くある話かもしれないが、此処のジンジャーエールは少なくとも違う。と言うのも、此処のは温泉の土壌や水を活かして育てられたものでそこで育てられた生姜は奇跡の生姜と呼ばれているほど。
「すみません、温泉ジンジャー3つください」
店の前に立って俺はお金を支払う。
それから程なくしてジンジャーエールを渡されて俺は二人にそれぞれのを渡していた。
「これ美味いな……!!」
先に喉に通したのは静音の方だった。
年相応らしく一気飲みにでも挑戦したかったのか一気に飲もうとしていたが失敗してしまい途中で一旦飲むのを止めていたが、次に出たのがその言葉だった。続いて静音の言葉を聞いた後に千里も飲み始めていた。
「これ確かに美味しいかも……!!」
ペプシ以外の炭酸をあまり飲もうとしない彼女に此処まで言わせるこの炭酸飲料。さぞかしい美味い飲み物なんだろうと俺は頷きながらもジンジャーエールを口に入れ始めると……始めに感じるのは炭酸感だった。これを感じるのは当たり前なのかもしれないが、この炭酸を飲んでいると言う感覚を味わえていると言うだけで好印象といったところ。そして、味の方だが今まで飲んだこともないような味わい深さと言うものがあった。
正直俺はこういうものは案外宣伝文句だけだったりするのではないのか?と半信半疑になってしまうこともあるが今回は全くそんなことはなかった。案件ですでに知っていたこととはいえ自分の心を踊らせるような味だったのは間違いなかった。
「竜弥、風情だね……」
「そうだな……」
橋のたもとに立つと、夜の闇にぼんやりと浮かぶその姿が目に入る。木製の古びた欄干は長年の風雪に耐えてきた証のように艶を帯び、足元の板張りは温泉の湯気を吸ってしっとりと湿っている。
此処は『温泉霧の橋』と呼ばれている。その名の通り、川面から立ち上がる湯気のようなものが霧を発生させて恰もこの橋を浮かび上がせているように見せているんだ。
「こうして橋に立ってるとさ……前の温泉のときに竜弥に雪の歩き方教えてもらったときのこと思い出すね」
「そうだな、千里は雪の中を歩くのに一苦労で何度も転びそうになって俺にしがみつきそうになってたよな」
「……そう言うこと言うんだ」
俺がわざとそういうことを言うと千里が珍しく拗ねるような態度をとって顔を膨らませる。あまり見られない彼女の様子に惚気そうになるが自分の顔を心の中で叩くことで落ち着かせる。
「竜弥だってさ、アタシに抱きつかれたりして喜んでたくせに」
「……な!?そ、それは仕方ないだろ」
相変わらず変な反応をしてしまう。
これが千里だからなのかと言いたいがどうも俺はこの手に弱いらしいということは本当に変わらない。
「まあ、そこが竜弥らしくてアタシは好きだけどね」
千里はそれだけを言って静音を追いかけていた。
俺だって……好きだよ千里。
暫く温泉地を回った後、俺たちは宿に戻って来ていた。
辺りはもうすでに真っ暗となっており夜という言葉が相応しい時間帯になってきていた。そんな俺は今ホテルの自販機で飲み物を買いに行って戻ろうとしていたときだった。俺のスマホから着信音が鳴り響き確認をするとその相手は琉藍からだった。何の用だろうか?と不思議になりながらも俺は電話に出る。
「もしー?リュー?」
「どうした琉藍?」
「あーいやさ、リューが今日温泉地に来てるって話を聞いたからさー」
誰から聞いたのか知らないが琉藍のことだ。
また何処からか情報を仕入れたりしたのだろう。本当に琉藍はなんでも知ってる、なんてことを言うと琉藍は「なんでもは知らないけどねー」と返してくるが……。
「それでリュー、知ってた?」
「なにを……?」
「温泉地でさーこんな噂があるんだよね。夜な夜な灯りが少ないホテルの廊下を歩いていると、後ろから誰かが近づいて来るなんて話をさー」
俺が少しでも怖がるのを期待して、琉藍は得意げに話を続けている。
全く、そういうよくある話で俺は流石にビビらないぞと思いながらも何故か俺は電話を繋ぎながらも階段を上がっていた。
「しかもさ、それに気づいて振り返っても誰もいないんだって。でも歩き出すと、また足音が近づいて来る。でさ、一番怖いのはね、足音が……だんだん自分と同じリズムで鳴るようになることなんだって」
一瞬、俺は階段を上り切った俺は廊下に行こうとするのを躊躇ってしまう。
その音が聞こえたのか、琉藍は少し笑っているような声が聞こえて来ていた。そして、少し間を置いてから、優しい声で続けていた。
「まあ……こんな話をしているけどホテルや旅館で幽霊が出るなんて噂は基本的に噂もいいところなんだけどねー。ほらよく検索欄とかに出るじゃん?〇〇ホテル 幽霊とかってさー。ああいうのは噂が噂を呼ぶって感じだからそんな気にしなくていいよ竜弥」
「自分で話して置いてそれはないだろ……」
「でも楽しかったでしょ?温泉地あるあるの心霊話。それじゃあ私は切るねー」
「あ、ああ……」
最後には安心させるように、からかい混じりの笑い声が聞こえてくる。俺が苦笑しながら「怖がらせるだけ怖がらせて、それかよ」とぼやくのを見て、彼女は満足そうに微笑みながらも電話を切っていった。
琉藍の怖い話は基本的に最後には安心させることを言ってくれて聞いてるこっちとしても心が最終的には落ち着くことができる。そういうところは本当に安心できるなと感じながらも俺はホテルの廊下を歩いていると、何か違和感を感じ始めていた。
「……」
本当に気のせいだよな、俺の後ろで今何か張り付いているような気がしてならなかった自分がいる。
「馬鹿らしい……」
そう呟いて、俺はゆっくりと振り返った。
そこには、なにもない。当たり前だ、今この廊下には俺しか歩いていなかったのだから。琉藍が言っていたさっきの話だって、単なる冗談のはずだ。けれど──。どうしても俺は気になってしまって仕方なかった。右や左を見て誰もいる気配がない。もしかして、本当に背後にべったりと付きまとわれているような気がしてならなかった。
「流石に気のせいだよな……」
俺は前を向き直して、歩き出そうとしたときだった。
目の前には黒髪の三つ編みの女性が立っているのが目に入っていた。その姿はまさしく、ホラー映画など出てくる幽霊の姿、瓜二つとしか言いようがなかった。冗談だと信じ込もうとしていた話が冗談ではなかったと理解したとき、俺の頭は真っ白になりそうだった。自分が今どうすればいいのか分からずにいると、幽霊の方から声を発する。
「樫川竜弥……?」
「!!!!!?」
幽霊が喋ったという事実に俺は耐えきれず、床に足を滑らせてスリッパが宙に浮いているのが視界に移っていた。自分が今見たものが夢ではないかと疑いたくなってしまうほどだったが、夢ではないと現実が伝えて来ながらも俺は床に背中をぶつけていた。
「おやおや……流石に驚かせ過ぎましたか」
「……楓?」