傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「楓……かよ」
「驚かせてしまってすいませんでした樫川竜弥。ですが、貴方の驚きっぷり実に見事でしたよ」
「……それはどうも」
あくまでも皮肉として受け取りながらも俺は楓の手を取って起き上がる。
とは言え、彼女の日本人形みたいな綺麗な容姿を明かりが少ない廊下の中で見たりしたらこうなるのも無理はない気がする。
「気休め程度にしかなりませんが……こういうホテルや旅館で幽霊が出るなんていう話はあくまでも基本的に人の勘違いだったりすることが多いんですよ?目の錯覚と言う奴ですね」
「それはさっき友人から聞いたよ」
「おや?その友人とは気が合いそうですね」
確かに琉藍と楓はかなり気が合いそうな気はする。
少し違うところは楓は驚かせたり怖がらせたりしても最終的に安心はさせてくれるけど、楓は完全に反応を楽しむ為というところだろうか。
「楓は……このホテルに一人で泊まりに来たのか?」
「そうですね、有名な温泉地と言えど、こういうところには必ず黒い影があります。此処に来る途中、廃墟となったホテルや旅館をご覧になられましたか?」
「ああ……見たな」
必ず黒い影という言い方はかなり気になったが、実際俺が見て来た温泉地の中でそういう場所があったというのも事実だった。
「それらを観察する為に少々こちらへ足を踏み入れたという訳です」
「あんまりそういうのは関心しないぞ」
「それもそうですね、ですが廃墟の中に入ったり等はしていないのでその辺はご安心を……」
「ならいいんだが……」
とは言え、楓もそういうのは弁えていそうだし心配することもないだろう。
楓に別れを告げて俺は部屋に戻ろうとしたときだった。今日泊まる部屋の扉が開いて中からは静音が出て来ていた。
「あれ?楓さん?」
「おや……與那城静音も一緒でしたか」
「まあ、ちょっとした案件でな……」
「なるほど、そういう事情で此処に……」
この二人に面識があったということは全く知らなかったけど、よくよく思えば真波と楓は繋がっているし静音のことを知っていてもおかしくはなかったんだろうと俺は二人が既に知り合いだという事実を呑み込んでいた。
「楓さん、もしかして一人で来たのか?だったらウチらの部屋上がって行かないか?」
「それは面白い提案ですね。では……早速」
遠慮することなく楓は静音に案内されて部屋の中へと入って行った。
俺はその様子を眺めながらも後から中へと入って行った。
「なるほど、彼女が……ということですか」
意味ありげな言葉を並べながらも楓が頷いているのを見て俺は多少恥ずかしくなっていた。
部屋に入って来て真っ先に楓が見たのは千里だったからだ。
「竜弥、静音……その子は?」
「申し遅れました……私は重松楓……。好きなものは物語を紡ぐことということを言っておきましょうか」
楓が自己紹介した後、千里と楓は少し会話をしていた。
正直この二人が話しているところをあんまり想像できなかったけど千里はかなりコミュニケーション能力が高い方だから意外と話は出来ていたようだ。話の内容は聞く限りでは紀帆の話をしているようだった。
「そういえば、樫川竜弥……。こんな話をご存知ですか?」
「驚かせはもういいぞ。特に心霊話は……」
琉藍からも聞かされて、この場で楓からも聞かされるという行為は俺の平穏を脅かす行為でしかなかった。と言うか、部屋という安全圏にいるのになんでそんな話を聞かされなくちゃいけないんだとしか思えなかった。
「少し興味深い話ですよ?それでもいいですか?」
「いいんじゃない?竜弥少しぐらい聞いても」
「……千里がそう言うなら」
「なるほど、彼女には逆らえないという訳ですか」
「……」
千里に弱いということを言われて俺は何も言えなくなってしまう。
実際、弱いというのは事実なのだから。
「ふふっ……ではお話しますね。これはある温泉地のお話です。そこの温泉地では昔からある廃墟ホテルで心霊現象が起きると噂されていました」
「よくある話じゃん」
静音が拍子抜けと言いたそうにしている。
「それもそうですね。ですが、此処から本題なのです。実はこの廃墟ホテル……特徴としましてはあまり人に好まれるものではない絵画が置かれていたのです。その絵画というのは……そうですね。昭和の時代を象徴させるかのようなものと言ってもいいでしょう。最もその絵画が恐ろしいのは人間らしかぬ不気味な輝きを放っているところ。見る者の視線を決して引き寄せて離せないとまで呼ばれているほどでした」
「……?」
「あれ?」と小さく言いながらも、千里は何かを思い出す素振りをしていたが俺もこの絵画の話に覚えがあるような気がしていた。と言うか、実際に見たことがあったような……。
「それ以外だけではなく、こんな噂もよく聞くことがあるのです。雨が降っていた訳ではないのに雨漏りが起きていたり、今にも床が崩れ落ちそうだとか奥の部屋の一室には呪われた日本人形が置かれてい「もういい!!もう言わなくていいから楓さん!!」」
楓の言葉を遮らせていたのは静音のことよりも俺はずっと気になることがあった。
それはこの話がどう考えても見た覚えしかないということだ。日本人形がどうのということは知らないけど前者については俺は知っている。
「おや……?もういいのですか?これぐらいなら普通の廃墟旅館やホテルでも良くある話ですよ?」
「いや、流石に現実的過ぎて怖いって……!!もういいよ……!!」
恐怖心のあまりか、静音はそれ以上喋らなくていいと言葉を発していた。
止めはしなかったが、俺もこれ以上話を続けていたら楓の言葉を止めようとしていただろう。
「そうですか、では今度は福岡にあるトンネルの話でも……「もういいってば!!」」
「ふむ……どうやら怖がらせ過ぎてしまったようです。そこにいる樫川竜弥も黙り込んでしまうほどだったようで……」
「いや、俺は別に……」
「ではその震えているような素振りはなんですか?」
「……知らないぞ」
自分が知っている場所という恐怖心のあまり、俺は怯えていたことに間違いなかった。
ただそれを認めたくなかった自分がいる。
「ふふっ、まあ構いません。綾川千里を怖がらせることは出来ませんでしたが、此処にいる二人を怖がらせることは大成功したので此処は大人しく帰ることにしましょう。では、深夜の廊下にはお気をつけて……」
怖がらせるだけ怖がらせて楓はそう言って俺達の部屋から出ることにしていた。
「竜弥……一つ聞いていい?」
「ん?どうした千里?」
楓が部屋から出た後、千里が俺に何かを聞こうとしていた。
因みに静音は本気で怖かったのか今布団の中に包まっている。
「あの話って……私達が子供達助けに行ったところ話だよね……?」
「…………やっぱ千里も同じこと考えてたんだな」
さっき千里が何かに気づいていた理由が明確になった。
俺も絵画の話をされた時点でなんとなくあれ?となっていたが、まさかピンポイントで俺達が訪れていた場所の話をされるとは全く想像もしていなかったし、知らないで通った場所がそんなふうに言われている事実に戸惑っていた。
「私今日眠れるか分かんねえ……」
布団に包まっている静音の方からそんな声が聞こえて来ていたが、正直その言葉は俺が言いたくて仕方なかった。
「ありがとうございます、樫川竜弥……」
「いや、別に気にしなくていいぞ……。一人で帰るのも大変だろ?」
「それもそうですね……。本当は景色を眺めながらゆっくり電車で帰ろうとしていましたが、大荷物でしたので助かりました」
一人で帰ろうとしている楓を見かけた俺は「一緒に帰らないか?」と誘った。
最初は断ろうとしていたようだったが、一緒に帰るという選択も面白いと判断したのか彼女は俺の車に乗ることになった。
「そういえば……與那城静音。水野真波は元気にしていますか?」
「え?ああ、元気にしてるけど楓さんって真波先輩と仲良いんじゃないんですか?」
「いえ……この前ちょっと悪戯をしたら二度と口を聞かないと言われてしまいましてね……」
「なにしたんだよ……」
俺は黙り込んで二人の会話を聞いていたが、その悪戯がどんな悪戯なのか想像がついていた。
と言うのも、恐らくこの話はメアの3Dお披露目配信のことを言っている可能性が高い。あの破天荒な脚本に振り回されながらも一番最初に退場することになった真波は終始楓に対してツッコミを入れていたからだ。
まああの脚本でツッコミを入れるなと言う方が無理ある気がするが……。
「ほんの少しスパイスを与えただけですよ」
「楓さんって結構良い性格してるよな……」
「ありがとうございます。私も與那城静音のようなはっきりと物事を言うタイプは好きですよ?」
「あ、ありがとう……で良いのかこれ?」
「ええ、構わないですよ」
楓が静音に対して好印象を抱いているようだったが、正直楓にいい印象を持たれるという行為が俺にはいいことなのか分からない。いや、俺が楓のことを人のことを驚かせたり人の反応を見て面白がったりしているところしか目撃してないからそういうふうに捉えやすいのかもしれないが……。楓の良い所も知らない訳じゃない。
『その人の人生の一ページというものが刻み込まれているのです。そして、それは私達Vtuberにも言えたことではありませんか?』
あいつが言っていたあの言葉……。
俺の中では本当にかなり響くものだったからこそ俺はあいつの良い所をちゃんと知っているつもりだったし、なによりも重松楓という人間が自分の中のもう一人の自分と向き合う為の答えを導いてくれたと言っても過言ではなかったから……。
「どうかしましたか樫川竜弥?」
「いや……なんでもない。ただ……楓にお礼を言っておきたいなと思ってな……」
「それはまたどうしてですか?」
「メアの3Dお披露目で言っていたVも似たようなことを言えるってあの言葉が……俺にも響いていたんだ。だから……きっとあの最強五番勝負で俺は俺として覚醒することが出来たんだと思う、だからありがとう」
「なるほど……。ですが……それなら一つだけ言えることがありますよ。それは私の言葉の力でははなく……」
「貴方自身の力ですよ」