傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
温泉案件……。
正直頼まれたときは滅茶苦茶冷や汗掻いていたけど、実際にやってみてかなり得るものはあった。今後旅館の娘になる人間だし、こういう有名な温泉地を参考にしてみるというのも悪くない手なのかもしれない。ただの旅館の娘に過ぎない私が何処までやれるのかは知らないけど、参考になるものを知らないよりはマシだから……。
というか思っていたより、あの温泉地……。
昔より廃れてたな……。案件だからこんなことは絶対に言わないでいたつもりだったけど。かなり繁盛していた温泉地がこうやって暗雲立ち込めてしまっているという状況はなんとも言えない気分になってくる。その内、歴史と共に消えてしまうことを考えると本当に何も言えなくなるんだよなぁ……。
「とりあえず今は動画の編集するか……」
動画の編集……。
Vになり始めた頃はすげえよく分からなくて竜弥とか香織先輩、アキラとか聞いたりしてたっけ……。三人共、分かりやすく話してくれるからすげえ頼りになったんだよなぁ……。一度だけ真波先輩に聞いたらすげえ煽られたから二度と聞いてやるかってなったけど……。
「今じゃ毎日編集してるもんなぁ……」
昔じゃ考えられない尋常じゃない量の動画を毎日作成したりしているから本当にVになる前までじゃ考えらえないことばかりだ。今日中に終わるといいな、なんて考えながらも私は作業を続けていた。
「やっべ……急がないと……!!」
温泉案件の動画を昨日提出した後、私は今日と言う日を急いでいた。
と言うのも、今日はショッピングモールでアキラと真波先輩達と買い物に行くことになっていたからだ。急いで荷物をバッグに詰め込んで私は家を出ていた。
「悪い、遅れ……って真波先輩は?」
「遅れて来るって……」
「ちぇ~また遅刻かよ」
こうして真波先輩が遅刻してくるなんて言うことは珍しい話でもなかった。
最近はモデルを始めたということもあって、忙しい……?忙しいのかは知らないけどこうやって遅刻してくるのは最早常識という状態になってきていた。
「なぁアキラどうせなら私達で先に買い物済ませちゃおうぜ?」
「え、えっと……それは流石にマズいんじゃないかな……」
「うーん……まあ、そうだけどさ……。もう……ちょっと待つか……!!」
前までの私ならきっとアキラの言葉を無視して一人で遊んでいたりしたかもしれないけど、今は違う。アキラや真波先輩と居る時間を少しでも大切にしていきたいから私はこうして真波先輩のことを待つことを選んだ。まあ、自分で言うことじゃねえかもしれねえけど大人になったってことなのかもしれない。
「そういえばアキラ、この前の新作RPG遊んだか?」
「うん……。事前の評判もかなり良かったけど……実際にやると戦闘が凄く楽しかったよ」
「本当そうだよな!!成長する楽しさって言うのかな。そういったものあって本当に楽しくてさ……戦えば戦うほど強くなって成長の実感を得られるのが本当にいいんだよな。敵を倒すことでスキルが進化して、戦う度に新たな楽しさがあるんだよ!!」
「そうだね……HPを消費することで使用できる大技とかはこの一撃で相手を沈める為に使うとかが出来て最高だよね。リスクはあるけど大技で決めるって言うのはかなり達成感もあるし、それに攻撃だけでなく防御にも意味があって、ギリギリで回避すると追加攻撃が出来るようになるとか本当に楽しいんだよね!!」
「そうそう!!私は回避系苦手だから少しゴリ押しちゃうけど……。それでもあの戦闘が溜まらないほどいいんだよな!!話も王道で最高だしさ!!!」
リスクとリターンが生む戦闘の面白さというのは本当に最高だ。
安全策だけでなく、敢えてリスクを取ることで有利になるような選択肢が用意されているところも良いと思うし、本当に戦闘をしていて楽しくて仕方ない。私達が言及したところ以外にも戦闘の楽しいところはあるけどこういう駆け引きがあるところが本当に楽しくてしょうがない。
それにしてもこうやって好きなゲームを一緒に話す奴がいるっていうのは本当にいいな……。今までこうやってお互いの好きなものを好きと言える奴なんてあんまり居なかったけど、こうしてアキラと出会えたことで「同じもの」が好きという共通な価値観を分かち合えることが出来てる、本当に良かった。
竜弥と出会った頃、こんなこと言ってたよな……。
趣味にハマれるのはかっこいいことだって……。あのときの私はただかっこいいと言われたことが嬉しかっただけだけど、今は違うとはっきりと言える。竜弥が言っていたように趣味にハマれるということは一芸を極めるということにも繋がる。千里が音楽というものを極めようとしているように……。私も自分の好きなゲームというものを極めてみたい、そう思えるようになっていた。
「どうしたの静音……?」
「あーいや……私アキラと真波先輩に出会えてよかったなって思えてさ」
「そ、そうなんだ?」
「なに照れてんだよ、ったく……。でも、マジで二人に出会えてよかったよ」
顔を少し赤くしているアキラを揶揄うと、アキラは抗議したそうにしているのを見て私は軽く笑っていた。こうやってお互いがお互いを話すことだってあの頃の私じゃ全く考えられないことだ。自分のことしか見ていなかった頃の私じゃ……絶対に無理だ。
真波先輩は夢というものを持っていて、アキラは病気というものを抱えながらも前に進もうとしていたそんな二人に私は劣等感を抱いていたし焦燥感を持っていたし、虚無感があった。自分には何もない、旅館と言う鎖から解き離れたというのに檻から出られたような感覚がなかった。でも、違うんだ。私は旅館から出る必要もなかったし、そういう感情を持つ必要もなかった。
私に必要だったのは会話をするということだったのだから……。
◆
「與那城静音……なるほど。彼女もまた彼の影響を受けた人間だということだったのですね」
彼女のことは真波からよく聞くことがありました。
その中で彼女が未だに解放されていないということも聞いたことがありましたが、どうやら囚人は解放されたようですね。あの隣にいる男性と話している感じからしてそうなのでしょう。さて、私はこれにて……。
「はぁ……やっと着い……ってアンタ楓じゃない!?なんで此処に居るのよ!?」
「居てはダメでしたか?」
「そりゃあ……まあダメとは言わないけど……。アンタ私にしたことを忘れてないでしょうね!!?」
「おや……頼んだ時にこの水野真波に掛かれば朝飯前よと言ったのは貴方のはずですよ?」
自分に頼むとはお目が高いと言わんばかりに言っていたのは貴方自身だったはずですよ水野真波。ですが、貴方が台本を確認したときに困惑していたときの顔は本当に写真で撮りたかったぐらいでしたが……まあ、そこはもういいでしょう。
「うっ……それとこれとは別でしょうが!!大体、あんな内容の台本渡されても困惑するのは当然でしょ!!?」
「なるほど、では次から事前に説明しておきますね」
「事前に言ってもやらないわよ!!?あんな脚本なら!!?」
なるほど、王道のような作品なら出てくれるという訳ですね……。
水野真波、本当に彼女は面白く感情表現が豊かな方です。彼女が役者ではなくモデルを目指すというのは非情に残念ですが、モデルをやりながらも役者の道を選ぶということも出来るでしょうから。将来の彼女に期待したいですね。
「そんでアンタはなんで此処にいるのよ?」
「買い物に来てはダメなのですか?」
「あーまあ……そうだったわね。それじゃあ、私は行くから。アンタと話していると静音と話しているときよりはマシだけど、疲れるのよ!!」
と言いつつも彼女は更に疲れる方の與那城静音と話をしていた。
なるほど、そう言いつつもかなり仲が良いということですか……。最初に出会った頃の貴方はかなり刺々しく全てを見返してやろうという気迫があったのに随分その刃が折れてしまいましたね。ですが、今の貴方も悪くはないですよ。
光に包まれて、お互いのことを話している貴方達の姿は……まさしく友情という言葉が相応しいでしょう。
「少々臭い台詞を考えてしまったですかね……」
ですが、こういうものは思うだけなら自由というものです。
友情という少し埃が掛かるような言葉でも私は一つ一つ大事にしていくべきだと信じておりますから、それに……それはああして話している真波達も分かっているようですから。