傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「おや樫川竜弥ではないですか?今日は何を……?」
食品売り場で今日は千里が食事を作ってくれるということもあって、俺が色々と食料を買い足していると色々とカゴの中に食品を入れている楓が俺に話しかけてくる。カゴの中の一番上には激辛チップスと書かれているものが置かれてあり、いつも通りのようだった。
「あーいやちょっと千里に食事を作ってもらうことになったんだけど……。流石に買い出しぐらいは俺が行った方がいいかなって思ってな……」
「なるほど、同棲というわけですか」
「いや、そこまでは言ってないぞ……」
とはいえ、女性が男性の為に料理を作りに来るというのはほぼ同棲と言っても差し支えない気はするが……。
「そう言えば、先ほど與那城静音と会いましたよ」
「静音もこのショッピングモールに来ていたのか?」
「ええ、水野真波や確か男性の友人のアキラという殿方もいらっしゃいましたね」
「そうか……。じゃあ、あの三人はちゃんと仲良く出来てるんだな」
そうか、あの三人がまた仲良く話せるようになったんだな……。
俺は静音が謝罪をしたのだけは知っていたけど、その後どうなっていたのかは詳しく知らなかったからホッと安心している自分がいると、楓はそんな俺に気づいたのか微笑みながらもこう言う。
「やはり……樫川竜弥は不思議な方ですね……私が言っていたことは正しかったようです」
「貴方自身の力……だったか?」
「ええ、その通りです。彼女、特に與那城静音は貴方と言う人間に強く影響を受けて此処まで来れたとお見受け致しました」
実際、静音は……俺の影響を色濃く受けているのは確かなんだろう。
あいつが配信で言っていたことがあったけど、あいつは憧れている人がいると言っていた。自惚れるつもりはないが、それは恐らく俺のことを言っていたんだ……。かつてのゲーム実況者の俺のことも言っているだろうし、今の俺や千里と一緒に歩きたかった。
「今の静音を見ていると……確かにそう感じるよ」
蟠りは消えて、今という自分を動き出している静音を羨ましく感じているときもあった。
あいつが俺より前に進んでいるということに対して焦燥感があった時期があったかもしれないけど、俺はそれを否定するつもりはなかった。それがかつての俺であったのは間違いないのだから。
「ええ、そうかもしれませんね。それと樫川竜弥……改めて貴方に一つ言いたい事があります」
「なんだ?」
「この前の最強決定戦、貴方は見事他の者達と競い合い、己を更に昇華させることに成功させました。私はかつて言った言葉を覚えていますか?」
「これから先何を為して……何を望むだったか?」
「ええ、そうです」
あの日、ショッピングモールで問われた解答は既に俺の中であのときもう用意されていた。
自分自身の中にいる神無月ロウガという人格を受け入れた俺はあいつと一緒に進んで行くことを決めた。そして、その人格と俺自身は奏多やサユと言った競争相手と闘争し合うことで俺の中で深く眠っていたものは目覚めさせることが出来た。
勝利への探求心が俺という人間を……。
神無月ロウガという人間を強くさせてくれた。
「あの最強決定戦はまさしくその答えを示し出したものだと私は思っております。他者との絆を深め合いながらも己を強くするという姿はまさしくエンターテイナーとしても最高でしたよ」
称賛を讃えるかのようにして軽く拍手してくれている楓……。
他者から見ても俺と言う人間が成長していたということを言及してくれていることは俺としても嬉しかった。そして、その称賛の言葉を向けられたのはこれが初めてではなかった。と言うのも此処には居ないが千里や香織、亜都沙や秀治……。そして目の前でアキラと真波と楽しそうに話している静音も俺にその言葉を届けてくれていたからだ。
「そして、これは気休め程度にならないかもしれませんが……。貴方の過去は否定するほどのものではないと私は信じていますよ」
「それはどういう?」
「先ほども言いましたが彼女、與那城静音の存在がそれを証明しているからですよ。貴方の過去は決して無駄ではなかったと……」
「……ありがとうな、楓」
俺自体は過去というものを清算したというつもりではないし、否定するつもりもなかったが自分という人間がいつまでもその過去を肯定し続けることが出来るとは限らない。いざというときは否定してしまうかもしれないときがやって来てしまう。
それでも楓はこう言ってくれていた。
否定するほどの過去ではなかった証明があると……。俺が悩んで前に進めなくなっていても自分という人間が作り出したものがこうして証明として残っている。それ自体がきっと俺が過去の自分を否定しない為の鍵になっていくはずだろう。
「いえ……それでは貴方のこれからを期待しておりますよ……樫川竜弥……。また何処かで会いましょう」
去って行く彼女の背中を見送っていた。
重松楓……。どうして彼女が人の本質を見抜くのに優れているのかなんとなく分かったような気がしていた。彼女は自分が占い師になるからとはぐらかしていたが実際は違うんだろう。彼女は物語を紡ぐのが好きだからこそ、観察力や着眼点が優れているのだと俺はようやく理解していた。
「ああ、またな……楓。結構楽しかったぞ、怪談話……」
「もうごめんだけど……な」
◆
「食べたものは片付けないでそのままか……。相変わらずだな……全く」
机の上に置かれてある総菜が置かれていたと思われる皿がそのまま置かれてある。
その隣には飲みかけの牛乳が置かれていてこいつという人間が常識外れの人間だということを本当に何度も思い知らされる。
「ん……あともうちょっとだけ……」
寝相の悪さも相変わらず変わらないようだ。
全くこういうところも含めてよく配信者になれたものだ。いや、こういう奴だからこそVになれたのかもしれないと内心頭を抱えながらも私は布団を捲って、あいつに今日と言う一日が始まっているということを知らせる。そして、続けるようにして少し歩いた先にあるカーテンを開けるとそこから光が照らし出される。陰を好む者にとってはこれ以上ない地獄かもしれないが私にはこいつに頼みたいことがあった。
「おい、起きろ……。お前に用がある」
「……なに?京花から……訪れて来る……なんて珍しいじゃんね……」
「電話で言ったろ?お前に頼みたいことがあると……」
二度寝しようとしている彼女の様子を見て私は今度は枕を取り上げると、必死に枕を取り返そうとしている彼女の姿があった。
「今日は無理だね……。あともうちょっとしたら……それぞれ違う神社を五箇所訪れてから……曲作るための天啓を得ようとしてたから……」
「いつも思うんだが、それ意味あるのか……?」
こいつの言っている、神頼みからの天啓を得るというのは正直思い付きのこじつけのようにしか聞こえない。ただ、それで確かな作曲や作詞をしているから思い込みを信じているのも此処まで来ると確かなことなのかもしれないが……。
「全然あるんだよねこれが、それぞれ違う五箇所の神社を……訪れることによって……神様から創作意欲を貰うってわけ……。今日最初に行こうと思ってたところは……最強パワースポットと……呼ばれている場所で……「もういい、分かった。もう一度言うぞ、頼みたいことがある」」
「……頼みたいことってなにかな?」
「あるバンドの実力をお前に確かめて欲しい、久宮愛……。いや……V-Next所属……」
「夢宮ひな」
「……おやすみ京花、また今度」
「おい、寝るな……」