傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
伝えられた言葉
「別にいいけどねぇ……なんで私なの……?」
眉を掻きながらも溜め息を吐いている愛。
こいつがこういう反応を取ろうとしてくるのは最初から読めていた。こいつは本当に自由な奴だし、目を離していたらすぐ何処かに行っていることが多い。気づけば、公園の滑り台の中で寝て過ごしていることも多くあり、私の家で泊まらせて無理矢理ベッドで眠らせたこともあった。大体、こいつが泊って寝る日は私は床で寝ることになっていたが、今はそんなことはどうでもいい。
「お前の音楽を見る目は確かだからだ、だからお前にそのバンドの適正評価を見定めて貰いたい」
「それなら京花だけで充分じゃないかな?私より……見る目あるでしょ?」
「他に意見交換できる奴が欲しいから私は言っているんだ……」
それでも愛は全く私の言うことを聞こうとしない。
これも読めていた。そして、こいつが何かに釣ろうとしても全く釣れないということを知っている私は逃げ場を失くすという選択肢を選ぶ。自分のズボンのポケットからスマホを取り出して、綾川千里に電話を掛けると彼女はすぐに電話に出ていた。電話にすぐ出たのは私のファンということもあってなのか、それとも先輩ということもあってなのか……それは分からないが……。
『どうしましたか?京花先輩』
『明日、一つ頼んでおきたいことがあってな……。バンドメンバー全員集めてくれるか?一度、全員の演奏を聞いてみたい』
『えっ……はい、分かりました……。ちょっと他のみんなにも聞いてみます……』
『ああ、頼む……』
とだけ言って電話を切ると、愛が目を擦りながらも私と目を合わせていた。
一瞬だけベッドの方を見るとシーツはかなりシワだらけになっているのを確認した後に、もう一度愛の方を見ると何か言いたげにしていたがそれは自分が行くとは言っていないとは言いたそうにしている表情ではない。
その瞳の中にある感情は恐らく……意外というものだっただろう。
此処まで人のためにしている私を久々に見たと言いたかったんだろうと……。
◆
「え?あしたー?」
「うん、明日だって」
「まあ、いいけどさー。マジで明日かー」
京花先輩から電話が掛かって来たことを琉藍に報告すると凄く面倒くさそうな顔をしている。やっぱり、いきなり過ぎるよねとなっていると「うーん」とずっと唸っている琉藍の姿が目に入っていると奥の方にいる女性、風夏が私のことを呼び止めていた。
「どうしたの風夏?」
「……渚が聞きたいことあるんだよね?」
「渚が……?」
今此処のお店にお客さんとして来ているのは……渚と風夏だけだった。
渚と風夏はお互いに雑談をしながらも機材を見ていたみたいだけど……。それにしても、渚が私に話っていうのはどういうことなんだろう……?
「あーえっとね……千里ってバンドまた新しく始めたよね?」
「うん、そうだよ……?」
竜弥という人間を取り戻すという名目上で始めることになったこのバンド……。
そして、琉藍が言っていたようにこのバンドはアタシは継続的にやっていくつもりだったけど、今のところ目標と言うものはないというのは本当のところの事実だ。ただ、アタシ個人としての目標はあった。アタシの音楽で誰かが感動してくれるというのなら、アタシは感動してみせたい。竜弥を感動させたように……誰かを音楽で感動させるようなバンドにしてみせたい。それが今の目標。
竜弥が言っていたように音楽というものは誰かが聴いてくれないというのは事実だと思うし、これからこのバンドという舞台でアタシは自分の力を証明していきたいから……。自分の中でバンドというものの定義について整理していると、渚がモジモジしながらも語り始めた。
「あ、あの……千里の新しいバンド凄く応援しているから……!!私こうしてまた千里がバンドしてくれるの凄く嬉しいから…‥!!だから応援してる……よ!!」
「渚……」
顔を隠しながらも渚は率直な言葉を発してくれていた。
そうだ、アタシのことを応援してくれるのはもう一人いる。目の前にいる渚は……本気で尊敬してくれていたしファンで居てくれた。彼女という存在がアタシにとって凄く大切な存在だった。アタシの歌を傍で聴いてくれていつも笑顔で此処が良かったとか此処をもうちょっと良くしたらいいかもしれないと言ってくれたのが渚だったから……。
「うん、ありがとうね渚……」
「う、うん……!!」
ありがとう渚……。
アタシも渚や竜弥が応援してくれているからあのとき頑張れている自分がいた。それだけじゃない、私という人間を応援してくれている人たちが居てくれたからアタシは頑張れていた。そして、アタシは今と言う自分を推してくれる人達の為に頑張りたい。自分の実力の限界を超える力を見せつけたい。音楽という力で……。
「どうせなら渚も入ればいいじゃん?キーボード出来るんでしょー?」
「そうだよ?渚も入ればいいじゃん」
「え?む、無理だよ……!!」
琉藍がバンドに誘おうとして、風夏もそれに乗っかっていたけど渚はバンドに入るのを拒否していた。アタシも渚が入ってくれるなら、心強いけど本人が拒んでるんじゃ仕方ないよね……。
「風夏は……どう?」
「あーいや、私はいいかな?目の前で千里の歌を聴いてたいから」
「そっか……」
「ごめんね千里」
「いいよ、気にしないで」
本当は風夏や渚が入ってくれれば、凄く本当に心強いけど本人達が断るんじゃ仕方ないよね……と自分を納得させながらも香織と恵梨に確認の連絡を送った後に、すぐに香織と恵梨から連絡が飛んで来ていた。
「二人共なんだってチサー?」
「大丈夫だって」
「それは幸運じゃんー」
と言いながらも、「逃げ道消えた―」と頭を抱えている琉藍を見ながらも私はあることを考えていた。それは京花先輩……いや……。
面接のときに言われた京花師匠に言われたあの言葉を……。
『お前は確かに歌と言う武器を持っている。それは確かだ……。だが、はっきり言って今のお前じゃ実力の半分も出せていない。その意味が分かるか?』
あのとき言われた言葉……。
アタシはあの頃まだ自分の声がちゃんと出せないでいたからそれを指摘されているのかと思っていたけど、実際は違った。言いたいのはきっと声がちゃんと出なくなってからの歌う機会が減ったからとかそういうことでもない、本当に言いたいのは……アタシが今自分の歌声にブレーキを掛けてしまっていること。
正直そんなことは分かっている。
分かっているけど、治せない自分がいる。そして、それは正直京花さんに気づかれているけどかなり気を遣われている。アタシがまたバンドを始めようとしたときだって何か言いたそうにしていたから。それでも、やりたい。もう一度バンドを……。
そう思っていたはずなのに……。
私は現場に来て京花さんともう一人の女性……京花さんのバンドでギターを担当していた愛さんからこう告げられることになる。
やりきったつもりだった。
今自分の出来る最大限のことをしたつもりだった。でも、それが通じないなんてことは本当は知っていたのかもしれない。だって……アタシは結局自分の音楽に制御を掛けてしまっていることには変わりないから、自分というものがまだ消えているんだ。
だからこうなったのは全部アタシのせいだ。
あのとき竜弥の前ではきっとちゃんと歌えたはずなのにここぞというときにアタシは歌い切ることが出来なかった。自分に制御を掛けてしまったから……。みんなが全力を尽くしてくれたのに……アタシだけは違っていたんだ。だから……こうなった。
「うーん……そうだなぁ……52点……。あーいや、違うかな……もっと低い……」
「42点」
「ふざけんなよクソが……!!!おい……!!何が足りないって言うんだよ……!!」
ピックを握っていた香織は荒々しくピックでベースをかき鳴らしたていた。舌打ちと共にピックを弾き飛ばすと、愛さんの方を睨みながらもはっきりと怒りの声を上げていた。
「全員バラバラなんだよねー。個性がバラバラなのは全然良いことなんだけど、合わせる気がないって言うかね……。まあ簡単に言うとさ、これじゃあ全然通用しないかなって……。Vでバンドグループってかなり珍しいから最初の内は話題になるかもだけど」
「クソ……!!」
香織はベースを置いて、そのままスタジオを去って行ってしまった。
アタシはすぐに香織のことを追いかける為に、スタジオから出ていた……。一人にしたくなかったから、謝りたかったから……香織に……。アタシは結局のところ、自分の声が出せるようになっても……制御を掛けてしまっていたから……。