傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「確か……渚だったよな?」
「うん、覚えていてくれたんだね」
彼と直接会ってお話をするのはこれで二度目だからあんまり覚えていなくても仕方ないかとなっている節があった私は自分の名前を憶えて貰えていることに少し驚いていた。
「竜弥君はこんな時間に公園に来てどうしたの?散歩?」
「ああ、まあそんなところだな。ちょっと今日起きるの遅くてな、今になって散歩してるってところだ」
「そうだったんだ」
良かったと安堵している自分がいる。
何故なら、竜弥君は千里や恵梨から特にバンドのことを聞いたりしている訳じゃなさそうだったから。知っていたら、今頃竜弥君からも逃げることになっていたかもしれない。それでいいのかと言われたら無言になっちゃう。自分が千里の隣と一緒にバンドするなんて私には無理だから……。
「そういう渚だって昼間の公園でなにしてるんだ?散歩してたって訳じゃなさそうだが」
「そうだね、ちょっと色々あって考えてたことがあったんだ」
もう汗は完全に乾いていたから散歩してたなんて言い訳は出来なかった。
実は今から散歩するんだと言っても彼みたいにジャージという訳じゃないから、怪しまれてもおかしくはないから……。
「考え事か、まあこういう色んな自然を眺めながらも色々と頭の中の情報を整理するってのも悪くないかもしれないな……」
「そうだ……え?」
ベンチが少しだけ音を立てているような音が聞こえたのと同時に、彼は隣に座って来ていた。何も言わずに、隣に座られたことに戸惑っていたというよりは推しの彼氏が隣に座っているという事態が「大丈夫かな?」となっている自分がいてしょうがなかった。
え、えっとでも……座って来たの竜弥君だし、いいのかな……?となって少しばかり距離を置いて座り直すことにしていた。決して、彼のことが嫌いとかじゃなくて千里に遠慮しておきたくてしょうがなかった。だって、隣に座るのは千里だから……。
「どうかしたか渚?」
「え?あーえっと、なんでもないよ……。自覚ないんだ……」
本当に自覚無しで座って来たんだと困惑しながらも、私は公園の中に自然に囲まれながらも周りを見渡していた。見渡すと言っても、周りは木々に囲まれているだけだから、特に大して何もないと思われがちになるかもしれないけど、実際は違う。
聞こえてくる風の音、木々が揺れる音や瞬間……。
時々、やってくる鳥たちが公園の歩道を徘徊している姿、人が歩いている姿や音だけその場の雰囲気を楽しめている。こういう情景を楽しむことで私は新しいものを頭の中で思い浮かべることができる。
そういう意味では恵梨と似ているのかもしれない……。
「渚は……自分が楽しいと思える瞬間ってのあるか?」
「自分が楽しいと思える瞬間?」
「ああ、自分が楽しいと思える瞬間って奴……。俺は此処最近、自分がどういうことをしてどんなことをすれば自分が喜んで楽しむのかよく分かってなかったんだ」
知らなかった、彼がそんなものを抱えていたことを……。
竜弥君のことは千里から偶に聞いたりしていたこともあったけど、その話の中から聞いた限りでは本当に千里にとって彼という人間が影響力がある人だということを知りえることが出来ていたけど、よく考えてみれば私は彼の人となりをあまり知らなかったから意外となるのも無理はないのかもしれなかった。
「でも、最近になって色んな奴がそれを気づかせてくれた。二人はゲームが滅茶苦茶上手な奴らで俺と同等ぐらいの実力を持っている奴らなんだ。その一人は、ゲームを楽しむものというのを信条に掲げて極限までゲームをやり込もうとするゲームジャンキーな奴なんだ」
なんか凄い知ってる子な気がする……いや、名前を出してはいないけど彼が言及してくれているのは同期の紀帆だということはすぐ見抜けた。底抜け明るくてそれでいてゲームが凄く上手い。話していて凄く楽しいのもそうだし、私に持ってないものを凄く持ち合わせている。
「もう一人は俺のことを凄く慕ってくれる奴なんだ、本当に俺のことが大好きみたいでな。話を聞いていても俺に対する情熱が凄い伝わって来るんだ。でも……俺は思ってたことがあるんだ」
「思ってたこと……?」
「俺は……あいつに失望されてるって……。説明すると長くなるんだけど、色々あってそのときに俺はもうあいつは俺のことは好きじゃないだろうし忘れてるだろうなってなってたんだ。それが当然だろうし、必然だともなっていたけど、あいつは俺に対して言いたかったことを言うだけで言って俺に対して不満を抱えてなんかいなかったんだ。それに気づいたとき、俺はすげえ自分が情けなくなったのと同時に……」
「滅茶苦茶嬉しかったんだ。救われたんだ、あいつという存在に……。感情がぐちゃぐちゃになりそうだったけど、今だったら俺は言える。俺はあいつが尊敬してくれる奴で今でも居続けたいって……」
彼のことを尊敬している子の話を聞いて私はその子のことを知っている訳じゃないけど、誰の話をしているのかはなんとなく気付いていた。それはきっと青空奏多というVtuber。彼は竜弥君、神無月ロウガのことを凄くリスペクトしているような言動が多い子だった。年相応っぽそうな子だし、きっと本当に彼のことを尊敬していたんだ。
推しの冥利に尽きるって言葉があるとしたらこういうことなのかな。
その彼はきっと竜弥君の存在が凄く大きかったんだ。私にとっても千里はそうだけど……此処まで胸を張って情熱的な子は凄いなぁ……。
「話が長くなったな、結局俺が言いたいのはあの二人のおかげで自分が手にしたかったものを手に入れることが出来たんだ。ゲームの楽しさという本質をあの二人から……だから俺は今自分が楽しいと言えるものを手に入れることが出来た」
「凄くいい話だね、きっとその三人で白熱する戦いでもあったんだね」
「ああ、まあ……あったな」
その激闘の結果をしっているし、どうなったのかも知っているけど私は敢えてボカしてそのことに触れていると竜弥君は自分がVだということを知られていたことに勘づき始めていた。
「さっき……尊敬してくれている子の話。竜弥君してたよね?そのことでちょっと聞きたいんだけど、いいかな……」
「ああ、全然構わないけど……」
一旦、散らかり始めている脳の情報を整理整頓する。
記憶という映像を自分の中で再生し直したり逆再生させたりしていた。その記憶の中で一時停止しそうになっていたものがあったのはそれは恵梨から言われたあの言葉だったけど、私はその映像を完全に見終えていた。
「私ね、実は恵梨からバンドに誘われたんだ。それで色々自分のことを褒めてくれたんだけど、断っちゃったんだ」
「理由は?」
「千里の隣に立てるほどの自信がないんだ。と言うより、自分の音に自信がない……んだ」
こういうことが竜弥君に伝わるかは自信が全くないけど、口にすることで多少は自分の気持ちが軽くなるかもしれなかった。実際、少しばかり軽くなった気はしていた。本当に些細なものでしかなかったけど。
「自分の音に自信がないって言うのはどういうことなんだ?」
「うーんえっと……私、少し人とズレてて……。人が弾いたり、歌ったりする音から情景とか感情とかそういうものを読み取ることが出来たりするんだ。例えば、千里がこの前バンドで歌ってた新しいオリ曲のヒペリカムは……脳内で色んな情報が溢れたんだ。一人一人の悲しみは続かないっていう言葉が特に、ね……。ああいう歌詞、直接的な歌詞は凄く情景とかそういうものが分かりやすいかもしれないけど、頑張っている人に向かってそっと背中を押してあげられる。そんな歌詞な気がしていたんだ。まるで、日頃から孤独感という苦しさを人に向けて歌ってくれているような気がしていたんだ……」
「渚……」
「あーえっと、ごめん。なんか気持ち悪いよね、こういうのって……。あんまり言わないようにしてるんだけど、やっぱりこうやって何かを湧き上がらせて鮮明にさせるっていうことが好きなんだ……ごめ「凄いな……渚は」」
「え……?」
間抜けな声が出てしまう。
想定していたものとは全く違うのが返ってきていて、固まりそうになってしまっていた。
凄い……?自分が……?
彼の言っていることがまだ自分で呑み込むのに時間がかかっている。ゆっくりと咀嚼しようとしているけど、意図が分からなくどう反応すればいいのか迷っていた。
「ああ、悪い。いや、俺も実はヒペリカムを聞いたとき似たようなことを思ってたんだ。人の心に弱さや逃げたいって側面があって、それから逃げる必要はないとそっと受け入れてくれるような歌詞は本当に千里らしくて俺は好きだったんだ」
反応に困っているのが伝わっていたのか、彼は少しずつ自分があの曲から受け取れたものを語り始めていた。
「でも、そういうのを千里の前で言語化するのは難しくて俺はあんまり言わなかったけど……渚が言う頑張っている人に向けてそっと背中を押す楽曲だっていうのは凄い分かるんだ、後一つだけ言っておきたいが……」
「渚、その情景とか感情を頭の中で描くっていうの俺は気持ち悪いとか全然思わない。寧ろ、少し羨ましくなるぐらいだな。ゲームとかでこのとき、このキャラが実はこういうことを想像してたとか抱えていたんだなとかそういう裏の背景は想像することも出来ても、渚みたいに思い描くことまでは出来ないからさ」
似たようなことを言われたことがあった……。
前に紀帆に歌のことを教えて欲しいと頼まれたときに風夏も含めて一緒に音楽の話をしていた。紀帆は私のがあんまり参考にならないとは言っていたけど、こう言っていた。
『まあ……ゲームの裏の背景を読み取るのと似てると思えばなんとかなるかもしれへんなぁ……』
まさか彼から紀帆と同じような言葉を聞くことになるなんてとはなっていたけど、影響を受けてそれから彼女っぽい台詞を言うようになったのかもしれないと想像すると、ちょっぴり面白かったりしたけど風夏や紀帆みたいに感性を否定してくれなかったことは少しばかり救われていた。
「じゃあ、私からも一つ聞いてもいい竜弥君……。私は千里達のバンドに入るべきだと思うかな?」
「それは……何とも言えない」
「やっぱり好きな人のバンドだから新しいメン「そうじゃない、そうじゃないんだ渚」」
きっぱりと否定してくう竜弥君。
わざとこんな発言をしようとしていたんじゃない、好きな人のバンドに新しいメンバーが入るということは少し不安になることに繋がることだったから発言しようとしていた。自分に自信がないから、「逃げる為に」と言われたらそれでおしまいだけど……。
「俺が言いたいのは渚がどうしたいのか……ってことだ。渚は今のところ、千里の隣に立ってバンドをやるのは嫌なんだろ?」
「そうだね」
「やりたくないって言う気持ちがあるなら、やらない方がいいとは思う。もっと言うなら、隣に立って渚が苦しむのなら、俺はやらない方がいいって断言できる。でも……これだけは言わせて欲しい」
「僅かにでも心の中に千里と音楽をやりたいっていう感情があるなら……それに従って動いてみるのも案外悪くない。それを……あいつは教えてくれたよ」
「あいつ……?」
「なあ、そうだろ……!?」
「紀帆……!!」
言葉の視線の先に向けると……そこには紀帆がいた。
いや、紀帆だけじゃなかった。隣には風夏が立っている。咄嗟にベンチから立ち上がって私は「逃げる」という選択肢を取ろうとする。何故、そんな行動に出たのかは頭が活性化されていて風夏や紀帆だったら、恵梨からバンドのことを聞かれていてもおかしくないと判断したから。
とりあえず、今は逃げるしかないと脳からの指令のままに動き出そうとしていたけど、景色が変わることはなかった。それどころか自分の足が全く動いていなかった。風夏が私の腕を掴んでいたから……。
「ごめん、渚……今から私のエゴを言うけど……私はやって欲しい……」
「私は千里と一緒にバンドやって欲しい……!!」
「風夏……」
「私は……知ってるから……!!どれだけ渚が千里のことを応援していたのか、どれだけ千里の音楽が好きだったのか、を……!!だから……一緒にやって欲しいの……!!」