傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「風夏、この曲を試してみたいんだけどいいかな?」
「うん、いいよ」
二人でやって来たカラオケ屋……。
個室の部屋に案内された私たち。二人で使うには少し大きい部屋で電子目次録からある曲を指定してそれを確認してきている。了承すると、千里はその楽曲を入れてマイクを持って歌い始める。
立ち上がり、歌い始めている。
この楽曲はしっかりとした声の響かせ方を学べて、低音から高音までの緩やかな音程の移動が多くて、安定した発声を鍛えられる。なによりも、感情表現が重要になってくるから、表現力を高めるにも悪くないと分析しながらも私は千里の歌声を聴きながらもあることを思い出す。
『アタシに……声を教えて欲しい……』
電話越しで言われた力強い決意を彷彿とさえる声。そんな風に言われる日がやってくるなんて全く予想もしていなかった。千里の歌は私も凄く好きでよく聴いてることが多い。一度、耳にその音を鳴り響かせるだけで大概の音は覚えられることができる千里の存在をしていったから私から学べることがあるなんてとてもじゃないけど、ないとしかなっていたけどそれでも千里に何かを教えられるというのは悪い気はしていなかった。
「風夏、次同じの歌ってみて」
「う、うん」
自分の点数を確認することもなく、いきなりマイクを渡されたことに少し「え?」となりながらも、受け取って私も同じ歌を入れることにする。立ち上がり、心を落ち着かせるようにして私は一度グラスに入った烏龍茶を少し飲んでからマイクに声を吹きかけることにした。
「凄いね風夏は……」
「え?あーそうかな?私はなんか全然だよ、バラードそんなに得意じゃないから。それに比べたら、千里は凄いじゃん?感情の深みとか揺らぎとか、そういうのをちゃんと込められて歌えてるんだから」
明るい曲とか応援する曲とかそういうのは実際得意ではあるけど、バラードとかになると難しいとなってしまう自分がいるのは間違いないとはっきりと言えたからこそ私は言っていた。
「そんなことない。アタシは確かにそう歌えているかもしれないけど。風夏みたいに技術で補うことは出来ない、どうしても声に制御が掛かるから」
「技術……」
そういえば、言われたことがあった気がする。
V-Nextに入るとき私は技術の人間だと……。発声や理論を駆使して、精密に歌い上げることが出来るって……。音程やリズムが正確で、発声が安定しているって……。渚曰く私が技術派なのは真面目で努力家だからと言っていた気がする。
「風夏、じゃあ次はこっち歌って」
電子目次録に表示されているのは私の歌ってみたの中で一番再生数が高い楽曲だった。
いきなり準備もしていない状態でこの楽曲を歌わされることになるなんて想像もしていなかったけど、やるしか……ないよね。
了承すると、千里はその曲を入れる。
歌い終えると、千里が腕を組んだまま無言でいる。
それはまるで思考をしているみたいだった。
「風夏ってさ、歌うときどうしてる?頭の中で色々考えながら、歌ってる?」
「うーん?技術派って言われることも多いけどね。出来る限り、誰かに届けられるようにとかは考えては歌っているかな」
「やっぱり、そういうところだよね。風夏の良い所って……」
腕を組むのをやめて、千里はグラスに入れていたペプシを飲んだ後に語り始める。
「どういうこと?」
「風夏の歌声ってさ、聴いていて凄い背中を押されているような気分になれるんだよね。そういう楽曲との相乗作用もあるのは間違いないのかもしれないけど、聴いているだけの芯のある力強さと温かさを感じることができるの。技術的なのに声に情熱や誠実さが含まれているから、聴いていて自分が後押しされているような気分になれるんだ」
「そうなんだ……なんか凄い照れるね」
自分のことを褒められているのに他人風になってしまうのはきっと千里に此処まで褒めて貰えたからなのかもしれない。心地よい感覚が響きながらも私はグラス越しに烏龍茶を飲みながらも千里の歌声を聴きながらも、あの日の記憶が鮮明になり始めていた。
『風夏も一緒に見に行こう?』
高校の放課後のあの日……渚に誘われるような形で私は千里達のライブを見に行くことになった。渚がそこまで熱中しているものに興味があって、どういうものなのか知りたかった。そして、それを知ることが出来たのは今となっては私を成長させるものへと繋がった。
『これだ……これなんだ……』
あの日、ライブを体感した私は自分に足りなかったことを肌で実感できた。
小学生の頃から歌が上手いと音楽の先生から言われたりしたことは何度もあった。それこそ、両親とか先生からの推薦でカラオケ大会とか、もっと大きな奴だとのど自慢とかで優勝したりしたことはあった。
そこから将来は歌手になりたいという願望はあったけど、どういう歌手になりたいとかそういうのはなんとなくしか決まっていなかったけど、あのライブで私は確かなことを得ることが出来た。ステージの上で歌って演奏していた千里達のように私もあんな風に輝きたいという意志が芽生えていた。そして、多くのお客さんと一緒に湧き上がりたい、私の歌声で……。
「風夏、今の歌の駄目なところ教えて」
「うん、任せて。今のところはね──」
◆
もう何曲歌ったのかなんて頭に全く入ってない。
ただ一つだけ言えることがあるとすれば、風夏に言われたことに関してはかなり気を付けようとしている。風夏は私に教えることなんてないと断言していたけど、かなりダメ出しを喰らっている。一番、言われたのは表現力の強弱に関してだった。声に制御が掛かっているため、それが全く出来ない。
元々、私の声に関しては精神的な問題もあって言葉を口にすらキツかった。それは竜弥と再会したことによって徐々に回復していって最近でははっきりと喋られるし、歌うことも出来ていたいけど歌うことに関してははっきりと未だに声に制御が掛かっている。
「千里……一つだけ確実に言えることを言ってもいい?」
「忖度抜きで言って」
「じゃあ言うね……。千里の歌声に制御が掛かっているのはきっと……感情により影響がかなり強いよ」
「どういうこと?」
さっきまでずっと風夏に感情力や表現力について指摘されていたけど、もしかしてそのことと関係しているのだろうかとなっていると風夏は言葉を続ける。
「千里、前に言ってたよね?歌う時は、空間を作り出して歌おうとしているって……。恐らく、それが原因で感情が右往左往しているんだと思う。例えば、ステージの中で歌っている自分を想像することでそこにいるお客さんへの歌を込めているせいで、緊張とかプレッシャーとかで無意識に声が硬くなったり、後はそういう視線を気にし過ぎて過剰に表現しようとしている。要は……」
「空間に縛られ過ぎてるよ」
風夏の言っていることは一語一句、重要だった。
そして、それを指摘されたことによって自分の課題点が見つかったのと同時にあることを思い出していた。
『アタシの目の前だからって上手に歌おうと意識し過ぎてない?』
それはかつて竜弥とカラオケに来たときの話。
アタシが竜弥に歌うときに意識し過ぎていることを伝えたことがあったが、まさかその指摘が自分に返って来ることになるなんて思ってもいなかったし、まさかそういう理由だとも気づけなかった自分が情けなくなりながらもマイクを握り締める力を強くする。
「風夏……一つだけ一緒にして欲しいことがあるの……」
◆
「……バーチャルライブ?」
偶々、目に入った場所はVtuberによるライブ会場の場所だった。
こういうもの時代の流れもあってか、最近は流行っているのを目撃するし特に驚くべきことでもなかったがどうにも気になっている自分がいた。それは恐らく、色んな音楽に触れたと言う欲求から来るものだったのかもしれない。
「行ってみるか」
フラッと入って体感をするというのは他のファンからすればあまり嫌なものかもしれないが、ライブハウス的にフラッと入ってもよさそうだったのを確認してから俺は中のライブハウスへと入ることにしていた。
中へ入り、程なくして当日料金を払って俺はライブハウスの中へと入って行くことにした。何も知らないで入るというのは本当に意味不明な行為でしかないが、こう何か始まるかもしれないという高揚感と興奮感を期待していると、自分が立っている位置の上の照明が消えると、周りの観客達の「いよいよ始まる」という熱気が伝わりながらも待っていると……。
「!!?」
思わず自分の口を手で塞ぎそうにする。
それもそのはずだ、目の前に映し出されたのはアバターだったが、それは俺が知っているよく人たちだった……。
「マジか、こんなことなんてあるんだな……」
神代マナと……久龍アンナ……。
まさか……此処で二人の……ライブを見れることになるなんてな……。画面に釘付けになっていると、横から微かに声が聞こえて来ていた。
「V専門のライブハウスがあると聞いてはいてようやくその現場を見れることが出来たが……まさかその現場でお前と出会うことになるとはな……樫川竜弥」
「京花さん……」
隣に立っていたのは京花さんだった。
どうやらこのライブハウスの見物がてら見に来ていたようであり、腕を組みながらもあの人はライブハウスの映像を目に焼き付きているようだった。
「見せてもらうぞ、二人共……。どれだけやれるのかを……」