傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
『イラスト配信、締め切りは守ろう』
こういうタイトルにしてあるけど、私は締め切りとか納期は本気で守っている。
戒めとしてこういうことを書いていると捉えて貰って構わない。というか、ご不幸でもない限り締め切りとか納期は私は絶対に守った方がいいとのは凄く当たり前だけど、今はモヤモヤがあった。それを振り払おうとしても、何処かへ行くことはない。配信中、珍しくイラストに対してあーでもこーでもないと言っているとリスナーから『珍しく悩んでいるね』というコメントが流れて来る。
「まあ、ちょっと色々あって……ね」
此処最近問題が山積みになっていて自分がイラストに対して精力的に描いていなかった。そういうのもあって、いざイラストを描き上げようとしようとすると自分の頭の中に疑問が生じてしまう。これでいいんだろうか?という悩みを抱えつつも、進むしかないと言う地獄を突き進んでいると、更にコメントが流れて来る。
『もしかして思い浮かばない?』
「……それかも」
流れて来たコメントに対して真っ先に反応をする。
まるで自分が正確に気づけていなかったところを知れた気分だったけど、それに身に覚えがなかった訳じゃなかった。と言うのも、私は自分が弾くギターに対してこれじゃ無い感があのライブ以降、ずっとあった。気づきを得たのは恐らく、久しぶりにバンドという形式の上で音を作ろうとした結果。自分の音は分かって、それを確かめることが出来ているのに「やっぱ違くない?」という不思議な感覚で引き続けるという変なことをしていたのだ。
「はぁ……まさかそういう系だった……か」
ギターだけじゃなくて、自分のイラストに対しても「違う」という感覚に陥っていたなんて本当に笑い話にしかならない。これじゃあ、作品という生命を吹き込むなんて出来るわけがない。背もたれに寄り掛かって、おでこ辺りに手を置きながらも自分が我ながら情けなくなっていた。とはいえ、双方の原因が同じならそれを解析して動けばいい。じゃあ、どうするかと言わたらかなり暴挙みたいな行動に出る。
納得するまで描き続ける。
修正をしたり、描いたり、戻したり、最悪全部最初からやり直すことで自分が想像する創作物というものを完成させる。自分が納得できないもので他人を納得なんてさせられる訳がない。ごり押しみたいな理論だけど、この理論でやるしかない。締め切りまでの期間はあるけど、このままだと絶対スランプになる。
「はぁ……はぁ……」
出来上がった……。
何かを作り上げるのに息切れを起こすなんていう行動は異常過ぎるかもしれないけど、目の前にある作品。幻想的な雪の中、シベリアンハスキーと飼い主が駆け巡りながらも一緒に楽しく遊んでいるような情景を彷彿とさせる作品を作り上げることが出来た。更に付け足すなら、この中に出ている少女は大体高校生ぐらいで小学生の頃からこのハスキーと一緒に暮らしていていつも冬の日は楽しく遊んでいるという裏設定を加えていることも出来ていた。
「とはいえ、強引にやったからどうやってこれに行きついたの答えを出さないと……」
早速、分析をする。自分がどうしてこの答えに行きついたのかを……。まず、一つ目が私は自分に対して理想と現実のギャップを強く意識していたこと。そのギャップを埋める為に、自分が納得できるまで描き続けることが出来た。二つ目にその劇薬的な行動の効果によって、一種の「ゾーン」に入って、時間を忘れるほど没頭することが出来たこと。時間を見れば、悩みが芽生えた頃から既に数時間以上が経過していた。極端な集中状態に入ることで、自己評価や迷いを振り切って、「自分を求める表現」に近づけることが出来たのかもしれない。三つ目は「違和感を無視しない」ということ。妥協をせずに理想の形を追い求めることで、最終的に自分の納得のいく作品に辿り着けることが出来た。
となれば、この四つが自ずと答えははっきりさせてくれている。
消耗が激しい方法ではあったものの、私がこの作品を作り上げることが出来たのは「納得するまで描き続ける」ということ。
「なんだ、いつもの私じゃん……」
足りなければいつだって、継ぎ足してきた。
「何かが違う」という違和感に気づけていることはそれだけで自分という人間が分かることができる。イラストが出来て一息ついてから、私は「みんなお疲れ」と言いつつも配信を切ることにした。
「少し……夜風に当たってこよ……」
此処から一曲作り上げようとなっていたけど、流石にそんな体力もなく夕飯を買うついでに外に出ることにしていた。コンビニ弁当で済ませるほど健康を蔑ろにしたい訳じゃないし、ちゃんとお金のことも考えて節約しようとスーパーを目指そうと外に出て、少しばかり風に当たりつつも歩き始めていた。
『はぁ……やっぱり恵梨の特訓つれぇわ』
あの日、スタジオで猛特訓を始めた私達。
結局、我武者羅にただ演奏をしていただけに過ぎないから「何故?」とかは後回しにしていたけど、やっぱり「どうして?」という疑問を突くべきだった。そして、その原因がまさかの私だったというのも知らずにいたのは本当に愚かとしか言いようがない。歩きながらも、猛省していると目の前に二人組の女性が通って行ったけど、その女性二人に見覚えがあってもう一度振り返ると、そこには紀帆と……愛さんがいた。
「紀帆と……愛さん」
「恵梨やん、元気してたん?」
「私はちょっと疲れ気味……紀帆は?」
「ウチはまあそこそこやで。今は愛とちょっと外食してたところなんや」
「そうなんだ……」
紀帆がこっちに来ていたのはなんとなく分かっていたけど、まだこっちに居たんだとなっていたのは内緒にしておくことにした。紀帆、そういう余裕で突っ込んできそうだし。
「じゃあ、私は行くね紀帆。それじゃあ、愛さんも……」
二人の邪魔をしちゃいけないだろうし、私はその場からとっとと去ろうとしていたその瞬間愛さんは私に声を掛けていた。
「八十科は……昔他のバンド入ってたんだよね?」
「……なんでそんなこと知ってるんですか?」
「あーいや、京花から聞いてね……。八十科が過去に違うバンドとして活動していたって言うのを」
肯定も否定もせず、私はただ無言のまま立っていた。
千里達と組む前のバンドのことを知っている人なんてほとんどいない。あの場は確か有名になっていたかもしれないけど、あのバンドはもうないし本当に知っている人も少ないはずだ。知っている人が知っているというバンドでもなかったから……。
「活動してました」
此処で変に誤魔化す必要はないと判断した私は愛さんに自分に過去のバンドというものがあるということを知らせた。
「前のバンドに未練とかな「ある訳ないです」」
愛さんの言葉を遮ることになってもいいと思い、私はきっぱりと断言していると彼女は何処か驚いている様子だった。私が此処まで言い切るとは想像していなかったのかもしれないけど私は元のバンドに未練なんて本当になかっ……いや、ありはした。ありはしたけど、もうあのバンドは私にとって居場所じゃなかった。
「千里と出会ったとき、あの歌声に全てを賭けたいと覚悟を決めました。千里の歌声には人を惹きつけるものがある。歌声で人を惹きつけて虜にさせる力があると信じていたからこそ私は綾川千里に全賭けしようとしたんです。だから……今更前のバンドに未練なんてこれっぽちもありません」
あの日、千里からの誘いを断っていたら一生音楽という概念の囚人になっていた。それを救ってくれたのが千里と竜弥だった。あの二人が音楽の奴隷から私を解放されて、自分だけの音楽を作り上げていいと明言できた。なにより、自分が歌うということが楽しいとまだ思い直せることが出来たから。
無言の時間が長く続いている。隣にいる紀帆は心底退屈そうにしている。
それに対して愛さんは自分とはまるで違うと言いたそうに表情をしていた。この人はあまり表情を見せないような人だと認識していたけど、実際は違うみたい。
「私は千里だけに全てを賭けている訳じゃありません。香織や琉藍……そして渚にも賭けることに決めたんです。それに、バンドっていうそういうものじゃないですか?一分一秒でも出し惜しみなんてしていたら、バンドがバンドじゃなくなる。それは元ハーモニークローバーの愛さんも知っているんじゃないですか?」
問いかけるも彼女はひたすら無言を続けている。
愛さんがハーモニークローバーのギターだったというのは知っている。恐らく、千里や琉藍、渚は知っているはず。香織は多分、知らないと思うけどと推測しつつも私は間髪入れずに言葉を続ける。
「そして、もう一人私が賭けた子がいます。その子はバンドとは関係ないですが、私はあの子ならきっと凄い人間になれると信じています。あの子は情熱を持っていて、強い意志を持つ人間ですから」
最初に会って依頼を頼まれたとき、竜弥のことばかり頭にあって苛ついていた。でも、あの子の配信やVに対する思いというものを何度も配信を通して見て来たから私はそれを知っていたからこそあの子なら大きな存在になれると信じている。そう、恭平なら…‥。
「愛、恵梨の決意は本物みたいやで?少なくとも、最後に言っていたガキはウチも耳がタコになるほど知っとる奴やからな。いつまで黙っているつもりなんかは知らんやけどな。これ以上は無理やと思うで?」
「そうだね、八十科の強固たるものは重々伝わって来た。でも、今のままじゃ絶対にバンドの成功する確率なんてのは絶対に低い。それだけは言っておいてあげるよ」
「知ってますよ、そんなこと。だから……私達は高めようとしているんです」
それだけ伝えた後に愛さんと紀帆は私の前から去って行った。
紀帆の方は「ほな」と言いながらも挨拶をしてから去って行った。あの人の言う通りだ、私達がバンドを続けていくと仮定して継続的に活動出来つつ伸びる確率なんてのは低いけど、今私達は仲間と一緒に高め合っている。その行動は誰よりも美しく実りがあるものなのは間違いないはずだから。
「琉藍、香織……今日はある人を連れて来たよ」
次の日、私は渚と一緒にスタジオに入ると、琉藍が「あれ?」と言っている声が聞こえて来ていた。そして、それから少し経った後に「入って来てください」と言うと、ご老人がスタジオの中へと入って来ていた。
「初めまして、柊真人と申します」