傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「ふむ、ではお次はこの楽曲と行きましょうか」
楽曲を選択すると、コメント欄が湧き上がる。
私の配信は常に視聴者数が5000人以上配信が多い。このような老いぼれの配信を多くの人達が見てくれているというのは大変喜ばしいものだが、歌枠となれば8000人以上もいることが多い。そして、その今歌枠というのをやっている。果たして老獪の歌枠など誰が興味あるのだろうか?と内心、半信半疑になりながらもこれを始めて早半年以上は経っていた。まさか、此処まで大きくなるとは本当に予想だにもしていませんでしたな……。
人生、なにが起こるのか本当に分からぬものだ。
ただ自分の人生というもの以外に第二の人生があるのならば、そこに預けてみたいとなって初めてこの活動が……。そして、なにより亡き妻との約束を果たすために……。
「あの……それで柊さん、どうでしたか?」
目の前には姫咲さんの姿がありました。
そう、私は今スタジオに居るのでしたな。碧波さんと共に今日もまたスタジオで彼女の練習に付き合う予定ありましたが、そこで八十科さんと出会い事情を聴かれた私達はありのままなことをお伝えしました。その結果、彼女は私に碧波さんも交えて自分達の音楽がどれほどで上達しているのか試し聞きして欲しいと話を持ち込んできました。
私としても、この願い断るほど鬼ではありませんでした。
多種多様な音楽を聴くということはそれだけで色々受け取れるものがございます。言葉や景色、音色までそれはもう数えきれないものがありますが、やはり響くということではないでしょうか?響くというのは、音楽を耳から通して聴くことでその音楽の情緒をどれだけ伝わっていくかということです。そうすることで、そこに初めて感情というものが生まれて、人は喜びや感動をして涙を流すこともあるはずなのです。私はそういう音楽にある感情というものが好きなのです。
「失礼ながらはっきりと言いますが、このバンドは足りないものがはっきりとしていることがありますな」
「足りないものですか?」
「左様でございます、このバンドにもっとも足りないものは感情というものです。私は音楽においてこれはとても重要視されているものです。勿論貴方達、一つ一つに確かに感情があるのは間違いありません。特に月見里さんは楽しそうに楽器を叩き続けるその姿は人がどう見てもそういうものだと伝わってきますが、それは大変素晴らしいことです」
「つまり……個人として見たときに音はいいけどバンドとして見たときにはダメってことですよね?」
「その通りですな、今私が聴いているのはボーカル抜きでのバンドである為、それが足りないということはあり得るかもしれませんが、例え居たとしても少しばかり変わるだけでしょう」
冷静に私の言葉に対する回答を言い放ったのは八十科さんでした。
かなり厳しい言い方になるかもしれませんが、結局のところ今居ないボーカルが居たとしても彼女達の実力が多少優れるぐらいで変わることはないはずです。もし、それで変わるようなことがあればそれはバンドの個性が光っているのではなくボーカルの個性が光っているだけのバンドということになるはずですな……。
「少々長話をしてしまいましたようですね、此処ら辺で休憩としましょうか」
「え?は、はい……!あ、ありがとうございました!」
碧波さんの声と共に私は一度、スタジオから出ることにしていた。
こうして他の人達に対して何かを教えるという行為は本当に久しぶりでしたな……。
◆
「バンドとして見たら感情がないか……」
一度、休憩を挟まれた私達。
エリーはいつも通り難しい顔をしてずっとギターを担いで楽譜と睨めっこをしている。
「難しいこと言ってくるよねー、あの漫画に出て来そうなお爺ちゃん」
「漫画に出てきたら……確かに真人さんそう見えるかも……」
渚と香織が会話をしている。
まあ、確かにあのお爺ちゃん漫画に出て来そうな感じがするけど、なんーか見た事あるんだよねぇ。あのお爺さん。何処だったっけなぁ……。なんかお祖母ちゃんと昔行ったコンサートで見かけたような……。
「コンサート……?あー、なるほどね……」
自分で勝手に納得しているという珍妙な行動をしていると二人が再び話をしていた。
「というか渚、これからよろしくね!」
「え?ああ、よろしくね香織」
「それにしても、渚のキーボードってこう幻想的な感じでいいね。子守歌配信とか凄い得意そう!!」
「あー私の歌枠とかピアノ配信を子守歌にしている人、結構いるみたいだよ?」
「やっぱり……!!」
ヒメと渚のわちゃわちゃとした話が続いている。
渚というか……名前なんだったっけ。えっと確か、そうだ。思い出した。
一度確認したこともあったけど、確かに幻想的なものを感じさせるものが多かった気はするんだよね。実際、そういうのを主にやっているところもあるっぽそうだったし……。なのに、本人はその音がまるで空白らしいけど……さ。その間にも恵梨はただひたすらに無言で居続けていたけど、ギターを一旦置いてから、息を吐いてそのまま一旦スタジオを出ようとしている。
「何処行くんのさ?エリー」
「気分転換にちょっと外の空気吸ってくる」
「あっ、じゃあ私もついて行くよ!!」
エリーの後を追いかけるようにして、ヒメがスタジオを出て行った。
渚と二人になった私は特に空気が重苦しいと感じることなく、彼女に話しかけていた。
「ねぇ、渚ってさぁ……自分の音分からないんだよね?」
「え?そう……だけど……。ごめんね、その使えな「あーそういうのいいってば、そういうの言いたいんじゃなくてさ。渚って自分がどうしてそうなっているのか原因分かってる?」」
「原因?」
「っそ、例え対策を練ったとしても原因を知らなくちゃまた同じことになるかもしれない。そうなったとき、辛いのは自分なんじゃない?」
そう言われて、無言になる渚。
この話はどうやら図星だったようだった。渚の音楽は確かにヒメが言っていたように幻想的なもの。例えるな、深海の中でただ一人の少女がずっと歌い続けているようなそんな感じ。ただ、その原因が本人がまるで知れていないようじゃ、いつまでもその深海から届けられる歌声や音は自分の中では欺瞞に満ち溢れたものになっちゃうのは辛いものだというを知っているんだよね、私。
「うーーん、ちょっとお爺さん先生に聞いてみる?」
「え?」
「こういうのって経験者に聞いた方が学べたりすることもあるからねー」
「経験者……?」
自分で言った「コンサート」という言葉でようやく思い出せたよ。
あのお爺さんが何者だったのかを……。
「元ピアノストの柊真人……。まさか、こんなところでお目に掛かれるとは思ってなかったでしたよー」
スタジオを出て渚と共にあのお爺さん先生が何処に居るのか探していると、スタジオ近くの外の自販機で飲み物を飲んでいる姿があった。元ピアノニストという単語を使うと、隣にいる渚が驚いたような目になっていた。どうやら、渚は本当に知らなったようだねこのお爺さんが何者なのかを……。
「知っていたのでしたか?私のことを」
「お祖母ちゃんがバンドに限らず音楽全般が好きな人だったんで、偶に音楽コンサートとか行くときがあったんですよ。それで、思い出せたんですよ。その中に柊真人という人がいたと」
「しかし、ピアノニストなんて星の数ほどいます。私のことを覚えているとはとても思えませんが?」
「特徴的な音をしていたので思い出せたんですよ、柊さんの音は確か凄く有機的で語り掛けるようなものだった……。まあ、そうですね。例えば、人の言葉のように感情や物語を伝えてくるような演奏って言うんですかね?そういうものが色濃く出ていたのを覚えていたんですよ」
「……なるほど」
更に言えば、柊さんの音楽は聴く人に物語を感じさせてくれるものだった。単に演奏をするだけじゃなくて、ピアニスト自身が何かを語っているようなそんん感覚が受けていたからこそ私は覚えていた。確か、あの頃はまだ小学生ぐらいでお祖母ちゃんに無理矢……色んな楽器を触らされまくっていたんだよねぇ……。だから、退屈だったそういうコンサートとかも柊さんやそしてその奥さんの音楽もまたいいものだったんだよね……。
「私のことを知っていると言うことは、妻のことも覚えておりますかな?」
「覚えていますよ、柊さんの奥さんの音楽もまた語り掛けるような音楽でしたから、ただ柊さんのと違うところがあるとしたらその音は幻想的な響きがあって、優しく包み込むようなものでしたよ」
「ほう?私と違うと?」
「はい、奥さんのは先ほど言いましたが柊さんの場合は鋭く切り込むような音がありました、強い意志や苦悩を伝える音楽というものがあって、強弱のコントランスが激しく、内面の葛藤が直接伝わるものでした。これに関しては、傍で聴いてた渚の方が分かるよねー?」
「え?う、うん……。こうなんというか、強い音が激しく光っているんだけどその中には哀愁に満ちた語り掛けのようなものがあったよ」
私達の話を呑み込みながらも、柊さんは缶に入っていた飲み物を一気に口の中へと放り投げている。豪快っぷりな飲み方に頷いている自分がいた。
「なるほど、お二人はやはり音楽というもののにおいてはかなりの才能の持ち主のようだ」
「まあ、お祖母ちゃんが音楽やってただけだから自然と色んな楽器やっていた時期もあって分かる?ってぐらいなんだけどねー」
「私の場合は、そんなに場数は踏んでないからなんとも……」
「それでも、お二方は本当に素晴らしいものです……。貴方達のような才のある音楽を持ち合わせている人達ならば、この話をしてもいいかもしれません。私が……Vになった理由を」
◆
あの日……雨が降っていた。
私はピアニストとしての仕事を全うしてから病院に来ていた。電話で掛かって来ていた内容に私は戸惑いながらも病室に入っていた。
「さとみ……!!」
病室に入ると、そこには腕に点滴を取り付けられているさとみがいた。
彼女は……末期の癌だったのだ。そして、今日この日私のもとに掛けられた電話は私の妻であるさとみが緊急中事態ということを知ったから……だった。
「真人……仕事は……?」
「もうやってきた、やってきたんだ……」
彼女が入院しながらも仕事を続けていたのには訳があった。
それは、彼女にピアニストの仕事を休業せず続けて活動して欲しいと頼まれていたからだ。彼女は本当に仕事熱心な女性だった。自他共に厳しい女性で、それは夫である私にとっても変わらなかった。一度だけ、仕事を抜け出してきたと報告したとき彼女は血相を変えて仕事を優先しなさいと言われたことがあった。それほどまでに彼女は仕事に情熱を注いでいるが、違う。私は彼女に約束したことがあったのだ。
「さとみ、私はこれからも誓う。どれだけ年月が経とうとも、キミの音楽を伝えていくと……。だから、安心してくれ……!!キミの音楽は世界を変えれるほどの音楽なんだ、だから私はキミのような希望に満ち溢れた音楽を奏で続ける。例え、キミになれなくても私はキミが作り出した音楽を残して行きたいんだ……!!」
「ええ……」
「お願いするわ、真人……」
「…………ああ」
あの日は誓いは決して忘れない。
さとみとしたあの日の誓いを忘れる事はない。彼女の音楽に惚れて、結婚をして私は彼女と長く過ごしていた。好きな音楽のことや、お互いの趣味のことで話したり、お互いの趣味をしながらも一緒に話したり楽しい時間は多く続いていた。彼女は、カフェ巡りが好きだった。年を取ってもそれは変わらず、若い子しか行きそうにない場所まで私と一緒に行くことが多かった。何処で飲んだコーヒーも彼女といて楽しかった。
だが……。
彼女が癌になった。
徐々に髪の毛が抜けて弱っていく彼女の姿は見ていて居た堪れなかった。かつて聞こえていた彼女の音色が聞こえなくなっていることは寂しくもあったが仕方のないことだとなっていたが、発覚した初日に私はこう告げたのだ。
『キミの音楽を必ず守り続ける……』
私は彼女の音楽の全てが好きだった。
全てに惚れていた。彼女の音楽を聴いてからその音色に魅了され、彼女と言う人間を知りたかった。その優しく全てを許してくれるようなことを私は捨て去られていくのが我慢ならなかった。
だから、私はなったのだ。
自分という人間が奏でる鍵盤で多種多様な人が見るVtuberというものに。彼女の音を耳に託しくたくて……。誰かにこの音楽を届けたくて、例えネット越しだとしても……。私は現実の世界と仮想の世界で妻が残した音楽を届けたかった。