傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
なるほどねぇ、だから最近は柊さんの奥さんがコンサートとかで活動しているという話すらも聞かなくなった訳だよねー。お祖母ちゃんは音楽業界と顔が広いから何かとそういう話題を出すことはあれど、流石に亡くなられた場合の話をする訳無いだろうし……。というか、お祖母ちゃんの場合、私が聞くか私にやる気出させるためにわざと焚き付けるために扇動するために「あんたもっとやったらどうなんだい」って言ってくれるから本当に面倒臭い。同世代の子が活躍してんのは分かるけどさ。
「柊さんの奥さんのピアノ、本当に私は好きでしたよ?なんというか曇りなき迷いのない優しさ一心で鍵盤に触れていくあの人の音楽が……」
「そうですか、そう言って貰えるのは本当にありがたいですな。妻もあの世で喜んでいる頃でしょう」
柊さんはしっかりと拳を握り締めながらも自分の妻に対する思いを胸に染み込ませていた。あの音は初めて聴いたとき、今まで聴いてきた音と全然違うとなったんだよね。それまで激しい音しか知らなかった私からすれば本当に刺激が強いもので魅了されて惹きつかれることになった。ドラマを始める前はこういう音を出したいとか思ってた時期も……。
「渚、ちょっとスタジオ戻るねー」
「え?う、うん……」
ようやく、ようやくだよ。
激しいだけじゃない心臓を喜ばせる音そのものが見つかりそうだ。柊さんの奥さんから学ばせてもらったもので、ね。
◆
「月見里さんは行ってしまったようですな……」
スタジオの方へと戻って行った琉藍。
凄く何かを思いついた表情をしていた。それも今の自分の考えととても一致しているとも言いたそうだった。琉藍は琉藍なりに自分の答えというものを見つけ出したのかも知れないと少し自分のことのように嬉しくなったのと同時に自分が見つけ出せないことに焦りを感じていた。みんなと同じぐらい、もしくはそれ以上を目指さないといけないのに……。
「碧波さん」
「は、はい!!」
頭の中で色々とごちゃごちゃしたものがあると、真人さんに呼ばれたことに気づくのに少し反応が遅れてしまっていた。年長者の言葉に遅れてしまうなんて私は……とはなっていると碧波さんは咳払いをした。
「私の話していた言葉の中で何か重要だと感じたものはありましたか?」
「あーえっと……そうですね、人々が作り上げてきた音楽というものを大事にするということは素晴らしいものだと改めてわかりました。私にはそういうものがないですけど、そういうものがあれば……きっともっと素敵な音楽になれるって……」
「そう、それです。私が言いたいのは貴方はこれまで音を他者を通して伝えられたはずです。それを利用して貴方は自分の音を掴めばいいのです」
「人からの情報を得て自分の音を掴むということですか?」
頭を縦に振りながらも頷いている真人さん。
確かに言われてみれば、そんな方法もあったのかもしれない。みんなから普段言われている意見の下、自分だけの音を作り上げる。今まで気づかなかった自分が情けない、本当にいい機会が訪れた。
「ありがとうございます。真人さんから教えてもらわなければ分からなかったことでした……!」
「いえ、お気になさらずに……。さあ、始めましょうか?」
「……はい!!」
◆
一度私たちはスタジオから出て外に出る。
空気を吸いに来たと言ったものの、どちらかというと頭を整理しにきたが正しかった。今自分たちが置かれている状況を確かめる必要があるのだから。
「恵梨、どうしたの?鬱展開見た後みたいな顔して」
「いや、そんな顔は流石にしてないと思う……」
考えようとしたときに香織が変なことを言ってくる。
どう考えてもそんな顔をしていなかったのにこうして聞いてくる香りにいつも通りだなとなりながらも、ある意味シリアス顔にはなっていただろうけど。
「香織はさ、愛さんがハーモニークローバーの一員って知ってた?」
「ハーモニカ……?」
「あーごめん、知らないならいいんだ……」
「ごめん、香織ってアニソンとかゲーソンとか知らなかったの忘れてた……」
香織は基本的にアニソンやゲーソンしか聞かない。
J-POPの話を振っても知ってる風に見せかけることは一丁前に出来るけど実際に歌ってみてと言われたら固まってしまう。
「えー!?失礼だな恵梨は!?私だってボカロ聴くよ!?」
「あーえっと、ありがとう……」
求めていた答えとは違うけど、私もボカロPだから一応有り難く受け取っておいた。香織は私が作ったボカロ曲毎日再生回数回してるって言っていたのを知ってるからだ。最初は親友に知られてるの恥ずかしかったけど、いい曲って言ってくれたからまあいいかってなっていた。
「それでそのハーモニカがどうかしたの?」
「あーえっと、愛さんと京花さんって実はバンド組んでたの。その昔、ハーモニークローバーって言うバンドでプロになるほどだったの」
「へー京花がね……京花が!!?」
香織にとって京花さんは同期に当たる人物。
その人の知らない人柄を知ってお手本のような驚き方をしている。
「え?知らなかったの?」
「いや、何も聞いてないよ。そもそも、京花は過去のこと喋らないし」
私はあの人と少ししか話をしてないからなんとも言えないけど、ただ一つ香織の言う通り自分の素性を話す人に見えなかったのは確かだけど……。って今はこんなこと考えている場合じゃないけど、愛さんは未練があったようにきっと京花さんも未練があるんじゃないかって勝手な思い込みだけど、そう思えていると香織が少しばかり笑いながらこう言っていた。
「なーんだ京花もバンド組んでたんだ?だったらさぁ、恵梨……京花のバンドより凄いってことを証明してやろうじゃん?そうすりゃあ、あの二人も納得でしょ!?」
「香織、その通りだよ。私たちはバンドを再結成して続ける選択肢を選んだ。だったら、こんなところで止まるわけには行かない。愛さんや京花さんに何を言われようとも私たちは私たちのやり方でバンドを続けていこ?」
「おうよ!!盟友!!!では今日は祝いを祝して一「それはダメ、ちゃんとあの人達に認めてもらってからね」」
それまで楽しそうにしていた香織の姿から光は消えて、曇りがかっていく。本当にお酒飲むの好き過ぎてどうしようもなくなってるんだ香織……とちょっと困惑気味になってしまっていた。
「手、手厳しいなぁ……恵梨は……」
「そうじゃないとダメ?ねっ、そうでしょ……」
「千里」
◆
「え!?千里!?いつの間に!!?前にもこんなことあったけどいつから居たの?」
「お酒飲みたがってる香織の声が聞こえてきたとき……からかな?」
「聞かれたくないところ聞かれてじゃん!!?」
愕然としながらも香織は体から力が抜けている。
本当に好きなんだねお酒……。アタシはあんまり飲まないからどういうところがいいんだろうなと分からないけど……。
「ごめんごめん、香織。でも、いい知らせは持ってきた」
「いい知らせ?」
「うん、アタシの歌声にまつわるもの」
「……!?それってまさか!!?」
「そう、そのまさか。楽しみにしてて香織」
そう伝えてあげると、香織はガッツポーズを決め込んでいた。
喜んでいる香織に少し頬を緩ませながらも、アタシは恵梨に話しかける。
「恵梨、渚は来てる?」
「うん、来てるよ」
「そっか、じゃあアタシは先中入ってるね」
と言ってアタシはライブハウスの中へと入って行った。
此処最近、恵梨達がそれぞれ集まって練習していたのは知っていた。アタシは風夏と猛特訓をしていて参加できていなかったけど、ようやく掴むことができたこれならアタシはもっともっと歌うことができる。それが自分にとって喜ばしいものだった。
ライブハウスの受付の人がアタシの大学の友人ということもあって、使っているスタジオルームを教えてくれた。それに対してお礼を言いながらもその部屋の前に立ち、入るとまず目に入ったのは渚。そして、もう二人、琉藍とお爺さんだった。三人いるということを知りながらもアタシは渚に話しかける。
「渚……本当にアタシ達のバンドに入ってくれたんだね」
「うん、入ったよ……千里とやりたいから」
恵梨から渚がバンドに入るという話は聞いていた。
渚がアタシ達のバンドに入るのは凄く喜ばしいもので心強かった。渚が奏でる鍵盤の音は深海の底の中に響き続け、陸に住んでいる私たちに知らせてくれているかのような音色。そういうものを奏でられる渚がそばに居てくれるなら私はこれまで以上に頑張れる。
「千里、私ね……まだ自分の音を分からない。それでも、私は千里と一緒にこれから進んでいきたい。自分の音を得て一歩踏み出したい……!」
決意の表明、それは渚が踏み出そうとしている証拠だった。
此処まで言われた以上、アタシは断る道理なんてなかった。元々断るつもりもなかったけど。
「じゃあ、やってやろう?渚」
「うん、やろう千里……!!」
二人の中に繋がれるものがあった。
そして、私は渚に対してこう言った。
「三日後、もう一度愛さんや京花さんに見てもらう」