傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「真人さん、アタシ達の音楽どうでしたか?」
「そうですな……やはりまだ完璧と言えるほどではありませんがかなりいいところまで来ているのは間違いありません」
真人さんの言っていることは正しかった。
アタシ達の音楽は確かに形になって来ているが、それをお客さんに聴かせられるかと言われたら微妙と言ったところだ。今こうして成長を実感出来ていることが本当に嬉しい気持ちがあったけど、その気持ちを抑えてアタシはこう四人に言う。
「みんな、もう一度合わせるよ!!!」
それぞれ特色のある声で反応を示している。
「精が出ていますな」
「まあ、チサはいつもこうだからねー。厳しいけど凄く優しいから」
「琉藍は二番のところちょっと自由に叩き過ぎだから気を付けて」
「ほら、こういうところとかねー。気を付けるよー」
軽い感じで返事をしていた琉藍だったけど、その表情には笑みを浮かべている。多分、こうしてまたアタシ達とバンドが出来ることが嬉しかったんだと思う……。
「それじゃあ、始めるよ……みんな!!」
琉藍と少しやり取りをしてからアタシ達はもう一度合わせを始めていた。
自分が出せる精一杯でアタシは何度も挑む姿勢を変えるつもりはなかった……。
「はぁ……」
真人さんから休憩時間と言われて、アタシは恵梨と渚と一緒に自販機で飲み物を購入していた。缶のペプシを購入して、喉を潤わせてからアタシは自分の呼吸を整えるようにして息を吐いた。
「千里大丈夫?」
「あーアタシは大丈夫だよ恵梨。ただやっぱり後一日ってこともあって不安が抜けないかなって気がしてならなくてさ」
自分が成長できているというのは実感できている。
みんなも成長できているというのは実感できている。それでも、不安が拭えないのは明日アタシ達の運命が決まることが不安と言う気持ちが抑え切れなかったんだろう。
「……大丈夫、私達ならきっと。渚もそう思うでしょ?」
「え?う、うん……。私まだ自分の音を出せてな……あーごめん二人共、こんなこと言って……!!」
自分が言ったことに対して否定する渚。
アタシはそれに対して首を横に振りつつも、こう答える。
「気にしないでいいよ、渚。変に出来るって言われるよりまだちゃんと出来ないって言われた方がまだ納得できるし、改善点も見つけられるから」
「それで……どうする千里?」
「そうだね……こうなったらとことんやるだけだよ……。もう残り一日しかないからね」
限られた時間を設けたのはアタシの方だ。
だったら、最後までやってみせるしかない。それにこの三日間という期間にしたのには理由がある。アタシは目の前に提出された課題を放棄するなんてことはしたくないから……。
そして、翌日……。
アタシ達はスタジオに呼び出されると、そこには愛さんや京花さんが立っていた。
「来たみたいだね……。じゃあ、早速始めて貰おうかな?」
「はい、よろしくお願いします……!!」
渾身の歌を愛さんや京花さんにぶつければいい。
アタシがやるのはただ、それだけだ。風夏の言葉を沁み込ませながらも……アタシは歌おうことを決意していた。合図と共に琉藍のドラムの音が響き始める。そう、今から始まるのは……。
アタシ達の音だ……。
◆
自分の音のある世界がどういうものなのかは知らない。
ただ空白だけが続く世界、真っ白な空間の中にいつも苦しさだけがあった。自分の音に悩めば悩むほど辛くなる現実を乗り越えることが出来なかった。人に自分の音が称賛されても、耳元には虚無のような音が広がっていて違和感や不安を拭うことが出来なかった。
そう、あの日までは……。
『自分が足を引っ張ってしまうかもしれないと臆病になってしまうから』
もう一度言う。私は自分の音の世界を知らない。
これは本当に事実。でも、昔とはっきりと違うものがあると言えることがあった。それは自分の音の世界を知り、聞くことが出来れば素晴らしいものが広がっていると信じたかった。昔の自分は知れたところで他の人よりも凄くないと弱気になってしまうときが多かった。だけど、それさえ跳ねのけたものがあった。千里と一緒に何かをやりたいとう強い意志が私を色濃くしようとしてくれていた。強い意志は明確な強さになる。なにより、私は自分の音を知る方法を知っている。
少しばかり自分が悔しくなりながらも鍵盤に手を触れる。
結局、私は自分だけの力では音を取り戻すことなんて出来なかった。でも、それでもいいんだ。音楽は一人で作り上げるものじゃない、誰かと一緒に作り上げてそこに世界観を提供することで始めて音楽の土台を作り上げることができる。土台を組み立てることさえ今まで私には難儀なものだったけど、今は違うとはっきりと言える。
『私が言いたいのは貴方はこれまで音を他者を通して伝えられたはずです。それを利用して貴方は自分の音を掴めばいいのです』
想像する、創造する。色んな人から言われた自分の音をはっきりと形作ろうとしてる。象徴となる音を彩れば、その世界が徐々に広がりつつあった。それらを作り上げつつも、私は自分の音を作成しようとする。作り上げることはとても難しいことだけど、やり遂げたかった。
歌声が良かった、綺麗な声が良かった。澄んだ声が良かった。美しい歌声が素晴らしかった。そういう簡潔的な感想をまずこの楽曲に叩き込む。それからして、その感想を調和するようにして今弾いているこの楽曲用にしてみせる。
そこから……具体的な感想を混ぜる。この曲に合うように組み合わせる。ヒペリカムは悲しむは続かない、直接的な歌詞が響くもの。そういう曲調に合う感想を掴み取っては既にあった色と混ざり合わせることで世界は徐々に変わり始めていた。
そして……。
『僅かにでも心の中に千里と音楽をやりたいっていう感情があるなら……それに従って動いてみるのも案外悪くない』
『だからもし……貴方が何か思い出を作りたい。やってみせたいと言うのなら……その気持ちに従ってみるのも悪くないのかもしれません』
二人の言葉が色を与えてくれる。
その二つが生命の息吹となりつつあった。世界には色が広がるだけでなく、生命が宿つところまでやって来ていた。
『私は……知ってるから……!!どれだけ渚が千里のことを応援していたのか、どれだけ千里の音楽が好きだったのか、を……!!だから……一緒にやって欲しいの……!!』
夏の気温を和らげてくれるかのような風が自分の世界を更に作り上げようとする。
そうすることでこの場に気候というものが生まれ、温度が生まれた。確かに触れられるこの感触がこの世界に広がっている。世界というものが作り上げられる度に、自分だけの音が作られ続けているのが伝わって来ていたんだ。
『じゃあ、やってやろう?渚』
私のの音の世界にもう……。
真っ白な世界は訪れることはない。その世界が視認すれば、広がるのは景色というもの。まるで曲のMVのようにその世界は作り上げられていた。そのMVの世界では一人の少女が河川敷を走り続けながらも泣き叫んでる。ありきたりなものとはいえ、悲痛に走る彼女の背中を照らすようにして太陽は輝いている。それは恐らく、彼女にこう問いかけていた。悲しみは一生続く訳ではない。満たされない、苦しい世界はいつかは終わりを告げると……。
蛇口を捻れば、水は出る。手で器を作り、その器の中は徐々に……。
水で溢れ始めていた。
◆
空間に縛られ過ぎない。
アタシにとってそれはとても大事なことだった。だから、ある方法を取り入れることにした。それは空間をある程度、先に頭の中で作り上げておいてそれから歌うという手法に。簡単に言ってしまえば、こうだ。
アタシがマイクに声を吹き込んだ瞬間、現実世界が崩れて落ちて行くと叫び声が響いた。ステージライトが熱を帯び、空気がざわついている。観客の視線、手を振る影、鼓動のようになる足踏みの音──。景色は変わり果てた。
光が爆ぜ、音が波となると隣にいるみんなの楽器の音が聞こえてくる。別次元に呑み込まれたアタシ達には壁はなくなり、天井が遙か彼方へと消えて、ただ無限の空間に立っていた。音が全てだった。声が世界の形を決めていて、響く声が空間を作り出した。観客の声は遠のき、アタシの中の熱だけが、この場所を動かし続けていた。自分の中にある熱を確かめながらも、アタシはひたすらその空間の中で歌い続けていた。自分が何処までやれるのかなんて知らない。あの人達に響くかのなんて知らない。打算だけで頭の中で考えて歌い続けるなんてアタシには出来ない。だけど、この曲の本質だけは曲げたくない。
この曲……ヒペリカムは……。
誰かの支えになって欲しいと思いを込めた楽曲。悲しみは人の心にあるもの、だけどそれは一生続かない。痛みが引いて行くのと同時に悲しみも消失していくものだ。アタシが竜弥のことを傷つけたと思い込んでいた日々もあった。だから、そういう日々を思い出しながらも書いたのがこの曲だった。だからその想いをこの空間にぶちまけてやる……!!!
アタシは感情をぶちまけて歌い続けることしかできない……!!!
それが例え無様だとか醜いとか言われようとも構わない。何かを伝えるのに何かを歌うのに感情を抑えて歌い続けるなんてアタシは嫌だ。もう自分の歌を制御なんてしたくない。ただ、アタシは此処にいて歌い続けるだけ……!!
自分だけが出せる本気の歌声を……私は見せたい……!!
「はぁ……はぁ……」
精一杯の歌声は届けることは出来た。
この感覚に慣れることが出来ていないからまだ呼吸を荒くしてしまうことがあるけど、実感ができる。アタシは歌い続けることが出来たんだと……。周りを見る、琉藍や香織が心底楽しそうに笑っている。恵梨も満更でもないように嬉しそうにしている。そして、渚は……涙を流しながらもアタシの方を向いてくれていた。
みんな、それぞれが全力を出し切れた……。
そう実感できたアタシは思わず京花さん達にこう告げていた。
「ありがとうございました!!」
まだ評価を受けてもいないアタシは頭を下げてしまうほど気分が高揚していた。
頭を下げつつも、言葉を待っていると……愛さんがこう言い始めていた。
「合格だね」