傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「合格だね……」
愛の言葉がスタジオ内に響いている。
先ほどまで頭を下げていた千里がその合格と言う単語を耳にしてから、徐々に頭を上げて行くとまるで信じられないというような顔をしていた。
「……あれ?もっと、喜ばないの?合格って言ったんだけどな……あっ、そういえば京花のも聞いてなかった」
何故、こいつらが反応を示さないのかなんてのは一目瞭然だ。
自分達でも無我夢中でやっていたから、今言われている言葉があんまり理解していないんだろう……。
「私も……合格だ。これからこの先もこのレベルで通用するかと言われたら、それはまた別の話になるが合格だ。綾川千里は声の制御を完璧に出来ており、八十科恵梨は何かが違うという違和感から脱却することに成功した。現実と理想の狭間から選び、そこから違和感を無視しなかった表結果だ。碧波渚は自分の音を見つけ出すことに成功した」
「そして、月見里琉藍は自分だけのリズムを楽しまなくなり、周りを合わせるようになったこと。そして姫咲香織はそんな月見里琉藍と合わせられるようになった……。はっきり言ってこんなにも出来上がるなんて思ってもいなかったぞ、愛は?」
「……え?全部言われたんだけど?まあ……いいかな。私も京花と同じ、まさかこんな短期間で仕上げて来るなんて想像もしていなかったけど……ね。でも、これからこの先もこのレベルなら伸びも一時期的って言うのは京花も言ってたよね……。はぁ、まあ特に言う事ないよ。今のところは……!!」
ほぼヤケクソ気味で締めながらも愛は満足そうにしていた。
聴きたい音楽というものが聴けたからなんだろうな……。私もそうだが……。あいつらの音楽は感情に訴えかけてくるようなものだから、突き動かされていたんだろう。あのときの自分達を思い出せるようにして……。
「京花さん……」
「……一先ずおめでとうと言っておくべきか、千里と香織」
スタジオ内に残響のように残っていたのは千里と香織だった。
八十科、月見里はそれぞれ時差かのようにこの部屋を出て、愛と碧波は此処の個室を出てなにやら二人で話があるようだった。あの二人は同期だから、話しておきたいこととかもあるのだろうな……。
「どうよ京花?私達もかなり巧みの技を使うようになったでしょ?」
相変わらず調子が良さそうにしている香織。
合格を貰ってただけというのにこの浮かれっぷりはもう見ていて清々しい気分になる。香織はもう長い付き合いだからどういう奴なのかは知っているからもう慣れているが……。
『私の名前は姫咲香織!!趣味はアニメとゲーム!!所謂、オタクって奴!!』
初めて同期と顔合わせしたときもこいつはこんなノリで自己紹介をしてきたからな……。今にしてみれば、一期生の中で一番Vtuberというものに向いているのは香織だったなと思わされる。最初のうちは孤独を貫き通して私達以外には鎖国していたが、それじゃあ駄目だとなって社長や瑛太に引きずり降ろされて外部コラボをするようになったんだったな……。
「相変わらずだな香織は……」
「そりゃあそうじゃん!!これで長らく禁止にしていたお酒を解禁できるんだからさ」
「……程々にしておくことだな」
香織の隣にいる千里が乾いた笑みを浮かべている。
全く、普通にしていればそれなりにいい女だというのにな、こいつは……。となりながらも慣れているので私は特に言うことはしなかった。
「そりゃあね!じゃあ、私はスタジオ出るね!!お疲れ千里、京花!!」
ベースを担いでそのまま、スタジオを出て行った香織……。
せわしないのが一人去って行ったことでこのスタジオは静寂に包まれていた。
「打ち上げにでも行くなら、あいつが飲み過ぎないか注意してやってくれ」
「恵梨が居るんで大丈夫だと思います……」
「まあ、あいつはしっかりとしていそうだからな……。多分大丈夫だろう」
香織とは同期であって友人でもあって、最近は行ってないがよく瑛太も混ぜて三人で居酒屋で行くことがあった。瑛太はあまり飲みたがらない為、私はよく香織の飲み比べに付き合わされ会計が終わった後は、よく瑛太が酒臭い香りを担いでいることが多かった。今となれば、あれがかなり面倒なこと過ぎたのもあってこう注意していたんだろう……。
「さて……改めておめでとうと言わせてもらうか千里」
「ありがとうございます京花さん」
「……それにしても、お前には驚かされてばかりだ千里。この事務所の面接でお前と再会したとき、声の制御は治らないかもしれないと踏んでいた。だから、こうしてお前が今は声を自由自在に操れていることははっきり言って大変嬉しく思う。先輩として、そして……」
面接会場であいつと会ったとき、初めてあいつの歌声に違和感に気づいた。
当時は純粋に伝えるべきことを教えたが私は後悔していた。自分が音楽なんてものを教えなければ千里は苦しまずにいたんじゃないのか?そう苦悩する度に、私は辛かったが今目の前にいる千里や風夏がこうして歌を通して活動してくれることが喜ばしかったんだ。だから私はこう言う。
「お前の師として……な」
◆
「渚……良かったね」
音楽スタジオの一室から出て二人っきりで話をしていた。
自分の表情が緩んでいるような気がしながらも私は話を始めようとしていた。それはいつものように淡々としておらあず、和気あいあいとしていた。多分、渚の成長が自分のことのように嬉しかったから。
「まさか、綾川千里達とバンドを組むとは想像していなかったけど……ね」
「……背中を押してくれた人達が居たから、私はやろうってなれたの」
背中を押された、か……。
本当に渚は私と出会った頃と全然雰囲気が変わった。私と出会った頃なんて、同期の中で自分が下とかそういう風に捉えていそうな顔をしていたのに……ね。
『あ、あの……!初めまして!!碧波……渚って言います!あの、多分他の子に比べたら音楽とかゲームとか全然だけどよろしくお願いします……!』
紀帆の馬鹿がずーっと風夏と話をしていたから、私は渚に話しかけていたことを思い出していた。あのときの渚は周りにマジで萎縮しているようだったけど、今は本当に違う。信念があるって顔をしているねとなっていると、渚の顔が当時のようになっていた。
「あっ、でも愛は誰かの憧れとかそういうのでバンドに入ったりするのってあんまり「いや、いいんじゃないかな?」」
「え……?」
「誰かと一緒にやりたいから、バンドをする。それも一つの手段。それが憧れの人だったり恩師だったりしても本当にやりたいっていう意志があるなら私は止めたりしないさ」
憧れだとか、尊敬とか、好きだとかそういう下心に近いものでその人に近づいて一緒に何かをするというのをあんまり嫌っているということを覚えていたのか渚が謝ろうとしていたけど、私はそれを中断させていた。確かに私はそういうものが嫌いだよ。そんな理由だけで何かをやりたいって言うのはおこがましいし、どうせ続かない。でも、違う。そこに絶対的な意志であるものがあれば私は止めたりしない。
そして、その意志を渚は持っていた。
推しの隣に立って自分の音楽を得て奏でたいと言う強い意志があるからこそ私は忠告したりしていなかったんだよね。
「ありがとう、愛」
「なんで渚がお礼を言うのかな?まあ、別にいいけど……。それよりこれからも頑張りな?渚はパッチワークに後から入ったメンバー。あのなかじゃ、一番あのメンツと合わせたりした回数も少ない。だから、練習量の違いとかこれから差が出るかもしれないけど……いやぁ、これじゃないね」
口元に手を置きながらも少しばかり思考をしている。
それから少し経った後に、顔を上に向けて私と目線を合わせたのと同時にこう渚に言っていた。
「とにかく、頑張ってね」
色々言おうとしていたけど、最終的の言葉は渚への応援の言葉だった。
「うん……頑張るから……!!」
本当は多くのことをこれからどうこうして行かなくちゃいけないとかそういうことを発言しようとしたかった。でも、そういうのは今必要ない。これから大事になって行くことなんてものは今日に限って言えば、勝利の証を噛ませてやればいいんだよ。だから、私はこれ以上何かを言うことはしなかった。
ただ、碧波渚の背中を一押しする言葉だけを言ってあげたんだよ。
「じゃあ愛……!私はもう行くね……!!」
「じゃあ渚」とだけ返しながらも、希望の光に包まれている彼女の背中を見送って行った。輝く渚の背にはかつての自分を重ね合わせている自分がいてしまった。全く……あんだけ八十科恵梨にボロクソ言われたのに私もやっぱり……捨てきることが出来ないんだね……。あの子は強いよね……。
『だから……今更前のバンドに未練なんてこれっぽちもありません』
本当、強いよ……あの子は……。
手に持っているスマホにはある通知が届いていることを確認しながらも私は……そう言っていたんだ。