傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
『一分一秒でも出し惜しみなんてしていたら、バンドがバンドじゃなくなる。それは元ハーモニークローバーの愛さんも知っているんじゃないですか?』
知っていたつもりだったんだよね……。
八十科恵梨の言う通り。私はバンドというものについてどういうものなのか知っていたはずだったのに彼女に対して自分と同じような人間のはずだという理論を押し付けようとしていた。全く、愚か、滑稽としか言いようがないよ。自分がそうだから、他人もそうだという理論を押し付けようとしていたなんてさ……。
「……愛さん」
「八十科か……」
セイナの3Dライブから一日が経っていた。
京花の方はもう踏ん切りがついたみたいだったけど、私の方は違った。確かにあの3Dライブで自分も新たなる出発地点を走れることが出来るかもしれないとなっていたけど、実際のところは違った。未だに私だけが引き摺っているという情けない話。
そして、今目の前には八十科がいた。
偶々外を歩いているときに彼女と遭遇していた。そして、遭遇している場所の先は犬?のカフェと思わしき場所の前だった。
「愛さん……この前はすみませんでした」
「いや……悪いのは私の方だからいいよ……」
八十科の謝罪に対して私がそれをするべきは自分の方だと意志を示すと、彼女はまさか謝られるとは想像していなかったみたいだ。まあ、私みたいな人が誰かに謝るってのは案外意外なのかもしれないねーとなっているともう一人どうやらその場にいたようだった。
「ほーん?愛が謝るなんて珍しいこともあるもんなんや」
「紀帆も居たんだ」
「せやで、恵梨とさっきまで一緒に出掛けてたところや。まさか目の前のハスキーカフェに入りたい、言い出したときは少しびっくらこいたけどな」
「……ふーん?」
八十科の方を見ると、顔を赤くしている。
どうやら普段からこういう場所には通い詰めているみたいだね。一瞬チラッと見えて、それが目に止まっって勘のいい紀帆が好きだということを当ててしまった。そんな感じだろうね。
「紀帆、そういう話はしなくていいから」
「別に好きなら好きでええと思うんやけどな……」
案の定、そういう感じになっている。
まあ紀帆の場合、本当に好きなら好きでいいと思ってそうだけど……。偏見とかそういうのあんまりないからな、あの子……。
「八十科恵梨、もう一度聞いてもいいかな?自分が選んだ道に後悔はない?」
「ありません……。私はこれから先もずっと千里達と一緒にバンドをし続ける選択を選びます。それがどれだけ辛いものになったとしても、私は綾川千里の隣に立つことが出来ていれば、何度だって這い上がることが出来ますから……!!」
「隣に立つことが出来れば、か……」
そうだよね、知っていたはずだった。
何度この疑問を投げかけようとも、八十科恵梨はこの回答をするということを……。自分の中でそれを認めたくなくて私は拒みたかったからまた同じ質問をしてまた同じ回答を聞くことになっているというのに、二度目の今改めて八十科恵梨という人間の強さを思い知らされたような気がしてならなかった。この強さが私にも備わっていれば、あのとき私は信じることが出来たのかなんてことが抜けないのは本当に情けない話だよ。でも、八十科恵梨の言葉を聞いて私は理解出来た。
『背中を押してくれた人達が居たから、私はやろうってなれたの』
渚もそうだった。
あの子も強さと言うものを持っていた。いや、あの子だけじゃない。きっと、綾川千里達も強さという勇気を持ち得ていた。持っていなかったのは私の方だ。採点する側がそういう意志を持っていなかったなんて言うのは馬鹿らしくて笑えるし、彼女達のことが眩しくて仕方ないけど何故だろうか、私は……八十科恵梨の言葉を聞いていたら、自分がやれる気がしてならなかった。
「八十科恵梨、最後に一つだけ聞きたいことがあるんだけど……。貴方はその強さを曲げずに居られるのかい?」
「曲げずに……というのがどの程度なのかは分かりませんけど、多分それは無理だと思います。これから先辛いことがあればきっと曲げたくなることもある。でも……そういうときに私の周りには支えてくれる仲間がいる、信じて来た仲間がいるからこそ私は立ち続けることが出来るんです」
負けだ……ね、完全に……。
八十科恵梨にこれ以上問いかけ続けても彼女の意志は変わらない。それどころか、自分が惨めになる……。いや、私は彼女の言葉を得て成長しそうな予感がしていた。彼女達の演奏を見せられ、セイナの3Dライブを得て……ようやく自分が解放されそうな気がしていた。後は、進むだけだというのにきっと怖がっていたのだろう。なら、答えは一つしかないだろう。
「進めばいいよ、八十科恵梨」
これからの八十科恵梨達のことを祈りながらも、私は自分も進むという選択を選ぶ。
それが地獄になることは分かっている。ハーモニークローバーが戻ってこないことも分かっている。それでも目の前で此処まで強い意志を見せられて何も感じないという訳には行かなかったんだ……。
◆
「いいの?追わなくて」
「別にええよ、愛も一人になりたいやろうしな」
去っていく愛さんの姿に視線を送ることもなくそう言う紀帆。
余計な心配をしないのは紀帆らしいっちゃらしいけど、同期だからこそ余計なところまでは踏み込まないよういしているってだけなのかも……。
「それで紀帆はいつまで私に着いて来るの?私について行っても、夜奢るぐらいしかしてあげられないよ」
「お?ほんまか、いやぁちょうどお腹空いたところで助かるわ」
「言わなきゃ良かった……」
紀帆のことだから奢るなんて言い方をしたら乗っかって来るのは想像出来たけど、本当に乗っかって来るなんて……。まあ、いいや……とりあえず近場で食べられそうな場所を探すことにするか……。
「恭平……?」
「ん?あのガキがどうしたんか?」
「ガキって紀帆もでしょ……もしかしてあの件?」
電話の相手は恭平からだった。
あの子が電話してくるのは特に珍しくもないことだったから、電話に出ていたけど近々あれがあるということを知っていた為、私は真剣な口調で電話に応じていた。
『はい、そうです……明日、大会があります。一応恵梨さんに伝えておきたくて』
恭平からの電話が何を意味するのかは知っていた。
明日、恭平はゲームの大会に出ることになっている。それがただの大会じゃないということも私は知っている。
「私が言えるのはたった一つだけ……必ず勝って」
『分かりました……絶対……』
『勝ってきます』