傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「会議ってなんだろう……?」
期待、不安になりつつも私は今ある部屋の一室にいる。
別の事務所ということもあって、何処かふわふわとした感覚がる。隣を見ると、落ち着いている琉藍がいる……。流石、琉藍。やっぱり、バンド経験とかあってこういう自分が違う場所に居ると言う違和感がないというのは凄いかもしれない。
「ナギ、こういう知らない事務所に居るのって変な気分だよねぇ」
私のことをナギと呼ぶ琉藍。
あの練習があって以来、私のことをあだ名で呼ぶようになってくれていた。初めて呼んでくれたときは認めてくれたそんな浮かれ気分だったのはきっと琉藍に見抜かれている。だってそういう表情をしていたから……。
「え?る、琉藍もそう思うの?」
「うん、私一応個人勢だからさぁ」
「あー、確かに」
言われてみれば琉藍は所謂、個人勢Vというもの。
企業に属しないタイプのVだということを忘れてた……。千里達と組んでいることが多いから、なんというか事務所にいるという印象があった。
「でもさぁ、こうやって余所様の事務所に来るって中々面白い体験だよねぇ」
「……例えば?」
「例えば?うーん?そうだなぁ、個人だとあんまり中々浮き彫りに出来ないけど事務所Vの実態が把握できるとかそういう奴かなぁ、ほら意外と忙しそうって言うかさぁ」
「あーそういう……こと」
なんというか妙な納得感。
確かにVの事務所って何をしているのかよく分からないって疑問に感じることが多いけど、実際そういう現場の仕事場に来るといつも忙しそう。私のところも多分千里達の事務所もあんまり社員さんは居なそうだから少ない人数で仕事を捌くというのは凄く大変な現場が多い。
「社内の自販機にエナジードリンクが多そうだと企業のヤバさ加減がよく分かるよねぇ」
「此処は違うけどね……」
確かに自販機の一面がオロナミンCばかりだとか地獄絵図が広がってそうなのが想像が出来る。日々、仕事に追われて人々の目が死んでいてベッドじゃなくて床で寝ているなんてよくある話になってしまう。現代社会の闇に触れてしまっているような感覚に陥りながらも、琉藍は苦笑いをしていた。
「とまぁ、ブラックジョークは此処までにしておいて九石さーん。今日ってどういう会議なんですかー?」
「お前らがいつまでも喋っているから待っていただけだ……。それと社員である私の前でやれ人の企業をブラックだのなんだの揶揄されるのはあんまりいいものではないな」
資料をペラペラと捲った後に九石さんがその資料を机の上に若干強めに置いていた。
「実際のところどうなのさ?京花、毎日瑛太が血の眼になって帰ってるところ見かけるよ?」
笑いながらも香織さんが九石さんのことを揶揄うような発言をしている香織……。
「ああ、ブラックだぞ」
「即答って早っ!!?もっとオブラートに包みなよ!!?」
香織さんと九石さんのコントが始まっている。
でも、確かに九石さんのほうれい線割とあるような気が……。
「おい、碧波渚……。人の顔をあんまり観察するようにして見るなよ?」
「は、はい!!ご、ごめんなさい!!」
視線に気づかれたのか、私はそれを指摘されると香織と千里が苦笑いを浮かべていた。
でも、ちょっぴりだけ凄く気になってしまったんだよね……。元プロアーティストだから、苦労されてきたのはなんとなく分かるのは伝わるけど……。
「あんまり私の同期の渚を虐めないでくれると助かるよ、京花……。渚はかなり素直な子だからね」
九石さんの隣にいる愛が溜め息をしながらも、会話に疲れているみたいだった。
そして、何気に私のことをフォローしてくれたのが嬉しかったりもしていた……。
「知っている、お前の同期の宮下風夏と何処か似ているからな……」
「私が風夏に……似てる」
九石さんの似ているという発言に何処か心の中がポカポカしている自分がいる。
同期の中で一番仲が良い風夏に似ていると言われたのが凄く心が温まるものだったから……。
「さて……そろそろ本題に入るぞ」
プロジェクターから映し出されている映像からは題名『3Dバンドライブ』という企画内容が提示されていた。3D……バンドライブということは3Dを使ったバンドのライブを文字通り行うということでいいのかな……。
「題名の通りだが、約三ヶ月後に向けて3Dバンドライブを行うことを決定したことを今此処で報告する」
「また随分急ですねー」
琉藍がパーカーをブラブラとさせながらも、題名を目を細めながらも眺めている。
「そういうな月見里……このライブは多くの人間にお前達の可能性を示す絶好の機会でもあるんだからな」
「私達の可能性……」
意味ありげに千里は復唱している。
千里はストイックだ、可能性という単語を聞いて試されているという認識をしていたのかもしれない。本当、やっぱり私の友人は違うな……と憧れの対象を見るような目で私は千里の方を見ていると、恵梨が挙手をしている。
「なんだ八十科?」
「質問なのですが、九石さん……。この3Dバンドライブ、致命的な欠陥を抱えています」
「ほう?発言していいぞ」
「では言わせて貰います。まず、千里と琉藍……いえ、久龍アンナと安藤みのりはまず3Dの体を持っていません。私の分身体であるNoAは私の方で今後有効活用するために3Dを後一か月ほどで発表する予定でしたが、それでもあの二人には体がありません。それをどうするつもりですか?」
確かにそうだ。
恵梨の発言は正しい。アンナやみのりはまだ3Dの体を持っていない。その点をどうするんだろうかという疑問を抱えていると九石さんが「悪くない質問だな」と微笑みながらも、こう答える。
「久龍アンナについては後二ヶ月ほどで3Dの体が出来上がる予定になっている。そして、安藤みのりの方はこちらでの協議の結果、協賛という名のもとこちらで3Dを作り上げるということになった」
「え?三ヶ月で3Dって作れるものなの……?」
若干顔を青ざめながらも次の言葉を待っている香織。
何を言われるのかを想像していたのかもしれないなんてなっていると……。
「まあ制作班の尻を叩くってことになるんでしょ?京花」
愛が補足していると、含みがある笑みを浮かべる九石さん。
「まあ、そういうことになるな……」
「うわっ、ブラック。労基に電話しなきゃ……」
香織さんがバックの中からスマホを取り出そうとすると九石さんが香織さんの座っている席の下へとやって来て紙の資料で頭を叩いていたの同時に、「いったぃ!」と声を上げている。凄い薄っぺらい紙で叩かれていたのに凄い痛そうだったな……。
「するな、別にそこまで過酷な労働を強いてる訳じゃない。八十科の方は質問はないか?」
「いえ、最後に一つだけあります……。トラッキングの問題についてなのですが、はっきり言ってドラムはついて行けるのかという不安がありまして」
「なるほど、流石はクリエイターなだけはあるな。確かに月見里琉藍のドラム捌きはかなり我流であることには間違いない。あの魂を揺さぶりながらも自分の命を削る感覚のドラムの反応を合わせるとなると厳しくはある……。だが、お前らの才能を2Dという枠組みだけで終わらせるのは実に私は惜しいと思っている」
「何故なら、それはこのバンドの最大の魅力は躍動感だ。ボーカルの綾川千里は歌って動けるという最大の利点がある。この利点を使いこなすにはやはり3Dという体を持つしか他ない。そして、それは
机の上に置いてあったボールペンで何度も机を叩いていくのと同時に力強さが増している。それだけ私達に期待してくれているのかと胸が熱くなりながらも、自分達の可能性。そして、私のキーボードが土台になれるなら、私は千里のことを……いや他のみんなのことを支えたい……!!
「京花が熱くなってるけど、要は3Dバンドライブで視聴者の心を虜にするっていうのが名目上のこのライブのやる価値ってことだね。あの練習を体感させて貰った身としては2Dで細々でやるより、動きを付けた方がより視聴者も白熱できるだろうからね……。それで、一つ尋ねたいんだけど……やるかい?」
「ボーカル兼リーダー、綾川千里」
「やります……!私達の初めての一歩……!!此処で最初の目撃者になって貰って足音を残します……!!」
千里の答えなんてものはこの会議の題名が出ていた時点で決まっていたのかもしれない。
自分達のバンドが再始動し、私がこのバンドに入った時点でもうこの未来は想像していたんだと思う。だから、力強く立ち上がりはっきりとした意志でそう答えていたんだ。
「流石だな、私達のリーダー……」
流石の貫禄に私は千里のことを立派だなと褒め称えたくなっていた。
一人の推しとして……ボーカルとしてリーダーとして……。
◆
事務所内、ある部屋の一室で私の高笑いが響いたのと同時に若干眉間に皺を寄せている一般男性社員、澤原瑛太に私はちょっかいを掛けている。
「でさぁ瑛太……今どんな気持ちな訳なの?」
「仕事の妨害しに来たんなら帰ってくれないか……」
「釣れないこと言わないでよ、瑛太の労いに来たんだからさ」
「それの何処が労ってるんだ……香織」
私にコーヒーを提供してくれながらも、それを口に付けると「あっつ」となりながらも、無理矢理飲み進める。こういうのは熱いのを我慢しながらも飲み進めると案外なんとかなるものよ。
「まあ、俺達の方はなんとかはなりそうだ。そもそも俺は制作班ではないからな、チェックとかはするだろうが……」
「ちぇー、つまんないの」
「お前、性格悪いって言われたことないのか……」
「いや、ないよ?少なくとも、慰めにしじみの味噌汁の缶渡して来る阿保よりは性格は全然マシ、マシだよ。人のこと酒飲み馬鹿野郎と勘違いしてる瑛太よりは」
「悪かったな……」
地味に気まずそうにしながも瑛太はコーヒーを飲んでいる。
多分、瑛太自身は本気で慰めのつもりで渡してくれたんだろうけど、私のことを酒豪だと知っているのにそんなことをして来たのは嫌味にしか見えなかった。
「それで3Dバンドライブをやるらしいが、大丈夫なのか?」
「うん、全然大丈夫」
「大丈夫ってそんな軽い気持ちでいいのか?」
心配そうに聞いて来る瑛太に私はこうドヤ顔になりながらも答える。
「だって、私達のバンドは……」
「最強バンドだから」
◆
「3Dバンドライブか……」
事務所に行くために持って来ていたバッグを一旦床に置いてから、服のままベッドに入る。これから三ヶ月間、多分忙しくなる日々が多くなる。それはきっと3Dバンドライブのことだけじゃない。私自身の3Dお披露目のこともあるし……。なによりも……。
『千里、お前はいつ樫川竜弥との関係を公表する?時期的にももうお前達の関係は公表してもいいはずだ』
アタシと竜弥はもうはっきりと彼氏彼女の関係になっている。
今までは経過を待って視聴者達が流れに乗ってくれるのを待っていたけど、最近じゃそういうのに熱くなっている視聴者も多くなっているから此処らで流石に公表した方がいいというのが師匠の言い分……。
確かにアタシも時期的に悪くないものではないとなっていたけど、それよりも今は竜弥に3Dバンドライブのことを話す為に手に持っていたスマホで電話をしようとする。
「どうした千里?」
愛さん、師匠の厳しい練習においては竜弥との電話は欠かさず続けていた。
後、竜弥の食生活が最近ラーメンばっかりで偏って酷くなっていたから私が衛生管理をしている。そういう関係になるんだから、こういうのは時期早々というものはない。
「まだ先の話なんだけどさ、アタシ……3Dバンドライブやることになったんだよね」
「3Dバンドライブ……?千里って3D持ってたか?」
「そこはお楽しみにしてて竜弥……」
「そうか……じゃあ楽しみにしてるよ……。それと3Dバンドライブだったか?」
「それ凄く面白そうだな」
「楽しみにしてる千里」
やっぱり竜弥に真っ先に話して良かった。
こういう話題になら喰いついてくれるのは間違いなく、竜弥だしなによりも凄く楽しみにしてくれているのが声色だけで分かってしまう……。
「うん、最高のライブにしてみせるから」