傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
3Dバンドライブ……。
なんだか凄いことになってきちゃった……。私の方はもう3Dがあるから、その点は大丈夫だけどそこは本当に重要ではなくて今もっとも重要なのは何処までお客さんを楽しませることが出来るかということ……。昔よりは自分が何も出来ないという認識は変わりつつはあったけど、それでも視聴してくるお客さん達を盛り上がらせることは可能なんだろうかと不安に駆られていた。
「渚、そんなに砂糖入れたら甘くなり過ぎちゃうよ?」
「え?ああ、そうだったね……!」
自分でも気づかないうちにカップの中に大量の砂糖を注いでいた。
無意識の内にしてしまう行動というのは怖いものでしかないなーとなりながらも私はそっと自分の心を落ち着かせる為にもそのコーヒーを飲んでみることにしてみたけど、やっぱり……。
「甘い……!!」
となっている自分が居る。
風夏は笑いながらも大丈夫と言いながらも、慰めてくれている。風夏の優しさに触れながらも、窓の方を見るとそこには自分の顔が映し出されていた。こういう反射をするものを作った人はどういう意図があって自分の表情が映し出すようにしたんだろうという疑問を生じさせながらも、自分の浮かぬ顔を眺めながらも嫌になっていた。
「渚、何か悩んでいるの?」
「え?わ、分かるの?」
「高校の頃の仲なんだからそういうのは分かるよ。やっぱり、千里とバンドを組めるようになったことがまだ気がかり?」
心配そうにしながらも私の顔色を窺ってくれている風夏。
「そういうのじゃなくて……えっとね、なんて言ったらいいんだろうかな?バンドライブをやることになったんだ」
「それっていい話じゃないの?」
きょとんとながらも話を聞いてくれている。
「そうなんだけど。ほらやっぱりバンドでライブっていうのは初めてだから。今まで一人や風夏達と一緒にライブをしたこともあって、バンドという形となってライブをするって言うのは初めてだから緊張してるの」
「それって要は初めてのことだから緊張しているってことだよね?色んな人に見て貰いながらも、やるということが初めてだからどういう風にやって見せればいいのか分からないって」
「……そういうことになるかな。色んな人が見てくれるから緊張するって言うかのかな」
風夏が一口だけ紅茶を口の中に入れる。
それからして話を続けてくれている。
「それって当たり前のことじゃないかな?」
「当たり前のこと?」
「こういう言い方だと冷たく感じるかもしれないけど、何事も初めてって凄い緊張するのは当然だと思うの。その緊張とどうやって上手く向き合うのかっていうのも難しいことだろうし、それがチーム一丸となって何かをやり遂げるとなると尚更。私はゲームの大会とかでそういう経験があったけど、やっぱり最初は不安だった。だから渚の気持ちはよく分かるよ?でもね、そういうのって初めてを体験したらその後はバネになるの」
「バネになる?」
語ってくれていたことはどれも重要な内容ばかりだけど、風夏が話してくれていた内容の中で最も気になっていたのは最後の発言だった。
「そう、初めてを体験してそこから何かを得た人って強くなれるとかそういうのがあると思うんだよね。経験を得るとか、学びを得るとかそういうものが……。渚の場合、どういう風に転がるかは渚次第だと思う。でもそれが千里と一緒にバンドを組んで何かを成し遂げたいって言うのがあるなら、私はきっと上手く行くと思うよ?」
何かを成し遂げる……。
考えたこともなかったけど、千里と一緒にバンドをやりたいという第一の目標を通過した時点で私の中で出来上がり続ける目標はあった。それもホットな奴が……。
「ない訳じゃないんだ、でもこれでいいのかな?となってるんだ」
「言ってみて」
「えっとね……私は私の音楽を得れたでしょ?自分の音がどういう物なのか知れるようになった。私の音楽って何処か静かで激しさを持つものだったんだ。凄い矛盾しているけど、幻想的でそれでいて情熱的って奴だったんだ。鍵盤に一つ触れる度に、色んな情緒、世界へと連れて行くことが出来るそういう音楽だったんだって……。だからね」
「私の音楽で誰かを清らかにさせたい、心を動かしたいそういう音楽をやってみせたいの。それが今の目標なんだ」
秘めている思いを胸の奥から解放している風夏は心の底から嬉しそうに笑いながらも紅茶を再び口につけて飲んでいる……。
「そっか、じゃあちゃんと目標あるんだね。だったら、大丈夫。渚だったら、今まで以上に自分の音楽と向き合うことが出来るよ」
「そう……かな?でも、ありがとうね風夏」
「いいって……気にしないで」
やっぱり、風夏に相談してよかった……。
こういうことを正直と話せる相手は本当に貴重で、私にとってそれが風夏だから本当によかった……。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね?事務所に呼ばれているから」
「あっ、うん……。本当にありがとうね風夏」
風夏は首を縦に振りながらも、自分のバッグを手に持って「じゃあね」と軽く笑顔になりながらも私に手を振ってくれている。私もそれに応じながらも手を振っていると、お店から出て行ったようだった……。
「風夏はやっぱり凄いなぁ」
なんて小声で言っている自分の顔は凄く笑っていたのに気づいたのは窓を見た後からだった……。友達っていいよね、やっぱり。
◆
店内を出ると、そこには春の陽気が感じさせてくれるものがあった。
桜はもう枯れ果てているけど、それでもこの微かに感じさせてくれる春の陽だまりが好き。最近じゃあ、もうこういう春を実感させてくれるものが少なくなっているのはとても残念だけど……と手を頭の上に伸ばしながらもストレッチをすると、店を出て歩き始めた辺りから、私を追いかける足音がして振り返るとそこには……。
「千里……?」
そこに居たのは千里だった……。
もう一人、隣に立っていたお爺さんは知らないけど風貌からしてただならぬ人なのは間違いなさそうで「渋い」となっている私がいた。
「ありがとう、風夏」
「渚のこと?いいよ、私はただ友達を助けただから」
「相変わらずだね風夏は」
「そりゃあ勿論、友達が悩んでいるなら助けないと」
渚は私の友人……。
まさかこうやって同じ事務所に所属して仕事をすることになるなんて夢にも思っていなかったけど、それでも私は今こうして渚と肩を並べられることが本当に嬉しくて堪らない。
「それにしても千里、もしかして店内に居たの?」
「実はそうだったんだ、ごめんね盗み聞きして」
「いいよいいよ、全然気にしないで」
と語ってはいたものの、やは隣にいるご老人が気になってしょうがなくなっている私……。
「あっ、紹介するね風夏……。この人は渚の先生」
「え?渚の……?」
視線を向けていると、千里がそれに気づいたのか渚の先生のことを紹介してくれていた。
渚に先生が居たんだとという驚きな事実に「へぇ」となりながらも、私は「どうも」と頭を下げる。
「お初にお目にかかりますな、貴方のことは碧波さんから聞かせていただいております。彼女の良き友人だとか」
「は、はい……!こちらこそ渚がいつもお世話になっています……!!」
真人さんが礼儀正しく挨拶をしてくれるのに対して私はおどおどとしながらも、改めて頭を下げる。私の姿に千里が微笑を浮かべていた。それに恥ずかしくなりながらも、私は「ありがとうございます」と小声で言う。
「あの……渚のことだから全然大丈夫だと思うんですけど何かご迷惑をお掛けしたりとかは大丈夫ですよね?」
「その点はご安心を……。それに、碧波さんは私の指導の下……いえ千里さん達の練習を得て強い意志を持つことが出来た。それは紛れもなく事実であり、誇らしいものなのです」
「そっか……そうだったんだ」
やっぱり、渚は凄い。
友人が音楽に対してようやく向き合うことが出来るようになって、自分だけの音を奏でられるようになった。それが、本当に嬉しくて喜びたくなるようなことじゃなくてなんて言うんだろうか。思わず、渚に祝福を送ってあげたくなるぐらい。
「千里……お願いがあるの」
「お願い?」
「これからも渚をよろくしね?」
「当たり前でしょ?それと……」
「風夏もアタシにとって最高の友人なんだから、こっちこそよろしく」
「うん、よろしく千里……!!」
やっぱり、友人っていいもの……。
私の心を温かくしてくれて明るい光を照らしてくれている。こういうものは私は本当に好きでしょうがないという胸の鼓動を早くなりながらも、私はこう言う。
「いつか、一緒に千里と渚出そうよ!!!」
「そのときは、恵梨と……紀帆もね?」
「分かったよ、千里」