傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
これから始まるのはあいつらにとっても重要なライブになる。
重要と言うと重圧になってしまうだろうが、本当に大事なものだった。度重なる調整、度重なる制作……。広がっていたのは地獄で、私も家に帰りたくなるほどだった。この一大ライブにかける思いなら誰よりも負けていないと踏んでいた。
「綾川千里の力を見せつける、いい機会だしな」
我ながら弟子に甘過ぎる、と苦笑いしながらも作業を続けていると隣で眠たそうにしている瑛太に私はエナジードリンクを押し付ける。
「寝るな」
「……わかってる」
互いに会話をすることはなかった。
それほどまでに瑛太は疲れていることもあって、互いに話をすることはしていなかった。元々、私が揶揄いそれに反応するのがいつもの日課だったがそれに反応する暇もなかったのだろう。
「……お前が気にかけている樫川竜弥は元気してるか?」
「ああ、この前も俺とコラボ配信をしてかなり盛り上がっていたぞ。お互い、色んなものを賭け合うという地獄のようなことをしていたが……」
それなら私も知っていた。
実際に何かを賭けるということはしていなかったが、最後だけは違った。互いに持ち合わせている面白い話をすることになって、樫川の方は自分がラーメン屋に行ったときの話をして、瑛太の方は最近のエナジードリンクの話を面白可笑しくしていた。
「お前の方はどうなんだ?綾川千里、かなり気にかけているようだが今回のライブもお前が発案なんだろ?」
「ああ……そうだ」
そう発案したのは私。
3Dライブと3D初配信を同時にするという大ボリュームにすることで私はあの配信を盛り上げようとしていた。
「期待しているのか?」
「ああ、してるとも……」
「弟子だからな」
◆
Vtuberによるバンドライブというものが珍しいものだったからなのかもしれない。
それとも、この五人が偶々注目されていたからなのかもしれない。集まっている視聴者の数はかなり多かった。まるで誰もが期待をしているそういうバンドライブになることは間違いなかっただろうと認識させられながらも、何処か一体化を感じさせている。
作られた3Dバンドライブは黒を基調としたステージ、スピーカーなどが置かれている。ステージの前には照明が置かれている。そして、それぞれのVtuberが使う楽器、マイクなどが既に設置されている。BGMとしては激しめのロック調の曲が使われていて、これからこのライブを盛り上げようとしているのが伝わって来ていた。
『3Dバンドライブ楽しみ!!』
『ワクワク』
『ステージかっこいい!』
視聴者、反応を示すなか照明が一気に暗くなっていく……。
まるで、始まりの合図を知らせているかのようにして……。そして、それと同時に声がしてくる……。
「Just give me a reason」
千里の歌声と共にギターの音がしてくると、演奏が徐々に共鳴しつつあっていた。
お互いに、お互いの音楽を確かめるようなものは更に強く引き合わせるようなものになっている。これから始まる、この3Dバンドのライブの開幕を知らせようとしている。
『始まった!!』
『アンナの歌声かっこいい……』
その合図と共に視聴者も大いに盛り上がっている。
まだこのライブはほんの始まりに過ぎないと言うのにもう楽しんでいる視聴者達が数多く存在している。それだけこのライブを楽しみに待ち侘びていた視聴者達が多くいた。
「愁いを含んだ閃光眼光は感覚的衝動」
久龍アンナの歌声は凄まじくものだった。
熱く燃え上がる炎のような歌唱力の中で何処か落ち着いているような感覚。そういうものを感じさせるものがあった。彼女が得意としている空間と言う歌い方が功を期している。何故なら、彼女は今回この空間という手法を用いて、自分達が初めてライブハウスに立っているときの気持ちを表すようにしているからだ。そういう思いもあって、彼女は立ち止まるつもりなんて毛頭なかった。もう、自分の歌声に苦しまれる日々はなく彼女の雨はあがっていたんだ。心の底から、楽しそうに明るく歌い続けている彼女の姿に魅了されている視聴者も多く健在するなか、最も注目されていたのは安藤みのりのパフォーマンスだった。
『パフォーマンスすげえ……』
『口でスティック咥えてるんだけど!?』
視聴者も反応しているように、明らかに異質なパフォーマンスでしかなかった。
身体全体を使っての最大限のパフォーマンスを駆使する。足でリズムを刻んだり、頭を激しく動かしつつも、円を描くようにしてドラムを叩いたり、口でスティックを咥えて叩き始めては持ち直して、ドラムスティックを宙に投げて遊んでから叩いてたり滅茶苦茶そのものだったが、驚くほど周りと合わさせられていた。本当の仲間だったからだ。
本当に異質とまでも言える、彼女のドラムは祖母から教わったもののほぼ我流。そもそも彼女が普段から使っているドラムからしてかなり異質なものであり、それと同じ機種のものしか滅多に使いたがらない。そういうこだわりもあるのが安藤みのりの特徴。なによりも、見ている人間全てを引きずり込ませるような魂が心拍数のようにして伝わらせている……。それこそが、彼女なんだ。
そして、それを隣で苦笑いしながらもドラムと共に土台を作り上げているのがベース担当の城崎ハク。彼女は自由奔放のみのりに合わせるのがやっとだったのは過去の話。更には全くと言っていいほどお互い協調性がなかったのも過去の話。彼女とみのりは、既に波長を合わせながらも互いに音楽の中で切磋琢磨しながらも音符を交じり合わせる。ただ、同じタイミングで鼓動を打つ。まるで、二人の心臓が同じ拍動で動いているかのようだった。
視線なんて交えない。合図も、言葉もない。でも、みのりが一つ一つ仕掛ければ、それに合わせてリズムを崩さずにフレーズを落とす。みのりは感じ取っていた、城崎が「乗れている」と……。そして、それはお互いに思っていた。二人の音楽だけが会話となっていたが時々城崎が目立とうとしていた。
『俺にウィンクしてくれた』
『お前じゃねえよ、俺だよ』
カメラに向けてウィンクしたり、踏みつけようとしたりしているのを後であの人物が頭を抱えることになる。
「やっぱり、いいもの……」
心の中でそう呟いているのはNoAだった。
ギター担当であり、音楽全体の景色や感情を色付けながらも、声によりそれを色彩を与えているのも彼女だった。彼女はほぼこのバンド内においてリーダー的立ち位置であったが、隣で立って歌い続けながらも音の層を厚くしてくれている。
『NoAの姉御、痺れまくるぜ!!!』
『やっぱこの人の歌も外せないよな』
普段は視聴者からは姉御なんて呼ばれている彼女だが彼女のカッコよさに見惚れている視聴者は数多く存在していた。彼女の動作はみのりや城崎のような派手さはないが、それでも足踏みしながらもその場から動いているだけでも彼女という人間の姿が「カッコいい」とさせているのは彼女自身の姿もあるが、やはり華というものがあってこそなのだろう。そういう風に捉えられているNoAだったが、なによりも彼女自身が気を遣っていたのは視線に入っていたのはバンドメンバーのことであったが、一番目を向けていたのはアンナのことだったがそのアンナに憧れの視線を送って行ったのが……。
桜木美咲だった……。
その名前のVをしているのは勿論、碧波渚。
『美咲が憧れの人と立てるだけで俺嬉しいよ』
『すげえ分かる……。感情深いよな』
彼女は自分の音で鍵盤から自分の世界、情景を写し出しながらもそこには憧れという感情も載せていた。憧れは憧れのままでいい、そう思っていた時期もあった。彼女はそう誤魔化そうとしていたときもあった。でも、それでも推しである久龍アンナの傍に立って、バンドで役に立ちたいという感情があった。それが今ようやく満たされそうになりつつも、これはまだ一歩でしかないと噛み締めながらも、自分の五線譜を作り上げようとする美咲だった……。
「それではラストの曲になります、聴いてください……!新曲、ストレリチア……!!」
様々な楽曲が奏でられるなか、最後に披露されたのは作曲NoA、作詞アンナによるものだった。この楽曲はストレリチアという花の名前から取った曲名であり、その花言葉は輝かしい未来。アンナはこの楽曲に込めたフレーズは未来へ向かって進めない人達へと向けた曲……。
例え、どんなに大きな絶望の中でも希望という未来を掲げていれば諦める必要なんてないという真っ直ぐな歌詞が綴られている。そういうものは安っぽく見られるかもしれないが、そうでもなかった。何故なら、久龍アンナが歌う真っ直ぐに熱く情熱に燃え上がる姿勢の歌声がそれを後押しさせていたからだ。
本物の歌声、鼓動に響かせる歌声。それが彼女の実力そのもの……。
だったのだから……。
「ありがとございました!!」
最後の一曲が終わり、全ての楽曲が終わりを続けたのと同時に笑顔で手を振るアンナ達。
多くの視聴者が和気あいあいと「最高だった」と書き記しているなか、満足げにし続けながらも手を振っていた……。
◆
次の日……私は喫茶店で真人さんと会っていた。
お礼が言いたかったから、私の音を出してくれた真人さんに……。
「強くなられましたな」
「そ、そうですかね?まだ自分では全然実感がなくて……。でも、楽しかったって言うのは本当なんです。千里達と一緒にこうしてバンドをやれて」
「それが強くなれたという証拠ですな。貴方は今まで自分の音楽がわからず、どう向き合えばいいのか彷徨っていた。しかし、今でははっきりとした音を持っている。自分を持っているからこそ、貴方は音楽が楽しいと思う心を得ている。そうではありませんか?」
真剣な表情で真人さんが私が何故強くなれたのかを語ってくれている。
「そうかもしれません、私は今まで自分の音を探すのに精一杯だったから、千里達や真人さんとの関係を得て自分の音楽を知ることが出来た。それは間違いなく、良かったことだと思いますし、逃げないで向き合ってきて良かったってなれました……。だから、本当に」
「ありがとうございました!」
千里だけじゃない、恵梨達だけじゃない。
私は真人さんに出会うことがなければ、今でも自分自身の音への無気力、絶望感を抱えていたに違いない。もう私にそれはない。そして、これからも千里達と一緒に進み続けたい。
それが私の細やかな願い……。
◆
「それで竜弥、話ってなに?」
呼び出されたのは喫茶店……。
これと言って普通のザ・喫茶店という場所で私達は話をすることにしていたけど、竜弥は何処かそわそわしているという印象。何か大事な話でもあるんだろうか?と興味ありげに待っていると竜弥から解き放たれた発言に私はコーヒーカップを持つ手が一瞬揺れそうになっていた。
「それ、本当?竜弥」
「ああ……俺は……」
「千里に告白する」