傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
俺は今挨拶を済ませる為に服装をしっかりとさせていた。
シワのない服を選び、何処か正装といった形の服装で……。こういうビシッとした格好は再就職する為の面接時以来だろうか……。向こうの相手にはもう連絡は前もってしてあった。俺が電話したときからもうそういう話だという分かっていたようだから、話は円滑に進んでいた。
頬を叩きながらも、俺はいざ綾川家の中へと入って行く……。
「おや、貴方……竜弥君が来てくれたみたいだよ」
「お邪魔します」と言い切る前に千里の母親が父親を呼んでいる。
いきなり遅れたような感覚に陥りながらも、俺は改めて「お邪魔します」と言うと、千里の母親が「そんなかしこまらなくてもいいのに」と笑ってくれていたが、今日はとても大事な話があって此処に来ていた。
「ほら、ついて来て」
案内されるがままに俺はリビング方へと案内されると、そこには豪勢の料理があった。並んでいるのは鯛の姿焼きからお造り盛り合わせ。和牛のしゃぶしゃぶ、赤飯などと言ったものがあって、思わず息を呑みそうになるがそんな非常識なことはしないように気を付けていた。
「竜弥君、話というのはなにかね?」
座ったのと同時に千里の父親がお茶を飲んだ後にそう問いかけていた。
「率直に言います……娘さんを綾川千里を俺にください……」
溜めることなどはせず、俺は直球で述べた後に千里の母親の方は微笑んでいたが、父親の方は再び茶を軽く飲んだ後に……。
「ダメだ、娘をキミにやる訳にはいかない。キミは一度娘を危険の目に遭わせてしまった。あれが偶然起きてしまった悲劇とはいえ、あんなことがまた起きたとき私の娘は今度は声だけは済まなくなる。勿論、キミに落ち度があった訳ではないのは分かっている。それでも、父親としてこれ以上娘が傷つく姿は見たくはない」
至極真っ当な意見だった……。
あれは事故のような事件だったとはいえ、俺が千里のことを傷つけたことには変わらない。千里の声を失わせた……。それは本当に変わらないことなんだ。だけど、あの出来事があったからこそあの出来事があったからこそ俺はもう一度千里を守ろうとなれた。
一度は逃げた。
でも、二度目は違う。
「俺が千里を守ります。お父さんからすれば、二年も千里の傍から逃げていた俺では不服だと思います。それは当然だと思います。自分の娘の声を間接的に失わせて、その上に逃げたんですから。でも、今は違うとはっきりと断言できます」
「その根拠を聞いても?」
「二年ぶりに再会して思ったんです。俺はやっぱり千里のことが好きなんだって。好きで好きでしょうがないんだって。本当はまた逃げ出そうとしていたときもありました、それでも逃げなかったのは千里に背中を押して貰ったからなんです。逃げてもいい、でも隣に居るから……。二年も逃げていた俺にそんなことまでしてくれる道理なんてないはずなのに、あいつは俺の手を掴んでくれたんです。だから、俺はあいつから逃げたくない……覚悟を見せてくれたあいつの為にも……」
「だからもう決めたんです……俺は千里の手を掴むって」
俺は千里から何度も逃げようとしていた。
何度も関わらせないようにしていた。そういう素振りだけで何度もあった。
『アタシの傍から……居なくならないでよ』
あんなことまで言われていたのに俺は自分がどうしようもない奴だとなれない。
千里のことを傷つけるだけだからと言って逃げて来たつもりだった。それが正しいと言い聞かせていた。でも本当に今は違う。あの演奏を聴かされて俺は真っ直ぐに千里に向き合おうとなれていたんだ。俺は結局千里から離れるなんてことは出来なかったんだ……。
「そして、今度は俺が守るって……決めたんです!!」
今まで俺は支えられてきた。
でも、これからは違う。千里が俺を守るし、俺が千里を守る。そうやって支え合って行くことで俺達は生きて行こうとなろうとなれたんだ……。
「正直、あの事故のあと、キミを恨んだこともあった。でも今のキミの言葉を聞いて、私が間違っていたかもしれないと思ったよ……だが、キミの熱意を聞いた上で言おう」
「これからも娘を頼む……」
「え……?」
あまりにも呆気ない返事に俺は戸惑ってしまう。
もっとこう反発されるんじゃないのか?という不安があったから。でも、実際には違った。返って来た言葉は了承の返事だった。
「聞こえなかったかね、娘を頼むと言ったんだ」
千里のお父さんの目は真っ直ぐで何処か真剣な表情をしていた……。
もしかしたら、俺は試されていたのかもしれない。覚悟というものを……。肩の力が下りそうになりながらも、俺はこう答える。
「こちらこそ……お願いします」
そう、頭を下げながらも俺は改めてそう伝えると、父親の方が笑いながらもこう語ってくれていた。
「まあ、キミならば千里のことを任されると最初から踏んではいたんだがな……。やはり、こう試したくなってな……。さあ、折角のご飯だ。一緒に食べよう」
確かに言われてみれば……俺達の目の前に置かれている料理はまるで最初から了承されることが決定されていた内容ばかりだった。本当に最初から試されているだけだったんだと納得しながらも、俺は「いただきます」と言った後にお父さんはこう質問をしてくる。
「ところで娘に告白を断れたらどうするつもりなんだ?」
「え!?あ、ああそれはその……」
確かに言われみれば、そうなった場合どうなるんだろうか?となってしまう俺がいた。
いや、千里だったら俺の告白を了承してくれるよな?という自意識過剰もいいところの話が出そうになっていたけど、俺はいざそう言われると困惑する自分の方が打ち勝っていた。
「まあ、キミの告白なら千里も断るはずもないだろう。本当にこれからよろしく頼む」
「こちらこそ……」
再び俺は頭を下げる。
その頭を下げるという行為にはどれだけの想いが詰め込まれていたかは俺自身が一番よく分かっているつもりだった……。そして、此処の挨拶を済ませたらもう一件俺は居なくちゃいけない場所があった……。
「お兄ちゃん、お帰り!!」
「ああ、お帰り。急に悪いな結衣」
綾川家を出た後、俺が一目散に向かったのは実家だった……。
結衣が笑顔で俺のことを出迎えてくれていた。
「気にしないでいいよお兄ちゃん。あっ、そういえばね昨日紀帆さんが家に来てくれたの」
「そうだったのか……。ゲームしたのか?」
「うん、私が勝ったの」
「なるほど……」
どうやら紀帆の結衣との勝負はこれからも長く続くことになりそうだ。
それこそ俺と結衣のように……。頷きながらも納得を示しつつも俺は結衣に母さんが何処に居るのかを聞くとリビングに居るという話を聞いて、そこに向かうと母さんがコーヒーカップを片手にコーヒーを飲んでいる姿があった。こうやって母さんが好きなものを飲めている姿に俺は嬉しく思いながらも、見つめていると……。
「どうした竜弥?」
「ちょっと報告しておきたいことがあって家に来たんだ……」
「報告しておきたいこと……?私にか……?」
「ああ、実はだな……。千里にプロポーズをしようと思ってるんだ」
コーヒーカップが置かれた音と同時に温もりに包まれたような感覚があった……。
それが何故なのかはすぐに分かった……。
「そうか、ようやく来たんだな……」
「ああ……ようやく来たよ」
これは最近俺が冷静になって知ったことだったが母さんは俺と千里の関係をずっと応援してくれていた。千里なら俺のことを幸せにしてくれると思っていたようだったのを最近になって知れたのは高校時代の母さんのことを思い返してみれば、割と千里に歩み寄っている場面があったからだった……。
「お母さん、これはもう腕に振るわなきゃね!!」
「ああ、そうだな竜弥……!なにが食べたい……?」
「え?ああ、じゃあ……」
「カレーでいいかな?」