傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
誰かがこの公園の前を通った。それが通りすがりの人ではないということは俺に分かっていた。
あの気配、間違いなくあの人の気配だった。
「どうしたんだい竜弥?」
子供達を最後まで一緒に見送っていた秀治が俺の様子がすぐに変わったのに気づいているようだった。
「……俺は今から少しだけ寄らなくちゃいけないところが出来た。悪いけど恭平の様子を見に行って来てくれ」
秀治の返答を待つことなく、俺は公園を離れることにした。
さっきまで公園の前を通り過ぎたということはまだこの近くにいるはずだ。
『もういいよ……』
妹が高熱を出して倒れていたあの日……。
俺は学校の行事に参加することはなく付きっ切りで看病をしていた。あの日以来あの人に対して失望な目で見る日々が多かった気がするが、俺は知っている。
『なにか食べたいものはあるか……?』
低めな声が頭の中で響く……。
俺はあの日、あの人と結衣と一緒にラーメンを食べに行った。あの人は俺がラーメン屋を指で差したとき「本当にいいの?」と言う声を出していたが、俺が頷くと一緒にラーメン屋に入ってくれた。きっとあの人は「もっといいお店連れて行くよ」と言いたかったんだろうが、俺は店の外からするラーメンの匂いに釣られて我慢することが出来なかったのだ。
あの日のラーメンの味は今でも覚えていて高校時代はよく通っていた。
『竜弥……手繋ぐ?』
あの日の優しさを俺は知っているからこそ捨てきることが出来ないんだ。
妹のことではなく仕事のことを優先したあの人の姿があっても俺にとっては……。
俺にとっては……!!
「見つけた……!!」
人々が入れ乱れる歩道の中、俺はあの人らしき人物を見つける。
後ろから声を掛けられたあの人は足を止めていたが何も言わないでいた。
『ようやく会えたね……』
退いていろ、今はてめえと話す事なんかねえ……。
俺が今話したいのは目の前にいるあの人なんだ……。俺はあの人の第一声を聞きたいんだ。
「待てよ……!!」
最初の人格である俺の声を無視しながらも俺はあの人に近づいて話しかける。
「俺に……何も言わないのかよ!!」
俺に気づいているであろうはずなのに何も言わないでいる。
俺はあの人に何かを言って欲しいという気持ちが強かった。この三年間、母親とすら会わずにいた。それは母親に殺されるかもしれないという感情が逃れるために逃げていたはずだったんだ。なのに、何も言わず逃げないで欲しいという気持ちが強かったんだ。
何か言って欲しい、そういう気持ちが強かったが俺の中に眠っている最初の人格の俺がどうにも自分の中にある殺意というものを抑えることが出来ねえでいたのを俺は感じ取って俺はなんとか表に出させないようにしていた。
「答えろよ!」
「答えてくれよ!!!」
「母さん!!!」
魂の叫びに近い言葉は母さんに届く事はないのかもしれない。
それでも俺は叫び続けることを止めることが出来なかった。三年ぶりに聞く母さんの第一声が俺は聞きたい。そう願っていたんだ。もし母さんからの第一声があのときの謝罪の言葉だったら俺は許してしまうかもしれない。きっと振り向けば握っているはずの拳を振りかざして三発ぐらい殴ってしまうだろうけど俺は今にも許してしまいそうな気持があったんだ。
知りたかった。
俺に対して愛情はあったのか、とか……。あの日以来、母さんは俺のことを一度でも愛してくれていると感じてくれていたことはあったのか。俺の首を絞めようとしたことを後悔しているのか……。聞いてみたいことだらけで最初に何を聞けばいいのか分からないけど母さんから最初に言って欲しい言葉はやはり謝罪の言葉……いや、俺が一番聞きてえのは間違いなく……あの言葉なんだ。
自分の中に抱えた矛盾を抑えながらも俺はただ母さんの返事を待っていると、携帯に通知音が鳴っていた。通知音が鳴っていただけのはずなのに俺にはその通知音がとても重要なもののような気がして俺はすぐに確認するとそこには……。
『5日後の夜、結衣と待ってる』
書かれている内容はそれだけであったが俺は何処か心が救われたような気分になっていた。
「……必ず、必ずだよな!!母さん!!?」
通知が届いた携帯を握り締めながらも俺は母さんの背中を見続けていた。
「絶対だからな……」
何も言わず去って行く母さんの姿を見送っていたが、その母さんが頭が一瞬動いたように見えて了承してくれたようにも見えて俺は一瞬ホッとしていると心臓を奥の方から突き動かすようなあったような気がしていたんだ。
『なんで逃がしたの?』
『もういい僕が……僕が全部を終わらせる……母さんのことを……殺す』
最初の人格である俺の目は真剣そのもでしかなかった。
今まで成し遂げられなかった復讐というものを完全に成し遂げようとしている目そのものだった。ああ、分かっている。元はと言えばこいつが最初の人格だから押し殺してきたのは俺達の方だ。助長させてきたのも俺達の方だ。
もう最初の人格の俺は目の前が見えていない。
母さんに復讐したいという気持ちが完全に消え去った訳じゃねえから俺にだってアイツの気持ちは分かるが今の俺にはまだ母さんの口からちゃんと本当の気持ちを聞きたかったんだ。それまではこの体を最初の人格である幼少期の樫川竜弥に渡す訳にはいかねえ。
「ぜぇ……ぜぇ……!」
去って行く母親の姿を後ろから眺めながらも俺は自分の胸を抑えつけながら路地裏へと走り出す。今あいつのことを抑えてくれているのは間違いなく他の人格たちだ。今まで表に出て来なかったのは俺の様子を窺ったり、あいつが表に出てこないようにする為だったに違いねえ。
「あの馬鹿、表に出てこようとしてんじゃねえ……よ」
自分の体が芯から熱くなっているのが伝わってきている。
このままだと間違いなくあいつに体を乗っ取られてしまう。元々俺の体じゃねえからそろそろ今の俺に返してしまっても構わねえかもしれねえが、ただまだ一つだけ確認しておきたいことが今の俺にとってはあったがそれが間に合うかも分からねえ。
母さんや結衣に関してはアイツに体を返した後でもいいかもしれねえがあれだけはどうしても聞いておきたかったんだ。
「竜弥さん、大丈夫ですか!?」
路地裏で俺が息を荒くしながらも壁に寄りかかっていると、急いで駆けつけてきたのは恭平だった。
「恭平、どうして此処に……?」
「えっと……竜弥さんの友人だと名乗る人と二手に分かれて竜弥さんのことを探してたんです」
「そうか……」
内側にいるであろうあいつの鼓動が徐々に遠ざかって行ような感じがする。
あいつらがあの人格のことを止めてくれているのかもしれない。
「竜弥さん、本当に大丈夫なんですか?凄く辛そうですが……」
「俺なら、大丈夫だ……ちょっと疲れてな……」
「そ、そうなんですか?す、すいません、僕がゲーセンに行きたいって言ったあまりに……」
「気にすんなって……」
立ち上がろうにも体の主導権を奪おうとしてくるあの人格がやって来るのが怖くて俺は立ち上がることが出来ないでいた。
「竜弥さん、ほ、本当に大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ……」
俺はなんとか立ち上がりながらも恭平の方を見る。
恭平は俺のことが本気で心配なのか俺の体を支えながらも立ち上がるのを手伝ってくれていた。
「恭平、俺はお前に……ずっと聞いてみてえことがあった」
「なんですか……?」
立ち上がることが出来た俺は心配そうにしている恭平を見つめながらも俺はあることを聞き出そうとしていた。それは俺が昨日の夜、俺が恭平に聞こうか迷って結局聞くのをやめていたことを聞こうとしていたんだ。
「俺はお前の期待や信頼を裏切ったも同然なのにそれでもゲーム実況者としての俺を……Vとしての俺を……俺と言う人間に失望をせず今でも応援してくれている理由はなんだ?」
「その答えは前にも言いましたよ竜弥さん……僕は貴方に救われたと……。僕は貴方の活動、貴方から貰った言葉で……サインのおかげなんです!!貴方が好きなら誇れって言ってくれたからです!!なによりも辛い時に貴方の配信やゲーム実況を見て笑顔になれた一人だった!!たったそれだけで馬鹿みたいだと言う人もいるかもしれません!!それでも僕は此処まで来れた!!貴方が元気で居てくれたから今の僕があるんです!!プロゲーマーになる第一歩の夢を掴むことが出来たんです!!」
「プロゲーマーの夢の第一歩……?」
恭平の口から俺が全く知らないことに関しての話が出ていた。
「竜弥さんに言わなかったんですけど……僕は今プロゲームのチームに入らないかって言う誘いを貰ったんです!!だから本当に竜弥さんには感謝しきれないんです!!貴方が居てくれたから僕は此処まで来れたんですから!!」
「恭平……一度しか言わねえから今言うこと全部しっかりと聞けよ……」
「え?は、はい!!」
「いつまでもありがとうな、俺のことを応援してくれていて……」
感謝の気持ちしかない。
だから俺はあいつに変わってもらってこれを言ってもらった。この言葉を述べるのは今の竜弥でもなく、俺でもなく……もう一人俺ではない俺に託したのだ。あの言葉を……。
「坦々さん……?」
このことを述べるべきに相応しい男に俺は託した。
恭平にとってのあの空想の男から言ってもらえるのが一番嬉しいだろうから……。
「それと……俺のことを……俺のことを……」
「助けてくれ……」
悲痛なる声が響き渡るなか、恭平の答えを待っていた。
もしかしたらこれ以上俺の体は持たないかもしれない、高校生の俺は恭平に助けを求めることに関しては少々否定的なところはあったが、もうそんなことを言っている場合ではなくなっちまった。だから俺は恭平に助けを求めることにした、もう俺にはこれしか限られた選択肢がなくなっていたんだ。
一か八かの方法であいつに体を戻す方法を試してみる。
やってみたことはねえし試す機会なんて絶対にないと思っていた。今はあいつを止めるのに全員がそっちに意識を集中させているからさっき坦々を呼び出すのが精いっぱいだったがもし俺の意識を飛ばして今の俺に戻すことが出来るなら今はそうするしかねえんだ。俺があいつとちゃんと話をしなければならないから……。
後は恭平の答えを待つだけだが……俺のことを助けてくれ、か……。随分情けねえことを頼んじまったな、俺も……。
でも目の前にいる恭平は……。
「任せてください……!」
自分が今から「推しを殴れ」なんて言われるなんて思ってないだろうに太陽に負けないぐらいのすげえ笑顔で俺に笑いかけてくれていて俺は少し悪い気持ちになりながらも俺は恭平に今から頼みごとをするのだった。
「じゃあ俺が気絶するぐらいの勢いで殴れ」
「え!?」
「なに躊躇ってんだよ、早く殴れ。推しを殴るなんて握手やサインするより滅多にねえぞ」
「い、いや……自分で何を言っているのか分かってますか!?」
やはりこうなっちまうか。
推しを殴れるなんて機会早々にねえからもしかしたら恭平だったら喜んでやってくれるかもしれねという気持ちがあったがよくよく考えてみたら恭平はそういうの躊躇いそうな気がするな……。
「……いいから早く殴れ、人が来ちまったら面倒なことになるだろ」
「で、でも……!!」
「いいから……!無料で推しのことを殴れる絶好の機会だぞ?これ逃したら最大のチャンスがもう巡って来ねえかもしれねえぞ!お前の思っていること全部俺にぶつけて気絶させて見ろ!!」
「ああもう僕知らないですからね!!!」
恭平は袖をめくりながらも一歩ずつ後ろへと下がって行く、助走をつける為だろう。
俺は目を瞑ることなくただ恭平が助走をつけて殴って来るのを待っていた。
「居なくなるのはもうやめてください!!!」
「ああ、分かったよ……」
俺は恭平の言葉に返事をした後、目が瞑って行くのがなんとなく伝わっていた。
全く恨みや憎しみの言葉じゃ無くて……推しとしての言葉なんて想像できるわけねえだろ。
でも、本当に……ありがとうな恭平。
俺のことを……ずっと好きで居てくれて……。