傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「ふふっ!今日も一日頑張って行こう!!」
次の日別のスタジオルームを借りてアタシ達は中へと入って行った。
此処は他のスタジオルームとは違って若干古さが残っている場所であり、数々のバンドのビラが貼られている場所でありそれを目当てにやってくるお客さんも居るとか居ないだとか……。
「……」
「どうしたの?チサ」
「あーいや……懐かしいなと思ってさ……」
「ん?どうったの?千里」
アタシが止まってバンドのビラを見ていると、そこにはワンフォーオールとして活動していた頃のアタシ達のビラが貼られていた。
「このビラ、確かアタシ達がライブハウスで初めてライブをやることになって香織が配ってたビラだよね」
「そ、そんなこともあったっけなぁ……」
「あーヒメにもこんなことがあったよねぇ……」
含みのある言い方で言う琉藍。
香織にとってもあまりいい思い出ではないのか、目を逸らしていた。このビラは恵梨に頼むこともなく香織が自分で作成したビラだったはず。色んな人に渡っていたのは知っていたけどまさか此処に貼られていたなんて……。
「ヒメはぼっちだったからこうするしかなかったもんねぇ……」
「ぼっち言うな!!」
「香織、まだ学校に馴染めてなかった頃だもんね」
「恵梨は私の頭撫でながら同情してこないでよ!?」
いつもの感じのアタシ達を取り戻しつつも……?
アタシ達はスタジオの中へと入って行くのだった。
「それじゃあ練習始めるけど……って曲決まってたっけ……?」
楽器の準備を終えて香織が声出ししながらも言っていた。
「オリジナル曲とかも色々と歌おうかと思ったんだけど……流石にワンフォーオールの頃のオリ曲は歌えないから最後にアタシが考えたオリ曲を歌いんだけどどうかな?」
「オリ曲ってどんなの?」
アタシは恵梨に軽くオリ曲についての説明をする。
説明をしている間に恵梨はアタシの話にどんどん喰いついて来ていたのを覚えている。
「どうかな……恵梨?」
「いいんじゃないかな……いや寧ろ凄い良いと思うよ千里」
ある程度説明したつもりだったけど、それでも恵梨はアタシが新しく考えていた新曲について褒めてくれていた。恵梨は前のバンドの頃、アタシ達の曲をよく考えてくれていた。最近じゃボーカロイドと言うのを使って投稿こそはしてないけど曲を作ったりしていることもあるらしい……。
「そっか、ありがとう恵梨」
「うん、あーじゃあ……私外の空気吸ってくる」
「あれ?恵梨は何処行ったのさ?」
「ちょっと外の空気吸ってくるって言ってたよ……どうしたんだろうねー」
◆
あの日、駅のホームで竜弥のことを見かけて恭平の家に向かっているとなんとなく分かったあの日恵梨は竜弥のことを追いかけた。恵梨の服を掴んで壁に放り投げた彼ならば今の恭平に会わせる訳には行かないと言う気持ちがあったからだ。もしも彼が恭平のことを痛みつけるようなことがあれば恵梨はすぐにでも恭平のことを助けようとしていた。だけど一日目のあの日、帰り際に見た竜弥の表情を見て恵梨は少し考えを改めるべきなのかもしれないと思っていた。
彼は笑っていたんだ。
何処か嬉しそうに笑っていたんだ。
恵梨はその表情を見て少しホッとしながらもどうしてもやはり気になってしまう為、二日目も竜弥のことを見ていたが私は竜弥に見つかってしまった。見つかってしまった恵梨は竜弥に対して恭平からの手紙を読んでくれてたのかどうかを聞いて、安心したのだ。
『恭平のこと頼むね……竜弥』
安心しきっていた自分が居たはずなのに、今はこうして本当に竜弥のことを救えるだろうかという気持ちが強くなっていく……。竜弥の過去で何かが起きていたのかはなんとなく分かること。分かることだけど心の傷というものはそう簡単に治せるものじゃないからこそ恵梨は不安なのだ。
今回のライブで竜弥の心を救うことが出来るのか……。
「恵梨、どうしたの?」
「千里……」
ライブハウスがあるビルの屋上で恵梨が座り込んでいると、千里も恵梨の隣に座り込んでいた。
「竜弥のこと?」
「そうだね、私達の音楽がどれだけ今のあいつに通用するのか今の私には分からない。もしかしたら通用しないのかもしれない……それでも千里はやるの?」
「……やるよ」
揺るぎない信念があるからこそ、千里は恵梨の顔を見ながら言い切った。
恵梨は千里が少し羨ましかった。ちゃんとこうと決めたことに対して絶対に曲げることなく、そこに向かって頑張ろうとする千里のことを知っているからこそ本当に千里のことが羨ましかったのだ。私もよくメンタルは強いと言われることが多いけど、千里はそれ以上だ。
「成長したね千里……」
メンタルが弱いと言われてた頃の千里を知っている恵梨だからこそ出た言葉だった。
「千里はどうしてそこまで強くいられるの?」
だからこそ恵梨は千里に聞いたのだ。
彼女の奥底に眠る本音というものを知りたかったのだ。原動力というものを知りたかったのだ。彼女の中にあるものを……。
「アタシは強くなんかないよ……でもね理由があるとしたら……アタシの音楽を聴いてくれる人達が居るからだよ」
「聴いてくれる人達がいるから……?」
「うん、多分きっと音楽っていうのは星の数以上に今はあると思うの。その中からアタシの音楽を選んで聴いてくれる人とか好きで居てくれる人とかの為にアタシは歌い続けたいと思ってるの……。聴いてくれる人がいる限り……」
「それが千里の原動力……?」
千里は頷いた。
恵梨には分かったことがあった。自分にとって綾川千里という親友は本当に大きな存在でどれだけ自分にとって自慢の親友なのか頭の中で再確認出来ていた。
「これね、少し竜弥の受け売りでもあるんだ。竜弥がね、音楽は聴く人がいないと成立しないって言ったのを聞いてアタシもそう思うって思ったんだ」
「凄い良いこと言うね……」
聴く人が居ないと音楽というものは成立しないか……。
そうだよね、そうだよね。恵梨は中学生の頃一人だと思ってた。絵を描くのだって音楽をするのだって親以外の人前には見せたことがなかった。音楽や絵が……それが誰かに合っているのか合ってないのかすら分からなかったけど、それでも高校時代に初めて千里達に演奏を聞かれて褒められたとき本当に嬉しかったのだ。音楽は聴く人がいないと成立しない……。確かにその通りだと……。
「もし……もしもだよ千里……竜弥がライブハウスに来てくれなかったらそのときはどうするの?」
「来るよ、竜弥なら絶対に……絶対に……」
その自信が何処から出ているものなのかは恵梨からは分からない。
それでも恵梨にとってその言葉だけで信じるに値すると考えていた。何故なら今までだって千里の「頑張ろう」と言う言葉で何度だってライブを楽しんできた自分がいるのだから。どれだけ辛くたってどれだけ苦しくたって千里が居てくれたから恵梨は楽しかったのだから……。
「戻って来れたようだな……」
「お前は……」
「過去の俺、高校時代の俺と言ったほうがいいか」
竜弥の中で声を出していたのは……もう一人の自分、そしてそれは高校時代の竜弥だった。彼は少年時代の自分を抑えることが出来た為表に出て来ていたのだ。
「お前には色々言うべきことがあるのかもしれないが一つだけ確認させろ……お前は千里達がやる新しいバンドを見に行くのか?」
竜弥は何も答えることはしなかった。
ただ無言を貫き通していた。その背中はただ何かを考えているようなのは過去の竜弥には伝わっていたが自分が想像している通りのことになることを予想していたのだった。
そしてその過去の竜弥の予想は的中することになった。
「竜弥は……!?」
「……来てないみたい」
香織が竜弥がライブハウスに来ているかどうかを確認すると恵梨は首を振って否定するのだった。
「チサ……」
「来るよ、竜弥なら絶対来る……」