傷だらけな多重人格の青年は泥臭くもVtuberとして呼吸をする 作:村上トオル
「俺は……」
今竜弥の中を支配している感情は迷いというものだった。
迷路で一生行き止まりを歩いている人間のように竜弥の頭には迷いが起きていたのだ。自分の中では分かっている、答えは二つしかないと言うことを……。
一つはライブハウスに行って千里達のライブを見に行くこと……。
琉藍の言う通り、もしかしたら自分を変える何かきっかけのようなものが発生する気はしていたのだがその一歩を踏み出して自分という人間が仮に変わることが出来たとしよう。もしその自分が何もなくただ空洞の自分だった場合、自分という人間をどう受け止めればいいのか分からなくなってしまうかもしれないという恐怖心があったのだ。
もう一つの選択肢は今までの決意を無駄にするかもしれない選択肢。
ライブハウスに行くことはせずこのまま"また"逃げるという選択肢を取るという選択肢。これは竜弥にとっても取るべき選択肢ではないということは分かっているつもりだったが、それでももし自分がライブハウスに行って千里達のバンドの演奏を聞いて感じるものがあって自分というものが形そのものが変化したときに悪い変化が訪れたときが怖いという気持ちがあって逃げたいという気持ちがあったのだ。
逃げてはいけない……。
声には聞こえていなかったが他の人格たちが今の竜弥に投げかけてるように聞こえていたのだが、竜弥は震えていた。息が詰まりそうなほど震えていた。あの日母親に殺されかけて息が詰まりそうになりながらも声を出して勇気を出していた竜弥は今此処にはいなかった。
『本当に行かないつもりなの?』
第二の人格の竜弥が今の竜弥に問いかける。
その声には優しさというものが含まれているような気がしていたが何処か今の自分の行動に苛ついているような声色を出しているようにも聞こえているような気がしていたのだ。第二の人格、竜弥としては千里の歌声を聞きたいという気持ちがあり、何故それを怖がっているのか理解できなかったのだ。
ゲーム実況者の彼の人格は第二の人格の竜弥を宥めていたが高校時代の竜弥は何も言おうとはしていなかった。勿論、今の竜弥の行動が正しいなんて思ってもいないが自分が今までしてきた行動を思えば此処で説教をしたりするのは違うだろうという気持ちがあったのだろう。
そして……今大人しく黙り込んでいる最初の人格の竜弥は……この件に関してはどうでもいいという感覚しかなかった。彼としてはとっとと復讐を果たせればそれだけでいいという気持ちしかなかったからだ。
しかし、此処で彼がまた逃げ出したりしたら復讐すらも逃げ出したりしないかだけは不安になっていたが……。
『……ねぇ、僕。一つだけ聞いてもいいかな?』
今の竜弥は第二の人格の竜弥の言葉に返事をすることはなかったが、第二の人格である竜弥は言葉を続ける。
『キミはかつてカラオケ屋で千里の前で歌っているときこう心に誓っていたよね?俺はこれからの人生を喜劇に変えていきたい。願うだけで叶わないのは分かっているからこそ俺は自分の行動で実行していきたい。どれだけ人と変わっている人生を送っているとしても変わることが出来ると……』
『それが俺の”泥臭くて生きる”ということだからって……』
今の彼はハッとさせられる。
目の前で脳内に言われた言葉はかつて彼が千里の前で歌いながらも心の中で誓っていた言葉の数々。その言葉の星々はただの軽い形だけの言葉ではなく音という魂を込めて歌いながらも誓っていたはずの言葉。
今の竜弥にとってなによりもその言葉は自分のやろうとしている生き方と正反対であるということを自覚させられていた。
「俺は……俺は本当にどうすればいいんだよ……」
逃げたくない、逃げたくない。
そういった気持ちは強くなっていくばかりだ。それに竜弥は誓ったはずなのだ、千里の前で……。もし千里が間違った道に進もうとしていたら彼が助けると……。それは死ぬまで自分が傍にいるとも取れる発言だったはずなのに今自分は逃げようとしている。
「竜弥……いるのか?」
玄関をゆっくりと開けながらも玄関の方から竜弥を呼ぶ声が聞こえてくる。
不用心にも竜弥は家の鍵を開けており、その為入って来た女性らしい人物の声の持ち主は家の中へと入っていた。その足は軽やかであり、すぐにベッドの上にいる竜弥のことを見つけるのだった。
「與那城……」
竜弥の部屋に入って来たのは與那城だった。
自分も田舎に住んでいたこともあって、家の戸締りを忘れることもあって與那城は家の鍵が開いてることにしては特に言うこともなかった。ただ少しばかり本当に不用心だなという気持ちはあったもののいつもの竜弥とは違うとすぐに気づいた為、彼女は言うこともなかった。
「どうしたんだよ竜弥……?」
「なんでもない、帰っていいぞ與那城」
「帰っていいって……あーそうだそろそろ千里達がバンドの配信をやるらしいんだけど竜弥も見るか……」
「見ない……」
與那城の言葉に何処か元気がない言葉で返す竜弥。
更には與那城から目を逸らして目を腕で隠して視界に入らないようにしていた。そんな竜弥を見た與那城は自分の手を握り締めて力強く拳を作り上げて……ゆっくりと息を吸って何か決意めいた表情をしていた。
「あのさ!!竜弥……私最近までずっと竜弥に気を遣ってたんだけどさ……!!もうそれやめるから!!そうやって逃げようとするなら私は竜弥に言いたい事を言うから!!」
今の竜弥が逃げようとしているだけなのに竜弥の言動で気づいた與那城は竜弥の腕を退かして自分の顔が視界に入るように仕向ける。それでも竜弥は與那城とは目を合わせようとはしていなかった。
そして與那城は今までずっと竜弥に気を遣っていた。
あの日、竜弥の口から自分と一緒だと言われたあの日以来からずっと竜弥に気を遣っていた。きっと竜弥のことを私以上に可哀想だという気持ちがあってしまったからかそれともあの日軽率に聞くべきじゃなかったという気持ちがあったからだろう。
「この前千里から渡されたのってライブのチケットだよな!!そのチケットってもしかして今日が期限の奴だよな!?なのになんで竜弥は今もこうやってベッドの上で逃げ続けてるんだよ!?しっかりしてくれよ!!」
「これ以上失望させないでくれよ!!アンタは……!アンタは……!!こんなところに居ていい人間じゃねえだろ!?アンタが居るべき場所はライブハウスで千里達の前だろ!?早く行けよ!!」
声を荒げ始める與那城に対して竜弥は何も返答しない。
全部本当のことでしかないが竜弥はそれでも迷いという感情が消えることがなかった。
「他人には逃げないで立ち向かえって言いたそうにしてたくせに……自分は逃げるのかよ!!逃げて逃げて逃げて……逃げて何があるんだよ!!逃げた先に何があるんだよ竜弥!!!!」
「……何もなかったに決まってるだろ」
「何もなかったよ!!俺は二年間千里達からずっと逃げ続けた!でもしいてあるとすれば、俺は何もかも失ったよ!!千里という人間を失って!!俺のことを慕ってくれていた親友には嫌われて!!残りの二人からは無理矢理納得させてしまう形になってしまった!!」
「俺が間違った選択を取ったからこうなったんだよ!!!」
竜弥は涙を瞼に溜めていた。
自分が取った選択肢というものが合っていたなんて思っていた日々なんてある訳がなかった。全て自分を騙し続ける為の演技でしかなかった。仮面でしかなかった。そう、十八歳から二十一歳までの樫川竜弥という人間は……。
ツギハギだらけの仮面で出来ていた人格でしかなかったのだ。
「だったら……だったら今度ぐらいは足掻いて見せろよ!!足掻いて足掻いて醜くも足掻いて見せろよ!!」
「それが私が見て来た竜弥兄だろ!!!」
「どれだけ私が拒絶してもどれだけ私が拒んでも竜弥は私を助けようとしてくれた!!庇う必要もないのに炎上からも守ってくれてさ!!!私の気持ちが分かるって言ってくれて……」
「私はそんな竜弥兄が大好きだったんだよ!!」
「それは……それは俺があくまでお前に対して同情心を感じていたからだけに過ぎない!!決して善意なんかじゃな「それでもいいんだよ!!」」
竜弥の言葉に被せるようにして與那城は言葉を遮ると竜弥は驚きの表情を浮かべる。
「それでも私のことを助けてくれた……親に愛されているって教えてくれたのが竜弥だったんだよ!!だから逃げないでくれよ!!私が好きだった竜弥なら逃げないで立ち向かって来たのが竜弥だろ!!」
竜弥は思い出す、自分がVになってから日々のことを……。
逃げずに與那城を助けて……逃げずに諦めないで恵梨と向き合おうとして……もしかしてそれだけじゃないのかもしれない。香織、琉藍、秀治……。そして恭平や千里……。二度と会うことはないかもしれないと思っていたみんなに向き合って話をしたから今の関係があるのかもしれないと……。
だとすれば今度は……今度は……自分という人間に立ち向かうことが出来るだろうか……?
変わることが怖いと言う気持ちは未だにある。しかし、與那城の言葉を聞いて竜弥は一歩を踏み出す決意が出来そうになっていたからこそ竜弥は與那城に問う。
「俺は……ちゃんと変われると思うか?」
「変われるよ、私のことを助けてくれた竜弥なら……!!」
與那城の笑顔はかつて竜弥と初めて出会ったときに別れたときの笑顔と一緒だった。
その笑顔はマンションの外にある鉄格子にぶら下がりながらも見せた笑顔と一緒だった。
その笑顔が竜弥にとって一歩を踏み出す価値があるほどのものとなったのは與那城は知る由もなかった。その言葉が原動力になることは知らなかったかもしれない。そして竜弥は……。
「分かった、行ってくる……」
「静音……!」
人生というものは分からないものなのかもしれない。
自分と歳は幾らかも離れている少女にこうも言いたい放題言われてしまった竜弥。しかし、悪い気はしていなかった。全て本当のことであり、事実だったのは間違いないのだから。竜弥は静音から言われたことを噛み締めて玄関から飛び出して一歩ずつ足を踏み出して行く……。
その足には一歩ずつ勇気というものが備わっていることは竜弥はこのとき知らなかったかもしれない。そしてもう一つ、静音に対して感謝の気持ちを込めて一歩ずつ噛み締めながらも走り出していたのだ。
今自分が向かおうとしているのは今の自分にとって最も大切な場所。
そこに行けばきっと自分は変わってしまうかもしれない。先ほどまでの自分なら今にも家に引き返して戻ろうとしていただろうがその足は止めることはなかった。何故なら本当の意味で仲間になれた静音に背中を押され……今までの自分達に背中を押され……。
過去の自分から泥臭くてもいいから生きて行けばいいというのを教わったからである。
「……此処か」
ついに指定されていたライブハウスの扉の前でまでやって来ていた竜弥。
扉はまるでボスのように佇まいをしており、これから重要なイベントが待ち兼ねているかのようだったが竜弥は臆することもなく中へと入って行くと、そこには黒い部屋が見えてくる。
「……キミが竜弥君?」
「……はい、まだ間に合いますか?」
「ギリギリだね、ほら早く行きな」
中に入ると居たのはライブハウスのスタッフと思われる人だった。
竜弥は彼女にチケットを見せた後に切ってもらってそのままライブハウスの更なる中へと入って行くと、そこには……楽器を持った千里達が立っていたのだ。思わず竜弥は「千里!」と叫びそうになるが、声を必死に押し殺して特等席で千里のライブを見ることにするのだった。
「初めましてパッチワークです!!」
千里達は竜弥が来たことに気づきながらもMCを始める。
「今日は……私達の初めてのライブ……!!少し緊張していますが、全力でやりきるので最後まで見て下さい!!」
千里のMCが終わり、琉藍が力強くドラムを叩き始めると続けるようにしてギターとベースが弾かれ始めると竜弥の中でかつての記憶が蘇り始めていた。それは千里がバンドをやっていた頃のことだ。竜弥は千里達のバンドが好きだった。音が好きだった。千里が水族館で言っていたように個性も性格もバラバラの四人が奏でる音というのが本当に好きだったんだ。
感情に寄り添っていると、千里の歌声が聞こえ始める。
竜弥はその瞬間……千里達との出会いを思い出し始めていた。
『歌聞いてくれてありがとう、樫川』
あの日の出会いが竜弥にとって全てを変えることだった……。
※次回及び次々回に関する注意事項
いつも作品をご愛読いただきありがとうございます。次回及び次々回に関する注意事項となりますが、虐待未遂に関する描写が含まれるため、心に負担を感じる方にはご注意をお願い申し上げます。
また虐待行為を推奨する意図は一切ございません。